8.2 事故炉の廃炉推進対応の水化学

_前節までに述べた通り、福島第一原子力発電所事故(1F事故)以降、原子力に係わる全ての分野において、原子力安全の自主的な向上努力が必要とされ、水化学分野においても深層防護の観点を踏まえつつ、新しい視点で取り組む必要が生じるに到った。前節では、1F事故を契機に水化学分野で取り組む必要の生じてきた技術分野として、まず事故時対応の水化学を取り上げた。一方、本節では1F事故炉の廃炉推進に向けて取り組むべき水化学の課題について取り上げることとする。

(A) 現状分析
_まず、喫緊の課題としては汚染滞留水処理が挙げられる。これまで対処することのなかったFP核種を中心とした水処理施策の確立は新しい課題である。それに伴い、多量の二次廃棄物が発生しており、その処理・処分技術の開発に向けては長期的な取り組みが必要である。さらに、燃料デブリ取り出しの段階になると、燃料デブリ性状に基づいたFP挙動の把握、水処理が必要になると考えられる。
_これらの対応と並行して、高放射能濃度での汚染水、廃棄物中での水の放射線分解による水素発生は、今後のシステム検討の安全評価項目として重要であり、モデル化を含めて取り組むべき課題である。さらには、長期間にわたるシステム健全性の確保に向けた材料腐食対策も取り上げることとする。
_また、今後の燃料デブリ取り出しを初めとする廃炉作業の推進に当たっては、作業従事者の被ばく低減対策の確立が望まれる。そのためには主要線源となるFP/TRU核種の分布の把握が必要となる。

(1) 汚染水処理対策と二次廃棄物処理
_1F事故後の津波海水を主成分とするタービン建屋滞留水中には、原子炉建屋から高濃度のFP成分が流入し、放射性汚染水を形成した。その後、さらに継続的な地下水の流入があるため汚染水の量は増大を続け、放射能除去が緊急の課題となった。図8.2-1に福島第一原子力発電所の汚染水対策の概要を示す[8.2-1]
_また、汚染水の放射能除去に用いられたメディアには多種類の放射能成分が含まれており、現在、一次処理が終わった段階で一時保管されている。

(2) 燃料デブリ取り出し時水処理対策
_PCV内部調査を通して、PCV内での燃料デブリの堆積状況が徐々に明らかになりつつある。一例として、図8.2-2に福島第一原子力発電所2号機PCV内部調査結果を示した[8.2-2]
_燃料デブリ取り出しが現実的な実施段階に移行すると、システム全体としては何らかの水処理システムが必要になると考えられる。TMI-2の経験でも、クリーンナップ系の稼働がクリティカルとなった時期があり、切削や切断等の作業に伴う微粒子等の舞い上がり防止や、新たに溶出してくるイオン状成分の除去等、燃料デブリ性状を十分に把握した上で、浄化システムを構築しておく必要がある。

(3) 水素発生量評価
_一次廃棄物・二次廃棄物処理、燃料デブリ取り出し、燃料移送等、廃炉推進のための種々のフェーズにおいて、放射線分解による水素発生のリスクは常に存在する。また、放射線源も、運転中プラントのγ線支配と異なり、局所的にβ線、さらにはα線が寄与する放射線分解反応も存在する。そのため、様々な放射線源に基づく水の放射線分解による水素発生量の評価手法の確立は急務である。
_一例として、図8.2-3に、純水、海水を含む5種類の水溶液系での水素発生量の吸収線量依存性の実験結果を示す[8.2-3]。海水成分の存在により水素発生量が増大する傾向が示唆されている。このように、水の放射線分解による水素発生量は、放射線の種類や強度、含有される不純物の種類や濃度に大きく依存すると考えられる。

(4) 材料健全性評価
_1F事故においては、緊急的な措置として原子炉及び使用済燃料プール(SFP)の冷却のために海水注入が実施された。海水注入時の構造材料健全性確保の考え方、及びその効果の定量的な評価をまとめておくことは重要であると考えられる。
_また、原子炉格納容器の健全性評価は、廃炉作業を実施して行く上で安全上必須である。その要因として構造材料の腐食問題は最重要の課題の一つであり、事故後の水質環境に鑑みた長期にわたる腐食対策の検討が必要となる。
_燃料デブリ取り出し完了までの期間は、放射性物質の閉じ込め機能ならびに燃料デブリ冷却機能を維持する必要があり、燃料デブリ取り出し後にも閉じ込めについては一定の機能を確保する必要がある。両安全機能を担うコンポーネント(原子炉格納容器、負圧維持系、冷却系配管)の信頼性が経年劣化に伴って低下すれば、放射性物質の追加放出リスクは増大する。耐震性の低下も同様である。最大の経年劣化要因として腐食が考えられ、
①放射線を含む環境パラメータが複雑かつ充分に把握できない。
②環境条件が経時的あるいは廃炉工程の進捗に伴って大きく変化し得る。例えば、
_・PCV負圧管理による大気流入
_・デブリ取り出し過程で発生する微粒子混入
_・ホウ酸塩添加による水の電気伝導率上昇や炭素鋼不動態化促進
③点検・補修等のためのアクセスに大きな制約がある。
_なお、1F廃炉特有の困難さの下で、的確な予測に基づいた腐食に起因するリスクへの計画的対応が求められる。

