8.2 事故炉の廃炉推進対応の水化学

_前節までに述べた通り、福島第一原子力発電所事故(1F事故)以降、原子力に係わる全ての分野において、原子力安全の自主的な向上努力が必要とされ、水化学分野においても深層防護の観点を踏まえつつ、新しい視点で取り組む必要が生じるに到った。前節では、1F事故を契機に水化学分野で取り組む必要の生じてきた技術分野として、まず事故時対応の水化学を取り上げた。一方、本節では1F事故炉の廃炉推進に向けて取り組むべき水化学の課題について取り上げることとする。

(A) 現状分析
_まず、喫緊の課題としては汚染滞留水処理が挙げられる。これまで対処することのなかったFP核種を中心とした水処理施策の確立は新しい課題である。それに伴い、多量の二次廃棄物が発生しており、その処理・処分技術の開発に向けては長期的な取り組みが必要である。さらに、燃料デブリ取り出しの段階になると、燃料デブリ性状に基づいたFP挙動の把握、水処理が必要になると考えられる。
_これらの対応と並行して、高放射能濃度での汚染水、廃棄物中での水の放射線分解による水素発生は、今後のシステム検討の安全評価項目として重要であり、モデル化を含めて取り組むべき課題である。さらには、長期間にわたるシステム健全性の確保に向けた材料腐食対策も取り上げることとする。
_また、今後の燃料デブリ取り出しを初めとする廃炉作業の推進に当たっては、作業従事者の被ばく低減対策の確立が望まれる。そのためには主要線源となるFP/TRU核種の分布の把握が必要となる。

(1) 汚染水処理対策と二次廃棄物処理
_1F事故後の津波海水を主成分とするタービン建屋滞留水中には、原子炉建屋から高濃度のFP成分が流入し、放射性汚染水を形成した。その後、さらに継続的な地下水の流入があるため汚染水の量は増大を続け、放射能除去が緊急の課題となった。図8.2-1に福島第一原子力発電所の汚染水対策の概要を示す[8.2-1]
_また、汚染水の放射能除去に用いられたメディアには多種類の放射能成分が含まれており、現在、一次処理が終わった段階で一時保管されている。

(2) 燃料デブリ取り出し時水処理対策
_PCV内部調査を通して、PCV内での燃料デブリの堆積状況が徐々に明らかになりつつある。一例として、図8.2-2に福島第一原子力発電所2号機PCV内部調査結果を示した[8.2-2]
_燃料デブリ取り出しが現実的な実施段階に移行すると、システム全体としては何らかの水処理システムが必要になると考えられる。TMI-2の経験でも、クリーンナップ系の稼働がクリティカルとなった時期があり、切削や切断等の作業に伴う微粒子等の舞い上がり防止や、新たに溶出してくるイオン状成分の除去等、燃料デブリ性状を十分に把握した上で、浄化システムを構築しておく必要がある。

(3) 水素発生量評価
_一次廃棄物・二次廃棄物処理、燃料デブリ取り出し、燃料移送等、廃炉推進のための種々のフェーズにおいて、放射線分解による水素発生のリスクは常に存在する。また、放射線源も、運転中プラントのγ線支配と異なり、局所的にβ線、さらにはα線が寄与する放射線分解反応も存在する。そのため、様々な放射線源に基づく水の放射線分解による水素発生量の評価手法の確立は急務である。
_一例として、図8.2-3に、純水、海水を含む5種類の水溶液系での水素発生量の吸収線量依存性の実験結果を示す[8.2-3]。海水成分の存在により水素発生量が増大する傾向が示唆されている。このように、水の放射線分解による水素発生量は、放射線の種類や強度、含有される不純物の種類や濃度に大きく依存すると考えられる。

(4) 材料健全性評価
_1F事故においては、緊急的な措置として原子炉及び使用済燃料プール(SFP)の冷却のために海水注入が実施された。海水注入時の構造材料健全性確保の考え方、及びその効果の定量的な評価をまとめておくことは重要であると考えられる。
_また、原子炉格納容器の健全性評価は、廃炉作業を実施して行く上で安全上必須である。その要因として構造材料の腐食問題は最重要の課題の一つであり、事故後の水質環境に鑑みた長期にわたる腐食対策の検討が必要となる。
_燃料デブリ取り出し完了までの期間は、放射性物質の閉じ込め機能ならびに燃料デブリ冷却機能を維持する必要があり、燃料デブリ取り出し後にも閉じ込めについては一定の機能を確保する必要がある。両安全機能を担うコンポーネント(原子炉格納容器、負圧維持系、冷却系配管)の信頼性が経年劣化に伴って低下すれば、放射性物質の追加放出リスクは増大する。耐震性の低下も同様である。最大の経年劣化要因として腐食が考えられ、
①放射線を含む環境パラメータが複雑かつ充分に把握できない。
②環境条件が経時的あるいは廃炉工程の進捗に伴って大きく変化し得る。例えば、
_・PCV負圧管理による大気流入
_・デブリ取り出し過程で発生する微粒子混入
_・ホウ酸塩添加による水の電気伝導率上昇や炭素鋼不動態化促進
③点検・補修等のためのアクセスに大きな制約がある。
_なお、1F廃炉特有の困難さの下で、的確な予測に基づいた腐食に起因するリスクへの計画的対応が求められる。

