部会報創刊号 編集後記

編集後記

 水化学部会が発足してまだ間もないのですが、広報編集小委員会では部会ホームページの立ち上げ、部会報の発刊等、会員各位に必要な情報を迅速かつ正確にお伝えできる仕組みを検討してきました。部会報につきましては、発行手続きの合理化と迅速化のため、部会ホームページのなかで皆様に見ていただく方式を採用しました。このたび、水化学部会報の記念すべき第一号を発刊することができ、なんとか所期の任を果たせたものと考えています。

本年は、水化学分野にとって、ロードマップの作成に続き、部会発足と大変記念すべき年になるものと感じますが、その中でこのような役割を果たすことができ光栄に思っています。ただし、ホームページにしろ、部会報にしろ、全体の枠組みについては、先行の部会を参考にさせていただいて構成しているため、今後、随時見直し、より良い内容にしていきたいと考えています。このため、会員各位のお知恵をお借りしてさらに向上させていきたいと思いますのでご協力を御願いいたします。

(日立GEニュークリア・エナジー 布施記)

部会報創刊号 会員の声

会員の声

20年以上にわたり,国内外の水化学技術向上に大きな役割を果たしてきた水化学研究専門委員会がその活動を終了し,今年6月25日に水化学部会として新たな活動をスタートさせました。

学生時代には水化学と縁がなかった私ですが,会社に入社しすぐに原子力発電所の水化学を担当することとなり,水化学について一から勉強することとなりました。このとき水化学研究専門委員会が編纂した「原子炉水化学ハンドブック」が水化学の教科書として大変役に立ちました。ハンドブックは今でも机の一番手の届きやすい場所においてあり,なにかというとハンドブックで調べ物をしております。

原子炉水化学ハンドブックや,昨年度に作成した「水化学ロードマップ」など,これまで大きな成果を残してきた水化学研究専門委員会ですが,部会に「昇格」したことで,他部門との交流も含めてこれまで以上に活発な議論がなされ,水化学分野のさらなる発展に貢献されることを期待しますし,また私自身も一部会員として積極的に部会活動に取り組みたいと思っております。

(東京電力(株)  宮澤 晃氏)

私は、2年前に水化学標準専門委員会の委員となり、水化学発展の一員として仲間に入り活動させて頂き、委員会が解散する年度末までの間、沢山の情報等を得られ非常に有益なものでした。また、この活動は言うまでもなく発電所のより良い水化学管理を目指したものであり、我々発電所の運営に有効なものとなることと確信しております。

今年度から新たに原子力学会「水化学部会」として、今後の軽水炉で予想される利用の高度化、高経年化への対応および燃料高度化の取り組みを本格化する方向から、水化学分野の一層の高度化・透明性を目指し取り組むこととなり、水化学部会の運営組織および活動方針が6月の総会にて決定された。

夫々の小委員会活動により、水化学活動の透明性は得られるものであるが、反面組織が膨らむことにより形だけのものに終わってしまう懸念もあり、事業者の立場からは従来の水化学の委員会活動と同様に、発電所の運営において懸念される材料との相互作用、被ばく・廃棄物発生抑制、標準化、人材育成と技術伝承等々の課題を着実に検討することで、発電所の安定運転に寄与する活動として、水化学部会に大きく期待している。

私も少なかれ本活動に参画させて頂き、水化学の発展に貢献できるよう頑張っていきたいと思っておりますので、皆様方のご指導をお願い致します。

(関西電力(株) 塚本 雅昭氏)

 水化学部会の立ち上げにご尽力いただきました方々にお礼を申し上げます。

また、部会参加させていただきますことを光栄に思います。

原子力ルネサンスと言われ、原子力に関する社会的関心と注目を集めつつある昨今、水化学分野においても、社会的に認知される技術文化を確立することが本部会における一つの使命と思います。

一方では、水化学は定量的な解釈および証明が極めて難しい技術分野であり、専門外の方々に認知される技術として成熟するためには多くの課題があるものと考えます。

知恵を出し合い、時間と労力を惜しまず繰り返えし議論することにより、道は開かれるものと思います。

(日立GEニュークリア・エナジー(株) 会沢 元浩氏)

水化学部会のスタートにあたり、下記の議論を通じて実り多き部会にしていきたいと思います。

①水化学の今後10年、20年先のあり方、研究の方向性:プラントの経年化が進み、ますます水化学の重要性が増してくると思われます。多分野(燃料、材料関係)との交流も深めて、水化学の今後のあり方、研究の方向性を持続的に議論していきたい。

②技術・知識の維持、人材の育成:原子力の商業発電が始まって40年近く経ちました。現場で活躍された方が退職され、これまで培われた技術、知識が失われることが懸念されます。水化学標準化や、本部会を通して、技術、知識を継承し、産学連携して人材の育成と技術の継承を図りたい。

③公平・公正性の確保:オープンな場で議論し、多くの方の意見を反映して成果を作り上げていきたい。

(日立・電開研  石田 一成氏)

 自分が「水化学」という言葉に初めて出会ったのは、平成14年の第17回「水化学最適化」研究専門委員会に参加した時でした。それまで全く馴染みのない学問分野だったため、最初は原子炉の水に関する化学について研究する分野だろうという、文字通りの事が推測できたぐらいでした。研究の目的を設定するための価値観を把握する事が出来ず、しばらくは何となく落ち着きの悪かった覚えがあります。

そんな時に職場の先輩から、内田部会長が講師をされていた東北大学インターネットスクールの“エネルギー化学工学特論”の受講を勧められました。その講義を受講したお陰で、ようやく、「水化学」の目的は原子力発電プラントにおける 1) 線量率の低減、 2) 構造材・燃料の健全性確保、 3) 廃棄物の発生抑制であり、そのために「原子力発電プラントでの冷却“水”の主として“化学”的な挙動について研究する」という事をはっきり認識できる様になりました。

一個人として私に出来る事は高が知れていますが、それでも今後、本部会に関する活動を通じて少しでも社会へ貢献できればと思っています。

(JAEA  中原 由紀夫氏)

今回専門委員会から部会に昇格したため、今までの専門委員会より組織が大きくなった。組織の大きい部会となったが、今までの小回りのきいた専門委員会と同程度の定例会が行われることを期待したい。また、部会に昇格したことから、他部会との交流を図っていくとのことであるが、是非期待したい。

(三菱重工(株)  西村 孝夫氏)

水化学部会の発足おめでとうございます。発足にあたりご尽力いただきました方々や、水化学標準委員会の時より、委員会の運営及び委員会において活発な議論に参加された方々には深く御礼申し上げます。

水化学部会となることは、その学問的意義やこれまでの活動内容が認められたということと共に、今後、更なる発展を期待するということであると思います。

部会になると大きな組織となりますが、同じ化学部門に携わる者同士が、部会長の内田先生を中心として業種や世代の垣根を越えて議論できる雰囲気を作っていっていただきたいと思います。私は、これが最終的には部会の発展、日本の原子力発電における化学技術の発展につながると信じております。私も部会の一員として貢献していきたいと思います。今後とも宜しくお願いします。

(日本原子力発電(株) 大平 拓氏)

部会報創刊号 燃料と水化学

燃料と水化学

原子燃料工業 土内 義浩

 

1.はじめに

平成18年度から19年度の日本原子力学会における水化学ロードマップの検討に、水化学-燃料サブワーキングのメンバーとして参加させていただきました。水化学の専門家の方々と積極的に意見交換し、ロードマップ作成という大きなプロジェクトに微力ながらも貢献できたことを光栄に感じます。このような貴重な場を与えて下さり、更に御指導、ご議論くださった方々にこの場をお借りして厚く御礼申し上げたいと思います。

ロードマップ検討の効果について語られる際に、技術的な課題や対応プランが明確になることだけでなく、異なる分野の関係者が集まって意見交換することで、交流が進むとともに相互理解が深まることも重要な効果であるとしばしば言われます。これについてはまさに実感するところです。今後も継続的に共同作業が行われ、分野の枠を越えた互いの理解が益々深まることを切に願います。

 

2.従来の課題とその理解

BWRの冷却材やPWRの一次冷却材の水化学は、燃料の健全性を左右する最も重要な使用環境因子の1つです。ところが、燃料メーカや関連研究機関の研究者、技術者のうち、水化学技術の分野に積極的に踏み込む者は一部に限られており、またその検討に携わる機会はそれほど多くないと感じます。ここで、水化学の改良はどちらかと言えば、燃料の健全性を向上させるというよりは、プラント材料の劣化を低減することを優先的に選択したものの方が多いように思います。また、水化学の改良は燃料に対して使用環境由来の負荷の増大をもたらす場合があります。PWRにおける一次冷却材のpHを高めるために高Li化を図るなどはその一例です。一方、燃料健全性への影響評価については、確認試験は長期を要し、またその代替策としての海外先行知見を活用するにしても、情報源が限られていることに加えて、必要な対価も極めて高くついてしまうというのが実情だと推察されます。