(5) 被ばく低減対策
_今後の燃料デブリ取り出しを初めとする廃炉作業の推進に当たっては、作業従事者の被ばく低減対策を適切に講じることが要求される。被ばく線源としては、Csを中心とするγ線放出核種、Srを中心とするβ線放出核種、U、Pu、その他TRU核種等のα線放出核種があり、それらのPCV内や原子炉建屋内の存在形態、正確な放射能付着分布を把握することが必須である。

(B) 事故炉の廃炉推進対応の水化学の研究方針と課題
_事故炉の廃炉推進対応の水化学の研究方針としては、まず、諸課題を適切に抽出することが挙げられる。現状分析で述べたように、汚染水対策と二次廃棄物処理、燃料デブリ取り出し時水化学・水処理、水素発生量評価、材料健全性評価、被ばく低減対策の観点から、個々の事象の的確な把握及び相互の相関関係の明確化が必要である。これらの諸課題は、同時並行的、合理的、かつ、効果的に解決することが求められ、その結果として、統合的な廃炉推進対応水化学を構築していくことが望まれる。以下に、検討すべき諸課題につき述べる。

(1) 汚染水処理対策と二次廃棄物処理
_放射性汚染水は、これまでの運転中の炉水成分とは異なり、溶融炉心からの全てのFP成分を含むこと、海水成分を含むこと、地下水・コンクリート成分を含むこと、等の特徴を有する。従って、通常のイオン交換樹脂による放射能除去では海水成分によりすぐに破過してしまうため、特定の核種に対する選択性の高い放射能除去メディアを用いる必要がある。
_また、汚染水の放射能除去に用いられ、一次保管されている二次廃棄物は、長期間にわたる中間貯蔵または最終処分に向けて、減容、固化が必要と考えられており、その技術開発はこれからの課題である。このような廃棄物処理技術はバックエンド部会との境界領域だが、水化学側からのアプローチ、貢献については十分検討の余地があると考えられる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①汚染水からの放射能除去メディアの開発、モデル化
_②二次廃棄物処理における水化学からのアプローチ

(2) 燃料デブリ取り出し時水処理対策
_燃料デブリ取り出し時には水処理対策の構築が必要になると考えられ、その運用は、恒常的か一時的か、全体か局所か、必要性に応じて判断していくこととなる。水化学の取組みとしては、燃料デブリ取り出し時の水質環境を的確に予測し、必要な水質維持手段を検討しておくことが重要である。
_燃料デブリ取り出し時の一つの大きな特徴として、燃料デブリ中に存在すると考えられるFP核種及びα核種の存在が前提となるため、水処理方針の策定に当たってその配慮が必要となる。すなわち、FP核種及びα核種のインベントリ評価、冷却水中での移行(溶出、付着)挙動評価が必須と言える。
_また、燃料デブリ取り出し時には原子炉建屋をタービン建屋から隔離して、原子炉建屋単独での水処理システムを各号機ごとに構築していく必要があると考えられる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①燃料デブリ取り出し時の水質環境評価
_②燃料デブリ取り出し時の水処理システムの構築

(3) 水素発生量評価
_放射性廃棄物や燃料デブリ取り出しにあたって、接触する水の放射線分解によって発生する水素発生量の評価のためには、α及びβγラジオリシスの評価ツールの開発及び評価が喫緊の課題と言える。
_また、αラジオリシスの寄与を評価するに当たっては、線源の分布状態(一様か不均一か)により効果が異なるので、燃料デブリ性状や体系に応じた詳細な評価が必要である。
_さらに、海水の残留成分やコンクリート由来の不純物等も反応系にて考慮する必要があり、データベースの拡充が必要となる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①α及びβγラジオリシスによる水素発生挙動の評価
_②不純物存在下での水素発生挙動の評価

