部会報創刊号 水化学ロードマップ概要

水化学ロードマップの概要

東京大学  勝村 庸介

 

平成17-18年度に、(独)原子力安全基盤機構からの請負契約により、産官学の役割分担・取組を念頭において調和的な研究・開発戦略シナリオを水化学ロードマップとしてまとめた。

 

水化学ロードマップの必要性

わが国では50基を超える軽水炉が稼動しており、電力の安定供給のためには軽水炉の運用継続が必要とされ、また30年以上稼働しているプラント数も増加している。こういった状況から、プラントの高効率化(炉出力向上、長期運転サイクルなど)、燃料高度化(燃焼度向上、健全性維持など)、高経年化プラントへの対応などの分野について「原子力安全研究ロードマップ」の作成が行われ、対応すべき研究開発項目、そのターゲット、研究開発工程及び実施機関などが取りまとめられてきた。

 材料側からの視点が中心であったため、腐食のもう一方の要素である環境すなわち水化学の視点からの検討も十分に行う必要がある。水化学は設備・機器の腐食抑制、プラントの線量率低減、放射性廃棄物低減に有効であることから、合理的な対応策を提供でき、各種事象のメカニズムを検討し、現象の的確な把握に基づいて適切な水質管理を行うことにより、関連する諸課題への対応が可能であることから、水化学への期待は大きい。ロードマップの作成は、研究目標の明確化、既存技術の透明化、人材育成と技術の標準化、産官学間の認識の共有、研究課題の明確化、効率的な研究開発目標、開発手順などを設定できる。産官学が議論して作成したロードマップを公開することは、軽水炉プラントの理解促進に寄与し、原子力に対する国民合意を得ることに寄与できる。以上のような展望のもと、水化学ロードマップの作成を行った。

 

水化学ロードマップの全体像

 水化学は、原子力発電プラント冷却水の水質管理に関する化学的基盤を与える分野全般を包括し、高温・高放射線下といった水環境と材料の相互作用、水系における腐食生成物や添加物の挙動を扱う分野である。また、原子力発電プラントを安全にかつ効率よく運転するために冷却水を化学的に管理するための技術そのものとも定義できる。これを踏まえ、先行しているロードマップとの関連に配慮しつつ、下図のように燃料・構造材・水化学の相関をまとめた。

 さらに、既存知識の整理、集積、新データの追加、蓄積とこれらの提供、また、教育、人材面での継続的供給体制、産官学の分担による効率的連携、規制当局との関わり、更には、国内のみならず、国際的ネットワークの重要性、等の観点から、下図のように協力体制を整理した。

 ロードマップの目標として「水化学による原子力プラントの安全性および信頼性維持への貢献」を掲げている。具体的には (1)安全性・信頼性の一層の向上、(2) プラントの合理的・経済的運用における安全性・信頼性の確保、を技術開発上のマイルストンととらえ、下に示すような、5年毎の4段階のステップを踏まえた、今後20年間をカバーするシナリオとなっている。

課題の抽出と整理

 水化学ロードマップで検討すべき課題は、水化学固有のものの他、構造材料や燃料と水化学の境界領域にある。構造材料や燃料に関しては、既に研究ロードマップが作成されており、これらを考慮しつつ整合を図って課題の抽出を進めた。これを踏まえ、(1)燃料-水化学境界領域における水化学からの課題、(2)構造材料に関わる水化学からの課題、(3)水化学固有の課題、の視点から課題の抽出を行った。

 また、水化学を取り巻く環境や先行して作成されている他のロードマップを踏まえ、水化学の特色であるハード面ばかりではなくソフト面からの課題の体系的な整理を行った。体系的整理を行うにあたり、設備、人、環境といった面から、水化学が抱える課題を抽出し、顕在的な課題ばかりではなく潜在的な課題も整理を行った。

 具体的な作業として課題調査表を作成した。これには課題名、その概要、問題点の所在、現状分析、期待される成果、実施課題、時期・期間、実施機関、資金の出所などの項目を記したものである。これらを多数作成し、分類、選択、統合し、相互の関係等を検討した上で、最終的には、(1)設備/機器等への影響、(2) 環境/一般公衆への影響、(3)人/情報の整備のカテゴリーに分け、これらに11項目のロードマップが配置されている。詳細は報告書を参照頂く事とし、各項目の概略を以下に記す。

