_大型の商用原子炉の過去の事故の教訓に則り、TMI-2、チェルノブイリ及び福島第一原子力発電所の事故の知見に基づき、事故時の化学挙動を整理して、対応を明確にする必要がある。表8.1-1に商用原子力発電所の事故における化学挙動を比較して示す。
_本節で言う事故時とは、起因事象の発生から事故が収束して安定冷却が達成されるまでの期間を指すものとする。
8.1.1 事故シナリオと核分裂生成物の挙動
_レベル4を想定した場合、その対応のためには全てが自動、遠隔操作だけでは対処できないことを想定しておくことが重要である。万一の事態に備えたアクシデントマネジメントでは、考え得るあらゆる事象に対しての対処法をマニュアルとして準備し、その際の適切な行動を日頃から訓練しておくことが要求される。これまでも、レベル4を想定したSA時のFP挙動については、SA解析コードを用いての評価がなされてきたが、1F事故では、これまでの知見では予測できなかった事象が顕在化した。また、1Fにおける原子炉、原子炉格納容器内でのFP挙動の一部しか把握出来ていない現状では、未解明な事象も多く残されている。こういった背景のもと、レベル4を想定した対応においては、特にFPがどう動くのか、その際の線量率はどう変化するのか、必要な対応のために何処までアクセスが可能か等、マニュアル作成のためのFP 挙動に係わる状況の適切な把握が要求される。
(1) DBA時の核分裂生成物の挙動
_通常運転時に発生する設計基準事故(DBA)においては燃料の溶融等による大規模な破損は想定されない。したがって、放出対象となり得る最大の放射性核種の量は、炉水中に含まれるトランプウラン等に起因するわずかのFPと、ピンホール燃料等の破損燃料が存在する場合には減圧に伴うヨウ素スパイクによる二次放出により決まる。この放射性核種の量は全量が環境に放出されたと仮定した被ばく評価をすることにより、事故シナリオに依存しない最も保守的な評価が可能であり、評価結果は一般の公衆被ばくに対する閾線量に対して十分低いものとなる。また、定検時の燃料交換時の燃料落下事故の場合には、いくらかの燃料棒の破損を考慮するが、破損燃料の数は限定的であり、放出されるFPも燃料プール水中に放出された後、希ガス等揮発性のFPがオペレーションフロアに放出され、これらのFPは非常用ガス処理設備のフィルタを介して排気筒から環境中に放出されることになる。この場合でも、想定される放出量による一般の公衆被ばくは、閾線量に対して十分低いと評価とされている。
(2) SA時の核分裂生成物の挙動
_SAでは大規模な燃料破損とジルコニウム・水蒸気反応に伴う多量の水素発生等を想定するため、格納容器内に多量のFPや水素が放出されることになる。図8.1-1にBWRを例にSA時のFP挙動と事故の進展挙動に大きな影響を与える因子を模式的に示す。燃料被覆管の酸化・破損挙動、溶融燃料の熱力学、下部ヘッドの破損挙動や溶融燃料落下・拡散挙動等は、FPの燃料中の物理化学状態と相まって燃料からのFP放出・移行挙動やFPの構造材への吸着・反応に大きな影響を与える。ベント用フィルタの性能はベントが実施される場合の環境に放出されるFPの量の低減に関係する。
_SA時のFP挙動もDBAと同様に事故の進展シナリオに依存することになるが、ここでは典型的な一例としてBWRにおける燃料デブリの格納容器内への落下を含み、格納容器ベントを考慮する場合のシナリオについて図8.1-2にFP放出までの流れとそれと関係する化学挙動について示す。事故時において燃料破損前の炉心内FPのインベントリは、それまでの運転履歴によって決まるが、燃料からのFP放出に関しては被覆管の破損が生じる時点での燃料の溶融の有無や被覆管外表面でのジルコニウム・水蒸気反応の発生の有無等により異なってくると考えられ、放出時のFPの化学形態に影響される。溶融燃料が原子炉圧力容器の下部ヘッドを貫通するまでは、放出されたFPは一次系内に放出され、その一部は一次系の配管や炉内構造物(セパレータやドライヤ等)の表面上に付着したり、再浮遊したりすると考えられる。主蒸気隔離弁が閉止された後は、主として安全弁からサプレッションプール(S/P)に蒸気とともに移行し、FPの多くはS/P内でのスクラビング効果により、プール水の中にトラップされる。これまでの安全研究の中でヨウ素はS/P水のpHによりS/Pから気相中に移行する量が化学形態の変化により大きく変わることが知られており、気相中のヨウ素濃度を低減する目的でアルカリ注入が検討・導入されている。