(4) 材料健全性評価
_1F事故の一つの特徴として、比較的に温度の高い状態で、高濃度の塩化物イオンを含む環境にさらされた点が挙げられるが、このような場合、炭素鋼、ステンレス鋼を初めとする構造材料の全面腐食、局部腐食の加速が生じる。また、SFPの燃料ラックにはアルミニウムを含む合金も使用されており、その耐食性評価も必要となる。これらの観点から、高濃度塩化物イオン環境下での構造材料耐食性評価を行い、かつ、その腐食抑制対策を立案、構築しておくことは、SA時の検討課題と考えられる。
_さらに、仮に塩分環境が緩和されたとしても、原子炉格納容器の構造材料を中心に、事故後の水質環境を考慮した長期にわたる全面腐食、局部腐食を評価する方法を立案し、適切に実施してくことが重要である。そのため、腐食評価手法の開発、長期にわたる構造材料の健全性評価が課題となる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①海水注入時の構造材料健全性評価
_②長期的な構造材料健全性評価
_もう一方の特徴は、放射線下での腐食を従来よりも広い条件範囲の下で評価する必要がある点である。これまでのラジオリシス研究は、運転中の軽水炉あるいは処分場を対象としたものが主体であったため、データの取得条件に偏りがある。データ領域を線量率と溶液の電気伝導率により表現したものが図8.2-4である[8.2-4]。1F廃炉においては、例えば、100~10、000Gy/hかつ1μS/cm~10mS/cmの広い組み合わせ領域において、さらに脱気~大気開放にわたる幅広い酸素分圧下での腐食現象の把握が必要となる。

(5) 被ばく低減対策
_被ばく線源としてのCsを中心とするγ線放出核種、Srを中心とするβ線放出核種、U、Pu、その他TRU核種等のα線放出核種のPCV内や原子炉建屋内の存在形態、正確な放射能付着分布を把握するため、まず、既存知見に基づく移行挙動の解析評価を行う。次に、これらFP/TRU核種は事故時の環境条件に依存して様々な放出、移行、付着、離脱挙動を示すため、実機での遠隔操作による線量測定、サンプリング分析による化学形態、放射能量の評価を実施し、実機データによるベンチマークを行う。その上で、作業分析に基づいた作業従事者被ばくの線量評価方法を確立することが必要となる。
_これより、以下の3点が研究課題として挙げられる。
_①既存知見に基づくFP/TRU核種の移行挙動の解析評価
_②1F実機での実測データの採取とそれに基づくベンチマーク評価
_③廃炉推進の各作業における作業従事者の被ばく線量評価

(C) 産官学の役割分担の考え方
①産業界の役割

    • 廃炉推進のための放射能処理システムの構築・運用(汚染水処理システム、二次廃棄物処理・処分システム)
    • デブリ取り出しシステムにおける水処理システムの構築・運用(α核種処理システム)
    • 水素除去システムの構築・運用(水素除去システム)
    • 被ばく低減対策の立案・評価

②国・官界の役割

    • 国プロによる要素技術開発の推進
    • 必要な基盤(知識・人材・施設・制度)の整備
    • 新規制基準整備

③学術界の役割

    • SA時FP挙動の解明
    • 放射能吸着メカニズムの解明
    • α核種挙動の解明
    • 放射線分解メカニズムの解明

上記達成のためのアプローチ

    • 基礎実験による評価
    • 照射場での放射線分解試験
    • 基盤研究に係わる人材育成

④学協会の役割

    • 規格基準化とその高度化に貢献(廃棄物処理・処分方法の標準化)
    • 他部会との協働を実現(バックエンド部会、核燃料部会、他)

⑤産官学の連携(産官学による協調・共同研究)

    • 廃炉廃棄物処理・処分研究の推進
    • 安全評価研究の推進
    • 照射試験設備の整備・利用

(D) 関連分野との連携

①燃料デブリ関連の検討、評価(核燃料部会)
・燃料デブリの基礎特性と事故時のふるまいに関する検討、評価について、連携を取る必要がある。
②プラント高経年化に伴う材料健全性評価(材料部会)
・原子炉格納容器構造材料の長期健全性評価について、連携を取る必要がある。
③廃棄物処理・処分関連の検討、評価(バックエンド部会)
・廃炉発生廃棄物の処理・処分方法の策定にあたり、連携を取る必要がある。
④燃料デブリ特性に基づく処分方法の検討、評価(再処理・リサイクル部会)
・燃料デブリの特性に基づく最終処分形態、処分方法の策定にあたり、連携を取る必要がある。

_図8.2-5に事故炉の廃炉推進対応の水化学に係わる導入シナリオ、表8.2-1に1F廃炉推進対応の水化学に係わる技術マップを示した。

参考文献

[8.2-1] 山下, 日本原子力学会2015年春の年会企画セッション「福島第一原子力発電所汚染滞留水処理の現状と今後の課題」(1)福島第一原子力発電所の汚染水対策の現状と今後 (2015).
[8.2-2] 福島第一原子力発電所2号機原子炉格納容器内部調査実施結果(速報), 国際廃炉研究開発機構/東京電力ホールディングス株式会社 (2018).
http://irid.or.jp/wp-content/uploads/2018/01/20180119.pdf
[8.2-3] 永石、日本原子力学会2017年秋の大会企画セッション「福島第一原子力発電所デブリ取り出しに係わる水化学管理」(4)デブリ性状把握と放射線分解挙動評価 (2017).
[8.2-4] 「特殊環境下の腐食現象の解明―中間報告―」, 廃炉基盤研究プラットフォーム第6回運営会議, 平成29年8月10日 (2017).
https://fukushima.jaea.go.jp/en/hairo/platform/pdf/platform0602.pdf

