6.1.2 配管減肉環境緩和

_原子力発電所では、運転に伴う、機器・配管の肉厚が減少する事象が進行することが知られており、これは系統水の漏えいや圧力バウンダリーの維持によるプラントの安全性や信頼性に影響を及ぼす可能性がある。さらに、発生した腐食生成物に起因する熱伝達の阻害、堆積部での腐食環境の形成や被ばく線源の上昇等の原因にもなっている。
_配管減肉管理においては、FAC及びLDIを対象として日本機械学会が作成した「発電用設備規格 配管減肉管理に関する規格」に定められた配管取替基準に基づいて、肉厚測定結果に応じた配管の取替が行われている[6.1.2-1] [6.1.2-2] [6.1.2-3]。LDIは機械的作用が支配的な減肉現象であるのに対し、FACは化学的な作用が支配する現象であり、材料因子、流況因子及び環境因子が複合して影響を及ぼす。両者のメカニズムは異なり、環境緩和による対策が有効となるのはFACのみである。このため、本ロードマップにおいては、FACを対象とした配管減肉環境緩和に関する課題のみを対象とする。
_原子力発電所では、FACの対策として、耐食材料への配管取替(材料因子の改善)、配管レイアウトの変更(流況因子の改善)の他に、pH制御や酸素注入といった水化学の改良(環境緩和技術の適用)を行っている。配管減肉管理をより安全に、且つ、合理的に遂行するためには、環境緩和技術の高度化を進めるとともに、その効果に応じて肉厚測定の箇所及び頻度を設定する等、肉厚測定計画の策定にも反映させることが有効である。
_しかしながら、現行の規格では、環境緩和技術の適用によるFACの抑制効果は、管理には反映されるまでに時間を要する等の課題が指摘されている。このため、日本機械学会において、配管減肉管理の高度化に向けた研究・検討が進められており、その一環として配管減肉予測手法の規格化の方針が検討されている。配管減肉規格に予測手法を用いた管理が導入されれば、環境緩和技術の適用等、運転条件の変更による効果も考慮された合理的な管理の実現が期待される。
_このような状況を踏まえて、配管減肉環境緩和に関する現状と課題、研究方針及び産官学の役割分担について、以下に述べる。
_なお、水化学の改良による減肉環境緩和は、プラントの安全性を維持するための深層防護におけるレベル1に該当する。但し、系統への海水流入等により通常の水質管理から逸脱した場合には、配管減肉挙動にも影響が及ぶ可能性があり、その対応に関する課題についてはレベル2に該当する。また、FACによる配管減肉の進行は経年的な事象であり、その予防のための配管減肉緩和技術の適用が、非常用系機器・配管の機能に悪影響を及ぼす可能性は低いため、レベル3及びレベル4の対象とはならない。

(A) 現状分析
_現在、国内の原子力発電所における配管減肉管理は、2005年に発生した美浜発電所3号機の配管損傷事故を契機に、NISA指示文書「原子力発電所の配管肉厚管理に対する要求事項について」(2005年2月18日)において、技術規格策定の要求が出され、これを受けて日本機械学会が制定した「発電用原子力設備規格 加圧水型/沸騰水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格」(2006年11月発行、以下「減肉技術規格」)に基づいて実施されている。配管減肉管理の安全性は、技術規格により体系化して整理されたため、それ以前の管理と比べて、飛躍的に向上した。但し、現在の減肉管理は、十分に裕度を持って設定された減肉速度や肉厚測定結果に基づき算出した減肉速度の実績に基づいて設定されているため、新たな環境緩和技術を適用して減肉が抑制されても、肉厚測定結果が蓄積しないと減肉管理に反映できない体系となっている。今後、安全性の更なる追求と合理性の調和を達成するためには、環境因子の影響を定量的に評価し、FACメカニズムに立脚した減肉環境緩和技術の高度化を行うとともに、同技術を規格化・標準化し、減肉管理へ反映させることが求められる。以下にその課題を示す。

(1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
_材料因子や流況因子の改善は、対策施工部位における減肉抑制効果が確実に得られるが、配管取替のタイミングにしか適用することができず、また、効果の範囲も限られる。一方で、水化学の改良による配管減肉の抑制は、その技術の適用開始が比較的容易な場合もあり、効果は広範囲で得られるメリットがある。このため、水化学の改良による減肉環境緩和技術の導入は積極的に適用されるべきである。但し、同技術による減肉抑制効果は、同じ系統内においても、場所により異なることが判明している。これは、環境因子以外の影響因子(流況、材料)との相乗として効果が現れるためと考えられている。従って、これらの影響因子が減肉速度に及ぼす効果・影響を層別化し、最適な配管減肉防止技術を構築することが期待される。
_また、HWC、NMCA等のSCC環境緩和技術の適用時や軽水炉利用高度化を目的とした出力向上時の配管減肉への影響、さらには代替ヒドラジン適用時の影響についても評価し、必要に応じてその対策を検討する必要がある。深層防護における異常・故障の拡大防止の観点からは、海水リーク等による水質悪化による腐食挙動への影響についても把握する必要がある。

(2) 配管減肉予測評価手法の構築・標準化
_材料・流況・環境の各因子が重畳して変化した場合における配管減肉挙動に及ぼす定量的な影響については、十分な知見(データ)が得られていない。このため、偏流発生部位等の一部の部位では予想外の配管減肉の進行が認められている。このような事象の発生を未然に防ぎ、配管減肉の進行による漏えいの危険性を低減させるには、減肉予測評価手法の活用が有効であり、その構築のためには、配管減肉メカニズムの解明が不可欠である。
_減肉メカニズムに立脚した減肉予測評価手法が構築されれば、流動条件や材料が種々異なる部位ごとに減肉抑制の効果を予測することが可能となり、環境緩和技術の最適化が可能となる。また、減肉予測評価手法を減肉管理に活用することによって、FAC減肉事象の予知保全の最適化ができるとともに、プラントの安全性を損なうことなく、現在実施している減肉管理の合理化や肉厚測定が困難な部位における適切な肉厚評価等、より合理的、且つ精緻な減肉管理が実現できる。
_日本機械学会では、「配管減肉管理に関する規格及び技術規格改訂・充実化に向けた技術戦略マップ」(以下「日本機械学会ロードマップ」)において、減肉メカニズムの解明とそれに立脚した減肉モデルの構築の必要性とスケジュールを示し、これに基づいて、各機関が各種研究・検討を行っているところであり、国内においても複数の減肉モデルが開発・提案されている。しかしながら、環境因子の効果に対する定量的な精度等に課題が残されている。このため、日本機械学会での活動と連携し、環境緩和技術の効果を精度良く評価し得る配管減肉予測評価モデルを構築・標準化する必要がある。

