部会報第3号 線量低減に向けた取り組み

被ばく低減に向けた取り組み(水化学管理の役割)

東北電力株式会社 火力原子力本部 原子力部  伊藤 重

1.はじめに

当社は、女川原子力発電所1号機から東通原子力発電所1号機に至るまで、発電所の設計、製作、建設、試運転、運転の各段階において被ばく低減を念頭においた各種対策を実施するとともに、プラントの水質管理を徹底することにより、機器、配管に付着する放射性物質の低減に努めてきました。

その成果として東通原子力発電所第1回定期検査時の総被ばく線量が、0.14人・Svと1年間以上の運転を経て定期検査を実施したプラントでは国内トップの低線量を達成することができました。

さらに、世界のBWRプラントの2005年から2007年の原子炉1基当たりの年平均線量を比較したところ東通が0.10人・Sv/年・基と世界一の記録となり(図1)、この東通原子力発電所の被ばく低減対策とその実績について平成20年11月に福井県敦賀市で開催された2008ISOE(職業被ばく情報システム:Information System on Occupational Exposure)国際ALARAシンポジウムで発表したところ、ISOE Best Presentation Awardを受賞しました。

今回は、東通原子力発電所の被ばく低減対策として水化学管理が果たした役割について紹介いたします。


図1 BWRプラント年間被ばく線量(2005-2007)出典データ:WANO

2.クラッド低減対策

 原子力発電所に従事する作業員の被ばく線量を低減するためには、作業時間を短縮することと、作業場所の放射線レベルを低減することが重要となります。

作業時間の短縮については、CRD自動交換機等遠隔化・自動化機器の採用や原子炉圧力容器の鍛造化による保守点検作業の省力化等確実に成果をあげております。

 一方、放射線レベルの低減としては、低コバルト材の採用や遮蔽の設置などの対策の他、沈積性線源と置換性線源の低減が重要であり、これが水化学管理の大きな役割であります。

沈積性線源は、原子炉水中のクラッドが放射化され原子炉水の滞留部などに沈降堆積することから、原子炉内持込クラッドを低減することが対策となります。

クラッド低減対策として特筆すべき事項として、建設初期から一貫した「クリーンプラント活動」を展開したことがあげられます。

「クリーンプラント活動」は、作業環境の整備、機器配管の保護養生、保管管理、洗浄・保管用水の水質管理、建設工事に係わる廃棄物の削減を活動目標とし、建設に従事する全従業員一丸となって組織的に取り組んでおります。

 具体的に作業環境の整備として、建設工事中の建屋出入口にエアガン、ジェットスプレー、足拭きマット等を配備し、出入りする作業者の靴底、車両の泥・埃落とし等の徹底をはかるなどの活動を行いました。

また、この活動の重要な目的は、作業員一人ひとりのクリーンプラントの意識を高めることであります。

 このクリーンプラントの意識を高めることは、作業員一人ひとりが東通原子力発電所に愛着がわき「マイプラント意識」を高揚することになり、作業員が定期検査等で、また東通原子力発電所で作業を行う時も「自分が建設に携わった発電所を大切にしよう。」という意識が働き、プラントの安定運転、被ばく低減に繋がっているものと考えます。

3.水質管理

 置換性線源は、Co-60,Co-58などのイオン状の放射性物質が高温配管の酸化皮膜の中に取り込まれることから、このCo放射能濃度の低減と、酸化皮膜への取り込みを抑制することが重要となります。

女川1号機では、給水から原子炉に持込まれるFeクラッド量を原子炉水中のNiイオン濃度に応じてコントロールし、燃料被覆管表面の酸化皮膜にCoイオンを安定的に取り込むことにより、原子炉水中のCo放射能濃度を低減させるNi/Fe比制御を実施してきました。

BWRプラントは、当初燃料被覆管表面を酸化処理した被覆管(RJ)を用いていましたが、1990年以降、燃料被覆管表面の酸化処理を施さない被覆管(BJ)を導入した頃から、Ni/Fe比制御を実施しても原子炉水中のCo放射能濃度の低減効果が現れず、炉心外の配管の線量率が増加するようになりました。

これに対応するため、給水から原子炉に持込まれるFeクラッド量を抑制し、原子炉内Niイオン濃度を高めることにより、炉心外の配管へ緻密な酸化皮膜を形成させ、放射性Coの取り込みを抑制する極低鉄高Ni運転が考案され、当社は、女川2・3号機で採用し、東通1号機でもこの水質管理手法を採用しました。

東通1号機の運転実績は、給水中Feクラッド濃度0.1ppb以下を維持し、原子炉内へ持ち込まれたFe量は、第1運転サイクル積算で約2.9㎏と原子炉内へのFeの持込みが低く抑えられ、原子炉水は高Ni状態を維持でき、女川2・3号機と同程度の極低鉄高Ni運転を実施することができました。

4.材料表面処理

 近年、運転を開始したBWRプラントにおいて原子炉水中のCrイオンの増加が確認されており、このCrイオンの発生抑制が課題として取り上げられています。

 このCrイオンの増加は、給水加熱器伝熱管が主な発生源であり、持ち込まれたCrイオンは、原子炉内の環境を酸化性雰囲気とし燃料被覆管表面に付着したCo放射能の溶出を促進し、原子炉水中のCo放射能濃度を上昇させると考えられます。

 国内BWR各社は、電力共通研究として「給水加熱器伝熱管からのクロム溶出抑制に関する研究」を実施し、ステンレス鋼表面に酸化処理を施すことによるCr溶出効果を確認しました。

 当社は、この研究の成果を東通原子力発電所1号機に反映することとし、実機で初めて給水加熱器の最終段にあたる高圧第2給水加熱器伝熱管の表面酸化処理を実施し、給水から持ち込まれるCrイオンの抑制を図りました。

 女川2・3号機では、約5,000EFPH以降給水中のCrイオン濃度が0.01ppbを超えCrの溶出が見られましたが、東通1号機は,約10,000EFPHまで溶出抑制効果が現れ、第1運転サイクルにおける給水から原子炉への総持込Crイオン量は、女川2・3号機の約2/5となり、給水加熱器伝熱管の表面酸化処理によるCrイオン溶出抑制効果はあったものと評価しております。

5.被ばく低減効果

 極低鉄高Ni運転と給水加熱器伝熱管の表面酸化処理の相乗効果により、炉心外機器・配管への放射性物質の取り込み抑制が図られ、原子炉再循環系(PLR)配管線量率は、第1回定期検査時の実績で0.06mSv/hと国内プラントの中でも極めて低い値を達成することができ、第2回定期検査時の実績でも0.16 mSv/hと低い値を維持することができました。(図2)


図2 国内BWRのPLR配管線量率の推移

5.おわりに

女川1号機から始まった当社の被ばく低減への地道な取り組みが、東通1号機へ継承され世界一の記録となりました。

この成果は、女川・東通原子力発電所の設計・建設・運転・保守に携わった多くの皆様の努力とともに、水化学部会特別顧問である石榑先生のご指導により達成できたものであり、皆様に深く感謝いたします

これからも被ばく低減への取り組みを継続するとともに、各プラントの原子炉水の水質を見極め、被ばく低減に更なる努力を傾注し、女川,東通ともに被ばくの少ないクリーンプラントを維持していくことが、地域から信頼されることに繋がるもの考えております。

主要参考文献

佐藤元史,佐藤準一,東通原子力発電所の被ばく低減対策,平成20年度火力原子力発電大会

部会報第3号 特別寄稿: 乙葉原電参与 学会賞受賞

乙葉特別顧問の学会賞受賞に寄せて

日本原子力発電(株)

瀧口 英樹

はじめに

水化学部会 乙葉啓一特別顧問(以下、乙葉顧問)が、第41回(平成20年度)「日本原子力学会賞(学術業績賞)」特賞を受賞され、本年3月の2009春の年会にて授賞式が行われました。水化学部会員の皆様は勿論のこと、原子力発電所の設計・建設・運転に携わる方々にとって、今回の乙葉顧問の受賞はとても喜ばしく、また、励みになる出来事であると思います。本稿では、受賞対象となった乙葉顧問の「環境への影響緩和を目指した原子力発電プラント最適水質管理に関する一連の業績」について、広く皆様に知って頂くため、そのあらましと意義について紹介します。

1.学会賞について

日本原子力学会賞は、原子力平和利用に関する学術および技術上の優秀な成果ならびに優れた貢献をなした者を対象に授与されるもので、論文賞・技術賞・奨励賞・学術業績賞・技術開発賞・貢献賞などがあります。今回乙葉顧問が受賞された学術業績賞は、学術および技術の各分野において,長年のあるいはまとまった優れた業績をあげた個人を対象としたものです。また、特に優れた成果に対して付加されるのが特賞です。

2.乙葉顧問の業績

今回受賞対象となった「環境への影響緩和を目指した原子力発電プラント最適水質管理に関する一連の業績」は、乙葉顧問が東京電力(株)在籍中に挙げられたもので、筆者は、その後上司となった乙葉顧問から直接ご指導をいただくことになり、その取り組みと成果を学ぶ機会に恵まれました。その折、筆者が深く感銘を受け、自分も心がけたいと感じたポイントを中心に紹介します。