 

8.1 事故時に水化学が関与する事象とその対策

_大型の商用原子炉の過去の事故の教訓に則り、TMI-2、チェルノブイリ及び福島第一原子力発電所の事故の知見に基づき、事故時の化学挙動を整理して、対応を明確にする必要がある。表8.1-1に商用原子力発電所の事故における化学挙動を比較して示す。

_本節で言う事故時とは、起因事象の発生から事故が収束して安定冷却が達成されるまでの期間を指すものとする。

8.1.1 事故シナリオと核分裂生成物の挙動

_レベル4を想定した場合、その対応のためには全てが自動、遠隔操作だけでは対処できないことを想定しておくことが重要である。万一の事態に備えたアクシデントマネジメントでは、考え得るあらゆる事象に対しての対処法をマニュアルとして準備し、その際の適切な行動を日頃から訓練しておくことが要求される。これまでも、レベル4を想定したSA時のFP挙動については、SA解析コードを用いての評価がなされてきたが、1F事故では、これまでの知見では予測できなかった事象が顕在化した。また、1Fにおける原子炉、原子炉格納容器内でのFP挙動の一部しか把握出来ていない現状では、未解明な事象も多く残されている。こういった背景のもと、レベル4を想定した対応においては、特にFPがどう動くのか、その際の線量率はどう変化するのか、必要な対応のために何処までアクセスが可能か等、マニュアル作成のためのFP 挙動に係わる状況の適切な把握が要求される。

(1) DBA時の核分裂生成物の挙動
_通常運転時に発生する設計基準事故(DBA)においては燃料の溶融等による大規模な破損は想定されない。したがって、放出対象となり得る最大の放射性核種の量は、炉水中に含まれるトランプウラン等に起因するわずかのFPと、ピンホール燃料等の破損燃料が存在する場合には減圧に伴うヨウ素スパイクによる二次放出により決まる。この放射性核種の量は全量が環境に放出されたと仮定した被ばく評価をすることにより、事故シナリオに依存しない最も保守的な評価が可能であり、評価結果は一般の公衆被ばくに対する閾線量に対して十分低いものとなる。また、定検時の燃料交換時の燃料落下事故の場合には、いくらかの燃料棒の破損を考慮するが、破損燃料の数は限定的であり、放出されるFPも燃料プール水中に放出された後、希ガス等揮発性のFPがオペレーションフロアに放出され、これらのFPは非常用ガス処理設備のフィルタを介して排気筒から環境中に放出されることになる。この場合でも、想定される放出量による一般の公衆被ばくは、閾線量に対して十分低いと評価とされている。