(3) 規格・基準の整備
_減肉技術規格[6.1.2-1] [6.1.2-2] [6.1.2-3]には、上記のFACとLDIの管理範囲、管理方法(肉厚計測方法 他)及び評価方法等が示されている。流況状態(水単相流及び水、あるいは蒸気の混合二相流)・流速・温度・湿り度で分けた各カテゴリーに対し、国内全プラントで計測された膨大な配管肉厚計測結果から定められた最大減肉速度が示されており、肉厚検査計画(頻度)への反映が要求されている。各発電所では、減肉技術規格に基づいて、肉厚計測箇所及び頻度を安全側に設定した肉厚検査計画を策定・遂行し、その結果に応じて適宜配管取替を実施している。
_配管減肉管理で示される最大減肉速度は、水化学の改良以前の時期に得られた値を含む肉厚計測値より算出されている。また、各カテゴリーにおける最大減肉速度を有する管理部位は、流況(偏流)の影響を大きく受けた部位である。流況による減肉速度への影響を他の影響因子(材料、環境)と区別して評価できないため、系統単位や流動条件毎に、十分に裕度を持った減肉速度を用いて、初回及び2回目の肉厚計測を実施することとなっている。このため、新たな配管減肉環境緩和技術の適用により実際には配管減肉が抑制されても、算出される減肉速度は、適用以前の減肉速度データを含めた値となる。このように、環境緩和技術の適用によって減肉が抑制されても、配管減肉管理には反映されにくい体系となっている。
_減肉環境緩和技術の導入を促進させるためには、減肉予測評価手法と併せて同技術を減肉管理規格へ反映させることが有効である。このためには、減肉発生状況をデータベース化し、減肉環境緩和技術の効果を分析するとともに、減肉予測評価モデルにより得られる結果の妥当性(保守性、余裕度)を評価・検証する必要がある。

(B) 研究方針と実施に当たっての問題点
_配管減肉環境緩和技術の開発・適用と、環境改善による減肉抑制効果を予測・評価するための配管減肉予測評価手法に関する検討を進めることにより、各部位に応じた減肉挙動の予知とそれに対する予防保全の高度化が実現でき、最終的には、環境の改善の効果を取り込んだ高次の減肉管理が可能となる。
_このような状況を踏まえ、以下の技術開発をすすめていく。なお、FACメカニズムの解明と減肉管理への予測手法の反映については、日本機械学会ロードマップに基づき各機関で進められている研究・検討との連携を強化していく。

(1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
_PWRでは、近年、国内プラントに導入されている二次系高pH運転の配管減肉抑制効果の評価と、一部の国内プラントにおいて導入されている二次系への酸素注入(OWC)等の導入に向けた検討を推進する。BWRでは、現在実施している酸素注入による配管減肉抑制のきめ細かい評価をすすめる。また、実機における配管減肉抑制技術と減肉抑制効果の関係を蓄積するとともに、その関係を技術的に示すことにより、減肉抑制のためのガイドラインの整備を目指す。
_一方で、塩化物イオン混入時の減肉挙動への影響を評価し、通常の水質管理から逸脱した場合の炭素鋼配管の減肉挙動を整理する。
_実施に当たっての問題点を、以下に示す。

    • 水化学及び材料の各因子を変化させたラボ試験の実施及び、実機減肉データ等、できるだけ多くのデータを蓄積する必要がある。
    • 新技術の適用に当たってはプラント設備の状況を踏まえた設備改造やその他の構成材に対する影響評価が必要である。
    • ガイドライン制定に時間を要する。

(2) 配管減肉予測評価モデルの構築・標準化
_FACは、水化学因子(温度、pH、溶存酸素)、流況因子(偏流条件、単相流/二相流)、配管材料(Cr含有率)が複合して影響する事象であることから、各因子の組合せによる減肉挙動への影響を定量的に評価し、FACメカニズムを解明する。また、FACメカニズムと実機運転情報等の結果を総合して、環境改善による減肉抑制効果を部位ごとに予測可能な評価モデルを構築・標準化する。
実施に当たっての問題点を、以下に示す。

    • 減肉予測評価モデルの標準化には、実機の多数の減肉情報を用いた検証が必要ある。

(3) 規格・基準の整備
_環境緩和技術の適用前後の運転情報、減肉データ等を用いて、FACメカニズム及び減肉予測評価手法における減肉環境緩和の効果を検証する。また、日本機械学会ロードマップにおいて研究・検討が進められている減肉予測評価手法の構築に対して連携を強化し、将来的に、環境緩和技術の適用の効果を減肉技術規格へ反映させる。
_実施に当たっての問題点を、以下に示す。

    • 大規模な試験装置を用いた減肉試験の実施による検証には時間を要する(3年程度)

(C) 産官学の役割分担の考え方
① 産業界の役割

    • 環境因子による配管減肉挙動の定量評価に関する検討
    • 配管減肉環境緩和技術の開発・標準化
    • 環境緩和技術の適用による実機配管減肉データの蓄積と予測評価手法検証への活用

②国・官界の役割

    • 各実験データの検証
    • 学協会基準のエンドース・規制基準の整備

③学術界の役割

    • 配管減肉メカニズムにおける環境因子の影響評価及びそのために必要な研究の実施

④学協会の役割

    • 配管減肉管理に関する規格基準の作成、精緻化

⑤産官学の連携

    • 環境因子による影響を含む配管減肉メカニズムの解明と減肉予測評価手法の構築・高度化

(D) 関連分野との連携
①軽水炉安全技術・人材ロードマップにおける配管減肉関連研究との関係

    • 軽水炉安全技術・人材ロードマップにおいても、配管減肉を含む腐食劣化損傷の有効な対策技術として水化学の高度化による環境緩和対策、また、事故発生リスク低減のための劣化予測手法の高度化が短期的な課題(S111M107_d36)として位置付けられている。このため、減肉メカニズムの解明に向けた研究のうち、環境因子による減肉挙動への影響に関する研究の具体的な進め方について働きかけていく。水化学部門は減肉現象の化学的な説明を主体的に担当し、機械部門は、実機減肉データの提供による検証や配管減肉管理への反映要領について主体的に担当することが望ましい。