(5) 被ばく低減対策
_今後の燃料デブリ取り出しを初めとする廃炉作業の推進に当たっては、作業従事者の被ばく低減対策を適切に講じることが要求される。被ばく線源としては、Csを中心とするγ線放出核種、Srを中心とするβ線放出核種、U、Pu、その他TRU核種等のα線放出核種があり、それらのPCV内や原子炉建屋内の存在形態、正確な放射能付着分布を把握することが必須である。

(B) 事故炉の廃炉推進対応の水化学の研究方針と課題
_事故炉の廃炉推進対応の水化学の研究方針としては、まず、諸課題を適切に抽出することが挙げられる。現状分析で述べたように、汚染水対策と二次廃棄物処理、燃料デブリ取り出し時水化学・水処理、水素発生量評価、材料健全性評価、被ばく低減対策の観点から、個々の事象の的確な把握及び相互の相関関係の明確化が必要である。これらの諸課題は、同時並行的、合理的、かつ、効果的に解決することが求められ、その結果として、統合的な廃炉推進対応水化学を構築していくことが望まれる。以下に、検討すべき諸課題につき述べる。

(1) 汚染水処理対策と二次廃棄物処理
_放射性汚染水は、これまでの運転中の炉水成分とは異なり、溶融炉心からの全てのFP成分を含むこと、海水成分を含むこと、地下水・コンクリート成分を含むこと、等の特徴を有する。従って、通常のイオン交換樹脂による放射能除去では海水成分によりすぐに破過してしまうため、特定の核種に対する選択性の高い放射能除去メディアを用いる必要がある。
_また、汚染水の放射能除去に用いられ、一次保管されている二次廃棄物は、長期間にわたる中間貯蔵または最終処分に向けて、減容、固化が必要と考えられており、その技術開発はこれからの課題である。このような廃棄物処理技術はバックエンド部会との境界領域だが、水化学側からのアプローチ、貢献については十分検討の余地があると考えられる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①汚染水からの放射能除去メディアの開発、モデル化
_②二次廃棄物処理における水化学からのアプローチ

(2) 燃料デブリ取り出し時水処理対策
_燃料デブリ取り出し時には水処理対策の構築が必要になると考えられ、その運用は、恒常的か一時的か、全体か局所か、必要性に応じて判断していくこととなる。水化学の取組みとしては、燃料デブリ取り出し時の水質環境を的確に予測し、必要な水質維持手段を検討しておくことが重要である。
_燃料デブリ取り出し時の一つの大きな特徴として、燃料デブリ中に存在すると考えられるFP核種及びα核種の存在が前提となるため、水処理方針の策定に当たってその配慮が必要となる。すなわち、FP核種及びα核種のインベントリ評価、冷却水中での移行(溶出、付着)挙動評価が必須と言える。
_また、燃料デブリ取り出し時には原子炉建屋をタービン建屋から隔離して、原子炉建屋単独での水処理システムを各号機ごとに構築していく必要があると考えられる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①燃料デブリ取り出し時の水質環境評価
_②燃料デブリ取り出し時の水処理システムの構築

(3) 水素発生量評価
_放射性廃棄物や燃料デブリ取り出しにあたって、接触する水の放射線分解によって発生する水素発生量の評価のためには、α及びβγラジオリシスの評価ツールの開発及び評価が喫緊の課題と言える。
_また、αラジオリシスの寄与を評価するに当たっては、線源の分布状態(一様か不均一か)により効果が異なるので、燃料デブリ性状や体系に応じた詳細な評価が必要である。
_さらに、海水の残留成分やコンクリート由来の不純物等も反応系にて考慮する必要があり、データベースの拡充が必要となる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①α及びβγラジオリシスによる水素発生挙動の評価
_②不純物存在下での水素発生挙動の評価

(4) 材料健全性評価
_1F事故の一つの特徴として、比較的に温度の高い状態で、高濃度の塩化物イオンを含む環境にさらされた点が挙げられるが、このような場合、炭素鋼、ステンレス鋼を初めとする構造材料の全面腐食、局部腐食の加速が生じる。また、SFPの燃料ラックにはアルミニウムを含む合金も使用されており、その耐食性評価も必要となる。これらの観点から、高濃度塩化物イオン環境下での構造材料耐食性評価を行い、かつ、その腐食抑制対策を立案、構築しておくことは、SA時の検討課題と考えられる。
_さらに、仮に塩分環境が緩和されたとしても、原子炉格納容器の構造材料を中心に、事故後の水質環境を考慮した長期にわたる全面腐食、局部腐食を評価する方法を立案し、適切に実施してくことが重要である。そのため、腐食評価手法の開発、長期にわたる構造材料の健全性評価が課題となる。
_これより、以下の2点が研究課題として挙げられる。
_①海水注入時の構造材料健全性評価
_②長期的な構造材料健全性評価
_もう一方の特徴は、放射線下での腐食を従来よりも広い条件範囲の下で評価する必要がある点である。これまでのラジオリシス研究は、運転中の軽水炉あるいは処分場を対象としたものが主体であったため、データの取得条件に偏りがある。データ領域を線量率と溶液の電気伝導率により表現したものが図8.2-4である[8.2-4]。1F廃炉においては、例えば、100~10、000Gy/hかつ1μS/cm~10mS/cmの広い組み合わせ領域において、さらに脱気~大気開放にわたる幅広い酸素分圧下での腐食現象の把握が必要となる。