(2) SA時の核分裂生成物の挙動
_SAでは大規模な燃料破損とジルコニウム・水蒸気反応に伴う多量の水素発生等を想定するため、格納容器内に多量のFPや水素が放出されることになる。図8.1-1にBWRを例にSA時のFP挙動と事故の進展挙動に大きな影響を与える因子を模式的に示す。燃料被覆管の酸化・破損挙動、溶融燃料の熱力学、下部ヘッドの破損挙動や溶融燃料落下・拡散挙動等は、FPの燃料中の物理化学状態と相まって燃料からのFP放出・移行挙動やFPの構造材への吸着・反応に大きな影響を与える。ベント用フィルタの性能はベントが実施される場合の環境に放出されるFPの量の低減に関係する。
_SA時のFP挙動もDBAと同様に事故の進展シナリオに依存することになるが、ここでは典型的な一例としてBWRにおける燃料デブリの格納容器内への落下を含み、格納容器ベントを考慮する場合のシナリオについて図8.1-2にFP放出までの流れとそれと関係する化学挙動について示す。事故時において燃料破損前の炉心内FPのインベントリは、それまでの運転履歴によって決まるが、燃料からのFP放出に関しては被覆管の破損が生じる時点での燃料の溶融の有無や被覆管外表面でのジルコニウム・水蒸気反応の発生の有無等により異なってくると考えられ、放出時のFPの化学形態に影響される。溶融燃料が原子炉圧力容器の下部ヘッドを貫通するまでは、放出されたFPは一次系内に放出され、その一部は一次系の配管や炉内構造物(セパレータやドライヤ等)の表面上に付着したり、再浮遊したりすると考えられる。主蒸気隔離弁が閉止された後は、主として安全弁からサプレッションプール(S/P)に蒸気とともに移行し、FPの多くはS/P内でのスクラビング効果により、プール水の中にトラップされる。これまでの安全研究の中でヨウ素はS/P水のpHによりS/Pから気相中に移行する量が化学形態の変化により大きく変わることが知られており、気相中のヨウ素濃度を低減する目的でアルカリ注入が検討・導入されている。一方で、ラジオリシス反応による硝酸の生成やケーブルの被覆材からの塩素の溶出による酸性化の因子も存在し、これらのバランスによりpHが変化し、ヨウ素等の化学的挙動に影響する。溶融燃料が下部ヘッドを貫通した後は、溶融燃料から直接FPが格納容器内に放出される経路も存在することになるとともに、溶融燃料コンクリート反応等もFPの挙動に影響すると考えられる。格納容器内のFPは格納容器内壁や構造物の表面上に付着したり、再浮遊したりすると考えられる。格納容器内のガス中のFPは格納容器の内圧の上昇に伴い、一部が格納容器から原子炉建屋内にリークし、原子炉建屋内の構造物と相互作用を行いながら、一部は環境中にリークしていくと考えられる。一方で、格納容器の内圧が上昇して健全性を脅かす段階では格納容器からのベントが実施され、ベントフィルタによってFPの多くが除去された後、環境中に放出されるルートも考えられる。このように燃料から放出されたFPは種々の構造材や冷却水と物理的・化学的反応を繰り返しながらその化学形態を変化させつつ、その一部は環境中に放出されることを想定する。
_上記のような想定シナリオの中で、環境中に放出されるFPの量に大きく影響する因子を特定し、放出を抑制することに寄与する対策が検討・導入されている。環境への放出量に大きく影響するのは、格納容器の健全性を維持すること(すなわち、水素爆発等により格納容器が破損しないこと)と放出されるFPの量を物理的・化学的方策により抑制することであり、次項以降に、それぞれの対策について記載する。

8.1.2 水素発生、漏洩と爆発防止対策

_BWRプラントにおいては、通常運転時にも水の放射線分解により水素と酸素が炉心部で生成される。この生成した水素と酸素の大部分は沸騰に伴い主蒸気とともにタービン系に移行し、オフガス系の再結合器において水に戻され系統内に水素と酸素が蓄積しない設計となっている (深層防護のレベル1相当)。再結合器の性能劣化等により再結合反応が不全となった場合には、排気筒から水素が流出するリスクが発生するが、再結合器出口側に設置されている水素濃度計により水素が検出されるとオフガス系が隔離され、復水器の真空度が低下して原子炉が自動的にスクラムして安全に停止する(深層防護のレベル2相当)。設計基準事故の1つである再循環系配管等の破断による冷却水の格納容器内への漏えい時には、冷却水に溶存している水素や酸素が格納容器内の気相に移行して蓄積する。あるいは安全弁が作動することによって原子炉圧力容器から蒸気がサプレッションプールに導かれる場合には、蒸気は凝縮するが水素や酸素の非凝縮性ガスは格納容器内に蓄積していく。このような事象に対しては、格納容器内を運転中に窒素雰囲気に置換しておくことにより水素の爆発が生じにくくするとともに、万一水素や酸素が蓄積していく場合には、可燃性ガス制御系(FCS)により水素と酸素を安全に再結合させるように設計されている(深層防護のレベル3相当)。可燃性ガス制御系としては、最近ではパッシブ式のPassive Autocatalytic Recombiner(PAR)が主流となってきている。SA時のジルコニウム・水蒸気反応が生じる場合には多量の水素が発生するが、これもPAR等により爆発に至らないように制御される。
_PWRにおいてもBWRと同様に格納容器内に水素が放出された場合の防止対策が必要であるが、PWRの格納容器はBWRと異なり容積が大きくサプレッションプールのような圧力抑制のためのプールを持たないドライ型となっており、格納容器内の雰囲気も大気のままとなっている。そのため、水素が発生した場合に爆燃限界に達する前に水素を燃やすためのイグナイターやPARの設置が検討・導入されている。
_水化学的には水素と酸素の発生そのものを抑制する手段が存在しないため、安全に再結合させることが化学的な対策となるが、既にPARを含めて既存の対応技術が存在していること、PARの導入においてはプラント固有の設置位置や数等の設計上の考慮は必要なものの、触媒の性能向上に関する新たな技術開発のニーズは現時点で存在しない。しかしながら、事故時の水素発生や蓄積の評価モデルに関しては、さらに高度化を図っていく必要があると考えられる。また、その結果が従来と大きく変わる場合には、既存の水素発生、漏洩と爆発防止対策の妥当性を再評価し、必要に応じて対策設備の見直し・高度化を図っていく必要がある。