(1)設備/機器等への影響

基盤技術に係わるロードマップ

 共通基盤技術としては、各課題に共通な技術について取り上げること、各課題に固有な基礎技術は各課題の中に設けて検討すべきであるとの観点から、以下に示す具体的項目を共通基盤技術として取り上げた。

a.腐食環境評価技術

b.腐食メカニズム

c.酸化物・イオン種の付着脱離メカニズム

d.実験方法

被ばく線源低減に係わるロードマップ

 「わが国の原子力発電プラントを、将来に亘って国際的にトップレベルの低線量率(クリーンプラント)プラントとする」とした、明確なゴールを設定し、以下のような課題を抽出している。

a.被ばく線源生成のメカニズム解明(科学基盤とモデル化)

b.燃料高度化、軽水炉利用高度化、高経年化対応水質変更の影響評価

c.既存技術高度化と適用(PWR : 高Li運転、溶存水素最適化等、BWR : 給水水質制御等)

d.新技術開発(被ばく線源生成メカニズムに基づいた対応策)

応力腐食割れ及び照射誘起応力腐食割れの抑制に係わるロードマップ

 環境緩和策は事業者が材料劣化抑制方策として展開するのみでなく、適用効果を明確に示し効果的な運用方法を定め、規格基準化や規制の高度化等を通じて高経年対応における点検・評価の高精度化・合理化に反映し、さらに状態監視保全を支援する。これにより予防保全効果の向上によるプラント信頼性向上、稼働率向上、被ばく低減、原子炉高度利用化支援、コストダウンへの貢献するものとして以下のような項目を抽出した。

  1. 既存技術の高度化と新たな水化学の開発
  2. SCCへの水質影響評価
  3. 実機環境モニタリング技術及びSCCモニタリング/評価技術の開発
  4. 環境緩和技術/クライテリアの規格規準化と環境緩和効果の点検規準への反映

燃料被覆・部材腐食/水素吸収抑制に係わるロードマップ

 炉水環境としての水は、燃料、構造材と直接接しているため、たとえば構造材の腐食対策として水化学を変更する場合、燃料の腐食や炉水の放射能挙動に影響を与える可能性がある。従来、主に先行照射によって実証してきた燃料被覆管・部材の腐食や水素吸収の機構をモデル化し、様々な運転条件や水化学環境における使用範囲を合理的に評価できる手法を確立する。このための以下のような項目を抽出した。

a.燃料高度化(高燃焼度、MOX、最適運転サイクル)

b.軽水炉利用高度化(出力向上)

c.水化学の高度化(高経年化対応、被ばく低減)

⑤状態監視保全の支援に係わるロードマップ

 将来、炉内や配管の健全性モニタリングが可能になれば、長期にわたる経年化の予測評価精度の向上や状態監視保全の充実が期待される。SCCやFAC等の経年劣化事象について材料・応力・環境面から多面的に計測・評価可能なモニタリング技術を開発・適用することを、今後目標とすべき研究項目として選択した。

a.環境モニタリング技術の高度化

b.実機材劣化評価手法

c.状態監視保全手法

⑥FAC抑制に係わるロードマップ

 配管減肉抑制のための水化学技術のさらなる高度化を図るとともに、実機減肉傾向と配管減肉メカニズムに即した評価管理手法の確立を行う。さらにこれら水化学技術(管理手法)と評価管理手法の規格規準化を行う。これにより、高経年対応や出力向上運転等における潜在的減肉進行部位に対する予防保全に貢献する、現行の点検・評価の高精度化・合理化、予防保全の高度化による長期的プラント信頼性向上、稼働率向上、被ばく低減、原子炉高度利用化支援、コストダウンへの貢献を期待し、以下のような項目を抽出した。

a.環境モニタリング技術の高度化

b.実機材劣化評価手法

c.状態監視保全手法

⑦スケール/クラッド付着抑制に係わるロードマップ

 効率的、効果的なスケール/クラッド付着抑制対策として水処理運用技術の適正化、新規薬剤の開発等による水化学技術の高度化、並びにより効果的なスケール/クラッド除去技術の適用等の改善案の立案、PWRにおける鉄発生低減対策としての系統pH増加、スケール付着抑制の観点からは、機器性能が確保できるpH領域の探索、等の観点から以下のような項目を抽出した。

  1. スケール/クラッド付着機構論の解明並びにモデル化
  2. 水化学技術の高度化:鉄の溶出抑制(最適pH処理の適用、酸素処理の適用)
  3. スケール/クラッド除去技術の開発(化学洗浄技術、スケール分散剤の開発)
  4. スケール/クラッド付着機構に基づく付着抑制技術の開発