このようなことから、燃料の信頼性の向上・維持を責務とする「燃料屋」から見れば、水化学の改良とは燃料の健全性に対して新たな課題をもたらすものと認識されがちです。しかし、水化学ロードマップ検討の場において提案がなされたように、燃料の信頼性を考える際に最も重要な構成部材である燃料被覆管の腐食等の劣化を低減させるような水化学技術も重要といった考え方もあり、水化学の改良イコール燃料健全性に対する負荷増大という図式は一面的な見方であることがわかりました。

一方、燃料技術分野が他の分野(の方々)からどのように見えているのかとしばしば自問することがあります。小生の立場から正確に推し量ることは難しいと感じつつも、ここでは、自らを見つめ直すつもりで、燃料技術分野特有の問題意識やそれを生む土壌(事情)について恣意的ではありますが挙げてみることにしました。

 

(1)  材料技術の特徴

燃料集合体を構成する部材の設計では材料としてステンレスやNi合金が多く使用されているが、燃料要素(棒)はセラミックである酸化物燃料ペレットとジルコニウム合金製の被覆管で構成されています。これらの炉内挙動(例えば、ジルコニウム合金製被覆管の水側腐食に伴う水素吸収と脆化といったような)を評価するにあたっては、原子力以外の分野の技術や専門知を積極的に活用する機会に乏しく、比較的限られた世界で構築された知識基盤が拠り所となってしまう傾向があります。また、燃料材料は高速中性子束にさらされる環境下にあるため、炉外で把握できる材料特性や他分野からの知識を演繹・展開しての炉内挙動把握には自ずと限界があります。

 

(2)  製品の特徴

燃料は消耗品であるとともに炉内構造物でもあります。およそ3~4年程度の寿命中にわずかな寸法変化、腐食や腐食生成物付着はあるものの、外観上、顕著な消耗があるわけではなく、他の炉内構造物同様に寿命期間を通じて強度や延性といった機械的な健全性が要求されます。

ここで、寿命の途中で劣化の程度を精度よく把握する機会は上述の通り極めて限定的であるため、一般的には大きな保守性を伴う予測技術をもって、寿命末期までの健全性を評価することになります。このような状況の中でも、近年は燃料健全性に関するトラブルはほとんど無く、信頼性は十分に高いと認知されていると言えます。しかし、今後のアップレートや水化学高度化の中で、予測技術の保守性で確保されてきた燃料設計上のマージンは徐々に削減される方向であることは自明であり、この保守性に過度に依存しない精度の高い評価手法の必要性は高まっています。

 

(3)  規制を前提とした設計の特徴

原子炉内で燃料を安全に使用する(燃焼させる)ことに対しては、様々な国の規制の網が幾重にも掛けられています。したがって、燃料の設計には安全性や健全性の観点から、核的、熱水力的かつ機械的な観点から、多くの規制上の機能要求がなされ、高い説明性が求められています(例えば、被覆管の腐食を高々数%増加させる程度の水化学改良でさえも燃料技術の立場からはこれを殊更重大視する傾向は、この強固に張り巡らされた規制の網の存在によってより強調されるのが実情)。こういった状況の中、燃料の安全性を確保するための機能要求に対応した合理的な規格基準を設けることに向けて、学協会規格の積極的活用を図ることを視野に入れながら、その枠組みや内容についての議論が学会等の場において始まっています。その一方で、国がその成果を規制に活用するための合理的な仕組みについては、その方向性については意見の一致を見ているものの、具体的な運用方法、役割分担等の詳細については未だ議論の余地があり、今後の重要な取り組み課題であると考えられます。

また、新しく開発した燃料を実用化するにあたっての最終確認試験を行う場合、最も信頼性の高い手法の1つである実炉を利用した先行(実証)試験が有効であると考えられる一方で、この実炉を用いた試験を推進することが極めて困難というジレンマがあります。

 

上記のような状況は燃料分野固有のものではなく、技術的なものに限らず様々な課題を各々の分野が抱えているとは容易に想像できますが、これらの課題のうち、一方から他方の分野を見た時にその境界を通して明確に見えていたものは、残念ながら限定的なものであったと言わざるを得ないのではないでしょうか?それが、現在は、ロードマップ策定を初めとした異なる分野の関係者が集まる検討の場を通して、少しずつ相互理解が深まりつつあり、お互いの分野への影響まで俯瞰しつつ課題を解決していく効果的な協力関係を構築するに相応しい環境が整ってきたように感じています。

 

3.ロードマップとこれからの協力関係

平成18年度から原子力学会において「軽水炉燃料の高度化に必要な技術検討」特別専門委員会が立ち上がり、産官学の専門家が集まって、燃料の高度化に伴う課題と今後の対応方針について検討を行っています。具体的なアクションとしては、燃料の安全性についての学協会規格に関連する検討と技術戦略マップのローリング(見直し)であり、それぞれに対して作業会を設け活発な議論を行っており、今後も活動は継続的に行われる予定です。

ここで、技術戦略マップのローリングとは、最新の知見、議論、動向を踏まえて逐次バージョンアップを図るものです。平成16年度に学会で検討された「燃料高度化ロードマップ」をベースに、その後重ねられた議論の反映により、平成19年7月には「燃料高度化技術戦略マップ2007」が策定されました。その中では、BWR及びPWRの今後の技術開発と優先して対応すべき技術課題とその対応スケジュールが明確にされました。また、知識(情報)、人的、施設、及び制度的基盤の整備についても議論が行われています。さらに、この技術戦略マップは、濃縮度5%制限に関する課題、第二再処理工場等、燃料技術分野として直接取り扱うものではないもののロードマップを描くにあたって、また技術開発を進めるにあたって重要と考えられる課題も環境的課題としてその導入シナリオに位置付けることにより、将来の継続的検討を可能とするものとなっています。

水化学分野とは、技術的な動向、課題、解決策やそのために必要な基盤を適宜共有し相互協力を図るとの観点から、水化学ロードマップとのリンクを重要な環境的課題の1つとして燃料高度化の技術戦略マップ中に挙げています。

これまで検討が行われてきた水化学や燃料高度化に関するロードマップについて、(詳細な内容には触れませんが)それらを俯瞰し、また各々の場での議論を踏まえて今後の水化学分野と燃料分野の協力関係について考えるに、炉水条件を変更するような新しい水化学技術を適用する場合には燃料に及ぼす影響について事前に十分に勘案し、被覆管の腐食や水素吸収について機構論に基づく検討や、水化学技術の動向を十分に把握した上での燃料技術開発や燃料健全性評価技術の向上を図るといった先見的、かつ効率的な取り組みが今後益々重要になっていくと考えられます。このためには、まず異なる分野が互いに積極的に情報共有に向けて協力しあうことが不可欠であり、さらに、電力やメーカ、研究機関による効果的な役割分担に基づくロードマップに沿った効率的な開発推進も重要と考えられます。また、国には規制当局および推進の支援者としての2つの異なる役割があり、今後も高度化の可能性と必要性を十分に踏まえた上で、国内の軽水炉関連技術に対して、透明性や公平性を確保しつつ産学との合理的な協力関係を構築し、ロードマップに挙げられているような課題解決の一翼を積極的に担う役割が望まれます。

水化学や燃料の高度化を図るにあたっては、大規模なインフラ整備や、単にボランタリーなレベルにとどまらない戦略的な国際協力も重要と考えられます。これらは産学だけで実現できるものではなく国の関与が必須となりますが、ロードマップに目標や優先すべき技術課題や対応策を先見的に明示することにより、国の協力も得られやすくなるのではないかと考えられます。

昨今の国内の原子力技術に対する認識の高まりは好ましいことです。ただし、原子燃料サイクル確立や高速炉技術開発といった特定の分野に目が向けられがちな中で、水化学や燃料といった現実に実用化されている目の前の軽水炉に関する技術についても、公益性や安全性の向上のために今後も改良、高度化の余地が大いにあり、技術開発が不可欠であるとのコンセンサスを広く獲得して行く努力が重要であると感じています。

今後も、水化学技術と燃料技術という分野はそれぞれが目標に向かって研鑽することが重要であるとともに、さらに両者がWin-Winとなるようなアクティビティが望まれます。そのために、主に学会の場を通じて専門家間で技術開発動向や知識、研究開発施設や人といった基盤を共有することが重要であり、それが種々の合理的な課題解決につながって行くことと思います。