8.1.3 核分裂生成物の放出抑制対策

(1) DBA時の放出抑制対策
_既に8.1.1(1)に記載したようにPCV内に放出された放射性物質はPCVが健全であることが前提となるのでPCVからの放出を考える必要がなく、事故収束後の復旧作業での作業従事者の被ばくへの影響が安全上の課題となる。原子炉建屋内にリークするケースでもリーク量は限定的であり、建屋の換気空調系での処理を含めて放射性物質の放出が公衆被ばく上問題となるレベルではない。したがって、DBAの範疇においては事故時の放出抑制として水化学の視点から特別な対策は不要と考えられる。

(2) SA時の放出抑制対策
_大規模な燃料破損が発生するSAでは希ガスや揮発性のヨウ素を含む多量のFPがPCV内に放出されるとともに、事故の進展シナリオによってはPCVの健全性を守るためにベントによりガスをPCVから放出すること(図8.1-2の例)や、PCVの健全性が損なわれてガスがリークすることも想定される。これらのシナリオにおいて公衆被ばくに与える寄与の大きい放射性核種はヨウ素やセシウムである。ヨウ素は種々の形態や化合物を形成するため、その挙動は複雑であるが、冷却水のpHにより気液分配が大きく変化することが知られており、アルカリ側に冷却水の水質を制御することによりヨウ素の多くを液相側に保持できる。すなわち、気相側に含まれるヨウ素のインベントリを減らすことになるため、PCVからのリークやベントガス中に含まれるヨウ素を減らすことができる。このため、放出抑制対策の1つとしてサプレッションプール水のpHを事故時にはアルカリ性に制御するシステムが検討・導入されている。また、PCVの健全性を維持し、制御できない放射性核種の放出を抑制するため、放射性核種を除去する機能を有するフィルターベントシステムも検討・導入されている。フィルターベントシステムでもスクラビング水のpHをアルカリに制御することでヨウ素の除去効率が向上するが、さらにスクラビングで除去しにくい有機ヨウ素等の除去効率を向上させるために銀ゼオライトのフィルタを設ける場合もある。
_前記のようにSA時の環境への放射性物質の放出を抑制するための深層防護のレベル4に相当する対策技術に関して基本的な方向性は示されているが、SA時の過酷な環境で確実にサプレッションプール水のpHを測定して制御するシステムを構築することは容易ではなく、複雑なPCV内の化学反応をできるだけ理解し、それを考慮して必要な時間の間はpHをアルカリに維持できる薬剤をサプレッションプールに注入することが現実的な対応策となる。
_SAシナリオの中で水化学的な視点からサプレッションプール水のpHに影響すると考えられる因子としては、ケーブルの被覆材中に含まれる塩素が熱や放射線による劣化で溶出することや、不活性化のために封入している窒素と水のラジオリシス反応で生成する酸素とが結合して生成する窒素酸化物が水に溶解することが考えられ、これらはプール水のpHを酸性側にシフトさせるため、これらの影響を定量的に評価する必要がある。さらに、下部ドライウェルに滞留する冷却水では燃料デブリやコンクリートからの溶出成分も考慮する必要がある可能性があり、現時点で十分な知見が得られているとは言い難く、今後とも評価結果に大きな影響を与える反応等を特定した上で、それらの挙動を明らかにして評価精度を向上させる必要があると考えられる。

 8.1.4 事故時の水化学的対策における今後の課題と対応

_8.1.2及び8.1.3に記載したように水化学が関与する事故時対策として導入されている既存の対策設備は、既に世界の他のプラント等で導入実績のあるもので、現在の事故シナリオとリスク評価の観点から直ちに新たな研究開発が必要となる事項はないと考えられる。しかしながら、SA時の事故シナリオや7.1.2節に記載されている共通基盤技術の進歩、具体的には事故時の水素発生やFP挙動に関する新たな知見の獲得等により現象の詳細な理解が進み、その結果に基づき解析モデルや解析コードが高度化されることにより、従来と異なる結果が将来得られるようになることが想定される。その場合には、既存の対策設備の妥当性を再評価し、必要に応じて対策設備の見直し・高度化を図っていく必要がある。水化学的な観点から、対策設備に関連する基盤技術に対する課題としては、FPを含む系でのラジオリシスによる水素発生や窒素化合物の生成挙動の評価技術の高度化や、事故時化学には溶融燃料コンクリート反応等のより広い化学反応が含まれ、これらのサプレッションプール水を含む格納容器内滞留水のpHへの影響も考慮していく必要が生じることも考えられる。これらの基盤技術に関する研究開発の課題やロードマップに関しては7.1.2節に記載されている内容に含まれているため、本節においては改めて導入シナリオや技術マップ、ロードマップを重複して記載することはしない。しかしながら、対策設備の妥当性の再評価と必要に応じた対策設備の見直し・高度化は、基盤技術の進歩が進む2025年付近より先の中長期的課題としての対応となると予想され、将来具体的な課題が見えた段階でロードマップの形に落とし込んでいく必要がある。
_本節の水化学が関与する事故時対策に係わる課題調査票を以下に記載する。