② 日本機械学会ロードマップとの関係

    • 2022年に配管減肉管理に係わる規格改定が予定されており、管理シナリオ(管理全体、試験計画、試験、評価、判断基準、保守補修)の抜本改定に向けた検討が進められている。この中ではFAC及びLDI予測評価手法の規格への反映も含まれており、「P-SCCII-4 配管減肉管理法の改良・実用化に向けた調査研究分科会 成果報告書」第III部に「配管減肉管理に関する規格及び技術規格改定・充実化に向けた技術戦略マップ(2014改定案)」には、技術開発の役割分担が示されている[6.1.2-4]。R&D実施における各機関の相互調整は、日本機械学会の動力エネルギーシステム部門を中心とした研究分科会で継続して行われる予定であり、減肉メカニズムの解明に向けた研究において連携する。なお、2018年に発行された「P-SCD391 配管減肉保全管理の高度化のための調査研究分科会 成果報告書」の第2章には、配管減肉予測手法の規格化方針案の検討結果が示されている[6.1.2-5]

図6.1.2-1に導入シナリオ、表6.1.2-1に技術マップ、及び図6.1.2-2にロードマップを示す。

参考文献

[6.1.2-1] 日本機械学会, “発電用設備規格 配管減肉管理に関する規格(2016年度版)”, JSME S CA1-2016 (2016).
[6.1.2-2] 日本機械学会, “発電用原子力設備規格 加圧水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格(2016年度版)”, JSME S NG1-2016 (2016).
[6.1.2-3] 日本機械学会, “発電用原子力設備規格 沸騰水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格(2016年度版)”, JSME S NH1-2016 (2016).
[6.1.2-4] 日本機械学会, “配管減肉管理法の改良・実用化に向けた調査研究分科会 P-SCCII-4 成果報告書”  (2014).
[6.1.2-5] 日本機械学会, “P-SCD391 配管減肉保全管理の高度化のための調査研究分科会 成果報告書”  (2018).

 

課題調査票

課題名 配管減肉環境緩和
マイルストーン
及び
目指す姿との関連
短Ⅴ. 保全・運転の負荷軽減・品質向上
⇒効果的・継続的な自主的安全性向上が図られるため、保全・運転管理の高度化を図る必要がある。
⇒保全・運転における負荷軽減により作業品質を向上させ、ヒューマンエラー防止等へ繋げる取組みの継続がなされる必要がある。中Ⅱ. 既設プラントの高稼働運転と長期安定運転の実現
⇒安定かつコストバランスに優れたエネルギー源としての利用に向け、高稼働運転や適切な高経年化対策を前提とした長期間運転が必要となる。
概要(内容) 原子力発電所では、運転に伴う機器・配管の肉厚が減少する事象が進行することが知られており、これは系統水の漏えいや圧力バウンダリーの維持によるプラントの安全性や信頼性に影響を及ぼす可能性がある。機器・配管の減肉は系統全体で生じることから、この減肉状況を適切に把握することは、原子力発電所の安全上重要な管理の一つである。
主な減肉現象である流れ加速型腐食(以下「FAC」)は、材料因子、流況因子及び環境因子が複合して影響を及ぼす現象である。材料因子や流況因子の改善に比較し、水化学の改良による配管減肉の抑制は、適用開始が比較的容易であり、抑制効果が広範囲で得られるメリットがある。このため水化学の改良による減肉環境緩和技術の導入は積極的に適用されるべきであるが、関連する技術の規格化・標準化、減肉メカニズムにおける環境因子の影響評価とそれを踏まえた減肉予測評価モデルの構築等以下の課題への対応が求められている。(1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
配管減肉環境緩和技術(高pH処理、酸素処理、代替アミン処理等)の適用による配管減肉抑制技術を開発するとともにガイドラインの整備により減肉管理を高度化する。海水リーク等の異常時における配管減肉挙動に及ぼす影響を把握する。

(2) 配管減肉予測評価モデルの構築・標準化
減肉メカニズム、及び、実機運転情報等の結果を総合して、配管減肉予測評価モデルを構築し、環境改善による減肉抑制効果を予測/評価する。

(3) 規格・基準の整備
構築された配管減肉予測評価モデルにより得られる結果の妥当性(保守性、余裕度)を評価する。環境緩和技術の適用の効果を減肉技術規格へ反映させる。

導入シナリオとの関連 水化学による配管減肉環境緩和技術の開発によるプラント設備の信頼性向上
課題とする根拠
(問題点の所在)
配管減肉は、内包する流体の漏洩・噴出といった安全上のリスクとともに、これを防止するための維持管理(点検・補修・取替)コストの増大を招いている。さらに、発生した腐食生成物に起因する熱伝達の阻害や被ばく線源の上昇等の原因にもなっている。
原子力発電所における配管減肉の主な原因は、流れ加速型腐食(FAC)や液滴衝撃エロージョン(LDI)である。特に、FACは、材料・流況(流速、偏流有無等)・水化学環境(温度、pH、酸素)の各因子により複合的な影響を受ける。従って、配管減肉環境緩和技術により、配管寿命の延伸を進めるとともに、プラント各部の条件に則した適切、且つ合理的な減肉管理(肉厚測定計画、配管取替え)を行うため、減肉メカニズムを解明する必要がある。
現状分析 配管減肉管理については、日本機械学会「配管減肉に関する技術規格2006年版」(平成18年11月)が整備され、現在、各発電所では、この規格に基づいて減肉管理を行っている。但し、現行の技術規格では環境緩和技術の適用による効果が、配管減肉管理には反映されにくい体系となっている。今後、安全性の更なる追求と合理性の調和を達成するためには、以下に示す通り、FACメカニズムに立脚した減肉環境緩和技術を構築するとともに、同技術を規格化・標準化し、減肉管理へ反映させることが求められる。

(1)      配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
プラントの安全性確保の観点から、水化学の改良による減肉環境緩和技術の導入は積極的に適用されるべきである。但し、その効果は、他の影響因子(流況、材料)との相乗として現れるため、同じ系統内においても、場所により異なる。従って、これらの影響因子が減肉速度に及ぼす効果・影響を層別化し、最適な配管減肉防止技術を構築することが期待される。
また、HWC、NMCA等のSCC環境緩和技術の適用時や軽水炉利用高度化を目的とした出力向上時の配管減肉への影響さらには代替ヒドラジン適用時の影響についても評価し、必要に応じてその対策を検討する必要がある。深層防護における異常・故障の拡大防止の観点からは、海水リーク等による水質悪化による腐食挙動への影響についても把握する必要がある。