SGクレビス環境緩和技術の開発に係わるロードマップ

 PWR復水脱塩設備樹脂の劣化生成物であるPSS(ポリスチレンスルホン酸)に起因するSO4の影響が相対的に顕在化している。一方、近来鉛等の微量金属成分が関与すると考えられるSG伝熱管の損傷発生の可能性が示唆されてきている。

 以上より、一層のSO4持込抑制策の開発および、腐食機構が明確になっていない鉛について、鉛がクレビス環境に及ぼす影響の明確化、発生源の同定による管理指標の策定が必要である。このために、以下の戦略的シナリオを設定した。

a.SGクレビス緩衝剤の開発

b.クレビス環境中和確認を目的としたクレビス直接分析新技術の開発

c.鉛の腐食原因究明と機構論の解明

d.SO4低減技術の開発

⑨AOAの防止に係わるロードマップ

 国内ではAOA発生の可能性は比較的低いレベルと予想されるが、徐々に厳しい運用条件によりAOA発生リスクは高まる方向となる。従って、実機での先行試験に依存することなくAOA発生リスクを評価でき、最適な運用条件を検討するための機構論的評価手法が必要で、関連する現象をメカニズムの視点から捉え、特に燃料棒表面へのクラッドの付着等に着目した種々の技術基盤を用いた試験に基づき、各々の因子との相関性を検討する。これらに基づき、水化学によるAOA抑制効果の有効性評価、AOA発生リスクの評価に基づくプラント運用条件および水化学の最適化を行う必要がある。以上の観点に基づいた項目を設定した。

a.基盤技術開発

b.新しい評価手法の検討 燃料棒表面へのクラッド付着に及ぼす影響 燃料棒表面へのボロンの取り込みに及ぼす影響

c.評価手法の適用

d.AOA防止に関する水化学高度化

(2) 環境/一般公衆への影響

 ⑩環境・一般公衆への影響に係わるロードマップ

 廃棄物発生抑制のための高浄化性や長期安定性などを有する新樹脂の開発、及び環境負荷低減のための制御薬品の選択や処理技術の開発においては、プラント高度化や新たな水化学管理の影響も同時並行で評価し、改善策を立案する。さらに、実機適用実績を踏まえたPDCA (plan-do-check-act) cycleサイクルを確立する。

a.運用の最適化(脱塩塔、フィルター運用の最適化、交換頻度の延長、クリーンアップ工程最適化)

b.新樹脂の開発(耐酸化性、高浄化性能樹脂の開発)

c.代替薬品の採用(ヒドラジン代替剤)

d.薬品処理技術の改良(アミン系薬品処理法)

(3)人/情報の整備

人/情報の整備に係わるロードマップ

 これまでの知見、蓄積を基礎に、水化学分野の技術情報基盤を整備していくこと、これまでの運用経験も踏まえた水化学技術の体系化により、評価技術、運用技術等の規格・基準化、標準化を進める。また、近年、水化学の研究開発、及び管理を担う人材の高齢化が問題とされ、今後、プラントの高経年化対応を含め、原子力発電の持続的発展のため、人材の確保は緊急の課題である。さらに、水化学技術の高度化の観点から、今後とも継続的に国際的な情報交換を進めると同時に、アジア諸国での原子力開発が急速に進展すると予測されることから、わが国で培った技術をこれらの国に反映させていくことが重要である。

 以上のような背景に基づき、人/情報の整備に関する戦略的シナリオを以下のように設定する。

a.技術情報基盤の整備/技術伝承

b.学協会規格等の整備

c.国際協力の推進

水化学ロードマップの目標

 前節に記した各項目のロードマップに沿った活動を実行する事により、以下のような目標が達成できるものと期待される。

1.被ばく線量の低減:被ばく線源(線量率)の低減に重点を置き、定検作業量の低減とあわせて、低被ばく線量を達成。

2.軽水炉利用の高度化、燃料高度化、そして、高経年化対応への水化学制御による調和的、合理的対応水学制御による燃料・構造材の信頼性の一層の向上。

3.水化学データ評価を通しての、状態監視保全による検査制度の改善・合理化

4.産・官・学の協調による研究の推進、人材の育成と民間自主規格化。

まとめ

 これらのロードマップは今後の進展により必要に応じ、改訂を進める必要があるが、最も重要な事は、このロードマップに沿った研究、技術の開発を実施する事であり、具体的な実施に向けた今後の活動に取り組むべきである。