部会報創刊号 燃料と水化学

燃料と水化学

原子燃料工業 土内 義浩

 

1.はじめに

平成18年度から19年度の日本原子力学会における水化学ロードマップの検討に、水化学-燃料サブワーキングのメンバーとして参加させていただきました。水化学の専門家の方々と積極的に意見交換し、ロードマップ作成という大きなプロジェクトに微力ながらも貢献できたことを光栄に感じます。このような貴重な場を与えて下さり、更に御指導、ご議論くださった方々にこの場をお借りして厚く御礼申し上げたいと思います。

ロードマップ検討の効果について語られる際に、技術的な課題や対応プランが明確になることだけでなく、異なる分野の関係者が集まって意見交換することで、交流が進むとともに相互理解が深まることも重要な効果であるとしばしば言われます。これについてはまさに実感するところです。今後も継続的に共同作業が行われ、分野の枠を越えた互いの理解が益々深まることを切に願います。

 

2.従来の課題とその理解

BWRの冷却材やPWRの一次冷却材の水化学は、燃料の健全性を左右する最も重要な使用環境因子の1つです。ところが、燃料メーカや関連研究機関の研究者、技術者のうち、水化学技術の分野に積極的に踏み込む者は一部に限られており、またその検討に携わる機会はそれほど多くないと感じます。ここで、水化学の改良はどちらかと言えば、燃料の健全性を向上させるというよりは、プラント材料の劣化を低減することを優先的に選択したものの方が多いように思います。また、水化学の改良は燃料に対して使用環境由来の負荷の増大をもたらす場合があります。PWRにおける一次冷却材のpHを高めるために高Li化を図るなどはその一例です。一方、燃料健全性への影響評価については、確認試験は長期を要し、またその代替策としての海外先行知見を活用するにしても、情報源が限られていることに加えて、必要な対価も極めて高くついてしまうというのが実情だと推察されます。

このようなことから、燃料の信頼性の向上・維持を責務とする「燃料屋」から見れば、水化学の改良とは燃料の健全性に対して新たな課題をもたらすものと認識されがちです。しかし、水化学ロードマップ検討の場において提案がなされたように、燃料の信頼性を考える際に最も重要な構成部材である燃料被覆管の腐食等の劣化を低減させるような水化学技術も重要といった考え方もあり、水化学の改良イコール燃料健全性に対する負荷増大という図式は一面的な見方であることがわかりました。

一方、燃料技術分野が他の分野(の方々)からどのように見えているのかとしばしば自問することがあります。小生の立場から正確に推し量ることは難しいと感じつつも、ここでは、自らを見つめ直すつもりで、燃料技術分野特有の問題意識やそれを生む土壌(事情)について恣意的ではありますが挙げてみることにしました。

 

(1)  材料技術の特徴

燃料集合体を構成する部材の設計では材料としてステンレスやNi合金が多く使用されているが、燃料要素(棒)はセラミックである酸化物燃料ペレットとジルコニウム合金製の被覆管で構成されています。これらの炉内挙動(例えば、ジルコニウム合金製被覆管の水側腐食に伴う水素吸収と脆化といったような)を評価するにあたっては、原子力以外の分野の技術や専門知を積極的に活用する機会に乏しく、比較的限られた世界で構築された知識基盤が拠り所となってしまう傾向があります。また、燃料材料は高速中性子束にさらされる環境下にあるため、炉外で把握できる材料特性や他分野からの知識を演繹・展開しての炉内挙動把握には自ずと限界があります。

 

(2)  製品の特徴

燃料は消耗品であるとともに炉内構造物でもあります。およそ3~4年程度の寿命中にわずかな寸法変化、腐食や腐食生成物付着はあるものの、外観上、顕著な消耗があるわけではなく、他の炉内構造物同様に寿命期間を通じて強度や延性といった機械的な健全性が要求されます。

ここで、寿命の途中で劣化の程度を精度よく把握する機会は上述の通り極めて限定的であるため、一般的には大きな保守性を伴う予測技術をもって、寿命末期までの健全性を評価することになります。このような状況の中でも、近年は燃料健全性に関するトラブルはほとんど無く、信頼性は十分に高いと認知されていると言えます。しかし、今後のアップレートや水化学高度化の中で、予測技術の保守性で確保されてきた燃料設計上のマージンは徐々に削減される方向であることは自明であり、この保守性に過度に依存しない精度の高い評価手法の必要性は高まっています。

 

(3)  規制を前提とした設計の特徴

原子炉内で燃料を安全に使用する(燃焼させる)ことに対しては、様々な国の規制の網が幾重にも掛けられています。したがって、燃料の設計には安全性や健全性の観点から、核的、熱水力的かつ機械的な観点から、多くの規制上の機能要求がなされ、高い説明性が求められています(例えば、被覆管の腐食を高々数%増加させる程度の水化学改良でさえも燃料技術の立場からはこれを殊更重大視する傾向は、この強固に張り巡らされた規制の網の存在によってより強調されるのが実情)。こういった状況の中、燃料の安全性を確保するための機能要求に対応した合理的な規格基準を設けることに向けて、学協会規格の積極的活用を図ることを視野に入れながら、その枠組みや内容についての議論が学会等の場において始まっています。その一方で、国がその成果を規制に活用するための合理的な仕組みについては、その方向性については意見の一致を見ているものの、具体的な運用方法、役割分担等の詳細については未だ議論の余地があり、今後の重要な取り組み課題であると考えられます。