(2)      配管減肉予測評価手法の構築・標準化
材料・流況・環境の各因子が重畳して変化した場合における配管減肉挙動に及ぼす定量的な影響については、十分な知見(データ)が得られていない。このため、偏流発生部位等の一部の部位では予想外の配管減肉の進行が認められている。このような事象の発生を未然に防ぎ、配管減肉の進行による漏えいリスクを低減させるには、減肉予測評価モデルの活用が有効であり、その構築のためには、配管減肉メカニズムの解明が不可欠である。現在、提案されている減肉予測評価モデルには、環境因子の効果に対する定量的な精度等に課題が残されている。このため、日本機械学会での活動と連携し、環境緩和技術の効果を精度良く評価し得る配管減肉予測評価モデルを構築・標準化する必要がある。

(3)      規格・基準の整備
減肉技術規格では、過去の肉厚測定結果に基づいて、使用条件(温度、単相流/二相流)毎に減肉速度を示し、これに基づいた減肉管理を規定している。このため、新たな環境緩和技術の効果が反映されるためには時間を要する。偏流や水化学環境の効果・影響を層別化できれば、各部に応じた適切な減肉管理が可能となる。また、減肉予測評価手法と併せて減肉環境緩和技術を規格化・標準化し、減肉管理へ反映させることにより、安全性の更なる追求と合理性の調和が達成できる。

期待される効果
(成果の反映先)
配管減肉環境緩和技術の開発・適用と、環境改善による減肉抑制効果を予測・評価するための配管減肉予測評価手法に関する検討を進めることにより、各部位に応じた減肉挙動の予知とそれに対する予防保全の高度化が実現でき、最終的には、環境の改善の効果を取り込んだ高次の減肉管理が可能となる。
実施にあたっての問題点 (1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
水化学及び材料の各因子を変化させたラボ試験の実施及び、実機減肉データ等、できるだけ多くのデータを蓄積する必要がある。
新技術の適用に当たってはプラント設備の状況を踏まえた設備改造やその他の構成材に対する影響評価が必要である。ガイドライン制定に時間を要する。(2) 配管減肉予測評価モデルの構築・標準化
減肉予測評価モデルの標準化には、実機の多数の減肉情報を用いた検証が必要である。

(3)規格・基準の整備
大規模な試験装置を用いた減肉試験の実施による検証には時間を要する(3年程度)。

必要な人材基盤 (1)人材育成が求められる分野

    • 伝熱流動(数値流体力学、気液二相流)
    • 構造材料(腐食科学、防食技術)
    • 水化学(水化学管理・処理)

(2)人材基盤に関する現状分析

    • 事業者における配管減肉管理は、機械・補修面からの対応が中心であり、化学管理に関する技術者の関心・寄与を高める必要がある。
    • 大学等では、高経年化対策強化基盤整備事業の終了以降、規模は減少しつつあるが共同研究等により、継続して人材育成や人的交流を図ってきた。

(3)課題

    • 化学管理面から配管減肉研究に係わる若手研究者・技術者の育成
他課題との相関
    • 「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」との対応
      • S111M107_d36 高経年化評価手法・対策技術の高度化
      • L104_d41     高経年プラントの安全運転に向けた革新的技術の開発(材料開発等)
      • M106_d40-2 耐震安全性の評価と結び付けた維持管理(機器)
    • JSME「発電用原子力設備規格整備に関するロードマップ」及び「配管減肉管理に関する規格及び技術規格改定・充実化に向けた技術戦略マップ」との提携が必要である。
実施時期・期間 短期~中期
実施機関/資金担当
<考え方>
産業界/産業界

    • 環境因子による減肉挙動への影響(定量評価)に関する検討
    • 環境緩和技術の導入に関する検討
    • 実機情報による環境改善による減肉挙動への有効性検証
    • 減肉予測評価モデルの構築と減肉抑制効果の予測/評価

<考え方>
安全性・信頼性・経済性の確保向上を目的とした開発研究及び基盤整備を行う。

国・官界

    • データや評価技術の検証
    • 学協会規格のエンドース及び規格の整備
    • 施設基盤の整備

<考え方>
安全規制における適切な行政判断に必要な安全研究、必要な基盤(知識・人材・施設・制度)の整備、産学の安全に係わる研究と基盤整備に係わる支援を行う。

学術界/学協会

    • 配管減肉メカニズムの構築
    • 基盤研究にかかわる人材育成
    • 規格基準の構築・精緻化支援
    • 規格基準の精緻化

<考え方>
知の蓄積と展開、研究を支える人材の育成、規格基準化とその高度化に貢献する。

その他

 

6.1.1 応力腐食割れ(SCC)の抑制

_ステンレス鋼やニッケル基合金等軽水炉構造材料の応力腐食割れ(SCC)は、圧力バウンダリーや炉内構造材の健全性を損なうことでLOCA等のプラントの安全性につながる可能性がある安全上重要な経年劣化事象の一つであり、プラントの安全運転を阻害するトラブルの一つの原因となってきた。SCCは、材料・応力・環境の各因子が重畳した場合に発生・進展すると言われており、プラントを安全に長期間使うためには、設計・建設段階における材料選択、製作・施工方法と、運転開始後における検査・補修・取替を適切に行うとともに、長期にわたる運転期間中のSCC環境(SCCの発生と亀裂が進展する水質環境)を緩和し、構造材料の健全性を維持する期間を延伸することが重要である。すなわち、SCCの発生と亀裂の進展を抑制するための水質管理は、プラントの安全性を維持するための深層防護におけるレベル1に該当し、水質環境がSCC抑制に有効な範囲を逸脱した場合の対応はレベル2に該当する。一方、設計基準事故やシビアアクシデントが発生した場合の機器や構造材の健全性に関しては比較的短期間の課題であり、SCCの抑制がほとんど寄与しないと考えられるため、SCCの抑制対策はレベル3やレベル4の対象とはならない。
_また、SCC環境の緩和は、プラント維持管理(検査・補修・取替)のさらなる適切化に貢献できる可能性があり、これらを通じて原子力発電の安全性と公益性を同時に高めていくことが重要である。
_さらに、今後、我が国においても適用が予想される燃料高度化(高燃焼度化、長期運転サイクル)や出力向上等により、構造材料のSCC環境が受ける変化を先取り(予測・評価)し、悪影響の可能性が予測される場合には、それを回避・低減することも、SCC環境緩和の重要な役割である。
_一方、軽水炉は、同じ水が様々な温度条件、照射条件、沸騰・流動条件下で、構造材料や燃料被覆管等の金属材料と接しながら循環しているシステムであり、特定の部位や構造材料のSCC環境緩和を行う際には、その有効性評価とともに、プラントに及ぼす影響を予測・評価することが重要である。
_このSCC環境緩和に関する現状、研究方針と課題、及び、産官学の役割分担について以下に述べる。