参考文献

[8.1-1] 日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センターのホームページより引用 https://nsec.jaea.go.jp/decom/decom2.html (確認日:2019.4.2)

課題調査票

課題名 水化学が関与する事故時対策

マイルストーン
及び
目指す姿との関連

短Ⅰ. 事故発生リスク低減・更なる安全性向上の実施
⇒リスク情報に基づいた事故発生リスク低減策が効果的に実施される必要がある。短 IV.    信頼性向上へ向けたプラント技術・運用管理の高度化
⇒福島第一事故を踏まえ設置導入した SA 対策設備等の保全・運用管理が最適化される必要がある。中Ⅰ. 包括的リスク情報活用の向上
⇒原子力に係わるリスクを効果的・継続的に低減する必要がある。中Ⅲ. 事故発生リスクを飛躍的に低減する技術の整備
⇒原子力をベースロード電源として活用されるため、事故発生リスクを飛躍的に低減する技術開発及び設計技術への反映がなされる必要がある。

長Ⅰ. 放射能の環境放出や被曝リスク低減に係わる革新的技術開発の進展

長Ⅲ. 国際的な原子力安全の牽引
⇒深層防護概念を踏まえ、規制の枠を超えた自主的安全性向上が効果的・継続的に実施される必要がある。
⇒効果的・継続的なリスク低減活動・自主的安全性向上活動の推進にあたって、国際協力の枠組みの構築や規制の高度化が促される必要がある。

概要(内容)

(1) 水素蓄積防止技術の最適化・高度化
福島事故での水素爆発の教訓を踏まえて、アクティブ型の FCS からパッシブ型の FCS に変更していくことにより安全性の向上を図るとともに、水素発生、蓄積挙動モデルの高度化の結果を反映したシステムの最適化・高度化を図る。
(2) FP 挙動の解明と解析コードの高度化
国内外の最新知見を反映したアクシデントシナリオとヨウ素等のFP 挙動をモデル化し、安全解析コードの高度化を図るとともに、不確かさ情報の整理・拡充を継続的に実施する。またモデル高度化に資する試験についても国内外の研究機関と連携して継続的に実施する。
(3) pH 制御技術の開発・高度化
アクシデントシナリオと安全解析の結果に基づき、合理的で実効性のあるサプレッションプールを含む格納容器内滞留水の pH 制御システムの開発と高度化を図り、公衆被ばくのリスクを低減する。
(4) フィルターベントシステムの開発・高度化
アクシデントシナリオと安全解析の結果に基づき、合理的で実効性のあるベント時のフィルタシステムの開発と高度化を図り、公衆被ばくのリスクを低減する。
(5) SA 対策設備の保守・管理方法の確立
新たに導入される SA 対策設備の保守・管理方法を確立する必要がある。

導入シナリオとの関連

水化学に関連する SA 対策設備による公衆被ばくの軽減

課題とする根拠
(問題点の所在)

    • 現行の許認可用安全コードは、保守的な条件及び手法を原則としているが、最新手法の反映が不十分であり、物理現象に即した安全余裕の内訳に係わる説明性に改善の余地があり、国際的な水準から見ても最新化の必要がある。
    • 1F事故での事象解明のため、過酷事故解析コード、汎用熱流動解析コード等の種々コードが用いられてきた。過酷事故解析コード等の高度化は、主に海外での事故事象模擬試験等の知見をモデル化することで進められてきた。1Fでの事故事象を検証するため、モデルの高度化に資する試験を実施するとともに、今後、廃炉のプロセスで判明するデブリ状況を海外に情報発信し、海外と連携して過酷事故解析コードのモデルに反映する必要がある。
    • 安全解析対象の物理現象のモデル化を適切に行うとともに、試験データ等に基づき解析コードの妥当性検証等を実施可能な人材、規制を含めた設計、運用が可能な人材の育成が必要である。