また、新しく開発した燃料を実用化するにあたっての最終確認試験を行う場合、最も信頼性の高い手法の1つである実炉を利用した先行(実証)試験が有効であると考えられる一方で、この実炉を用いた試験を推進することが極めて困難というジレンマがあります。

 

上記のような状況は燃料分野固有のものではなく、技術的なものに限らず様々な課題を各々の分野が抱えているとは容易に想像できますが、これらの課題のうち、一方から他方の分野を見た時にその境界を通して明確に見えていたものは、残念ながら限定的なものであったと言わざるを得ないのではないでしょうか?それが、現在は、ロードマップ策定を初めとした異なる分野の関係者が集まる検討の場を通して、少しずつ相互理解が深まりつつあり、お互いの分野への影響まで俯瞰しつつ課題を解決していく効果的な協力関係を構築するに相応しい環境が整ってきたように感じています。

 

3.ロードマップとこれからの協力関係

平成18年度から原子力学会において「軽水炉燃料の高度化に必要な技術検討」特別専門委員会が立ち上がり、産官学の専門家が集まって、燃料の高度化に伴う課題と今後の対応方針について検討を行っています。具体的なアクションとしては、燃料の安全性についての学協会規格に関連する検討と技術戦略マップのローリング(見直し)であり、それぞれに対して作業会を設け活発な議論を行っており、今後も活動は継続的に行われる予定です。

ここで、技術戦略マップのローリングとは、最新の知見、議論、動向を踏まえて逐次バージョンアップを図るものです。平成16年度に学会で検討された「燃料高度化ロードマップ」をベースに、その後重ねられた議論の反映により、平成19年7月には「燃料高度化技術戦略マップ2007」が策定されました。その中では、BWR及びPWRの今後の技術開発と優先して対応すべき技術課題とその対応スケジュールが明確にされました。また、知識(情報)、人的、施設、及び制度的基盤の整備についても議論が行われています。さらに、この技術戦略マップは、濃縮度5%制限に関する課題、第二再処理工場等、燃料技術分野として直接取り扱うものではないもののロードマップを描くにあたって、また技術開発を進めるにあたって重要と考えられる課題も環境的課題としてその導入シナリオに位置付けることにより、将来の継続的検討を可能とするものとなっています。

水化学分野とは、技術的な動向、課題、解決策やそのために必要な基盤を適宜共有し相互協力を図るとの観点から、水化学ロードマップとのリンクを重要な環境的課題の1つとして燃料高度化の技術戦略マップ中に挙げています。

これまで検討が行われてきた水化学や燃料高度化に関するロードマップについて、(詳細な内容には触れませんが)それらを俯瞰し、また各々の場での議論を踏まえて今後の水化学分野と燃料分野の協力関係について考えるに、炉水条件を変更するような新しい水化学技術を適用する場合には燃料に及ぼす影響について事前に十分に勘案し、被覆管の腐食や水素吸収について機構論に基づく検討や、水化学技術の動向を十分に把握した上での燃料技術開発や燃料健全性評価技術の向上を図るといった先見的、かつ効率的な取り組みが今後益々重要になっていくと考えられます。このためには、まず異なる分野が互いに積極的に情報共有に向けて協力しあうことが不可欠であり、さらに、電力やメーカ、研究機関による効果的な役割分担に基づくロードマップに沿った効率的な開発推進も重要と考えられます。また、国には規制当局および推進の支援者としての2つの異なる役割があり、今後も高度化の可能性と必要性を十分に踏まえた上で、国内の軽水炉関連技術に対して、透明性や公平性を確保しつつ産学との合理的な協力関係を構築し、ロードマップに挙げられているような課題解決の一翼を積極的に担う役割が望まれます。

水化学や燃料の高度化を図るにあたっては、大規模なインフラ整備や、単にボランタリーなレベルにとどまらない戦略的な国際協力も重要と考えられます。これらは産学だけで実現できるものではなく国の関与が必須となりますが、ロードマップに目標や優先すべき技術課題や対応策を先見的に明示することにより、国の協力も得られやすくなるのではないかと考えられます。

昨今の国内の原子力技術に対する認識の高まりは好ましいことです。ただし、原子燃料サイクル確立や高速炉技術開発といった特定の分野に目が向けられがちな中で、水化学や燃料といった現実に実用化されている目の前の軽水炉に関する技術についても、公益性や安全性の向上のために今後も改良、高度化の余地が大いにあり、技術開発が不可欠であるとのコンセンサスを広く獲得して行く努力が重要であると感じています。

今後も、水化学技術と燃料技術という分野はそれぞれが目標に向かって研鑽することが重要であるとともに、さらに両者がWin-Winとなるようなアクティビティが望まれます。そのために、主に学会の場を通じて専門家間で技術開発動向や知識、研究開発施設や人といった基盤を共有することが重要であり、それが種々の合理的な課題解決につながって行くことと思います。