(A)現状分析
<沸騰水型軽水炉(BWR)>
_原子炉で発生させた蒸気で直接タービンを駆動するBWRでは、主に炉心で生成した放射線分解生成物の大部分が、酸素及び水素ガスとして主蒸気に移行する。この結果、BWR原子炉水中には、数百ppb前後の酸化種が残存する。ステンレス鋼やニッケル基合金のSCC環境はこの酸化種によって支配されている。
_この他のSCCの主要環境因子として、系外から持ち込まれるイオン不純物(特にアニオン)がある。イオン不純物のうち、SCCへの影響の大きいとされる塩化物イオンと硫酸イオンを中心として、近年、管理の強化が図られており現状は問題のあるレベルにはないと考えられる。従って、ここでは酸化種抑制の取り組みを中心に現状を分析する。

(1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_従来の試料採取系を用いた分析では、酸化種として酸素のみしか検出されなかったため、主要SCC環境因子は酸素と考えられていたが、実際には、高温で分解しやすい過酸化水素の影響が大きいことがわかってきた。放射線分解生成物の蒸気相への移行、これら相互の反応による生成消滅、材料表面への拡散速度等により、炉内におけるこれら酸化種の濃度分布、すなわち、SCC環境は一様ではない。
_一方、酸化種のSCCへの影響度合いを示す指標として、現在広く用いられているのが、電気化学的腐食電位(Electrochemical Corrosion Potential : ECP)である。ECPは酸化種によって金属から奪われる電子の流れと電位の関係(カソード分極曲線)と、金属から腐食によって放出される金属イオンの流れと電位の関係(アノード分極曲線)の交点として定義され、まさに、腐食が生じている時点で金属が示す電位であり、SCCの発生や進展と密接に関係している。また、高温でのその場測定が可能なセンサーも開発・実用化されているが、その耐久性や精度の検証法は確立されていない。また、実機ではECPを直接計測できる場所は限られている。このため、直接計測が困難な部位については、放射線分解をシミュレートするラジオリシスモデルと、それによって算出された酸化種の濃度と流動による拡散並びに金属材料との相互作用からECPを算出するECPモデルを併用して、SCC環境を推定する評価技術も開発・実用化されている。今後の燃料高度化や出力向上においては、水の放射線分解挙動、すなわち、SCC環境は、必然的に変化すると考えられるので、その影響を予め評価しておくためにも、これらのモデル評価技術は重要である。

(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_国内BWRでは1990年代半ば以降、高経年プラントを中心に、SCC環境緩和策として、通常運転時に給水からの水素注入を行っている。水素注入は、給水から原子炉内に注入した水素を酸素や過酸化水素と反応させ水に戻すことで、SCC環境を緩和する技術であるが、その効果は部位によって異なる。特に、原子炉上部では、水素がボイドに移行してしまうため、水素注入の効果が期待できない。また、水素を一定濃度(炉心入口濃度0.4ppm)以上注入すると、注入量に応じて、水分子中にある酸素16Oが中性子と反応して生じる16Nの主蒸気系への移行量が増加し、主蒸気配管の線量率が上昇してしまう。これが水素注入のSCC環境緩和効果とトレードオフになる。
_従来は、通常運転時のみを対象として水素注入を行ってきたが、プラント起動時には、放射線分解生成物の主蒸気への移行が少なく、温度も低いため、冷却材中の酸化種濃度が通常運転中より高くなる。 また、プラント停止中の開放点検・補修等により持ち込まれる不純物イオンも通常運転時より高いレベルになりやすい。さらに、熱応力等により構造材料に動的なひずみが加わる等、SCC発生抑制の観点から環境改善の余地がある。
_上記の諸問題を改善するため、1990年代後半には、主蒸気系線量率が上昇しない範囲の水素注入量でSCC環境緩和効果を高める貴金属処理(NMCA)が開発され、2000年代後半には運転中貴金属注入技術(OLNC)へと進化し、現在では米国を中心に幅広く実機に適用されている。また、国内ではプラント起動時のSCC発生抑制を目的とした起動時水素注入、水素を必要としない新たなSCC緩和を目指すTiO2処理等の技術開発が進められ、一部実機に適用されている。

(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_亀裂進展を十分な精度で予測するために必要なSCCの進展に関するデータが不足している。また、特定のHWC環境でニッケル基合金のSCC発生が加速する可能性が示唆される試験データが得られており、追加データの取得が進められている。

(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_BWRの維持規格にはHWC環境下での亀裂進展線図があるが、HWCの効果の判断クライテリアが基準化されていない。

(5) SCCメカニズム解明
_SCC発生・進展の詳細メカニズムは解明されていない。亀裂内水質がSCCに及ぼす影響、長時間環境暴露による組織変化、材料環境界面の酸化物特性、結晶粒界での特異な酸化、酸化の局在化や加速現象、粒界でのキャビティ生成、水素の影響機構等、様々なSCC(IGSCC、 IASCC等)に対する現象についての知見拡充が必要である。