2.1 問題意識

原子力平和利用の旗手である原子力発電を、我が国の主幹エネルギー源として将来にわたって定着させるためには、原子力発電に対する一般公衆の心理的不安感を排除することが大切です。乙葉顧問は、原子力発電プラントの安全性確保や信頼性向上に加え、原子力発電に伴う環境への影響を一層軽減することが不可欠であるとの認識を早い時期から示されました。現在のように、社会から企業に対して環境保護への対応が強く求められる以前のことであり、きわめて先見の明のある問題意識と言えます。

2.2     目標設定と戦略的アプローチ

 BWRを対象として、これまでのプラント経験や関連データを整理・分析を行い、環境への影響の軽減化のため重要な、以下の3つの課題を抽出し、それぞれの課題に対して具体的な数値目標値を設定されました。

適切な課題設定と定量目標の提示は、このように長期にわたり継続的な改善(PDCA)が必要な取り組みにおいて、組織の結束やモティベーションを維持・向上するうえで極めて有効であったと思います。

課題1:従事者の受ける放射線量の低減

・改良標準化前プラントの目標値    :1 人・Sv/年

・改良標準化プラントの目標値       :0.5人・Sv/年

課題2:放射性核種によるタービン系の汚染域の縮小

・改良標準化前プラントの目標値    :ALARA

・改良標準化プラントの目標値       :ALARA

課題3:放射性廃棄物発生量の低減目標値

・改良標準化前プラントの目標値    :5000 → 1000ドラム缶/年

・改良標準化プラントの目標値       :1000 →  500ドラム缶/年

さらに、これらの3つの課題の根本に、腐食生成物の発生・放射化・蓄積が深く係わっていることを的確に看破され、これらの同時解決を目指す対策として、BWR二次系(タービン系)における水質管理の最適化を推進されました。

ここで言う最適な水質管理とは、狭い意味での「水質の改善」に留まらず、プラント設計・製作と、プラント運用管理の役割を明確化した総合的な最適化を指しています。すなわち、ハードウェアとして優秀なプラントであっても、その運用が適切でないと設計で志向した成果を得ることが難しく、また、ソフトウェアとしての運用が優秀でも、オリジナルのプラント設計が適切でなければ十分な効果は得がたく、まして上記3目標の同時達成は困難であるという認識です。これに則り、設計・製作面では腐食生成物の発生抑制と除去(材料選択、浄化・薬注設備)、作業性の向上、および、作業の自動化・遠隔化などを、また、運用管理面では後述する様々な水質制御技術の開発・適用を推進するため、乙葉顧問は長年にわたり産業界を主導されました。

2.3 従事者の受ける放射線量の低減

放射化腐食生成物による被ばく線源の上昇は、腐食生成物の移行・放射化・蓄積の各プロセスにおいて様々な因子が関係する複雑な現象です。従って、プラントの設計や運転方法を見定めて、適切な対策を講じることが重要となります。乙葉顧問は、腐食生成物の移行・放射化・蓄積メカニズムの解明を推進し、これに立脚したモデルを活用して、プラント毎に線源上昇原因に応じた対策を講じることで、従事者の受ける放射線量の低減で大きな成果を挙げられました。

例えば、沈積性線源が支配的なプラントに対しては、酸素注入や復水フィルタにより給水中の鉄クラッド濃度を最適な値に制御することにより、炉水中のクラッド状60Co放射能の低減を、また、置換性線源の寄与が大きい場合は、給水ニッケル/鉄比制御、給水極低鉄制御といった我が国独自のイオン状60Coの付着抑制技術を開発・適用することで、プラント線量率の大幅な低減を達成されました。

この取り組みを見ると、複雑で困難な問題への対処において、多角的なデータの収集とその客観的な解析評価、および、メカニズムに立脚した本質の見極めが大切であること痛感させられます。

2.4 放射性核種による汚染域の縮小

BWRタービン系における放射性各種による汚染は、炉水中の核分裂生成物およびクラッド状射性腐食生成物の主蒸気同伴によるキャリーオーバー、放射性核種含有水の復水器へのドレンの影響が大きいと言う実態を明らかにした上で、燃料破損の防止やドレンの禁止措置という対策が打ち出されました。また、炉水クラッド状放射性腐食生成物の低減対策は、上記2.3で述べた「従事者の受ける放射線量の低減」と共通するものです。これらの取り組みの結果、タービン系の汚染域は対策前に比べ10分の1以下に縮小されました。

2.5 放射性廃棄物発生量の低減

放射化腐食生成物を低減しつつ、放射性廃棄物発生量を抑制する観点から、タービン系材料の耐食性強化、給水酸素注入などによるクラッド発生抑制、復水フィルタによるクラッド除去法の改善を進めると同時に、二次廃棄物の発生抑制、すなわち、中空糸膜型復水フィルタの導入や復水脱塩器の非再生運用を確立し、廃棄物発生量と線量率の低減が両立し得ること実証されました。

このアプローチは、高次の目標に向かって既存のパラダイムを変えて行くチャレンジ精神と、その実現を目指し技術開発に果敢かつ執拗に取り組む熱意の重要性を我々に教えています。

3.まとめ

原子力発電の環境への影響緩和の総合的な取り組みとして行ったプラント設備・機器の大掛かりな改良と運転管理方法の改善により、上述の3つの目標が達成されると共に、これらを設計や運用に取り入れた国産改良標準化プラントが、世界トップレベルの低プラント線量率を記録し、被ばく線量と放射性廃棄物発生量の大幅な低減を果たし、本分野における我が国BWRプラントの優位性を世界に示す快挙となりました。また、炉稼働率の向上、計画外停止頻度の低下、燃料破損の低下など大きな副次的効果をもたらすことも明らかになりました。

このような実績に裏付けられた原子炉水化学によるプラント運用への大きな貢献、ならびに、「水化学標準」研究専門委員会(2003-07年)主査として、水化学ロードマップ作成と水化学関連標準作成の基礎確立を主導された功績が評価され、今回の栄えある受賞となりました。

おわりに

今回の乙葉顧問の学会賞受賞を心よりお祝いする共に、これからのご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

部会報第3号 水化学RM2009 概要

水化学ロードマップ2009の概要

ロードマップフォローアップ小委員会

東京電力㈱ 小野 昇一

1.はじめに

軽水炉の安全性・信頼性にかかわる重要課題の多くは、高温・高放射線環境下で、構造材料あるいは燃料と、冷却材・減速材として用いられている水の境界領域で発生している。水化学は、各種構造材料と燃料が水を介して相互に影響を及ぼすプラントシステムを包括的に捉え、多様な課題や目標に対し調和的な解決あるいは実現を目指す工学分野である。

近年、我が国では、エネルギーセキュリティーや地球温暖化防止の観点から、基幹電源としての原子力発電の役割に期待が高まっており、安全性と信頼性の確保を前提に、既存軽水炉の活用(高経年化対応、燃料高度化、利用高度化)ならびに次世代型軽水炉の開発が進められている。これらを矛盾なく効率的に推進するためには、関連分野と協力・連携のもと、水化学分野の貢献が欠かせない。

このような認識に立ち、 2007年2月、産官学の専門家による検討を通じて第一次水化学ロードマップが策定された1)2)。その後、(社)日本原子力学会水化学部会に設置された「ロードマップフォローアップ小委員会」(委員長:勝村庸介東京大学教授)において、その後の状況変化や新たな知見・経験を反映すると共に、関連分野のロードマップ・技術戦略マップの動向を踏まえ、第一次水化学ロードマップを見直し、導入シナリオ、技術マップおよびロードマップからなる技術戦略マップとして、水化学ロードマップ2009を策定した。

  1. 水化学ロードマップ策定の意義

軽水炉は、安全性を確保しつつ公益性を向上させるために、様々な目標が設定されている。水化学ロードマップは、それらを効率的、かつ、同時に達成させる観点から、図-1に示すように、構造材料、燃料と原子炉冷却水との境界領域における諸課題をプラントシステム全体のバランスの中で捉え、調和的解決を目指すアプローチを利害関係者に示している。

水化学ロードマップに基づいて実施された研究成果は以下の活用を前提としている。

①  既存発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、利用高度化の課題の解決、および、これらを支える作業環境改善(被ばく線量低減)、自然環境への負荷軽減(放射性廃棄物の発生抑制)など水化学固有課題の調和的な解決に資する。

②  安全に係わる成果については、アウトプットの一つとして規格・基準類の整備に反映していく。また、水化学関連の規格・基準類の整備に際しては、プラントの維持管理(評価、検査、補修)や新検査制度(評価指標、予防保全)に係わる規格基準類との連携を図る。

③  革新的な技術成果は、我が国原子力産業の国際展開に繋げると共に、将来の次世代型軽水炉の設計に反映する。

④  国際協力の観点から、原子力発電を推進する国々と情報交換し、水化学研究の効率的な推進と活用を図る。特に、今後、大幅な増大が見込まれるアジア地域の原子力発電の安全と定着を支援するために活用する。