一方で、ラジオリシス反応による硝酸の生成やケーブルの被覆材からの塩素の溶出による酸性化の因子も存在し、これらのバランスによりpHが変化し、ヨウ素等の化学的挙動に影響する。溶融燃料が下部ヘッドを貫通した後は、溶融燃料から直接FPが格納容器内に放出される経路も存在することになるとともに、溶融燃料コンクリート反応等もFPの挙動に影響すると考えられる。格納容器内のFPは格納容器内壁や構造物の表面上に付着したり、再浮遊したりすると考えられる。格納容器内のガス中のFPは格納容器の内圧の上昇に伴い、一部が格納容器から原子炉建屋内にリークし、原子炉建屋内の構造物と相互作用を行いながら、一部は環境中にリークしていくと考えられる。一方で、格納容器の内圧が上昇して健全性を脅かす段階では格納容器からのベントが実施され、ベントフィルタによってFPの多くが除去された後、環境中に放出されるルートも考えられる。このように燃料から放出されたFPは種々の構造材や冷却水と物理的・化学的反応を繰り返しながらその化学形態を変化させつつ、その一部は環境中に放出されることを想定する。
_上記のような想定シナリオの中で、環境中に放出されるFPの量に大きく影響する因子を特定し、放出を抑制することに寄与する対策が検討・導入されている。環境への放出量に大きく影響するのは、格納容器の健全性を維持すること(すなわち、水素爆発等により格納容器が破損しないこと)と放出されるFPの量を物理的・化学的方策により抑制することであり、次項以降に、それぞれの対策について記載する。
8.1.2 水素発生、漏洩と爆発防止対策
_BWRプラントにおいては、通常運転時にも水の放射線分解により水素と酸素が炉心部で生成される。この生成した水素と酸素の大部分は沸騰に伴い主蒸気とともにタービン系に移行し、オフガス系の再結合器において水に戻され系統内に水素と酸素が蓄積しない設計となっている (深層防護のレベル1相当)。再結合器の性能劣化等により再結合反応が不全となった場合には、排気筒から水素が流出するリスクが発生するが、再結合器出口側に設置されている水素濃度計により水素が検出されるとオフガス系が隔離され、復水器の真空度が低下して原子炉が自動的にスクラムして安全に停止する(深層防護のレベル2相当)。設計基準事故の1つである再循環系配管等の破断による冷却水の格納容器内への漏えい時には、冷却水に溶存している水素や酸素が格納容器内の気相に移行して蓄積する。あるいは安全弁が作動することによって原子炉圧力容器から蒸気がサプレッションプールに導かれる場合には、蒸気は凝縮するが水素や酸素の非凝縮性ガスは格納容器内に蓄積していく。このような事象に対しては、格納容器内を運転中に窒素雰囲気に置換しておくことにより水素の爆発が生じにくくするとともに、万一水素や酸素が蓄積していく場合には、可燃性ガス制御系(FCS)により水素と酸素を安全に再結合させるように設計されている(深層防護のレベル3相当)。可燃性ガス制御系としては、最近ではパッシブ式のPassive Autocatalytic Recombiner(PAR)が主流となってきている。SA時のジルコニウム・水蒸気反応が生じる場合には多量の水素が発生するが、これもPAR等により爆発に至らないように制御される。
_PWRにおいてもBWRと同様に格納容器内に水素が放出された場合の防止対策が必要であるが、PWRの格納容器はBWRと異なり容積が大きくサプレッションプールのような圧力抑制のためのプールを持たないドライ型となっており、格納容器内の雰囲気も大気のままとなっている。そのため、水素が発生した場合に爆燃限界に達する前に水素を燃やすためのイグナイターやPARの設置が検討・導入されている。
_水化学的には水素と酸素の発生そのものを抑制する手段が存在しないため、安全に再結合させることが化学的な対策となるが、既にPARを含めて既存の対応技術が存在していること、PARの導入においてはプラント固有の設置位置や数等の設計上の考慮は必要なものの、触媒の性能向上に関する新たな技術開発のニーズは現時点で存在しない。しかしながら、事故時の水素発生や蓄積の評価モデルに関しては、さらに高度化を図っていく必要があると考えられる。また、その結果が従来と大きく変わる場合には、既存の水素発生、漏洩と爆発防止対策の妥当性を再評価し、必要に応じて対策設備の見直し・高度化を図っていく必要がある。
8.1.3 核分裂生成物の放出抑制対策
(1) DBA時の放出抑制対策