<加圧水型軽水炉(PWR)>
_PWR一次系は放射線分解による酸化種の抑制を目的として、25~35cc-STP/kg・H2Oの溶存水素を添加することで低電位条件に維持されている。そのため、BWRで報告されているような高電位条件でのSCCは、過去に一部の酸素滞留部で報告例が有るものの、現在は対策が講じられ発生の可能性は低いと考えられている。一方、600合金については低電位条件でも一次冷却材応力腐食割れ(PWSCC)を生じさせることが知られており、690合金への材料変更が進められた。しかし、一部のプラントには蒸気発生器や下部計装筒に600合金が使用されているため、環境緩和の可能性が模索されている。
_また、一次冷却材のpH調整剤としてリチウム(Li)の同位体を濃縮した高価な7Li を使用しているが、近年7Liの調達性が不安定になっているとともに、その価格高騰に伴って発電コストが増加している。このため国外においては、EPRIが中心となり7Liの代替剤として同位体を濃縮する必要のない天然カリウム(K)の適用について2016年から本格的に検討が開始され、2021年頃に実プラントでの試運用が計画されている。Kは7Liより安価なだけでなく、 Liよりも材料の腐食性が低いといわれており、PWSCC発生環境の緩和や、従来のホウ酸リチウムバンド管理幅よりもさらにpHを高める運用を行うことで被ばく線源強度の低減にも繋がる可能性が指摘されていることから、国内においてもその適用に向けた機運が高まりつつある。

(1) SCC環境緩和技術の開発・高度化
① PWSCC環境緩和のための溶存水素濃度最適化
_一次系模擬環境下における600合金のPWSCC進展速度は、国内の溶存水素濃度管理幅近傍で極大値を示すことが報告されている。そのため、溶存水素濃度を最適化することが議論されており、米国では高溶存水素に移行するプラントが増加している。一方、亀裂発生の観点で行われた試験では、低溶存水素濃度の方がPWSCC発生を抑制することを示す知見が報告されている。
_溶存水素濃度の低減に際しては、一次冷却材の放射線分解により生成する酸化種の増大及びその影響が懸念されるが、現在の溶存水素濃度管理幅(25~35cc-STP/kg・H2O)は、50年以上も前の常温の実験に基づいて、一次冷却材の放射線分解を抑制する観点から設定されたもので、最新のラジオリシスモデル解析及び照射試験炉を用いた高温ループ試験の結果から、高温下ではかなり過剰(1桁程度)となっており、数cc-STP/kg・H2O程度までの低減では問題ないとの結果が得られている。仏では実プラントで溶存水素を3cc-STP/kg程度まで低下させ、酸化種の増加がなかったことが報告されている。また、国内でも炉心近傍にECPセンサーを設置し、15cc-STP/kg・H2O程度まで溶存水素を低下させ、放射線分解による酸化種生成が見られなかったことが報告されている。_
_一次冷却材の溶存水素濃度の最適化はPWSCC環境緩和技術として大きな可能性を秘めているが、PWSCC緩和のみならず、燃料被覆管の腐食・水素化挙動、腐食生成物の移行・放射化挙動にも影響する可能性があり、その適用に際しては、材料・燃料・水化学の分野横断的な協力の下、広範囲かつ詳細な調査・研究とフォローが必要と考えられる。

② 高濃度亜鉛注入
_米国では、ニッケル基合金の表面酸化皮膜の改良により、PWSCC発生を抑制するため、高濃度(一次冷却材中濃度30ppb以上)での亜鉛注入が既に数プラントで実施されており、SG伝熱管ECT結果の統計解析からその有効性が示されたとする報告が出ている。一方、燃料高度化や出力向上において、注入した亜鉛が燃料表面に付着し、燃料被覆管・部材の腐食・水素化や、CIPS(crud induced power shift)を加速するのではないかとの懸念も表明されており、十分な検討が必要と考えられる。

③ 天然カリウムの適用性検討
_Kはロシア型PWRであるVVERでの実績があり、また材料の腐食性は一般にLiよりも低いと言われているため、PWSCCに対してはより安全側に働くものと考えられる。一方で、VVERと国内PWRの基本構成は同じであるものの、材料の完全な互換性がなく、また亜鉛注入の有無や温度条件も異なることから、国内PWRへの導入にあたっては十分な検討が必要である。

(2) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_亜鉛注入やホウ酸リチウムバンド管理、分散剤等、SCC発生・進展への影響因子についてのデータ拡充が必要と考えられるとともに、690合金等対策材のSCC発生挙動についても知見が不足している。さらに、KとZnとの相互作用やニッケル基合金のPWSCCへの影響に関する知見も十分ではない。

(3) SCCメカニズム解明
_SCC発生・進展の詳細メカニズムは解明されていない。亀裂内水質がSCCに及ぼす影響、長時間環境暴露による組織変化、材料環境界面の酸化物特性、結晶粒界での特異な酸化、酸化の局在化や加速現象、粒界でのキャビティ生成、水素の影響機構等、様々なSCC(PWSCC、 ODSCC、 IASCC等)に対する現象についての知見拡充が必要である。

(B) 研究方針と実施にあたっての問題点
_前述のように、SCC環境緩和はプラントの安全性確保・公益性向上に大きく貢献できるポテンシャルを有している。しかし、現状は、その有効性が広く認知されるに至っておらず、また、プラント維持管理(点検・補修・取替)とのリンクも不十分である。
_日本機械学会の「発電用原子力設備規格 維持規格」には、既に、環境緩和の効果を取り入れたSCC進展線図が示されているが、実プラントではこれに基づく維持管理の合理化には至っておらず、早期にその実現を図ることが必要である。特に、予防保全としてのSCC環境緩和の効果を考慮した設備の点検・補修・取替の方法を、関連分野との協力の下、ガイドラインとして整備する必要がある。
_また、今後、新検査制度における保全活動、あるいは、評価指標としての活用の観点からも、SCC環境緩和の検討を深めて行く必要がある。
_このためには、以下に示す水化学技術の開発や高度化、ならびに、検証と標準化が必要と考えられる。

(1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_軽水炉内でSCC環境は均一ではないため、着目する部位のSCC環境を直接計測する技術を耐久性・精度の観点から高度化する。また、実機ではSCC環境を計測できる場所は限られているので、これを補うSCC環境を評価する技術を高度化する。さらに、SCC環境緩和効果をプラントの維持管理に取り入れるため、照射試験炉や実機においてこれら技術を検証し、標準化を行う。

(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_BWRでは、よりSCC抑制効果が高く、抑制範囲の広いSCC環境緩和技術(BWR)の開発と開発技術の標準化を進める。また、現在適用されているSCC環境緩和技術、及び今後開発されるSCC環境緩和技術の有効性や副作用について、各種試験や実機における関連データの採取・蓄積とその解析評価を行い、予防保全対策としての適用性・有効性を検証し、プラント維持管理への反映を念頭に適用方法を標準化する。
_PWRでは PWSCC環境緩和技術(一次系溶存水素濃度の最適化・高濃度亜鉛注入の検討・天然カリウムの適用性検討)の開発・実証を推進する。この際、燃料の健全性・性能の維持、及び被ばく・廃棄物低減の観点から、より副作用の少ない、調和のとれたSCC環境緩和技術を志向する。特に、PWSCC抑制のための溶存水素濃度最適値が、現在の保安規定記載の範囲を下回る場合には、有効性のみならず副作用を含む十分な検証を行う必要がある。