3.第一次水化学ロードマップの概要2)

第一次水化学ロードマップでは、(1)燃料-水化学境界領域における水化学からの課題、(2)構造材料に関わる水化学からの課題、および(3)水化学固有の課題、の視点から課題を抽出した。構造材料や燃料に係わる課題については、既に策定されていた軽水炉の安全研究ロードマップを考慮しつつ整合を図って課題抽出が進められた。抽出作業は、課題名、概要、問題点の所在、現状分析、期待される成果、実施課題、時期・期間、実施機関、資金の出所などの項目が記載された課題調査表を作成して行われた。

抽出された課題は、設備、人、環境の視点から大別され、課題の体系化表として整理された。個々の課題は、(1)設備/機器等への影響、(2) 環境/一般公衆への影響、(3)人/情報の整備のカテゴリーに分類され、以下に示す11項目の個別ロードマップに配置された。

(1)設備/機器等への影響

①基盤技術に係わるロードマップ

②被ばく線源低減に係わるロードマップ

③応力腐食割れ及び照射誘起応力腐食割れの抑制に係わるロードマップ

④燃料被覆・部材腐食/水素吸収抑制に係わるロードマップ

⑤状態監視保全の支援に係わるロードマップ

⑥FAC抑制に係わるロードマップ

⑦スケール/クラッド付着抑制に係わるロードマップ

⑧SGクレビス環境緩和技術の開発に係わるロードマップ

⑨AOAの防止に係わるロードマップ

(2) 環境/一般公衆への影響

⑩環境・一般公衆への影響に係わるロードマップ

 (3) 人/情報の整備

⑪人/情報の整備に係わるロードマップ

各個別課題毎のロードマップは、現状分析や課題実現の道筋を示した戦略的シナリオと課題内容を説明した本文、ロードマップおよび課題調査表で構成されている。

4.ロードマップのフォローアップ

4.1基本方針

第一次水化学ロードマップの目標「原子力発電プラントの安全性、信頼性の維持と経済性の向上」を堅持しつつ、その後の原子力発電に対する社会の要求や情勢の変化に対応して、確実に必要な施策を実施、実現していくため、また、産官学、学協会および関連する分野の取り組みと連携して実施していく必要から、「水化学ロードマップ2009」としてフォローアップを行った。

水化学ロードマップ2009は、先行するロードマップ(高経年化対応技術戦略マップ、燃料高度化技術戦略マップ)と同様に、下記3点で構成された技術戦略マップの形式に改訂することとした。

①  導入シナリオ:研究開発が世の中に出ていく筋道とそのための関連施策を示したもの

②  技術マップ:技術課題を俯瞰し、重要技術を絞り込んだもの

③  ロードマップ:求められる機能などの向上・進展を時間軸上にマイルストーンとして示したもの

 課題調査表は、第一次ロードマップで作成したものを基本的に継承し、その後の状況変化を踏まえて見直し改訂を行った。

4.2実施体制

ロードマップフォローアップ(RMFU)小委員会には、水化学、材料、燃料に係わる分野の専門家が参加し、産業界、学術界、学協会および国・官界が一同に会して検討を行った。被ばく線源低減および環境・公衆への影響低減に関する個別課題の検討に当たっては、水化学部会に設置されている被ばく・廃棄物低減小委員会と連携して行った。

また、先行して策定作業が行われている高経年化対応技術戦略マップおよび燃料高度化技術戦略マップの策定作業を行っている各機関とは、整合・連携を図りながら策定を行った。

5.水化学を取り巻く環境の変化

 ロードマップのフォローアップに際しては、以下に示す環境変化を考慮した。

①  高経年化対応ロードマップおよび燃料高度化等他分野でのロードマップのローリングと技術戦略マップの策定。水化学ロードマップを含め、原子力安全・保安院(NISA)安全基盤小委員会へのロードマップの策定状況報告。

②  (社)日本原子力学会標準委員会システム安全専門部会に水化学分科会が設置。「水化学管理指針」および「化学分析標準法」について検討。

③  NISA高経年化対策強化基盤整備事業茨城クラスタで水化学関連研究実施。

④  次世代軽水炉開発事業開始。6つのコアコンセプトの一つとして、「プラント寿命80年とメンテナンス時の被ばく線量の大幅低減を目指した、新材料と水化学の融合」。

⑤  新検査制度(保全プログラム)導入。事業者は、保全活動のPDCAサイクルを回すことにより、より適切な点検方法を選び実施。長期サイクル運転も可能に。

⑥  既存設備の改造等による原子炉施設利用・運用の高度化を通じ、原子炉熱出力を向上させ運転することが可能であり、我が国においても計画。

⑦  アジア地域において新規建設に向けた活動が活発化。プラント建設や設備導入に対する貢献に加え、水化学管理分野におけるソフト面での連携・サポートが更に重要に。

6.水化学ロードマップ2009

6.1第一次ロードマップからの主な変更点

 水化学ロードマップ2009は、第一次ロードマップと同じ「水化学による原子力発電プラントの安全性・信頼性維持への貢献」を目標とし、2.3項に示した基本方針に基づいてフォローアップした。

 第一次ロードマップでは、課題設定の視点毎に、設備/機器等への影響、環境/一般公衆への影響および人/情報の整備の3つに課題を分類したが、水化学ロードマップ2009では、諸課題への取り組みを支える基盤(水化学共通基盤技術と人情報の整備の2課題)とそれ以外を安全基盤研究の課題とし、さらに安全基盤研究課題を目的毎に「構造材料の高信頼化」「燃料の高信頼化」および「環境負荷低減」に分類した。

個別ロードマップの名称も、課題内容・目的を明確に表すよう、「応力腐食割れの抑制」を「応力腐食割れ環境緩和」のように改めた。また、「状態監視保全」から「状態基準保全」のように用語の変更にも対応した。

第一次ロードマップにおける「SGクレビス環境緩和」と「スケール・クラッド付着抑制」の2課題は、今回のフォローアップの中で、「SG長期信頼性確保」として長期的な観点から整理統合を行った。

第一次ロードマップで策定した個別課題毎のロードマップは、「人/情報の整備」を除いて、技術戦略マップ(導入シナリオ、技術マップ、ロードマップ)にまとめ直した。

抽出された課題とそれらの相関を図-2に示す。また、ロードマップの主なポイントを課題毎に以下に示す。

6.2概要

6.2.1安全基盤研究

 (1)構造材料の高信頼性

①SCC環境緩和

SCCは顕在化した経年劣化事象として、適切な保全プログラムの構築と適用が望まれており、材料と応力に水化学を加えた総合的なアプローチが重要である。JSME維持規格では、SCC環境緩和の効果をプラント維持管理に見込めるスキームが示されているが、対象部位のSCC環境を規定する方法が確立していないため、規格・基準には取り込まれていない。そこで、SCC環境評価手法・環境緩和技術の標準化・検証やJSME維持規格とSCC環境評価技術・環境緩和技術のリンクさせる仕組みの構築等の課題に取り組む。

今後、炉出力向上や燃料の高燃焼度化などの影響(例えば冷却材の放射線分解など)により、SCC環境が変化することが想定されるため、これらを先取りして、影響評価手法と環境緩和技術の高度化・整備を進める。

また、現状のSCC環境緩和技術は、効果の及ぶ範囲が限られたり、燃料健全性や被ばく線源上昇などへの影響を回避するため、その効果が制約されたりする場合がある。副次影響が少なく、効果の大きなSCC環境緩和技術の開発・検証・標準化の研究を推進する。

②配管減肉環境緩和

現行のJSME配管減肉管理においては、肉厚測定・余寿命評価・取替えがベースとなっているが、近年、冷却材の高pH化や酸素添加などの環境緩和が、配管減肉、特に、流動加速腐食(FAC)の抑制に有効であること、また、環境緩和効果が冷却材の流れ場と密接に関連していることが明らかになってきた。従って、今後、環境緩和技術の開発・標準化・検証を進めるとともに、将来の配管減肉予測評価手法の構築への寄与を通じて、さらなる配管減肉管理の合理化に資する観点で、研究を推進する。

③SG健全性・性能維持

国内では、2000年初頭までの旧型(Alloy600MA伝熱管、Drill型管孔つき炭素鋼製管支持板)蒸気発生器(SG)を最新型(Alloy690TT伝熱管、BEC型管孔つきステンレス鋼製管支持板)へ取替えた結果、現状は、SG腐食問題は沈静化の様相を呈している。しかし、特に、SG2次側の構造クレビス部における不純物の濃縮に伴う伝熱管腐食損傷の可能性が払拭されたわけではなく、長期的な観点から、今後、継続的にクレビス腐食環境を監視するとともに、クレビス部での不純物濃縮を加速するスケール・スラッジの付着防止や不純物管理強化を推進するための研究に取り組む。