 

部会報創刊号 特別寄稿: 第39回日本原子力学会賞技術賞(第3907号)高温高圧過酸化水素水ループに関する実験技術の確立

特別寄稿

 

日本原子力学会賞受賞内容

第39回日本原子力学会賞技術賞(第3907号)

高温高圧過酸化水素水ループに関する実験技術の確立

- 高温水中での過酸化水素濃度制御とその濃度および材料腐食挙動への影響のin-situ計測

(独)日本原子力研究開発機構       内田 俊介           佐藤 智徳        塚田 隆

(株)日立製作所                            和田 陽一

(社)日本アイソトープ協会           石榑 顕吉

 

過酸化水素と聞くと、われわれの年代は、オキシフル(オキシドールの商品名)という殺菌消毒剤を思い起こすのではないかと思います。赤チン(マーキュロクロム液)と同様に、オキシフルも今はほとんど使われなくなりましたが、当時は非常にポピュラーで、褐色のビンに入っており、傷口につけると泡粒が出てくるのが印象的でした。今回の研究対象は、この過酸化水素水です。

沸騰水型原子炉(BWR)では、原子炉での水の放射線分解の結果、酸素、水素、過酸化水素その他のHとOとから構成されるイオンやラジカルが生成します。このうち、化学的に安定な水素、酸素の存在は早くから知られており、燃料被覆材や原子炉構造材の腐食試験では、酸素濃度を制御して原子炉の腐食環境に合わせることが広く行われてきました。20年ほど前に、実機BWRへの水素注入が始まった頃から、水の放射線分解の理論評価が盛んに行われるようになり、炉水腐食環境が、酸素と共に、過酸化水素(H2O2)で決定されることが知られるようになりました。しかし、過酸化水素は高温水中では安定ではなく、サンプリングされた水中にはあまり残らないため、実際に測定することが難しく、材料研究者の目を過酸化水素に向けさせるにはパンチが欠けていたものと思います。一方で、原子炉の高温水中で直接測定できる腐食電位が腐食環境指標として脚光を浴びるようになり、酸素だけでは説明のつかない腐食電位が過酸化水素を考えることで理解できるようになりましたが、実験としては、過酸化水素濃度を高温水中で安定に保ち、その濃度を自在に制御し、またモニタすることが難しかったために、研究はなかなか進まず、過酸化水素濃度制御技術が確立されたのはこの10年程の間です。

以上が研究の背景ですが、以下、少し硬くなりますが、研究の概要を、受賞概要から抜粋し、紹介いたします。

BWRの炉水腐食環境は、水の放射線分解で生成した過酸化水素で決定されます。応力腐食割れの予防保全策の一環として実施されている水素注入条件下では、ppbレベルで残存したH2O2の影響で腐食電位(ECP)が十分低下せず、水素注入効果の定量には、H2O2の影響評価が必須とされています[1]-[3]。本研究では、高温高圧水実験装置中でH2O2濃度とO2濃度を独立に安定かつ任意に制御できる技術を確立する[4]と共に、高温高圧下での材料の腐食挙動をin-situで測定できる技術を確立しました[5]-[7]。

本研究で得られた成果の概要は以下の通りです。

1)H2O2濃度制御技術の高度化

オートクレーブとH2O2注入およびサンプリング管内を四フッ化エチレンでライニングした既開発の高温高圧H2O2水ループ[8]の高流速化、内容積の縮小、最適化により、試験部で常に90%以上のH2O2が残存することを確認し、O2の共存を最小にしたH2O2雰囲気で長時間安定に材料腐食挙動の測定を可能とする実験手法を確立しました[4]。ルミノール化学発光分光法に基づくフローセル型の高感度かつ簡便なH2O2濃度測定法を開発し、サブppbのH2O2濃度を、迅速に測定可能な技術を確立しました[9],[10]。

2)材料腐食挙動のin-situ計測

ECPのほか、複素インピーダンス(FDCI)、直接接触電気抵抗(DCR)の測定により、ステンレス鋼の腐食で形成される酸化皮膜の性状と酸化反応を、高温水中でin-situ測定できる技術を確立しました[6],[7],[11]-[15]。また、FDCIとECPの計測を組合せたオンラインH2O2濃度モニタを開発しました[11]。

3)多元表面分析による酸化皮膜性状解析

走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(STEM-EDX)、レーザーラマン分光分析装置(LRS)などを組み合わせた多元表面分析技術を駆使し、「酸化皮膜は、内外二層で構成され、H2O2雰囲気では、H2O2の分解で生ずるOHラジカルの影響で、電気抵抗の高い緻密な内層が形成され、ECPは高いが、逆に腐食は抑制される」ことを示しました [14]-[17]。

4)H2O2の腐食挙動への影響

H2O2の酸化によるアノード電流と還元によるカソード電流が相殺し、広いH2O2濃度域で一定のECPを示しますが、腐食電流は濃度と共に低下し、き裂進展速度も低下します[7],[11]。実験室と実機BWR環境での腐食挙動の差異の要因がH2O2の存在と酸化皮膜性状によることを明らかにし、高経年化プラント対応の材料研究のためには、H2O2雰囲気でのデータ蓄積が必須であることを示しました。

 

[参考文献]

1) S. Uchida, K. Ishigure, H. Takamatsu, H. Takiguchi, M. Nakagami and M. Matsui,, Water Chemistry Data Acquisition, Processing, Evaluation and Diagnosis Systems for Nuclear Power Reactors, 2004. Proc. The 14th Int. Conf. Properties of Water and Steam, (Kyoto, Japan), International Association for Properties of Water and Steam, 551 (2004)

2) H. Takiguchi, H. Takamatsu, S. Uchida, K. Ishigure, M. Nakagami and M. Matsui, “Water Chemistry Data Acquisition, Processing, Evaluation and Diagnostic Systems in Light Water reactors”, J. Nucl. Sci. Technol.41, 214 (2004).

3) 山脇道夫、恩地健雄、福谷耕司、中村武彦、高橋文信、塚田隆、内田俊介「BWRシュラウド等の応力腐食割れに係わる最近の研究動向」、日本原子力学会誌、47、385(2005)

4) T. Satoh, S. Uchida, J. Sugama, N. Yamashiro, T. Hirose, Y. Morishima, Y. Satoh and K. Iinuma, “Effects of Hydrogen Peroxide on Corrosion of Stainless Steel (I) – Improved Control of Hydrogen Peroxide Remaining in a High Temperature High Pressure Hydrogen Peroxide Loop”, J. Nucl. Sci. Technol., 41, 610 (2004).

5) J. Sugama, S. Uchida, N. Yamashiro, Y. Morishima, T. Hirose, T. Miyazawa, T. Satoh, Y. Satoh, K. Iinuma, Y. Wada and M. Tachibana, “Effects of Hydrogen Peroxide on Corrosion of Stainless Steel (II) – Evaluation of Oxide Film Properties by Complex Impedance Measurement”, J. Nucl. Sci. Technol.41, 880 (2004).

6) S. Uchida, T. Satoh, J. Sugama, N. Yamashiro, Y. Morishima, T. Hirose, T. Miyazawa, Y. Satoh, K. Iinuma, Y. Wada and M. Tachibana, “Effects of Hydrogen Peroxide on Corrosion of Stainless Steel (III) – Evaluation of Electric Resistance of Oxide Film by Equivalent Circuit Analysis for Frequency Dependent Complex Impedances”, J. Nucl. Sci. Technol.42, 66 (2005).

7) S. Uchida, Y. Morishima, T. Hirose, T. Miyazawa, T. Satoh, Y. Satoh and Y. Wada, “Effects of Hydrogen Peroxide on Corrosion of Stainless Steel (VI) – Effects of Hydrogen Peroxide and Oxygen on Anodic Polarization Properties of Stainless Steel in High Temperature Pure Water -”, J. Nucl. Sci. Technol., to be published.