(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_プラントの安全性を確保するために必要な検査部位及び検査頻度の最適化を行うため、様々な材料、応力、水質条件でのSCC発生・進展データの充実を図る必要がある。

(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_維持規格で示されているSCC進展線図の適用を可能とするため、評価対象部位ごとに異なる水質環境を考慮した環境緩和技術の効果の判断クライテリアを基準化して実機への適用を可能とする必要がある。また、廃炉材活用研究等により、これまで適用してきた水化学条件の妥当性を検証することや、高経年化リスクと水化学の関係についても評価を進めることが重要である。

(5) SCCメカニズム解明
_SCCは、水化学環境因子と材料因子、応力因子等が複合する事象であり、これを適切に制御するためには、SCCのメカニズムを解明すること、また、メカニズムに基づいて水化学因子の効果・影響を定量化することが重要である。

(C) 産官学の役割分担の考え方
① 産業界の役割

    • 炉内SCC環境評価手法(ラジオリシスモデル・ECPモデル・計測技術)の開発・高度化・標準化
    • SCC環境緩和技術の開発・高度化・標準化
    • SCC発生・進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
    • 予防保全工法ガイドライン(SCC環境緩和)案の作成

② 国・官界の役割

    • データや評価技術の検証
    • 学協会基準のエンドース・規制基準の整備
    • 施設基盤の整備(照射試験炉)

③ 学術界の役割

    • SCCメカニズム解明への支援
    • 炉内SCC環境に関する基盤研究(G値、反応機構、速度定数、表面・隙間における照射影響等)
    • 環境モニタリングの基盤技術(参照電極等)
    • 人材育成

④ 学協会の役割

    • ロードマップ策定、ロードマップ間の連携・調整
    • 規格基準の作成・精緻化
    • 分野横断的取り組みの標準化における学協会間の連携
    • 人的交流と育成

⑤ 産官学の連携

    • SCCメカニズム解明(環境因子の効果・影響)
    • 炉内SCC環境に関する基盤研究
    • SCC環境緩和に対応できる人材の育成・交流

(D) 関連分野との連携
① 燃料高度化

    • 燃料の高度化(被覆管材料、放射線の線源強度や分布の変更)が、ラジオリシスや不純物に及ぼす影響について、燃料開発、被覆管開発等の分野と連携をとり、効率的かつ合理的に評価を行う必要がある。

② 材料の高度化

    • 新しい構造材料、炉内機器の開発と適用に際しては、SCCの発生と亀裂の進展に関して材料、応力、環境の観点からSCCのリスクを評価する必要があり、各分野で連携し情報を共有して、効率的かつ合理的に技術開発、評価を行う必要がある。

図6.1.1-1に導入シナリオ、表6.1.1-1に技術マップ、図6.1.1-2にロードマップを示す。

参考文献

[6.1-1]  S. Uchida, “Corrosion of Structural Materials and Electrochemistry in High Temperature Water of Nuclear Power Systems”, Power Plant Chemistry, 10 (11), 630-649 (2008).

課題調査票

課題名 応力腐食割れ(SCC)の抑制

マイルストーン
及び
目指す姿との関連

短Ⅳ. 信頼性向上へ向けたプラント技術・運用管理の高度化
⇒通常運転、異常事象終息の信頼性向上に係わる活動が不断に進められ、かつ活性化がなされることによって、事故の引き金となる事象の把握と詳細な知見が深まり、事故リスク低減のための諸対策の整備が進むことが期待される。中Ⅱ. 既設プラントの高稼働運転と長期安定運転の実現
⇒安定かつコストバランスに優れたエネルギー源としての利用に向け、高稼働運転や適切な高経年化対策を前提とした長期安定運転が必要となる。長Ⅱ.革新的技術開発等による原子力のメリット最大化・デメリット極小化
⇒機器及び構造物の劣化を防止・抑制するためには、劣化メカニズムを解明し、それに基づき対策・改善技術を開発する必要がある。
概要(内容) (1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_炉内腐食環境を評価するためのラジオリシスモデル、腐食電位モデルの高精度化を図る。また、試験炉(可能ならば実機)における腐食環境モニタリングならびにSCC挙動評価を行い、オンラインモニタリングによるシュラウドや原子炉底部等を含めた原子炉一次系の多様な部位における腐食環境(腐食電位)評価ならびにSCC発生寿命・SCC進展評価技術を開発し、環境評価手法の検証を行う。
(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_BWRの水素注入、貴金属注入、起動時水素注入やPWRの溶存水素濃度最適化、亜鉛注入等の高度化を図るとともに、新たな酸化チタンや分散剤等の対策技術を開発し適用していくことで、SCCの発生・進展を抑制する。
(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_プラントの安全性を確保するために必要な検査部位及び検査頻度の最適化を行うため、様々な材料、応力、水質条件でのSCC発生・進展データの充実を図る。
(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_維持規格の適用を可能とするための環境緩和技術の効果の判断クライテリアを基準化して実機への適用を可能とする。
(5) SCCメカニズム解明
_効果的なSCC対策の確立には機構論的な理解が不可欠であるため、材料と環境の相互作用や亀裂内水質の影響等への理解を進め、SCC発生・進展の詳細メカニズムを明らかにする。
導入シナリオとの関連 水化学によるSCCの抑制による構造材料の健全性維持
課題とする根拠(問題点の所在) 水化学RMと深層防護との関連付けの検討結果を参照
現状分析 (1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_腐食環境緩和効果を確認するため腐食電位(ECP)の測定や貴金属付着量等のモニタリングが実施されているが、炉内の部位ごとに環境緩和効果が異なる。またモニタリングできる部位は限定されている。そこで、測定によるモニタリングとモデル解析評価を含めた評価技術の確立が必要である。
(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_BWRの貴金属注入を伴うHWCやPWRの溶存水素濃度最適化等既存の環境緩和技術は存在するが、その最適化や高度化は必要である。また、酸化チタン等の新しい対策も開発されつつある。
(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_亀裂進展を十分な精度で予測するために必要なSCCの進展に関するデータが不足している。また、特定のHWC環境でニッケル基合金のSCC発生が加速する可能性が示唆される試験データが得られており、追加データの取得が進められている。また、PWRに関しては亜鉛注入やホウ酸リチウムバンド管理、天然カリウム、分散剤等、SCC発生・進展への影響因子についてのデータ拡充が必要と考えられるとともに、690合金等対策材のSCC発生挙動についても知見が不足している。
(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_BWRの維持規格にはHWC環境下での亀裂進展線図があるが、HWCの効果の判断クライテリアが基準化されていない。
(5) SCCメカニズム解明
_SCC発生・進展の詳細メカニズムは解明されていない。亀裂内水質がSCCに及ぼす影響、長時間環境暴露による組織変化、材料環境界面の酸化物特性、結晶粒界での特異な酸化、酸化の局在化や加速現象、粒界でのキャビティ生成、水素の影響機構等、様々なSCC(IGSCC、PWSCC、IASCC、ODSCC等)に対する現象についての知見拡充が必要である。
期待される効果
(成果の反映先)
    • 一次冷却系バウンダリーを構成する材料のSCC発生・進展による冷却水の漏えいやLOCAのリスクが低減され、原子力プラントの安全性が向上する。
    • SCCの発生・進展に伴う補修工事及び、保全の最適化による点検頻度の低減が可能となり、原子力プラントの稼働率向上並びに作業従事者の被ばく低減に寄与する。
実施にあたっての問題点 課題全体の共通問題として下記がある。