④状態基準保全への支援

新検査制度において、状態基準保全が取り入れられたが、現状は、主に、動的機器、制御盤、潤滑油が対象である。水化学管理は、もともと冷却材の水質監視をベースに、腐食環境の視点からプラントの状態監視し、これを適切なレベルに維持する活動であり、この側面を高度化し、対象部位の材料・応力因子と合わせて評価することで、静的機器を含めた状態基準保全の実現を支援するための研究を推進する。

(2)燃料の高信頼化

⑤被覆管・部材の腐食/水素化の抑制および⑥AOA (Axial Offset Anomalies)抑制

軽水炉利用高度化(出力向上)と燃料高度化(高燃焼度燃料、長期サイクル)を実施した海外プラントでの経験を踏まえ、将来、顕在化する可能性の高い課題について、関連分野と連携しつつ、事象の解明や対策の構築などに先駆的に取り組む。また、燃料-水相互作用に係わる効率的な検討を目的に、実炉照射に代わる試験技術・評価技術の確立を目指す。

(3)環境負荷低減

⑦被ばく線源低減

将来を見据えて適切な被ばく線源低減を推進し、世界トップレベルの集団被ばく線量を実現・維持していく。出力向上や高燃焼度燃料の導入に伴う影響評価、長期サイクルによる被ばく線源の上昇抑制および作業環境の改善による高経年化プラントの点検・補修の支援等について、関連分野と連携を図りつつ、課題解決を目指す。

⑧環境・一般公衆への影響低減

より一層環境負荷の少ない発電プラントとするため、水化学管理に伴って副次的に発生する放射性廃棄物低減や薬品による環境負荷を低減するための課題に取り組む。

6.2.2基盤整備

⑨水化学共通基盤技術

上記①から⑧の諸課題への取り組みや役割分担を踏まえ、今後、整備すべき施設基盤を明確化するとともに、産官学の役割分担を見直した。

⑩人・情報の整備

基本的に、第一次ロードマップのままとし、今後、関連ロードマップとの連携・協力を模索しつつ改訂を目指すこととした。ただし、水化学共通基盤技術でのフォローアップ結果を受けて、学術界での研究基盤の確保に関する記載を加えた。

7.おわりに

冷却材としての水化学管理の使命は、構造材および燃料と接し、プラント稼働中にこれらを健全な状態に維持することにある。水化学は、構造材-燃料-水の境界で生じる諸課題の調和的解決に寄与できる。また、構造材と燃料の情報はすべて水に集められるため、水化学は保全に積極的に貢献できる。

これらの研究を推進するためには、そのインセンティブを維持し、奨励する仕組みが必要である。このような自発性を導入することにより、技術者、研究者に積極的な使命が生まれることは、人材育成の観点からも重要である。

なお、本稿は、平成21年6月に発行された「水化学ロードマップ2009(要約版)」に基づいて記載したものである。

参考文献

1)内田俊介他,”原子炉水化学ロードマップ”,日本原子力学会誌, 50[5],307(2008)

2)勝村庸介,“水化学ロードマップ概要”,水化学部会報創刊号(2007年 9月 8日)

部会報第3号 部会長退任にあたって

部会長退任にあたって

-「水化学」部会の2年間の反省と今後への期待-

                      (独)日本原子力研究開発機構           内田 俊介

1.はじめに

 2007年6月に発足した「水化学」部会の初代部会長の任を、2期2年間、大過なく勤めさせていただき、2009年4月に、勝村庸介新部会長に無事バトンタッチすることができました。この間、特別顧問、副部会長、運営委員の諸兄の献身的なご尽力により、研究専門委員会から部会への脱皮が順調にすすみ、部会会員の強力なご支援により、部会としての諸行事が順調に行われたことに対し、衷心より御礼申し上げます。本文では、部会設立の背景と2年間の経過を振り返り、反省点を列記して、拙文をまとめました。今後の更なる発展に対して、少しでもお役に立てれば、幸甚に存じます。

2.水化学研究専門委員会から「水化学」部会へ

 水化学関連の研究専門委員会は、1982年10月に最初の「水化学」研究専門委員会(主査:石榑顕吉先生)として発足して以来、「水化学標準」研究専門委員会(主査:乙葉啓一氏)まで、6期24年間にわたり、世界でも類を見ない原子炉水化学の技術・研究組織として、国内のみでなく、国際的にも幅広い活動を進めてきました。24年間の活動の中心が、年に4-5回開催されてきた研究会であった点が最大の特徴で、実プラントにおける水化学に係わる経験から化学の基礎研究までの各種課題を、研究者からプラントでの実務担当者まで幅広い方々と議論しました。2001年12月10日の通算100回記念大会をひとつの通過点として、委員会開催総数は最終的には120回を数えました。その華々しい活動成果は、4冊の研究専門委員会報告書[1-4]、原子炉水化学ハンドブック[5]、水化学ロードマップ[6]および原子力学会誌の解説記事[7-12]と特集記事[13, 14]にまとめられ、公開されております。

 研究会を通して、水化学に関する技術、情報を共有することが、研究専門委員会の特徴であり、適宜発電所サイトで研究会を開催することにより、プラントの実情を肌で感じることができたのも、専門委員会のメリットであるとともに、大きな成果を生み出す源であったものと考えます。

 一方で、水化学は、燃料、構造材あるいは放射性廃棄物などと、冷却水を通して密接に関わるため、プラント全体を俯瞰したシステム技術が要求されているのは周知の通りです。原子力学会の組織が大きくなり、1990年代に入って、部会制度が導入されると共に、核燃料、材料などが部会へと移行しましたが、水化学は、研究会を中心に活動を継続する上では、研究専門委員会の方が部会よりも小回りが利くとの認識もあり、あえて部会にすることを避けて参りました。しかし、他の部会と協調して、新たな課題に取り組む上では、水化学だけが研究専門委員会組織のままでは、さまざまな問題を生ずるようになり、第6期の後半に、研究専門委員会としての活動継続か、部会への移行かで激論がもたれ、結論として、部会に移行するになりました。研究専門委員会から部会への変遷の詳細については、解説記事[15]に紹介されております。

3.「水化学」部会の活動方針

 部会化に際しての、活動方針の基本的な合意事項は以下の点であったと考えます。

(1) 他部会との積極的な交流、協調を図り、水化学の新たな展開を図る。

(2) 研究専門委員会の良さであった研究会の活動をさらに発展させ、これまで4年毎の節目でまとめてきた研究成果を公開する。

(3) 「ジルカロイ-水相互作用」、「構造材―水相互作用」の2つのワーキンググループ活動は小委員会として活動を継続し、新たに複数の小委員会で活動の幅を広げる。

(4) 会員諸兄からは会費の徴収が必要となり、従来以上に会費に見合う対価(member satisfaction)を生み出せるようにする。

4.「水化学」部会の2年間の活動実績

先の「水化学標準」研究専門委員会では、技術伝承の原典ともなる各種標準の原案作成とロードマップの作成に大きな足跡を残しました。このうち、標準化の推進は原子力学会の標準委員会(委員長:宮野廣氏)で行うことになり、部会では、ロードマップフローアップ小委員会(委員長:勝村庸介先生)によって、水化学ロードマップの更なる改訂に注力して参りました。水化学ロードマップでの目標に掲げた「水化学による原子力発電プラントの安全性及び信頼性維持への貢献」を達成するためには、プラント全体を俯瞰して、構造材にも、燃料にも、そしてプラントで働く人にとっても最適な運用を目指した水化学を目指すことが必須で、このため、他部会、委員会、あるいは他の学協会との積極的な討論に機会を持ち、協調点を探って参りました。

 春、秋の部会企画セッションでも、他部会との共催を積極的に進め、2008年春の年会では材料部会との共催で、パネル討論「軽水炉の高経年化対応に学協会が果たすべき役割の検討-構造材料の腐食損傷に関わる研究活動を中心として」、2008年秋の大会では、核燃料部会との共催で、パネル討論「軽水炉燃料信頼性向上の観点から燃料と水化学が連携すべき課題と将来の取組み方法について」を開催し、この成果に基づき、2009年7月の核燃料-材料-水化学3部会合同サマーセミナに結びつけることができました。原子力学会の外部との協調では、日本機械学会との流れ加速型腐食についての研究協力のほか、腐食防食協会とは2年にわたり、国際シンポジウムを共催し、原子力分野以外の水化学あるいは腐食に係わる技術者・研究者との絆を深めることにも挑戦しております。

日本原子力学会誌に、2009年2月号から連載講座「軽水炉プラントの水化学」全10回の連載を開始したのも、本部会の活動の一つで、完結後は、その他の解説記事等もあわせて、本部会の成果の一つとして有効に活用できればと考えております。

5.反省事項

部会活動の問題点は、当初から予想した以上に事務処理に係わる雑務が多い点にあります。ボランタリーに参加いただいている各委員には、担当仕事量が増えて、申し訳ない気持ちでいっぱいです。部会自体としても、各小委員会が独自の活動を活発化させると、参加人員も増加し、仕事量が増加する傾向を示しますので、少数のキーパーソンには益々負担がかかることが予想されますが、全体としては、スリム化を図りつつ、将来像の明確化、その実現シナリオの立案、具現化、技術の標準化、技術の転移を着実に行える組織でありたいと願ってやみません。他部会等との議論に基づく新たな方向への舵とりもまだ残された課題です。