8) S. Uchida, N. Shigenaka, M. Tachibana, Y. Wada, M. Sakai, K. Akamina and K. Ohsumi., “Effects of Hydrogen Peroxide on Intergranular Stress Corrosion Cracking of Stainless Steel in High Temperature Water, (I) – Effects of Hydrogen Peroxide on Electrochemical Corrosion Potential of Stainless Steel”, J. Nucl. Sci. Technol.35, 301 (1998)

9) N. Yamashiro, S. Uchida, Y. Satoh, Y. Morishima, H. Yokoyama, T. Satoh, J. Sugama and R. Yamada, “Determination of Hydrogen Peroxide in Pure Water by Chemiluminescence Detection (I) – Flow Cell Type Hydrogen Peroxide Detector”, J. Nucl. Sci. Technol.41, 890 (2004)

10) S. Uchida, Y. Satoh, N. Yamashiro, T. Satoh, “Determination of Hydrogen Peroxide in Pure Water by Chemiluminescence Detection (II) – Theoretical Analysis of Luminol Chemiluminescence Processes”, J. Nucl. Sci. Technol.41, 898 (2004)

11) S. Uchida, T. Satoh, N. Kakinuma, T. Miyazawa, Y. Satoh and K. Mäkelä, ”An electrochemical sensor complex for in-situ measurements of oxide film electric resistance in high temperature water”, ECS Transactions, Volume 2, Issue 6, 209th ECS Meeting, May 7-May 12, 2006, Denver, Colorado, Electrochemical Society (2006). in press.

12) T. Satoh, S. Uchida, Y. Satoh, K. Iinuma and Y. Wada, “In-situ Measurement of Oxide Film Behavior on Stainless Steel in High Temperature High Pressure water ”, Proc. The 14th Int. Conf. Properties of Water and Steam, (Kyoto, Japan), International Association for Properties of Water and Steam, 561 (2004)

13) S. Uchida, T. Satoh, Y. Morishima, T. Hirose, T. Miyazawa, N. Kakinuma, Y. Satoh, N. Usui and Y. Wada, “Effects of Hydrogen Peroxide and Oxygen on Corrosion of Stainless Steel in High temperature water”, Proc. 12th Int. Conf. Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems – Water Reactors, Snowbird, UT, Aug. 15-18, 2005, TMS, (2005) (CD-ROM)

14) Y. Murayama, T. Satoh, S. Uchida, Y. Satoh, S. Nagata, T. Satoh, Y. Wada and M. Tachibana, “Effects of Hydrogen Peroxide on Intergranular Stress Corrosion Cracking of Stainless Steel in High Temperature Water, (V) – Characterization of Oxide Film on Stainless Steel by Multilateral Surface Analyses”, J. Nucl. Sci. Technol., 39, 1199 (2002)

15) S. Uchida, T. Satoh, K. Furukawa, Y. Murayama, J. Sugama, N. Yamashiro, Y. Satoh, K. Iinuma, Y. Wada and M. Tachibana, “Characterization of Oxide Films on Stainless Steel Exposed to Hydrogen Peroxide and Oxygen in High Temperature Water”, Proceedings of 11th International Conference on Environmental Degradation on Materials in Nuclear Power Systems; Water Reactors, Aug. 10-14, 2003, Stevenson, Washington, American Nuclear Society (2003) (CD).

16) T. Miyazawa, S. Uchida, T. Satoh, Y. Morishima, T. Hirose, Y. Satoh, K. Iinuma, Y. Wada, H. Hosokawa and N. Usui, “Effects of Hydrogen Peroxide on Corrosion of Stainless Steel (IV) – Determination of Oxide Film Properties with Multilateral Surface Analyses”, J. Nucl. Sci. Technol.42, 233 (2005).

17) T. Miyazawa, T, Terachi, S. Uchida, T. Satoh, T. Tsukada, Y. Satoh, Y. Wada, H. Hosokawa, “Effects of Hydrogen Peroxide on Corrosion of Stainless Steel (V) – Characterization of Oxide Film with Multilateral Surface Analyses“, J. Nucl. Sci. Technol., 43, 884 (2006)

[文責:内田俊介]

部会報創刊号 水化学ロードマップ概要

水化学ロードマップの概要

東京大学  勝村 庸介

 

平成17-18年度に、(独)原子力安全基盤機構からの請負契約により、産官学の役割分担・取組を念頭において調和的な研究・開発戦略シナリオを水化学ロードマップとしてまとめた。

 

水化学ロードマップの必要性

わが国では50基を超える軽水炉が稼動しており、電力の安定供給のためには軽水炉の運用継続が必要とされ、また30年以上稼働しているプラント数も増加している。こういった状況から、プラントの高効率化(炉出力向上、長期運転サイクルなど)、燃料高度化(燃焼度向上、健全性維持など)、高経年化プラントへの対応などの分野について「原子力安全研究ロードマップ」の作成が行われ、対応すべき研究開発項目、そのターゲット、研究開発工程及び実施機関などが取りまとめられてきた。

 材料側からの視点が中心であったため、腐食のもう一方の要素である環境すなわち水化学の視点からの検討も十分に行う必要がある。水化学は設備・機器の腐食抑制、プラントの線量率低減、放射性廃棄物低減に有効であることから、合理的な対応策を提供でき、各種事象のメカニズムを検討し、現象の的確な把握に基づいて適切な水質管理を行うことにより、関連する諸課題への対応が可能であることから、水化学への期待は大きい。ロードマップの作成は、研究目標の明確化、既存技術の透明化、人材育成と技術の標準化、産官学間の認識の共有、研究課題の明確化、効率的な研究開発目標、開発手順などを設定できる。産官学が議論して作成したロードマップを公開することは、軽水炉プラントの理解促進に寄与し、原子力に対する国民合意を得ることに寄与できる。以上のような展望のもと、水化学ロードマップの作成を行った。

 

水化学ロードマップの全体像

 水化学は、原子力発電プラント冷却水の水質管理に関する化学的基盤を与える分野全般を包括し、高温・高放射線下といった水環境と材料の相互作用、水系における腐食生成物や添加物の挙動を扱う分野である。また、原子力発電プラントを安全にかつ効率よく運転するために冷却水を化学的に管理するための技術そのものとも定義できる。これを踏まえ、先行しているロードマップとの関連に配慮しつつ、下図のように燃料・構造材・水化学の相関をまとめた。

 さらに、既存知識の整理、集積、新データの追加、蓄積とこれらの提供、また、教育、人材面での継続的供給体制、産官学の分担による効率的連携、規制当局との関わり、更には、国内のみならず、国際的ネットワークの重要性、等の観点から、下図のように協力体制を整理した。

 ロードマップの目標として「水化学による原子力プラントの安全性および信頼性維持への貢献」を掲げている。具体的には (1)安全性・信頼性の一層の向上、(2) プラントの合理的・経済的運用における安全性・信頼性の確保、を技術開発上のマイルストンととらえ、下に示すような、5年毎の4段階のステップを踏まえた、今後20年間をカバーするシナリオとなっている。

課題の抽出と整理

 水化学ロードマップで検討すべき課題は、水化学固有のものの他、構造材料や燃料と水化学の境界領域にある。構造材料や燃料に関しては、既に研究ロードマップが作成されており、これらを考慮しつつ整合を図って課題の抽出を進めた。これを踏まえ、(1)燃料-水化学境界領域における水化学からの課題、(2)構造材料に関わる水化学からの課題、(3)水化学固有の課題、の視点から課題の抽出を行った。

 また、水化学を取り巻く環境や先行して作成されている他のロードマップを踏まえ、水化学の特色であるハード面ばかりではなくソフト面からの課題の体系的な整理を行った。体系的整理を行うにあたり、設備、人、環境といった面から、水化学が抱える課題を抽出し、顕在的な課題ばかりではなく潜在的な課題も整理を行った。

 具体的な作業として課題調査表を作成した。これには課題名、その概要、問題点の所在、現状分析、期待される成果、実施課題、時期・期間、実施機関、資金の出所などの項目を記したものである。これらを多数作成し、分類、選択、統合し、相互の関係等を検討した上で、最終的には、(1)設備/機器等への影響、(2) 環境/一般公衆への影響、(3)人/情報の整備のカテゴリーに分け、これらに11項目のロードマップが配置されている。詳細は報告書を参照頂く事とし、各項目の概略を以下に記す。

(1)設備/機器等への影響

基盤技術に係わるロードマップ

 共通基盤技術としては、各課題に共通な技術について取り上げること、各課題に固有な基礎技術は各課題の中に設けて検討すべきであるとの観点から、以下に示す具体的項目を共通基盤技術として取り上げた。

a.腐食環境評価技術

b.腐食メカニズム

c.酸化物・イオン種の付着脱離メカニズム

d.実験方法

被ばく線源低減に係わるロードマップ

 「わが国の原子力発電プラントを、将来に亘って国際的にトップレベルの低線量率(クリーンプラント)プラントとする」とした、明確なゴールを設定し、以下のような課題を抽出している。

a.被ばく線源生成のメカニズム解明(科学基盤とモデル化)

b.燃料高度化、軽水炉利用高度化、高経年化対応水質変更の影響評価

c.既存技術高度化と適用(PWR : 高Li運転、溶存水素最適化等、BWR : 給水水質制御等)

d.新技術開発(被ばく線源生成メカニズムに基づいた対応策)