    • 原子力安全との相関の明確化
    • 緊急性・重要性・経済性に対する適切な評価
    • 研究開発のための資金・人材の確保
    • 機構論に関する基礎知見の拡充
必要な人材基盤 (1)    人材育成が求められる分野

    • 水化学、腐食電位測定、ラジオリシス解析技術、金属材料の腐食

(2) 人材基盤に関する現状分析

    • 事業者においては、SCC環境緩和技術に関する知識・技能を有した人材の育成が行なわれるとともに、過去に生じたトラブルの技術伝承が進められてきた。
    • メーカでは海外メーカからの技術導入や自主技術開発を通じて、必要な技術開発にかかる人材の育成を行っている。
    • 大学等では、共同研究やインターンシップ等により、人材育成や人的交流を図ってきた。
    • 水化学技術は、原子力プラントの保全のみならず、リスクの概念を併用すれば、安全の確保の基本となる技術の一つであり、必要な人材基盤を継続して確保していくことが重要である。今後も人材基盤を維持していくためには、大学等の教育段階から優秀な人材を集め、かつ、人材を計画的に育成していくとともに、実際に水化学の運用管理の経験を積んでいくことが必要である。
    • 海外の実用化技術の反映にとどまらず、その改良をもって、更なる原子力安全に役立つ運用管理技術を国際的に展開できる人材を育成し、活躍してもらうことが必要。
    • 特に海外で豊富な実績を有する解析手法等については、その迅速かつ円滑な導入を促す仕組みの充実(国際共同研究、国際会議、人的交流等の活性化等)も必要。

(3) 課題

    • 必要とされる人材規模は、原子力発電に関する国の方針に依存し、これに対応して、計画的かつ継続的な人材確保が必要である。
    • 1F事故後の原子力プラントの長期停止により、実際に水化学管理の経験を積む場が損なわれている。
    • 優秀な人材を惹きつけるという意味において、1F事故とそれに続く原子力プラントの長期停止は、若い世代の原子力離れを招いている。
他課題との相関 ロードマップ対象項目の課題別区分の②既設の軽水炉等の事故発生リスクの低減のうち、経年劣化対策及び運転トラブルの防止に該当する。具体的な項目は以下のとおり。

    • S111_d37構造材料の高信頼化
    • S111_d30 SA対策機器の保全管理の確立
    • S111M107_d24プラント運用技術、炉心設計管理の高度化
    • S111M107_d36:高経年化評価手法・対策技術の高度化
    • M107_d25:運転性能の高度化
    • S111_d32 状態監視・モニタリング技術の高度化
    • M107_d38建屋構造・材料の高度化
    • S111M107_d34保守・運転管理の合理化・省力化による保守・運転員負荷低減
    • S111_d33-1被ばく低減技術の高度化
    • L104_d41高経年プラントの安全運転に向けた革新的技術の開発
    • L104_d35-1保守の効果を高め運転をサポートする革新的技術の適用
実施時期・期間 中長期(~2050年)
実施機関/資金担当
<考え方>
産業界/産業界
SCCの発生・亀裂進展メカニズムの解明、SCCへの水質影響評価、既存技術の高度化と新たな水化学の開発、モニタリング技術の開発等を実施
<考え方>

    • 電気事業者は、事業主体としてプラント要件を取り纏めるとともに、プラントへの適用性評価を行う。
    • メーカは、プラント設計を熟知していることから、具体的な設計とプラントに合った技術開発を行うとともに、電に事業者が実施するプラントへの適用性評価を支援する。
    • 研究機関は、技術開発に必要な要素技術を開発する。
    • 大学は、技術開発に必要な要素技術を開発する。
    • 実施主体が資金担当となることが適当と考える。

原子力規制委員会/原子力規制委員会
(必要に応じ、規制の枠組みの整備、技術評価)
<考え方>

    • 電気事業者は、新規制基準及び軽水炉安全技術・人材ロードマップに則り、事業主体として安全性向上に努める。
    • 電気事業者は、事業主体として保全の信頼性向上に努める。
    • メーカは、必要な技術開発に努める。
    • 原子力規制委員会は、安全性を担保するために必要となる検証データを拡充させ、機構論的な技術検証を踏まえて規制基準に反映させる。
    • 実施主体が資金担当となることが適当と考える
    • 原子力規制委員会が規制の観点からが主体となる事項について資金担当となることが適切。

産業界・学協会/産業界
水化学管理によるSCC抑制に係わる規格基準の策定

    • 産業界(電気事業者、メーカ)が主体となって構造材料の健全性維持に必要な水化学技術の情報を蓄積する。
    • 学協会は、構造材料の健全性維持及び付随して必要となる水化学技術に係わる規格基準等について検討を行う。
    • 原子力規制委員会は、構造材料の健全性維持及び付随して必要となる水化学技術に係わる規格基準を整備し、技術評価及び認可を行う。
その他