勝村先生の御尽力で、ロードマップの改訂作業はほぼ終了いたしましたが、4年毎の技術成果の公開に向けては、これから課題を絞り込むことが残されております。

また、部会員諸兄が、現在の部会運営に如何思っておられるかの活動に対する評価把握もこれからの課題と考えます。

 

5.おわりに

 2年間で、当初想定した部会としてのイメージに沿って、何とかテイクオフできたものと思っておりますが、小委員会の半数がまだ十分に機能していないなど、問題点も多いことを残念に思っております。今後とも、部会としての運営が少しでもスムースに進められるように、勝村部会長を中心とした部会の新たなる挑戦・運営に積極的に協力して参りたいと思います。2年間の御協力、まことにありがとうございました。

参考文献

1) 「水化学」研究専門委員会、 「原子炉冷却系の水化学」、日本原子力学会(1987年5月)

2) 「高温水化学」研究専門委員会、「原子力発電プラントの水化学管理と基盤技術」、日本原子力学会(1991年8月)

3) 「原子炉水化学」研究専門委員会、「原子力発電プラントの水化学管理の実績と将来展望」、日本原子力学会(1995年6月)

4) 「水化学最適化」研究専門委員会、「原子力発電プラントの水化学最適化の実績と将来展望」、日本原子力学会(2003年8月)

5) 日本原子力学会編、「原子炉水化学ハンドブック」、コロナ社(2000年12月)

6) JNES報告書、「原子力安全研究ロードマップ整備」、07基調報-0004(2007)

7) 石榑顕吉他、「軽水炉一次冷却系における放射性腐食生成物挙動に関する研究状況と今後の課題」、日本原子力学会誌25、337 (1983).

8) 石榑顕吉他、「原子炉の水化学-研究現状と今後の課題」、日本原子力学会誌29、273 (1987).

9) 石榑顕吉他、「原子力発電プラントの水化学管理の実績と将来展望」日本原子力学会誌37、98 (1995).

10) 石榑顕吉他、「水化学管理高度化の実績と将来課題」、日本原子力学会誌41、842(1999年)

11) 「水化学標準」研究専門委員会、 「原子力の安全と信頼を支える水化学の役割と課題―軽水炉新時代の技術課題への取組み」、日本原子力学会誌49、365(2007年)

12) 「水化学ロードマップ検討」特別専門委員会「原子炉水化学ロードマップ」、日本原子力学会誌50、307 (2008).

13) K. Ishigure, et al., “Water Chemistry Experience of Nuclear Power Plants in Japan”, J. Nucl. Sci. Technol.26, 145 (1989).             

14) 石榑顕吉他、「軽水炉発電プラントの水化学技術」、日本原子力学会誌34、2 (1992).

15) 日本原子力学会「水化学」部会「原子力発電プラントにおける水化学の課題への取組み―水化学部会ゼロ歳の抱負」、日本原子力学会誌50、506 (2008).

部会報第3号 巻頭言 : 部会長就任にあたり

巻頭言

部会長就任にあたり

「水化学」部会部会長 勝村庸介

((独)東京大学大学院)

 

 この度、部会長に就任しました勝村庸介です。よろしくお願い申し上げます。

 振り返ってみますと、二年前にそれまでの水化学専門研究委員会から水化学部会に衣替えして出発しました。内田前部会長の指導のもとで活動を開始しましたが、原子力学会をはじめとし、対外的に思った以上の対応に追われ、非常に忙しい二年間でありました。このような中、内田前部会長の強力なリーダーシップのもとで着実に活動し、部会としての基礎が確立されたものと認識しています。部会スタート直前の2007年3月に、水化学ロードマップを部会として初めて取りまとめました。これにより対外的に水化学部会のプレゼンスが上がるとともに、外部からの期待も大きいことを肌身で感じました。現在、二年を経て新しい「水化学ロードマップ2009」をまとめつつある所ですが、水化学の中での問題は勿論ですが、構造材料や燃料との関連がこれまで以上に重要であることが明らかになり、これら関連分野との連携も必要になっております。また、水化学関連の標準化もスタートしておりますが、これらの活動は外部からも注視される重要な課題と思われます。

 一方で、現在の水化学部会のリソースは十分とは言えない状況であり、その活動もメリハリのある優先度の高いものを選択して取り組む必要があるものと考えています。同時に、これまではやや短期的な対応に追われてきた嫌いもあり、中長期の展望に従った活動もこれまで以上に要求され、そのための将来計画の議論もこれまで以上に必要と考えております。

 これからの二年間、未来に目を向けた水化学部会の活動を展開するにあたり、皆様の益々の協力とご援助をお願いしたします。

(2009年9月吉日)

部会報第3号

  1. 巻頭言 : 部会長就任にあたり
    勝村庸介 部会長
  2. 部会長退任にあたって
    内田俊介 前部会長
  3. 水化学RM2009 概要
    東電 小野昇一 氏
  4. 特別寄稿: 乙葉原電参与 学会賞受賞
    瀧口英樹 委員
  5. 線量低減に向けた取り組み
    東北電 伊藤重 氏
  6. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(2))
    長尾博之 委員
  7. 編集後記

部会報第4号 編集後記

編集後記

 今年は記録的な暑さがつづいておりますが、皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。早く秋のさわやかな気候が到来してくれることを期待しながら、本稿を書いています。7月には恒例のサマーセミナが開催され、多くの方々の出席をいただきました。その中で、今後の部会の方向性等について貴重な議論がなされ、若手を含めた活発な活動に向けて具体的な施策が提案されています。今後の展開を期待するとともに、皆様方の積極的な参画を御願いする次第です。    (日立GEニュークリア・エナジー(株)、布施 元正 記)

部会報第4号 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(3))

“水”あれこれ ・・・(3)
長尾 博之

いささか趣向を変えて、今号では、水と音(音楽)との関係について考えてみたいと思います。

1. “ゆらぎ”とは

誰でも“ゆらぎ”という言葉を、何処かで一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。水のたてる音も、ある“ゆらぎ”を持っており、特に、自然界の水の音、つまり、小川のせせらぎや波の音は、極めて特徴的な“ゆらぎ”を持っているようです。そこで、先ずは、“ゆらぎ”と言う言葉の内容から説明しなくてはいけないのですが、これが大変難しいのです。ここでは、筆者がとりあえず感覚的に理解している範囲の解説で我慢して下さい1)

例えば、“音”のように、連続的ではあっても一様ではない変化のことを“ゆらぎ”と言います。当然のことながら、“ゆらぎ”と言う現象は、音の中だけにあるものではなく、宇宙万物すべてに存在しており、逆に、宇宙万物すべてが、それぞれの持つ“ゆらぎ”によってバランスが保たれているのだそうです。人間の身体を例にとっても、心臓の鼓動、それに伴う血液の流れ、脳波などが常に変化し、そのゆらぎによって各々のバランスをとっているわけです。と言うことは、“ゆらぎ”の中にも、良いバランスに対応するものもあれば、好ましくないバランスに対応するものがあっても不思議ではありません。音楽を例にとると、グレゴリオ聖歌に始まって古典派の音楽の多くは、心を落ち着かせるゆらぎを持っていますが、ディスコの喧噪な音楽は、興奮させるゆらぎが大部分のようです。さらには、人を厭世的な気分にさせ、自殺にまで追いやるという怖しいゆらぎを持った音楽もあります。

2. “ゆらぎ”の種類

 当然、“ゆらぎ”にはどの様な種類があり、その各々はどの様な現象に対応しているのか、ということを知りたくなります。大きくなったり小さくなったり、或いは強くなったり弱くなったりする連続的な揺れ、つまり“ゆらぎ”に含まれる波動を、一つ一つ分離したものをフーリエ周波数と呼び、「f」という記号で表します。また、この個々の波動は、それぞれパワーを持っています。このゆらぎの持つ「f」と「パワー」の関係を詳細に分析してみると、ゆらぎの性質は、大きく3種類に分類できることが分かるそうです。つまりパワーが「1/f0」 に比例するゆらぎと、「1/f」 に比例するゆらぎ、および「1/f2」 に比例するゆらぎの3種類です。頭の中に、縦軸にパワーの対数、つまりデシベル(db)をとり、横軸に「f」の対数をとったグラフを思い描いて下さい。このグラフ上で、ある音のゆらぎの解析値をプロットした場合、そのプロットを結んだ直線が横軸と平行な直線(勾配0)になる場合と、45゜の右肩下がりの直線(勾配-1)になる場合、および、63゜強の右肩下がりの直線(勾配-2)になる場合の3種類に分けられるということです。これらはそれぞれ、「1/fゆらぎ」、「1/f ゆらぎ」 および「1/fゆらぎ」 と名付けられ、それぞれ独自の性質を持っており、私ども生命体の活動に大きく関わっています。