応力腐食割れ及び照射誘起応力腐食割れの抑制に係わるロードマップ

 環境緩和策は事業者が材料劣化抑制方策として展開するのみでなく、適用効果を明確に示し効果的な運用方法を定め、規格基準化や規制の高度化等を通じて高経年対応における点検・評価の高精度化・合理化に反映し、さらに状態監視保全を支援する。これにより予防保全効果の向上によるプラント信頼性向上、稼働率向上、被ばく低減、原子炉高度利用化支援、コストダウンへの貢献するものとして以下のような項目を抽出した。

  1. 既存技術の高度化と新たな水化学の開発
  2. SCCへの水質影響評価
  3. 実機環境モニタリング技術及びSCCモニタリング/評価技術の開発
  4. 環境緩和技術/クライテリアの規格規準化と環境緩和効果の点検規準への反映

燃料被覆・部材腐食/水素吸収抑制に係わるロードマップ

 炉水環境としての水は、燃料、構造材と直接接しているため、たとえば構造材の腐食対策として水化学を変更する場合、燃料の腐食や炉水の放射能挙動に影響を与える可能性がある。従来、主に先行照射によって実証してきた燃料被覆管・部材の腐食や水素吸収の機構をモデル化し、様々な運転条件や水化学環境における使用範囲を合理的に評価できる手法を確立する。このための以下のような項目を抽出した。

a.燃料高度化(高燃焼度、MOX、最適運転サイクル)

b.軽水炉利用高度化(出力向上)

c.水化学の高度化(高経年化対応、被ばく低減)

⑤状態監視保全の支援に係わるロードマップ

 将来、炉内や配管の健全性モニタリングが可能になれば、長期にわたる経年化の予測評価精度の向上や状態監視保全の充実が期待される。SCCやFAC等の経年劣化事象について材料・応力・環境面から多面的に計測・評価可能なモニタリング技術を開発・適用することを、今後目標とすべき研究項目として選択した。

a.環境モニタリング技術の高度化

b.実機材劣化評価手法

c.状態監視保全手法

⑥FAC抑制に係わるロードマップ

 配管減肉抑制のための水化学技術のさらなる高度化を図るとともに、実機減肉傾向と配管減肉メカニズムに即した評価管理手法の確立を行う。さらにこれら水化学技術(管理手法)と評価管理手法の規格規準化を行う。これにより、高経年対応や出力向上運転等における潜在的減肉進行部位に対する予防保全に貢献する、現行の点検・評価の高精度化・合理化、予防保全の高度化による長期的プラント信頼性向上、稼働率向上、被ばく低減、原子炉高度利用化支援、コストダウンへの貢献を期待し、以下のような項目を抽出した。

a.環境モニタリング技術の高度化

b.実機材劣化評価手法

c.状態監視保全手法

⑦スケール/クラッド付着抑制に係わるロードマップ

 効率的、効果的なスケール/クラッド付着抑制対策として水処理運用技術の適正化、新規薬剤の開発等による水化学技術の高度化、並びにより効果的なスケール/クラッド除去技術の適用等の改善案の立案、PWRにおける鉄発生低減対策としての系統pH増加、スケール付着抑制の観点からは、機器性能が確保できるpH領域の探索、等の観点から以下のような項目を抽出した。

  1. スケール/クラッド付着機構論の解明並びにモデル化
  2. 水化学技術の高度化:鉄の溶出抑制(最適pH処理の適用、酸素処理の適用)
  3. スケール/クラッド除去技術の開発(化学洗浄技術、スケール分散剤の開発)
  4. スケール/クラッド付着機構に基づく付着抑制技術の開発

SGクレビス環境緩和技術の開発に係わるロードマップ

 PWR復水脱塩設備樹脂の劣化生成物であるPSS(ポリスチレンスルホン酸)に起因するSO4の影響が相対的に顕在化している。一方、近来鉛等の微量金属成分が関与すると考えられるSG伝熱管の損傷発生の可能性が示唆されてきている。

 以上より、一層のSO4持込抑制策の開発および、腐食機構が明確になっていない鉛について、鉛がクレビス環境に及ぼす影響の明確化、発生源の同定による管理指標の策定が必要である。このために、以下の戦略的シナリオを設定した。

a.SGクレビス緩衝剤の開発

b.クレビス環境中和確認を目的としたクレビス直接分析新技術の開発

c.鉛の腐食原因究明と機構論の解明

d.SO4低減技術の開発

⑨AOAの防止に係わるロードマップ

 国内ではAOA発生の可能性は比較的低いレベルと予想されるが、徐々に厳しい運用条件によりAOA発生リスクは高まる方向となる。従って、実機での先行試験に依存することなくAOA発生リスクを評価でき、最適な運用条件を検討するための機構論的評価手法が必要で、関連する現象をメカニズムの視点から捉え、特に燃料棒表面へのクラッドの付着等に着目した種々の技術基盤を用いた試験に基づき、各々の因子との相関性を検討する。これらに基づき、水化学によるAOA抑制効果の有効性評価、AOA発生リスクの評価に基づくプラント運用条件および水化学の最適化を行う必要がある。以上の観点に基づいた項目を設定した。

a.基盤技術開発

b.新しい評価手法の検討 燃料棒表面へのクラッド付着に及ぼす影響 燃料棒表面へのボロンの取り込みに及ぼす影響

c.評価手法の適用

d.AOA防止に関する水化学高度化

(2) 環境/一般公衆への影響

 ⑩環境・一般公衆への影響に係わるロードマップ

 廃棄物発生抑制のための高浄化性や長期安定性などを有する新樹脂の開発、及び環境負荷低減のための制御薬品の選択や処理技術の開発においては、プラント高度化や新たな水化学管理の影響も同時並行で評価し、改善策を立案する。さらに、実機適用実績を踏まえたPDCA (plan-do-check-act) cycleサイクルを確立する。

a.運用の最適化(脱塩塔、フィルター運用の最適化、交換頻度の延長、クリーンアップ工程最適化)

b.新樹脂の開発(耐酸化性、高浄化性能樹脂の開発)

c.代替薬品の採用(ヒドラジン代替剤)

d.薬品処理技術の改良(アミン系薬品処理法)

(3)人/情報の整備

人/情報の整備に係わるロードマップ

 これまでの知見、蓄積を基礎に、水化学分野の技術情報基盤を整備していくこと、これまでの運用経験も踏まえた水化学技術の体系化により、評価技術、運用技術等の規格・基準化、標準化を進める。また、近年、水化学の研究開発、及び管理を担う人材の高齢化が問題とされ、今後、プラントの高経年化対応を含め、原子力発電の持続的発展のため、人材の確保は緊急の課題である。さらに、水化学技術の高度化の観点から、今後とも継続的に国際的な情報交換を進めると同時に、アジア諸国での原子力開発が急速に進展すると予測されることから、わが国で培った技術をこれらの国に反映させていくことが重要である。

 以上のような背景に基づき、人/情報の整備に関する戦略的シナリオを以下のように設定する。

a.技術情報基盤の整備/技術伝承

b.学協会規格等の整備

c.国際協力の推進

水化学ロードマップの目標

 前節に記した各項目のロードマップに沿った活動を実行する事により、以下のような目標が達成できるものと期待される。

1.被ばく線量の低減:被ばく線源(線量率)の低減に重点を置き、定検作業量の低減とあわせて、低被ばく線量を達成。

2.軽水炉利用の高度化、燃料高度化、そして、高経年化対応への水化学制御による調和的、合理的対応水学制御による燃料・構造材の信頼性の一層の向上。

3.水化学データ評価を通しての、状態監視保全による検査制度の改善・合理化

4.産・官・学の協調による研究の推進、人材の育成と民間自主規格化。

まとめ

 これらのロードマップは今後の進展により必要に応じ、改訂を進める必要があるが、最も重要な事は、このロードマップに沿った研究、技術の開発を実施する事であり、具体的な実施に向けた今後の活動に取り組むべきである。

部会報創刊号 水化学―その来し方、行く末

水化学―その来し方、行く末

                 (社)日本アイソトープ協会  石榑 顕吉

  1. はじめに

 今年6月、これまで24年間に亘って活動を続けてきた日本原子力学会における水化学関連の研究専門委員会が発展的に解消し、新たに水化学部会が発足した。水化学研究専門委員会発足当初から、20年間その主査を務めてきた筆者にとって、誠に慶ばしいかぎりであり、ここまで水化学分野が発展を遂げた事を思うと感慨もひとしおである。この節目の時にあたり、わが国における水化学技術の過去を振り返り、将来を眺めて、その印象と期待を述べてみたい。