_既に8.1.1(1)に記載したようにPCV内に放出された放射性物質はPCVが健全であることが前提となるのでPCVからの放出を考える必要がなく、事故収束後の復旧作業での作業従事者の被ばくへの影響が安全上の課題となる。原子炉建屋内にリークするケースでもリーク量は限定的であり、建屋の換気空調系での処理を含めて放射性物質の放出が公衆被ばく上問題となるレベルではない。したがって、DBAの範疇においては事故時の放出抑制として水化学の視点から特別な対策は不要と考えられる。
(2) SA時の放出抑制対策
_大規模な燃料破損が発生するSAでは希ガスや揮発性のヨウ素を含む多量のFPがPCV内に放出されるとともに、事故の進展シナリオによってはPCVの健全性を守るためにベントによりガスをPCVから放出すること(図8.1-2の例)や、PCVの健全性が損なわれてガスがリークすることも想定される。これらのシナリオにおいて公衆被ばくに与える寄与の大きい放射性核種はヨウ素やセシウムである。ヨウ素は種々の形態や化合物を形成するため、その挙動は複雑であるが、冷却水のpHにより気液分配が大きく変化することが知られており、アルカリ側に冷却水の水質を制御することによりヨウ素の多くを液相側に保持できる。すなわち、気相側に含まれるヨウ素のインベントリを減らすことになるため、PCVからのリークやベントガス中に含まれるヨウ素を減らすことができる。このため、放出抑制対策の1つとしてサプレッションプール水のpHを事故時にはアルカリ性に制御するシステムが検討・導入されている。また、PCVの健全性を維持し、制御できない放射性核種の放出を抑制するため、放射性核種を除去する機能を有するフィルターベントシステムも検討・導入されている。フィルターベントシステムでもスクラビング水のpHをアルカリに制御することでヨウ素の除去効率が向上するが、さらにスクラビングで除去しにくい有機ヨウ素等の除去効率を向上させるために銀ゼオライトのフィルタを設ける場合もある。
_前記のようにSA時の環境への放射性物質の放出を抑制するための深層防護のレベル4に相当する対策技術に関して基本的な方向性は示されているが、SA時の過酷な環境で確実にサプレッションプール水のpHを測定して制御するシステムを構築することは容易ではなく、複雑なPCV内の化学反応をできるだけ理解し、それを考慮して必要な時間の間はpHをアルカリに維持できる薬剤をサプレッションプールに注入することが現実的な対応策となる。
_SAシナリオの中で水化学的な視点からサプレッションプール水のpHに影響すると考えられる因子としては、ケーブルの被覆材中に含まれる塩素が熱や放射線による劣化で溶出することや、不活性化のために封入している窒素と水のラジオリシス反応で生成する酸素とが結合して生成する窒素酸化物が水に溶解することが考えられ、これらはプール水のpHを酸性側にシフトさせるため、これらの影響を定量的に評価する必要がある。さらに、下部ドライウェルに滞留する冷却水では燃料デブリやコンクリートからの溶出成分も考慮する必要がある可能性があり、現時点で十分な知見が得られているとは言い難く、今後とも評価結果に大きな影響を与える反応等を特定した上で、それらの挙動を明らかにして評価精度を向上させる必要があると考えられる。
8.1.4 事故時の水化学的対策における今後の課題と対応
_8.1.2及び8.1.3に記載したように水化学が関与する事故時対策として導入されている既存の対策設備は、既に世界の他のプラント等で導入実績のあるもので、現在の事故シナリオとリスク評価の観点から直ちに新たな研究開発が必要となる事項はないと考えられる。しかしながら、SA時の事故シナリオや7.1.2節に記載されている共通基盤技術の進歩、具体的には事故時の水素発生やFP挙動に関する新たな知見の獲得等により現象の詳細な理解が進み、その結果に基づき解析モデルや解析コードが高度化されることにより、従来と異なる結果が将来得られるようになることが想定される。その場合には、既存の対策設備の妥当性を再評価し、必要に応じて対策設備の見直し・高度化を図っていく必要がある。水化学的な観点から、対策設備に関連する基盤技術に対する課題としては、FPを含む系でのラジオリシスによる水素発生や窒素化合物の生成挙動の評価技術の高度化や、事故時化学には溶融燃料コンクリート反応等のより広い化学反応が含まれ、これらのサプレッションプール水を含む格納容器内滞留水のpHへの影響も考慮していく必要が生じることも考えられる。これらの基盤技術に関する研究開発の課題やロードマップに関しては7.1.2節に記載されている内容に含まれているため、本節においては改めて導入シナリオや技術マップ、ロードマップを重複して記載することはしない。しかしながら、対策設備の妥当性の再評価と必要に応じた対策設備の見直し・高度化は、基盤技術の進歩が進む2025年付近より先の中長期的課題としての対応となると予想され、将来具体的な課題が見えた段階でロードマップの形に落とし込んでいく必要がある。