揺れがバラバラで破壊的な音は「1/fゆらぎ」 の性質を持っています。自然界で言えば、地震、山崩れ、突風に吹かれたときの大木のきしみなどです。音楽では、メロディー進行やリズムなどが激しく動き、聞き手を疲れさせてしまうような曲がこのゆらぎに属します。ロック系の曲の多くがその良い例です。脳に刺激を与えすぎて、脳神経を疲れさせてしまう音というわけです。反対に、あまりにもゆっくりしすぎていて、しかも非常に規則的なものは 「1/fゆらぎ」の特性を持っています。むしろ殆どゆらぎを持たない音と考えた方が理解しやすいかもしれません。例えば、眠気を誘う様な子守歌や、時計の秒針が刻む単調な音、機械的な電子音などがこのゆらぎを持っています。

この中間に位置するのが「1/f ゆらぎ」 で、このゆらぎこそが、現代人にとって今最も必要なものとされています。「1/f ゆらぎ」 を持つ音は、人間の情緒を安定させるだけではなく、結果として難病の治癒力を高めるとか、脳の創造力を高めるなどの働きがあるそうです。今流行の“ミュージック・ヒーリング”は、この点を最大限に活用する手法を体系化しようとしているもののようです1)。面白いことにナチのヒットラーの演説の記録を分析してみた結果、非常に激しい口調ながら、抑揚のゆらぎも声の強さのゆらぎも見事なほどの「1/f ゆらぎ」 特性を持っていることが分かったそうです。また、ケネディー大統領の演説にも同じことが言えるそうです。彼らは「1/f ゆらぎ」 を駆使して大衆の心を掴んだのです。

  1. 水の音のゆらぎは「1/f」

さて、話を水に戻します。自然界にある様々な音の中で、純粋に「1/fゆらぎ」 特性を持つ音は、川のせせらぎの音と海や湖の波の音だそうです。都会人は残念ながらこれらの水の音を聴く機会は殆ど持てなくなっていますが、別にナマの音でなくても良いわけです。何処か田舎に出かけた時に、録音してくれば良いわけです。録音でも、ゆらぎの特性には殆ど影響しませんので、これをバックに流しながらイッパイということにでもすれば、さぞかし心穏やかにして、翌日の活力が生まれることでしょう。

一方、「1/f ゆらぎ」の音は、人の精神的且つ肉体的健康に極めて良い影響を及ぼすことが分かってきてから、その効果を都会にも取り入れようと街のあちらこちらに親水空間がつくられるようになりました。人工の川を造ったり、滝の音を再現したり、噴水を造って涼しさを演出したり、といったものが多いようです。ところでこれらの水がすべて「1/f ゆらぎ」の音を出しているわけではありません。例えば滝の落ちる音は「1/fゆらぎ」に分類され、和ませる音というよりは、刺激の強い音になります。噴水が吹き上げる音も同様で、下に落ちて流れ出して初めて「1/f ゆらぎ」が生まれます。従って、水の流れが生ずるような設計がなされていない噴水からは「1/f ゆらぎ」の効果を期待することができないわけです。勿論、噴水は、涼しさを演出するという効果が大きいので、親水空間としての価値はかなりあるとは言えますが。

4) 水のゆらぎと音楽の拍子

さて、この「1/f ゆらぎ」と関係があるかどうかは実は、定かではないのですが、最近、水のイメージと音楽のリズムの間に、興味深い関係があることを知りました。それは、自然の水に結びつく用語をタイトルに冠した音楽や、またはこれが歌詞に含まれている歌曲は、何故か8分の6拍子(6/8拍子)で作曲されたものが多いというものです。この説は、例えば、昔なつかしの唱歌のいくつかを思い出していただくだけでも納得していただけると思います。

“あした浜辺をさまよえば、昔のことぞ忍ばるる、・・・・、寄する波も貝の色も・・・”の歌詞でお馴染みの、林古渓作詞、成田為三作曲の「浜辺の歌」は、立派な6/8拍子です。この歌曲は、大正2年に作曲用試作として出されたようですが、戦後、中学校の歌唱教材として取り上げられ、誰一人として知らないもののない名曲となりました。アメリカのワーナーブラザーズ社からもレコードが出ているそうです。

旧制高校の寮歌の中で最も人気のある曲といえば、京都の三高の水上部、すなわちボート部の歌「琵琶湖周航の歌」でしょう。“われは湖(うみ)の子さすらいの、旅にしあればしみじみと、・・・”とくれば、じっとしていられなくなるオジさん族は大分減ってきた今日このごろですが、この曲も6/8拍子です。大正7年の夏琵琶湖を周遊した7人のボート部員の一人の小口太郎氏の作詞・作曲とされていますが、曲の方は既にあった作曲者未詳の「ひつじ草」という歌のメロディーにそっくりなことから、今では、作曲者未詳ということにされているようです。

“真白き富士の根、緑の江ノ島・・・”で始まる「七里ヶ浜の哀歌」も6/8拍子です。明治43年1月23日、逗子開成中学校の生徒たち12人が、学校のボートで三浦半島の田越を出発し、江ノ島をさして漕ぎ出したところ、七里ヶ浜の沖でボートが転覆し、全員死亡するという不祥事が起こりました。当時、鎌倉女学校の教諭であった三角錫子氏がその死を悼み、鎮魂曲として作詞し、その翌月、中学校で法要が営まれた時に、鎌倉女学校の生徒たちが斉唱したのが、この歌が歌われた初めだそうです。残念ながら、曲はアメリカ人のガードンという人の作曲になる別の歌のメロディーをとってきたものということです。

少し、統計的に調べてみたいと思います。たまたま手元にあった「日本の唱歌」上、中、下(昭和52年~57年版、講談社文庫)の3巻を調べてみました。これらに納められた唱歌(童謡、民謡、寮歌、軍歌なども含む)全484曲のうち、6/8拍子の曲は31曲しかありませんでした。つまり、唱歌に限っていえば、6/8拍子の曲は全体の6 %位しかないわけです(大部分が4/4拍子、次が2/4拍子です)。一方、川、海、湖、浜など、水の音やイメージを彷彿とさせるタイトルや歌詞をもった曲は、484曲中、23曲にしか過ぎませんが、その中で6/8拍子の曲が10曲も占めていました。つまり、水のイメージを持った曲の半数近く(43 %)が6/8拍子で書かれていたわけです。母集団が少ないとはいえ、この差は大きいです。十分に有意の差といえそうです。

これらの明治、大正、および昭和の初期に作られた曲は、元々、西洋音楽を手本としたものですので、当然、この説は西洋音楽にも当てはまるはずです。と言うよりも、この説は、もともと西洋音楽について言われだしたものと言った方が正しいでしょう。では、どの様な曲があるかと、周りの人に聞いてまわったところ、あるはあるは、いくらでも出てきました。

先ず、ハイネの詩にジルヘルが曲をつけた「ローレライ」、スメタナ作曲の交響詩組曲“わが祖国”の中の「モルダウ」、ドビッシーの小組曲の中の“小舟にて”、管弦組曲「海」、ワーグナーの楽劇“さまよえるオランダ人”の中の「嵐の海のテーマ」、同じく楽劇“ラインの黄金”の中の「ライン川のテーマ」、等々です。いずれも題名やテーマが水に関係があるとともに、6/8拍子の曲です。

何故、水のイメージが6/8拍子に結びつくのでしょうか。やはり、水の持つ「1/f ゆらぎ」に関連していると考えたくなります。多分、6/8拍子というリズムそのものが「1/fゆらぎ」を持っているのではないでしょうか。水にはまだまだ解明されていないことが多く残されているようです。何方かのご教示をお待ちしています。

—————————————————————————

1) 渡辺茂夫:音楽は驚異の「聴くクスリ」、PHP S015(1997)

部会報第4号 FAC モデリング概要

FAC モデリング概要

(財)電力中央研究所 材料科学研究所 藤原和俊

1.はじめに

火力・原子力発電用配管の減肉の主要な要因である流れ加速型腐食(Flow Accelerated Corrosion、 以下FAC)は、保護皮膜として働く酸化皮膜(マグネタイト、Fe3O4)の溶出が流れによって促進され、材料の腐食が加速される現象である(図1)1)。従って、溶液の流動条件とともに水化学および材料条件がFACの主要な影響因子となる。FACに影響を及ぼす水化学・材料因子は温度、pH、溶存酸素濃度、および合金成分濃度である。

 

海外ではFACによる減肉量を定量的に評価するためのモデル式、評価コードが開発されており、実機の配管減肉管理に組み込まれている例もある。しかしながら、これらの評価コードには経験的なパラメータが多く含まれていると考えられるが、その詳細については公開されていない。今後、構造材料の健全性確保あるいは被ばく低減の観点から水化学管理がさらに高度化されることを想定すると、FACメカニズムの解明と、それに基づく定量的な予測モデルの確立が望まれる。

現在、国内で開発されているモデルは、溶存酸素の効果を加味し水化学因子を考慮している。本章では、電力中央研究所で構築したFACモデル式を中心に、FAC予測評価技術の現状と課題を説明する。