  1. 水化学技術の展開

 わが国において発電プラントの原子炉冷却系の水化学管理が注目されるようになったのは、1970年代である。この時期、世界的にBWRにおけるステンレス鋼配管の応力腐食割れ(SCC)、PWR蒸気発生器(SG)の腐食と作業従事者の放射線被曝増大の問題が発生し、内外の関係者が総力を挙げて問題解決に当たっていた。この状況の中で水化学管理の重要性が強く認識され、水化学管理の面から問題解決を目指す種々の方策も提案された。このように水化学はプラントのニーズにもとづくtrouble shootingの技術として出発したものである。

1980年代には水化学技術の高度化の時代を迎えた。数多くの技術選択肢が提案され、実プラントに適用されて有効な成果を上げるものが出現した。一方、実機適用された技術選択肢に対するプラントの挙動はBWR、 PWRの中でも必ずしも同じでないことが次第に明らかになり、プラント毎の特徴が顕在化するようになった。このような中で、BWR、PWRなどの炉型を越えて、運転経験を共有し、情報交換を行って学術的な視点からも検討を行う場の必要性が認識され、1982年10月、原子力学会の中に水化学研究専門委員会が設立され、その後上述の形で今日に至っている。

 1990年代に入ると、運転経験も次第に蓄積され、一つの技術選択肢はある目的には有効であっても、他の面で負の影響を及ぼす “副作用”をもつケースが多いことも明らかになり、最適化が求められることになった。プラントの設計、運転履歴や、特徴を考慮してプラントに最も適した技術を選択することが重要であり、プラント個別の判断が必要であることが分かってきた。

 2000年代には水化学を予防保全技術として確立することが求められている。問題解決型から出発したが、現状改善から更に進め、将来を予知・予測して起こりうるトラブルを未然に防止しようという高い目標が掲げられている。また、関係者の世代交代の時期を迎え、技術の体系化と次世代への継承を進める必要もある。更には、材料、燃料など他分野との連携、協力が今後益々重要であり、水化学以外の分野の関係者に対する説明責任(accountability)を果たしていくことも必要である。

 以上筆者の独断による水化学技術年代史の簡単な概要を述べた。技術選択肢を個別に述べることはしないが、全体を眺望すると技術の展開の中に興味深い特徴を見出すことができる。それはBWRとPWRで提案されている水化学技術選択肢が次第に相互に類似したものとなってきていることである。もともとBWRとPWRでは水化学管理は全く異なった考え方で設計されていた。例えばPWR一次系では薬剤を添加して冷却水を化学的に管理する設計となっているが、BWRでは本来冷却系には何も添加せず、不純物の存在が水の放射線分解や沸騰濃縮を加速する可能性があるので、“Purer is better.”が大原則であった。しかし最近ではO2やH2,Znなどを微量添加して制御する考え方に変わっている。H2注入はもともとPWRで行われていたがBWRに取り入れられ、Zn注入はBWRで開発・実施された技術がPWRに適用されている。

 BWRでは炉心で沸騰があるため、燃料棒表面にクラッド(crud)の付着が起こり易く、冷却系における放射能移行の主役であるクラッド挙動の把握が主要な課題であった。長年にわたりクラッド発生抑制と炉心への持込低減を図る種々の対策が実施されてきた。これに対して、PWRではpHの管理を通して金属イオンを制御することが主たる関心事であった。しかし最近PWRでも燃料棒表面でのサブクール沸騰などによりクラッド付着が促進され、付着クラッドがAOA(axial offset anomaly)の原因となったり、被覆管の健全性へ悪影響を及ぼす可能性が危惧され、クラッドの制御が重要な課題となっている。またPWRの2次系においてもSG伝熱管表面へのクラッドの長期にわたる付着が熱伝導の低下につながることから、クラッド挙動に関心が高まっている。これらの状況は、元来異なった発想から出発した水化学管理手法も、究極の形は大きく異なるものではなく、両サイドから理想の姿に近づきつつあるということかも知れない。

 水化学は発電プラントの運転と密接に係る技術であることは上記のとおりであるが、最近のわが国のプラント運転実績を見ると、極めて残念な状況にあると言わざるを得ない。

例として作業従事者の被曝線量をあげれば、先に述べたように1970年代において日本のプラントの被曝量は極めて高い状況にあり、特にBWRにおいてこの傾向が顕著であった。しかし1980年代に懸命に技術の改善が進められ、1990年代初頭にはBWRにおけるプラント当たりの年間平均被曝線量をピーク時の1/10近くまで低減することができた。当時これは世界的にもトップクラスの実績であり、国際的にも高く評価された。この実績は決して水化学技術のみによって達成されたものではないが、水化学技術の貢献は大なるものがあった。その後BWR、PWRともに被曝線量の漸増あるいは一進一退の状態が続いて2000年代に入ったが、最近の10年間を見るとわが国は著しい凋落を示す結果となっている。プラント当たりの年間平均被曝線量を低い順で国別に比較すると、2002年においてBWRは8ケ国中第8位(最下位)、PWRで24ケ国中20位、2004年ではPWRで最下位、BWRで最下位の次という惨憺たる状況である。これは、昔の被曝の高い水準に逆戻りした訳ではなく、日本がトップレベルの場に安住している間に海外プラントで低減の努力が進められ、アッという間に抜き去られてしまったということである。この被曝線量の数値は定検作業等の問題も密接に関連しており、単に数字だけを比較して一喜一憂すべきものではないが、何故このような状況に至ったかは研究に値すると思われる。筆者は、ある程度まで被曝低減が達成された段階で、現場や経営側に苦労をして更に被曝を引き下げる努力をするインセンティブを失わせる状況がわが国の制度の中に内在していたことが一つの原因ではないかと考えている。

  1. 今後の軽水炉技術と水化学

 わが国の既設軽水炉が現在かかえる主要な技術的課題は下記の3点に集約できる。

1)   高経年化対策

2)   燃料の高度利用

3)   プラントの出力向上

 現在わが国には、運転年数が30年を越すプラントが12基、25年以上30年未満のものが11基に及んでいる。これら高経年化プラントを更に長期にわたって、安全かつ信頼性高く運転を続けていくことは極めて重要であり、安全レビューの必要性など規制面での検討が行われている。材料の経年劣化を引き起こす事象の解明と予防が重要であり、その例として応力腐食割れ(SCC)や流動加速腐食(FAC)が挙げられている。

 ウラン資源を有効に利用し、使用済燃料の発生量を低減するために燃料の高燃焼度化は重要な課題である。高燃焼度化によって燃料には被覆管の腐食や水素取り込みなどの面で過大な負荷が加わることが予想され、被覆管の健全性確保が必要である。

 既設のプラントを大幅に改修することなく出力の向上(1~20%程度)を図ることは、資源の有効利用の観点からも魅力的である。これは新しい技術の進歩を取り入れることにより安全に実施できることであり、既に米国等で相当の実績がある。出力の向上に伴って中性子フラックスの増大、冷却水流量・流速の増大、冷却水温度の上昇などが予想され、これは燃料や材料に大きな負荷を課すことになる。

 水化学技術は既設軽水炉の主要な3課題を達成するために貢献するところが大であろうと考えている。燃料や材料にかかる負荷を低減し、その健全性を確保するために、既にある技術選択肢を一部修正あるいは組み合わせ、最適化して適用することによって対応が可能ではないかと思われる。しかしこの最適化のためには関連して生起すると予想される現象が正しく把握されることが必要であり、その意味で水化学技術基盤の強化が不可欠である。基盤強化は将来の改良型軽水炉、次世代軽水炉における水化学技術の果たすべき役割にもつながっていくものである。

 上記の課題達成とは異なるが、近年規制当局はプラントの検査のあり方を見直す検討を進めている。見直しの主要なポイントは従来全プラントに対して画一的に検査を実施してきたが、今後はプラントの状況、運転実績等に応じて、検査の実施内容を変え、定期検査の間隔を変えていくということにある。例えば運転の安全実績指標(Performance Indicator)などの指標を取り入れることも考えられている。一方、WANOは化学指標(Chemistry Index)をプラントの水化学管理の状況を表す指標として用いている。これに類似した指標をPIに取り込む可能性は検討に値する。規制の見直しの中にはプラントの状態監視保全技術の適用も挙げられており、CIはまさしく水化学の状態監視と繋がるものであるから、何とか説得力ある形でPIに直結できないであろうか。