_本節の水化学が関与する事故時対策に係わる課題調査票を以下に記載する。
参考文献
[8.1-1] 日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センターのホームページより引用 https://nsec.jaea.go.jp/decom/decom2.html (確認日:2019.4.2)
課題調査票
課題名 | 水化学が関与する事故時対策 |
マイルストーン |
短Ⅰ. 事故発生リスク低減・更なる安全性向上の実施 ⇒リスク情報に基づいた事故発生リスク低減策が効果的に実施される必要がある。短 IV. 信頼性向上へ向けたプラント技術・運用管理の高度化 ⇒福島第一事故を踏まえ設置導入した SA 対策設備等の保全・運用管理が最適化される必要がある。中Ⅰ. 包括的リスク情報活用の向上 ⇒原子力に係わるリスクを効果的・継続的に低減する必要がある。中Ⅲ. 事故発生リスクを飛躍的に低減する技術の整備 ⇒原子力をベースロード電源として活用されるため、事故発生リスクを飛躍的に低減する技術開発及び設計技術への反映がなされる必要がある。 長Ⅰ. 放射能の環境放出や被曝リスク低減に係わる革新的技術開発の進展 長Ⅲ. 国際的な原子力安全の牽引 |
概要(内容) |
(1) 水素蓄積防止技術の最適化・高度化 福島事故での水素爆発の教訓を踏まえて、アクティブ型の FCS からパッシブ型の FCS に変更していくことにより安全性の向上を図るとともに、水素発生、蓄積挙動モデルの高度化の結果を反映したシステムの最適化・高度化を図る。 (2) FP 挙動の解明と解析コードの高度化 国内外の最新知見を反映したアクシデントシナリオとヨウ素等のFP 挙動をモデル化し、安全解析コードの高度化を図るとともに、不確かさ情報の整理・拡充を継続的に実施する。またモデル高度化に資する試験についても国内外の研究機関と連携して継続的に実施する。 (3) pH 制御技術の開発・高度化 アクシデントシナリオと安全解析の結果に基づき、合理的で実効性のあるサプレッションプールを含む格納容器内滞留水の pH 制御システムの開発と高度化を図り、公衆被ばくのリスクを低減する。 (4) フィルターベントシステムの開発・高度化 アクシデントシナリオと安全解析の結果に基づき、合理的で実効性のあるベント時のフィルタシステムの開発と高度化を図り、公衆被ばくのリスクを低減する。 (5) SA 対策設備の保守・管理方法の確立 新たに導入される SA 対策設備の保守・管理方法を確立する必要がある。 |
導入シナリオとの関連 |
水化学に関連する SA 対策設備による公衆被ばくの軽減 |
課題とする根拠 |
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現状分析 |
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期待される効果 |
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実施にあたっての問題点 |
課題全体の共通問題として下記がある。
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必要な人材基盤 |
(1)人材育成が求められる分野
(2)人材基盤に関する現状分析
(3)課題
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他課題との相関 |
ロードマップ対象項目の課題別区分の④事故発生時のサイト外の被害極小化方策のうち、発電所における事故対応能力の向上に該当する。具体的な項目は以下のとおり。
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実施時期・期間 |
中長期(~2050 年) |
実施機関 |
産業界・学術界・行政/産業界・行政 <考え方>
原子力規制委員会/原子力規制委員会
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その他 |