(5) 被ばく低減対策
_被ばく線源としてのCsを中心とするγ線放出核種、Srを中心とするβ線放出核種、U、Pu、その他TRU核種等のα線放出核種のPCV内や原子炉建屋内の存在形態、正確な放射能付着分布を把握するため、まず、既存知見に基づく移行挙動の解析評価を行う。次に、これらFP/TRU核種は事故時の環境条件に依存して様々な放出、移行、付着、離脱挙動を示すため、実機での遠隔操作による線量測定、サンプリング分析による化学形態、放射能量の評価を実施し、実機データによるベンチマークを行う。その上で、作業分析に基づいた作業従事者被ばくの線量評価方法を確立することが必要となる。
_これより、以下の3点が研究課題として挙げられる。
_①既存知見に基づくFP/TRU核種の移行挙動の解析評価
_②1F実機での実測データの採取とそれに基づくベンチマーク評価
_③廃炉推進の各作業における作業従事者の被ばく線量評価

(C) 産官学の役割分担の考え方
①産業界の役割

    • 廃炉推進のための放射能処理システムの構築・運用(汚染水処理システム、二次廃棄物処理・処分システム)
    • デブリ取り出しシステムにおける水処理システムの構築・運用(α核種処理システム)
    • 水素除去システムの構築・運用(水素除去システム)
    • 被ばく低減対策の立案・評価

②国・官界の役割

    • 国プロによる要素技術開発の推進
    • 必要な基盤(知識・人材・施設・制度)の整備
    • 新規制基準整備

③学術界の役割

    • SA時FP挙動の解明
    • 放射能吸着メカニズムの解明
    • α核種挙動の解明
    • 放射線分解メカニズムの解明

上記達成のためのアプローチ

    • 基礎実験による評価
    • 照射場での放射線分解試験
    • 基盤研究に係わる人材育成

④学協会の役割

    • 規格基準化とその高度化に貢献(廃棄物処理・処分方法の標準化)
    • 他部会との協働を実現(バックエンド部会、核燃料部会、他)

⑤産官学の連携(産官学による協調・共同研究)

    • 廃炉廃棄物処理・処分研究の推進
    • 安全評価研究の推進
    • 照射試験設備の整備・利用

(D) 関連分野との連携

①燃料デブリ関連の検討、評価(核燃料部会)
・燃料デブリの基礎特性と事故時のふるまいに関する検討、評価について、連携を取る必要がある。
②プラント高経年化に伴う材料健全性評価(材料部会)
・原子炉格納容器構造材料の長期健全性評価について、連携を取る必要がある。
③廃棄物処理・処分関連の検討、評価(バックエンド部会)
・廃炉発生廃棄物の処理・処分方法の策定にあたり、連携を取る必要がある。
④燃料デブリ特性に基づく処分方法の検討、評価(再処理・リサイクル部会)
・燃料デブリの特性に基づく最終処分形態、処分方法の策定にあたり、連携を取る必要がある。

_図8.2-5に事故炉の廃炉推進対応の水化学に係わる導入シナリオ、表8.2-1に1F廃炉推進対応の水化学に係わる技術マップを示した。

参考文献

[8.2-1] 山下, 日本原子力学会2015年春の年会企画セッション「福島第一原子力発電所汚染滞留水処理の現状と今後の課題」(1)福島第一原子力発電所の汚染水対策の現状と今後 (2015).
[8.2-2] 福島第一原子力発電所2号機原子炉格納容器内部調査実施結果(速報), 国際廃炉研究開発機構/東京電力ホールディングス株式会社 (2018).
http://irid.or.jp/wp-content/uploads/2018/01/20180119.pdf
[8.2-3] 永石、日本原子力学会2017年秋の大会企画セッション「福島第一原子力発電所デブリ取り出しに係わる水化学管理」(4)デブリ性状把握と放射線分解挙動評価 (2017).
[8.2-4] 「特殊環境下の腐食現象の解明―中間報告―」, 廃炉基盤研究プラットフォーム第6回運営会議, 平成29年8月10日 (2017).
https://fukushima.jaea.go.jp/en/hairo/platform/pdf/platform0602.pdf