 

4. 学会活動

 過去二十数年に及ぶ原子力学会における水化学関連の研究専門委員会がわが国全体の水化学分野の活動の中心となって来たことは論をまたない。4年毎の各期末に成果報告書を出版するばかりでなく、国際活動の中心となり、水化学国際会議の開催、日台、日韓2国間の水化学シンポジウムをベースとするアジア水化学シンポジウム開催における日本の主導的役割などは研究専門委員会で企画され、実行されてきた。技術の継承を念頭において、サマーセミナーの開催や原子炉水化学ハンドブックの上梓も行った。また水化学標準の作成を目指した水化学手引書の出版の準備が進められ、昨年は今後の技術の展開を眺望した水化学ロードマップの完成をみることができた。

 今回水化学部会の発足によって、従来われわれが目指してきた所は何ら変わるものではなく、水化学部会の発足時に申し上げたように、これまでの“水化学商店”が“株式会社水化学”に変わったようなものだと筆者は思っている。研究専門委員会においては全ての活動は幹事会において企画・検討・実行され、幹事会が活動の中枢であった。部会においては役割を担った小委員会あるいは担当が責任と作業を分担し、機能的、効率的に活動を進めることができる。ある程度の大きさに至った組織の運営としては此方が合理的であり、若い世代の運営面への参画も図り易いであろう。技術の継承と世代交代がこの分野の喫緊の課題であると考えており、新しい体制が新しい発展につながることを大いに期待するものである。

部会報創刊号 巻頭言 : 水化学部会発足にあたり

巻頭言

水化学部会発足にあたり

「水化学」部会部会長 内田俊介

(日本原子力研究開発機構)

2007年6月に発足した「水化学」部会の部会長に就任いたしました内田俊介です。浅学菲才を省みず部会長をお引き受けさせていただきましたが、これまでの「水化学」関連の研究専門委員会において蓄積・継承されてきた原子炉水化学の技術を更に発展させるため微力を尽くしてまいりたいと存じます。

1982年10月に、「水化学」研究専門委員会(主査:石榑顕吉先生)が設置されて以来、「水化学標準」研究専門委員会(主査:乙葉啓一先生)まで、6期24年にわたり、一貫して研究専門委員会としての活動が続けられました。この間、研究専門委員会では、一貫して、年に平均5回の研究委員会を開催し、水化学についての議論を多角的、計画的にすすめることによって、水化学に係わる諸現象のヴェールを剥ぎ、基盤・応用両面での技術の高度化や知識の体系化を推進して、その成果を委員会報告書や水化学ハンドブックにまとめると共に、国内のみでなく、国際的にも水化学の技術向上に貢献してまいりました。諸先輩の的確なご指導のもと、委員会活動は、機動性に優れた小さな組織の利点を生かし、新しい課題に的確、迅速に対応可能であったものと考えます。

しかし、水化学の分野でも他分野と同様に世代交代が著しく、技術転移を確実に行うためにも、技術の標準化が避けられず、一方で将来を見越して、研究方向を明確にし、限られたリソースでこれを具現化するためには研究ロードマップが不可欠となり、先の「水化学標準」研究専門委員会では、標準の原案作成とロードマップの作成に大きな足跡を残しました。こうした、標準化の推進、ロードマップの具現化を進めるためには、水化学の枠内だけでは限界があり、広く他の部会との連携を図っての活動が不可避となり、今回「水化学」部会として委員会活動をさらに発展させることになったものです。

部会となりますと、委員会の場合に比べると、組織的にも大きくなり、これまでのような小回りのきく運営が難しくなる面もありますが、従来の委員会活動のよさを残しながら、他部会との交流を積極化して、絶えず原子力発電プラント全体を視野に入れた学際での技術貢献に尽力できればと考えます。これまでの委員会活動の原動力となった研究委員会活動を、60人規模の専門委員会から200人規模の部会でどう展開させてゆくかが部会としての成否の分かれ目かと考えます。部会員諸兄の積極的な貢献に期待したいと存じます。

(内田俊介、2007年8月吉日)

部会報創刊号

  1. 巻頭言 : 水化学部会発足にあたり
    内田俊介 部会長
  2. 水化学―その来し方、行く末
    石榑顕吉 特別顧問
  3. 水化学ロードマップ概要
    勝村庸介 副部会長
  4. 特別寄稿: 第39回日本原子力学会賞技術賞(第3907号)
    高温高圧過酸化水素水ループに関する実験技術の確立

    (独)日本原子力研究開発機構 内田俊介 部会長、佐藤智徳 氏、塚田隆 氏、
    (株)日立製作所 和田陽一 氏、
    (社)日本アイソトープ協会 石榑顕吉 特別顧問
  5. 燃料と水化学
    原子燃料工業 土内義浩 氏
  6. 会員の声
  7. 編集後記

部会報第2号 編集後記

編集後記

  水化学部会は昨年発足後、2年目に入り、サマーセミナなど各種行事も予定通り進んでいます。今後の部会運営等については、他部会との連携など新たな動きも出てきています。 このような中、遅まきながら、部会報の第二報をお届けいたします。本部会の特徴や位置づけを再確認いただける内容ではないかと考えています。
夏本番で暑い日が続いていますが、皆様がたにはお体に気をつけられ、各職場でご活躍されますことを祈念いたします。

(日立GEニュークリア・エナジー 布施記)

部会報第2号 サマーセミナ報告

「2008年 水化学サマーセミナー in 福井」報告

 平成19年春に発足した水化学部会では初めてとなるサマーセミナーが、2008年7月15日~17日に福井市のフェニックスプラザにおいて開催された。100名を超す参加者が、14件の講演と16件のポスター発表を聞き、活発な質疑を行い、真剣にパネル討論に加わり、また交流会と懇親会で楽しい一時を過ごし、有意義な時間を共有できた。以下では、本セミナーの概要をご報告する。なお、本報告の末尾にセミナー参加者の集合写真を添付する。

  1. はじめに

 本セミナーの予稿集の表紙には、「第5回水化学サマーセミナー」と記されている。これは、水化学部会の前身として石榑顕吉先生のご指導の下20年以上に亘る活動を行った水化学研究専門部会において、既に4回のサマーセミナーが開催されたためである。水化学サマーセミナーでは毎回基調テーマを掲げて講演を依頼している。今回の基調テーマは、「原子力発電所における電気化学技術適用の進展」及び「原子力発電所における水化学がかかわる改善の取り組み(Good Practice他)」という2つのテーマであった。その趣旨は、開催案内に以下のように述べられている。
原子力発電所の機器等構造材料の腐食事象を理解するためには材料と環境の相互作用である腐食反応機構の理解が欠かせない。本セミナーのテーマの1つとして、水化学分野における電気化学の適用事例として、電気化学手法を基にした測定法や電気化学に基づく腐食等のメカニズムに関する研究事例等を紹介する。また、もう1つのテーマとして、発電事業者、研究者、及び、メーカー他の水化学がかかわる改善の取り組み(Good Practice他)について、例えば、被ばく低減、応力腐食割れ(SCC)や流れ加速腐食(FAC)などの高経年化事象抑制、プラント性能改善、経済性向上など幅広い分野での事例を紹介し、関係者の間での相互理解を深める。この両基調テーマの元、柴田俊夫先生による招待講演(講演時間40分)に続き12件の一般講演(同各25分)等が行われた。
本セミナーの開催場所であるフェニックスプラザは、JR福井駅からは1.8kmと、連日最高気温が30℃を超えたセミナー期間に徒歩では厳しい距離であったが、路面電車(福井鉄道福武線)の走る広い道路に面した立派な施設であり、その大会議室が会場となった。本セミナー開催では、この会場の準備他多くを三菱重工株式会社原子力事業本部原子力技術センター荘田泰彦殿他の多数の方々にお世話になりましたことを感謝いたします。

  1. 講演、パネル討論およびポスターセッション

2.1 第1日目(7月15日)

 本セミナーは、内田俊介部会長(JAEA)の開催挨拶により13:45に始まり、午後のセッション1は<電気化学計測や電気化学に基づく腐食等のメカニズムに関する研究>と題して、以下の4件の講演と質疑が行われた。座長は、實重宏明殿(東電)が務められた。

1-1 招待講演「マクロセル腐食とミクロセル腐食~高温水中炭素鋼腐食機構に関連して~」
福井工業大学 原子力技術応用工学科教授 柴田 俊夫先生
1-2 「PWR2次系での腐食環境および配管減肉速度の評価手法」
日本原子力研究開発機 原子力基礎工学研究部門 内田 俊介殿
1-3 「応力腐食割れの電気化学的側面 – 臨界電位を中心に」
IHIテクノソリューションズ 明石 正恒殿
1-4 「ジルコニウム合金被覆管の腐食機構に関する電気化学的研究」
三菱マテリアル(株) 非鉄材料技術研究所 村井 琢弥殿