現状分析

    • BWRでは、福島事故の教訓から水素爆発の抑制に有効と考えられるパッシブ型の酸素・水素再結合器(PAR)を安全性向上対策として既設炉に追設する SA 対策の強化が実施されつつある。また、放出抑制に有効と考えられるS/P のpH 制御システムやフィルターベントシステムを安全性向上対策として既設炉に追設する SA 対策の強化が実施されつつある。PWR においてもフィルターベントシステムの設置が検討されている。
    • 酸素・水素再結合用の PAR は欧州や国内でも一部のプラントには導入済みであり、製品として確立されているものである。
    • SA時の核分裂生成物挙動研究専門委員会準備会の成果として Phèbus プロジェクト関連論文の調査報告書が作成され、過去に実施された大規模な試験データの共有化の基盤が確立した。
    • 欧州、カナダでは SA 時のヨウ素その他 FP 化学に関する研究が精力的に進められており、OECD/NEA では上記 Phèbus FP の知見とそれらに関する各国の知見を有機的に結合すべく、各種研究プロジェクトが立ち上げられている(BIP、STEM、THAI 等)。
    • 欧州ではチェルノブイリ事故を契機としてフィルターベントシステムが設置されてきているが、福島事故の反映としてヨウ素の除去を考慮した次世代型フィルターベントシステムの設置が検討されている。

期待される効果
(成果の反映先)

    • 安全解析における安全余裕の定量化、説明性向上
    • SA 時の水素発生、蓄積挙動の解析、評価技術の向上
    • SA 時のヨウ素化学等の FP 挙動研究者の解析、試験技術の向上
    • 国際連携による安全研究の促進

実施にあたっての問題点

課題全体の共通問題として下記がある。

    • 原子力安全との相関の明確化
    • 緊急性・重要性・経済性に対する適切な評価
    • 研究開発のための資金・人材の確保
    • 機構論に関する基礎知見の拡充

必要な人材基盤

(1)人材育成が求められる分野

    • 流体解析、燃焼・爆合反応、事故時の FP 化学、水化学、ラジオリシス解析技術、有機材料

(2)人材基盤に関する現状分析

    • 事業者においては、リスクバランスを考慮した適正な SA 対策の導入と維持管理を行える人材が必要である。
    • メーカでは事故時化学と安全解析、及び放出抑制対策技術の開発に係わる人材の育成を行っている。
    • 研究機関、大学等では、世界の最新知見に基づき、事故時の水素発生と蓄積挙動や FP 挙動メカニズムの解明を実施できる人材が必要である。
    • 事故時対策技術には、水素発生と蓄積挙動や、FP 化学に関する知識のみならず、アクシデントシナリオの中での公衆被ばく低減のリスクに与える影響を考慮する必要があり、リスクの概念をも理解できることが重要である。今後も人材基盤を維持していくためには、大学等の教育段階から優秀な人材を集め、かつ、人材を計画的に育成していくとともに、実際に安全評価の経験を積んでいくことが必要である。
    • 特に海外で実施される大規模な試験で得られるデータ等については、その迅速かつ円滑な導入を促す仕組みの充実(国際共同研究、国際会議、人的交流等の活性化等)も必要。

(3)課題

    • 必要とされる人材規模は、原子力発電に関する国の方針に依存し、これに対応して、計画的かつ継続的な人材確保が必要である。
    • 1Fの事故を契機に安全評価の重要性が再認識されているが、人材の育成は短期間で達成できるものではない。
    • 優秀な人材を惹きつけるという意味において、1Fの事故とそれに続く原子力プラントの長期停止は、若い世代の原子力離れを招いている。

他課題との相関

ロードマップ対象項目の課題別区分の④事故発生時のサイト外の被害極小化方策のうち、発電所における事故対応能力の向上に該当する。具体的な項目は以下のとおり。

      •  S112M107_d08 安全解析手法の高度化
      •  S111M107L104_d10 耐久力・復元力を強化した世界標準の軽水炉設計の構築
      •  S111_d14 SA対策機器の運用管理の最適化・高度化
      •  S111_d13 リスク評価手法の改良と SA 対策への適用
      •  S111_d30 重大事故等対策機器の保全管理の確立

実施時期・期間

中長期(~2050 年)

実施機関
/資金担当
<考え方>

産業界・学術界・行政/産業界・行政
<考え方>

    • 産業界(事業者)は、事業主体として安全性の適正評価・向上に努める
    • 産業界(メーカ各社)は、自社のコードについて技術開発・妥当性検証を実施するとともに、放出抑制対策技術の開発・高度化 を行う
    • 学術界(研究機関や大学等を含む)は、評価手法の標準等の維持・改定を行う
    • 対策技術の開発・導入・高度化については、事業主体が資金担当となることが適当
    • 1Fの事故事象の大規模解明試験、海外と連携して実施する実規模試験については、行政(資源エネルギー庁) が負担することが適当

原子力規制委員会/原子力規制委員会
(必要に応じ、規制の枠組みの整備、技術評価)
<考え方>

    • 原子力規制委員会は、安全性を担保するために必要となる検証データを拡充させ、機構論的な技術検証を踏まえて規制基準に反映させる。
    • 原子力規制委員会が規制の観点から主体となる事項について資金担当となることが適切。
その他