2.FAC現象に関する知見の整理

FACに影響を及ぼす因子は、①マグネタイトの安定性に関係する水化学因子(温度、pH、溶存酸素濃度)、②材料因子(合金成分濃度)、および、③溶解したFeの皮膜表面から水側への移動に関係する流体力学因子に分けることができる。水化学因子および材料因子の影響について、既存の知見を整理した結果を表1および図2に示す。単相流での炭素鋼のFACは幅広い温度域で発生し、減肉速度が最大となる温度域は広いpH範囲(pH7~9程度)で150℃付近となる2),3)。これに対し、ステンレス鋼では、その温度域が高くなるようである4)。一方、二相流では、炭素鋼のFAC速度が最大となる温度域は180℃近辺であるといわれている5)。また、pHの影響についてはpHが高くなるに従いFAC速度は低下し、pH9.5以上では減肉速度は0.01mm/y以下と非常に小さくなるといわれている6)。溶存酸素濃度については、中性水中では15~40 ppb、アルカリ溶液中では数十ppb以上であれば、FACを抑制できると考えられている7,8,9,10,11)。材料中へのわずかなクロムの添加がFAC速度を抑制することが知られており、中性溶液、アルカリ溶液ともに1 wt%以下のクロムの添加によりFAC速度を一桁以上低下させることができる7),12)

表1 既存知見の整理

影響因子 FAC現象 参考文献
水化学

因子

温度 減肉速度が極大となる温度域が存在し、その温度は流束には依存しない。

〔単相流-炭素鋼:   130℃-150℃(pH7~9)〕

〔単相流-ステンレス鋼:240℃(pH7~9)〕※1

〔二相流-炭素鋼:   180℃ (pH9)〕

 

2),3)

4)

5)

pH pHが高くなるに従い減肉速度は低下する。

〔pH9.2以上:急激(指数関数的)に減肉速度が低下。〕

 

6),3)

溶存

酸素

濃度

それ以上の濃度であれば、減肉速度が極めて小さくなるしきい溶存酸素濃度が存在する。

〔中性(pH7)でのしきい溶存酸素: 15~40 ppb〕

〔アルカリ溶液(pH9)でのしきい溶存酸素: 1~2 ppb〕

〔しきい溶存酸素は、減肉速度、水の密度および酸素の物質移動係数により評価可能〕

〔しきい溶存酸素以下の溶存酸素濃度では、FAC速度におよぼす溶存酸素濃度の効果は小さい〕

 

 

7),8),9)

9),10)

11)

 

9)

材料

因子

クロム含有率 材料中のCr, Mo, CuはFACを抑制することができる。

〔中性(pH7)での効果:Cr濃度>0.5wt%でFAC速度を1/10以下に低減。〕

〔アルカリ溶液(pH9)での効果:Cr含有量が0.01から0.1wt%と増加すると減肉速度もほぼ1/10となる。〕

 

7)

12)

※1:ステンレス鋼からのコバルト溶出速度

注)表中のpHはいずれも室温の値である。

図2 FACに及ぼす水化学、材料因子の影響

3.FAC予測モデル式の現状

表2に主なFAC予測評価式を示す。流れ加速腐食の物理モデルを検討した例にはSanchez-Caldera13)、Bignoldら14)およびListerら15)のモデルがある。近年では国内でも内田ら16)および藤原ら17)によりモデルが提案されている。

Berge18)らは、物質移動過程とともに溶解過程を考慮し、速度式を導き出している。この場合、物質移動過程と溶解過程のいずれが律速過程かは物質移動係数(k)および溶解速度定数(kc)の相対的な大小に依存することとなる。Sanchez13)らは、金属/酸化物界面での水酸化鉄の生成がFAC速度を律速すると考え、金属/酸化物界面から酸化物/流体界面への拡散(D)、皮膜厚さ(δ)、酸化物の空孔率(θ)を考慮したモデル式を提案している。Bignold14)らは、腐食電流密度が物質移動速度に比例すると考え、減肉速度はk3に比例するとのモデル式を提案している。Listerらは、CANDU炉運転条件下での実験データにもとづき、FAC速度モデルを構築している15)

Bergeら、Sanchezらより提案されているモデルは、水化学因子の影響はFeの溶解度として扱われている。しかしながら、鉄の溶解度計算に必要な水素分圧の扱いなどが明確ではなく、また溶存酸素の効果については触れられていない。前述のとおり溶存酸素の給水への添加はFACの抑制に有効な方法であることから、その作用機構を定量的に明らかにすることはきわめて重要な課題である。

材料中のCr濃度の影響については、表面に生成する酸化皮膜の性状(空孔率)に影響を及ぼすと考えられるが、必ずしも明らかとはなっていない。

表1 主なFAC予測モデル式

  モデル式の概要 評価可能な水化学因子
温度 pH DO Cr
海外のモデル Bergeら FAC=

k・kc/(k+kc)・(Ceq-Cb)

× ×
Bignoldら FAC∝

4k3[H+]8/(K3・B2)・exp(2FE0/RT))

× ×
Sanchez FAC 

Ceqθ/[ 1/kc + 1/2(δ/D + 1/k)]

×
Listerら FAC∝D・θ・(Cm/o-Co/s)・(1-θ)/δ ×
国内モデル 内田ら 静的な電気化学モデルFAC=f(E、Ceq、δ、・・・)

動的な皮膜成長モデルFAC=f(Ceq、δ、・・・)

藤原ら FAC=(1-θCr)kCeq

Ceq=f(T, DO, CNH3), θCr=f(XCr)

3.最近のFAC予測評価式の例

内田らは、母材および酸化皮膜の溶解速度は酸化皮膜厚さにより抑制されると仮定し、電気化学モデルと二層酸化皮膜モデルを組み合わせによりFAC速度のモデル式を立案している16)。内田らのモデルでは溶存酸素とともにヒドラジンの影響も考慮されている。

図3に我々が想定したFACモデルの模式図を示す。本モデルでは以下のプロセスを仮定している。なお、モデルの詳細については文献(17)を参照とする。

1) 炭素鋼表面には酸化物層が存在する。

2) 酸化物層表面には、Fe2+の飽和溶解層が存在する。

3) 飽和溶解層と沖合い溶液の間に拡散層が存在し、溶存化学種の拡散が定常状態でのFAC速度を決定する。

飽和溶解層での化学種Mの濃度(Cs,M)と沖合い溶液の濃度(C∞,M)の間に差がある場合、その流束(JM)はFickの法則に従い濃度差(Cs,M – C∞,M)に比例する。

                                                   JM = 2(DM/δ)•(Cs,M – C∞,M)                                                       (1)

DM:物質Mの拡散係数、δ:拡散層の厚さ

炭素鋼中に含まれる微量なCrはFAC速度に影響を及ぼす。我々は、表面に生成するCr酸化物の面積率をθと定義した。ここで、炭素鋼は均一に腐食する、すなわち、定常状態ではFeとクロムの流束の比が材料組成と一致すると考え、炭素鋼中のFe含有率(XFe)、Cr含有率(XCr)、JFeおよびJCrの関係よりθを求めた。

                                     θ = XCrSFeMFe/{(100-XCr)•SCrMCr + XCrSFeMFe}                                      (2)

Cs,Feを鉄の溶解度(SFe)とすると、JFACは以下の式で表せる。なお、ここではC∞,Feは小さく無視できるものと仮定した。

                                                      JFAC = (1-θ)(2DFe/δ)•SFe                                                           (3)

SFeの算出には飽和溶解層での水素イオン濃度([H+])および水素分圧(PH2)が必要となる。[H+]は、Fe2+およびCr3+の溶解平衡、アンモニアの加水解離平衡、電荷バランスを考慮し求めた。PH2Cs,H2を算出しヘンリーの法則より求めた。なお、Cs,H2は腐食によるH2の生成速度、O2の消費速度およびJH2JO2のバランスを考慮し算出した。

図4にFACモデルにより求めたFAC速度に及ぼす温度、pH、溶存酸素濃度およびクロム含有率の影響を示す。FAC速度の極大値は中性溶液中では130℃近辺に生じる。pH25の増加につれてFAC速度は小さくなり、pH258.5以上では指数関数的に低下する。溶存酸素濃度の増加と共にFAC速度は徐々に小さくなる。XCrの増加と共にFAC速度は低下し、XCr > 0.01 wt%以上では急激に減肉速度が低下する。これらの図4に示す挙動は表1に示したFAC現象を概ね再現していると言える。

5.  まとめおよび今後の課題

現在国内で開発されているモデルは、溶存酸素の効果など水化学・材料因子を考慮しており、その影響を定性的に説明することが可能である。 しかしながら、FACは、物質移動と密接に関係するため、その速度の定量的な予測のためには流動面での研究成果を融合させ、予測精度を向上させるとともに、実機データによる妥当性検証を行う必要がある。

引用文献

1)  JSME S CA1-2005(2005).

2)  H. G. Heitmann and P. Schub, Proc. Third meeting Water Chemistry of Nuclear Reactor, BNES, London, UK, p.243(1983).