上記の講演の後、ポスターセッションが17:00-18:00に会場である大会議室の後のスペースにおいて開かれた。ここでは、電力会社、メーカー、大学それに各研究機関の若手を中心とした研究者、技術者から全体で16件のテーマの発表があった。内容は、腐食環境に係わる基礎データの評価から実プラントでの水化学関連技術の運用実績とその改善に結びつくものまで広範囲にわたり、各テーマともセミナー参加者と熱心な議論が行われた。

2.2 第2日目(7月16日)

 セミナー2日目は朝8:30に始まり、午前のセッション2は<水化学がかかわる改善の取り組み(Good Practice他);その1>と題して、以下の5件の講演と質疑が行われた。座長は、塚本雅昭殿(関電)が務められた。

2-1 「泊発電所における蒸気発生器2次側洗浄の実績と効果」
北海道電力株式会社 笹田 直伸殿
2-2 「敦賀2号機における亜鉛注入の実績と効果」
日本原子力発電株式会社 市毛 秀明
2-3 「PWR燃料被覆管クラッド付着影響因子の明確化に係わる研究動向」
電力中央研究所 河村 浩孝殿
2-4 「復水脱塩装置向けアニオン交換樹脂の開発及び実機適用例」
オルガノ株式会社 大橋 伸一殿
2-5 「PWRプラント2次系における配管減肉事象のデータ分析」
三菱重工業株式会社 高砂製作所 山上 勝彦殿

昼食後の午後13:15からのセッション3では<水化学がかかわる改善の取り組み(Good Practice他);その2>と題して、以下の4件の講演と質疑が行われた。座長は、乙葉啓一殿(原電)が務められた。(13:15-16:05)

3-1 「東北電力BWRプラントにおける極低Fe・高Niコントロールの経験と最適化」
東北電力株式会社 齋藤 実殿
3-2 「BWRにおける水化学によるSCC抑制への取り組み」
株式会社東芝 山本 誠二殿
3-3 「水化学をベースとしたBWRプラント保全技術の展開」
日立GEニュークリア・エナジー(株) 会沢 元浩殿
3-4 「発電所分析化学管理標準について」
丸紅ユーテイリテイサービス 佐藤 義雄殿

2.3 パネル討論

 上記セッションの後、パネル討論が1時間の予定で、テーマを「水化学ロードマップについて」として行われた。司会である勝村庸介先生(東京大学)による本パネル討論の趣旨説明の後、まずパネリストとして瀧口英樹殿(原電)、河村浩孝殿(電中研)、荘田泰彦殿(三菱重工)から、それぞれ実機に係わる事業者、研究機関、メーカーの観点を主として水化学およびそのロードマップに関する意見を述べられた。
勝村先生からは、水化学ロードマップ作成の経緯、ロードマップフォローアップ(RMFU)小委員会(勝村先生主査)の活動状況、パネルディスカッションの進め方が話された。
瀧口殿からは、発電プラントにおける水化学は予防保全技術として重要であり、その観点からは(1)炉内現象のメカニズムの把握と炉内環境の精確な把握に基づく予測・対策技術の開発、(2)水化学技術の有効性の検証と維持管理への反映、(3)水化学を支える人的基盤、施設基盤、情報基盤の3つの重要性が述べられた。また、水化学ロードマップ及びそのフォローアップは、(1)研究開発マネージメント、(2)研究開発者に対する重要技術情報の提供、(3)国民理解の増進に役立つべきとの意見であった。
河村殿からは、瀧口殿の指摘された水化学を支える基盤の整備について、特に施設基盤に関して照射試験及び実機での計測の重要性が強調され、それらは産官学が協同して取り組むべき課題であると述べられた。また、照射下試験による炉内現象のモデル等の検証の必要性と現状の問題点、克服すべき課題及びそれらの水化学ロードマップ上での位置づけについて述べられた。
荘田殿からは、水化学に基づく的確な予防保全のためには、実機環境下で起こっている腐食、付着等の現象の的確な理解、関係するパラメータ毎の寄与の定量化とそれらの相乗作用の理解などが重要であること等が述べられた。
これらの意見に関して、活発な質疑討論が行われ、例えば次のような意見が出された。
・ 予防保全はうまくいってあたり前というところがあり、どのようにその効果を見せてゆくのかを考える必要があり、例えばPerformance Indicator(安全実績指標)を活用する方向等がある。
・ 現在の受託事業による研究のやり方は、大学の本来の役割とずれている部分があり、学生の関与や予算の使い方に難しい点がある。
・ 大学の観点としては、研究が学問として位置づけられること、体系化が重要であり、学生が魅力的に思い夢を持てることが重要である。
・ ロードマップに縛られ自由度を失わないようにするべき。
・ 水化学は高経年化対応のキーポイントである。実機・ラボでの腐食電位(ECP)計測の技術向上、寿命評価に必要なSCC発生に関する研究などを進めるべきである。

2.4 第3日目(7月17日)

 最終日は本セミナーの恒例となった、長尾博之殿(元東芝)による「水の常識・非常識」と題する講演がセッション4として7:30~8:00に行われた。座長は、山崎健治殿(東芝)が務められた。毎回楽しく興味深いお話であるが、今回は「磁気水のお話し」がテーマであった。講演は、磁気水(またの名も磁気処理水他沢山ある)の歴史(なんと13世紀からあったとか)、配管のスケール付着防止への利用、抗菌作用などに及んだが、特に長尾殿が自宅のお風呂に導入されたシステムとその効用のお話は大変説得力のある楽しいものであった。また、次回にもユニークなお話により、「水」に対する私たちの視野を拡げていただきたいと思った。

長尾殿のご講演の後、午前8時に本サマーセミナーの閉会の辞が、内田部会長より述べられた。その後,希望者は下記の見学会(テクニカルツアー)へ参加された。

  1. 見学会

 見学会は、以下の予定で実施された。主な見学場所は、若狭湾エネルギー研究センターおよび高速増殖炉もんじゅ建設所の2ヶ所であった。
08:30 福井フェニックスプラザ前出発
10:00 若狭湾エネルギー研究センター到着
10:00~11:30 若狭湾エネルギー研究センター見学
11:30 若狭湾エネルギー研究センター出発
12:30 日本原子力研究開発機構 高速増殖炉もんじゅ建設所到着
12:30~13:00 昼食(もんじゅ建設所にてお弁当)
13:00~15:00 もんじゅ建設所見学
15:00 日本原子力研究開発機構 高速増殖炉もんじゅ建設所出発
16:00 敦賀駅到着・解散

  1. 交流会と懇親会

 充実した多くの講演の後には、水化学への関心を同じくする方々との懇親を深めるというサマーセミナー最大の楽しみがある。今回のセミナーでは、第1日目は「交流会」と称して、フェニックスプラザの小ホールにて参加者全員が10卓程の円卓を囲んで盛大に行われた。第2日目は「懇親会」と称して、有志がやはりフェニックスホール内のレストランに集まり、立食形式で行われた。いずれも18:00頃より2時間程度歓談を中心として行われたが、交流会では、大平 拓殿(原電)の非常に楽しい司会により、福井県にちなんだクイズや利き酒が行われた。利き酒は、水化学サマーセミナーではこれまでも何度か行われたが、毎回予想外の方が隠れた才能を披露されている。今回は、唯一人、数種類の日本酒の銘柄を利き分けた山崎健治殿(東芝)が優勝された。氏は現在水化学部会の副部会長であるので、当部会の将来も芳醇な日本酒のように素晴らしいものとなるであろうと予感された。

  1. おわりに

 今回の基調テーマは、「原子力発電所における電気化学技術適用の進展」及び「原子力発電所における水化学がかかわる改善の取り組み(Good Practice他)」という2つのテーマで開催された。これについて、腐食・電気化学の基礎理論から実機における水化学的課題と対策技術まで、広範な講演を多数いただき、また「水化学ロードマップについて」と題する活発なパネル討論も行われた。このセミナーを通して、新発足した水化学部会が対象とする課題の広がりと役割の重要さが再認識できたと思う。当部会には、2年毎のサマーセミナーの他、年4回程度の定例研究会も開催している。これらの場で集中的な勉強と議論を継続的に行うことより、水化学部会はますます発展すると期待できた。

以上(文責:JAEA塚田)