3)  G. J. Bignold, K. Garbett and I. S. Woolsey, in Ph. Berge and F. Kahn, eds., Corrosion-Erosion of Steels in High Temperature Water and Wet Steam, (France: Electricite de France, Les Renardieres, 1982)Paper No. 12.

4)  Y. Ozawa, S. Uchida and M. Kitamura, J. Nucl. Sic. and Technol. 20, 1039(1983).

5)  H. Keller, VGB-Kraftwerkstechnik, 54, 292(1974).

6)  H. G. Heitmann and W. Kastner, VGB-Kraftwerkstechnik, 62, 211(1974).

7)  日本原子力学会編, 原子炉水化学ハンドブック, コロナ社(2000).

8)  泉谷雅清, 水庭文夫, 大角克巳, 神林剛, 松島雍憲, 丹野和夫, 火力原子力発電, 27, p.419(1976).

9)  K. Fujiwara, M. Domae, T. Ohira, K. Hisamune, H. Takiguch, S. Uchida and D. Lister, Proc. 16th Pacific Basin Nuclear Conference (16PBNC), Aomori, Japan, P16P1048 (2008).

10)     O. de Bouvier, M. Bouchacourt and K. Fruzzetti, Proc. Int. Conf. Water Chemistry in Nuclear reactor System, Avignon, France, Paper No. 117(2002).

11)     I. S. Woolsey, G. J. Bignold, C. H. DE Whalley, K. Garbett, Proc. Water chemistry for nuclear reactor system 4, BNES, London, p.337(1986).

12)     K. Murata, T. Tsuruta, S. Tokunaga, K. Yamamoto and Y. Shoda, 材料と環境2006 予講集, A-201, JSCE(2008).

13)  L. E. Sanchez-Caldera, “The Mechanism of Corrosion-Erosion in Steam Extraction Lines of Power Stations”, Ph. D. Thesis, Department of Mechanical Engineering, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, Massachusetts (1984).

14)  G. J. Bignold, K. Garbett, R. Garnsey and I. S. Woolsey, Proc. Second Meeting on Water Chemistry of Nuclear Reactors, British Nuclear Engineering Society, London, (1980) 5.

15)     D. H. Lister and L. C. Lang, Proc. International Conference on Water Chemistry of Nuclear Reactor Systems, Avignon, France, April, (2002)

16)    S. Uchida, et al.Journal of Nuclear Science and Technology46 [1] , 31-40 (2009).

17)     藤原和俊, 堂前雅史, 太田丈児, 米田公俊, 稲田文夫, 電力中央研究所報告, Q08016(2008).

18)     P. Berge, J. Ducreux, and P. Saint-Paul, “Effects of chemistry on corrosion-erosion of steels in water and wet steam,” in Proceedings of the Second Meeting on Water Chemistry of Nuclear Reactors, British Nuclear Engineering Society, London, (1980) 5.

部会報第4号 水化学部会活性化に向けた取り組み

水化学部会活性化に向けた取り組み

大平 拓(日本原子力発電)

先日、水化学部会運営委員の方から、「水化学部会活性化に向けた取り組み」に関する寄稿の依頼をうけた。私のような若輩者(水化学に関する業務は10年強程度であり、水化学部会では若手技術者と言われていたので)が、このタイトルで意見を述べるというのも気が引けたが、せっかくの機会なので、一部会員として、私の思うところを述べさせていただこうと思う。

*******************************

みなさんも、これまでに何回も考えられてきたことだろうが、原子力発電所における水化学とはなんだろう、その目的はなんだろう、ということから考えてみたい。

私は、原子力発電所における水化学とは、冷却材が構造材と接することによる“腐食”現象の解明が根本にあって、これに基づき、各構造材が設置された環境に応じた腐食事象を評価することにより、環境(場合によってはそれ以外からも)改善による構造材の健全性の維持,腐食生成物の放射化を抑制することによる被ばく低減(線量率低減)、腐食生成物の処理に影響を受ける廃棄物低減 等の対策を提案および実行することと思っている。

構造材の“腐食”は、各発電所により設備の規模や性能(流量・出力・浄化容量・・・)は異なるが、どの発電所においても、必ず冷却材である水が構造物と接していることから、必ず生じる事象である、という特徴がある。

このため、国内で発電所が運転を始めた1970年代~1980年代は、著しい腐食進行に起因した不具合が多数の発電所で発生したが、その対策・対応が概ね完了した1990年代からは、“人に優しい”“経済性”、“合理性”を追求した発電所の運転・環境が求められるようになった。これからは、長サイクル運転や出力向上など、これは発電所の設計時に大きくとった設備・運転の余裕分を、安全性を維持しながら適正に見直すことによる、更に高度な発電所運営が要求されている。

  この経験はどの発電所でも共通しており、その対策も、設備上あるいは運用上、若干異なるものの、いくつかの対策の中から各発電所が選定して適用しており、概ね共通であると言える。

  また、水化学の検討・対策の別の特徴として、腐食現象の解明に緻密な評価が要求されるために、対策の適用まで長期を要してしまうことがある。(これは他分野から見ると、事象に対するアクションが遅いと思われがちであるが・・・)

このように、水化学の目的・対策はもちろん、各発電所における水化学に関する経験は共通であることから、立場が異なる各機関(電力会社,研究機関,メーカー,学会,規制当局)が、連携をとって検討することが、事象解明および対策の早期適用を達する方策となりうる。私は、この連携の中で最も大事なのは、自分も属する発電所に携わる電力会社の行動であると思う。発電所にとって解決して欲しい課題を抽出し、その解決時期と合わせてニーズを発信することが、各機関における検討を促し、また、中立・公開な学会での議論によって、その議論が各機関の検討に活用され、結果的に、発電所への対策の適用を早めることにつながるだろう。

是非、発電所に携わる方(電力会社だけでなく、メーカーの方も)は、“昨日と同じであるという満足”だけでなく(これはこれで大事ですが)、“昨日より今日を、今日より明日を良好にする”ためには何をすべきか、という観点で物事を見て欲しい。また、“常識を疑う”というと言葉が悪いが、“常識を問い直し”ながら物事を見て欲しい。被ばく低減に関して言えば、少なくとも、原子炉廻りの配管線量率が0mSv/hになるまでは。

**************************

この7月に開催された原子力学会/水化学サマーセミナー(宮城県松島)でのパネルディスカッションでは、「水化学部会活動の将来構想」というテーマで、参加者同士で議論を行った。このパネルディスカッションには約100名が参加し、僭越ながら、私はコーディネータ(司会)を努めた。

  この議論の内容については、おそらく別途紹介があると思われるので、この中で私にとって最も印象の強かったことについて述べたいと思う。

  これまでの議論においても言われていたことであり、また、水化学部会に限った話ではないが、原子力発電が開始されてから約40年が経過し、初期から携わってきた方々が異動・リタイアされることによる、過去の運転初期の知見・経験が後世に残らないという、いわゆる“技術伝承”と、また、一方で、次の世代の技術力が伸びない弊害として“世代交代”が、このパネルディスカッションにおいても議論になった。

  どちらの問題についても、シニアの活動に解決があるという考えもあるが、私は、逆に、それを受ける次の世代の活動に有効な解決があるかと思う。正直、私もシニアに問題があると考えていたが、1人のパネラーから「技術伝承がうまくいかないのは、伝承される側の意識の低さにも問題がある。若手は自分たちの問題と自覚して積極的に取り組むべき」という意見を聞いた時に、はっと思った。まずは、自分を変える(シニアの経験を聞きたい意識をもつ、また、聞きたいことをリクエストする)ことが大事であり、これにより、自分に必要な情報を効率的に得られるだろうから成果も大きいだろう。シニアだって、何を話せばいいかわからないし、リクエストをすれば、喜んで話してくれるだろう。

  一方、私個人がシニアにリクエストすることとして、“学会の場で多くの議論をして欲しい”がある。知識・経験が豊富なシニア同士にとっては、たわいない話であっても、若輩者の私にとっては、非常に有益な情報になることが多々ある。この議論によって、私は何を勉強すればいいか、何を取り組むべきか、自分が考えるきっかけを与えていただき、成長させてもらった。シニアには、是非、学会での議論を通じて、知識・経験を発信してもらいたい。

 また、それを受ける世代も、是非、このような議論が行われる場、即ち、学会の会合に参加して欲しい。まずは議論の場に出席していないと何も知識を吸収できないし。

****************************

 学会は、各立場を超えた学会員個人の集まりである。水化学部会においても同様である。水化学部会が活性化するということは、言い換えると、学会員にとって有益な情報の収集・議論を行えることを示し、更には、それを達成するには学会員が活動することである。

  現在、水化学部会では、原子力学会や水化学サマーセミナー,国際会議の共催,また、定期的に、定例研究会や各委員会が開催されており、活動メニューは豊富である。あとは、参加者が知識・経験を吸収する意識を持って参加し、議論に少しずつ参加していけば、水化学部会は更に活性化していくと思う。活性化させるのは、今、この文章を読んでいる“あなた”の気持ち次第。