部会報第3号 部会長退任にあたって

部会長退任にあたって

-「水化学」部会の2年間の反省と今後への期待-

                      (独)日本原子力研究開発機構           内田 俊介

1.はじめに

 2007年6月に発足した「水化学」部会の初代部会長の任を、2期2年間、大過なく勤めさせていただき、2009年4月に、勝村庸介新部会長に無事バトンタッチすることができました。この間、特別顧問、副部会長、運営委員の諸兄の献身的なご尽力により、研究専門委員会から部会への脱皮が順調にすすみ、部会会員の強力なご支援により、部会としての諸行事が順調に行われたことに対し、衷心より御礼申し上げます。本文では、部会設立の背景と2年間の経過を振り返り、反省点を列記して、拙文をまとめました。今後の更なる発展に対して、少しでもお役に立てれば、幸甚に存じます。

2.水化学研究専門委員会から「水化学」部会へ

 水化学関連の研究専門委員会は、1982年10月に最初の「水化学」研究専門委員会(主査:石榑顕吉先生)として発足して以来、「水化学標準」研究専門委員会(主査:乙葉啓一氏)まで、6期24年間にわたり、世界でも類を見ない原子炉水化学の技術・研究組織として、国内のみでなく、国際的にも幅広い活動を進めてきました。24年間の活動の中心が、年に4-5回開催されてきた研究会であった点が最大の特徴で、実プラントにおける水化学に係わる経験から化学の基礎研究までの各種課題を、研究者からプラントでの実務担当者まで幅広い方々と議論しました。2001年12月10日の通算100回記念大会をひとつの通過点として、委員会開催総数は最終的には120回を数えました。その華々しい活動成果は、4冊の研究専門委員会報告書[1-4]、原子炉水化学ハンドブック[5]、水化学ロードマップ[6]および原子力学会誌の解説記事[7-12]と特集記事[13, 14]にまとめられ、公開されております。

 研究会を通して、水化学に関する技術、情報を共有することが、研究専門委員会の特徴であり、適宜発電所サイトで研究会を開催することにより、プラントの実情を肌で感じることができたのも、専門委員会のメリットであるとともに、大きな成果を生み出す源であったものと考えます。

 一方で、水化学は、燃料、構造材あるいは放射性廃棄物などと、冷却水を通して密接に関わるため、プラント全体を俯瞰したシステム技術が要求されているのは周知の通りです。原子力学会の組織が大きくなり、1990年代に入って、部会制度が導入されると共に、核燃料、材料などが部会へと移行しましたが、水化学は、研究会を中心に活動を継続する上では、研究専門委員会の方が部会よりも小回りが利くとの認識もあり、あえて部会にすることを避けて参りました。しかし、他の部会と協調して、新たな課題に取り組む上では、水化学だけが研究専門委員会組織のままでは、さまざまな問題を生ずるようになり、第6期の後半に、研究専門委員会としての活動継続か、部会への移行かで激論がもたれ、結論として、部会に移行するになりました。研究専門委員会から部会への変遷の詳細については、解説記事[15]に紹介されております。

3.「水化学」部会の活動方針

 部会化に際しての、活動方針の基本的な合意事項は以下の点であったと考えます。

(1) 他部会との積極的な交流、協調を図り、水化学の新たな展開を図る。

(2) 研究専門委員会の良さであった研究会の活動をさらに発展させ、これまで4年毎の節目でまとめてきた研究成果を公開する。

(3) 「ジルカロイ-水相互作用」、「構造材―水相互作用」の2つのワーキンググループ活動は小委員会として活動を継続し、新たに複数の小委員会で活動の幅を広げる。

(4) 会員諸兄からは会費の徴収が必要となり、従来以上に会費に見合う対価(member satisfaction)を生み出せるようにする。

4.「水化学」部会の2年間の活動実績

先の「水化学標準」研究専門委員会では、技術伝承の原典ともなる各種標準の原案作成とロードマップの作成に大きな足跡を残しました。このうち、標準化の推進は原子力学会の標準委員会(委員長:宮野廣氏)で行うことになり、部会では、ロードマップフローアップ小委員会(委員長:勝村庸介先生)によって、水化学ロードマップの更なる改訂に注力して参りました。水化学ロードマップでの目標に掲げた「水化学による原子力発電プラントの安全性及び信頼性維持への貢献」を達成するためには、プラント全体を俯瞰して、構造材にも、燃料にも、そしてプラントで働く人にとっても最適な運用を目指した水化学を目指すことが必須で、このため、他部会、委員会、あるいは他の学協会との積極的な討論に機会を持ち、協調点を探って参りました。

 春、秋の部会企画セッションでも、他部会との共催を積極的に進め、2008年春の年会では材料部会との共催で、パネル討論「軽水炉の高経年化対応に学協会が果たすべき役割の検討-構造材料の腐食損傷に関わる研究活動を中心として」、2008年秋の大会では、核燃料部会との共催で、パネル討論「軽水炉燃料信頼性向上の観点から燃料と水化学が連携すべき課題と将来の取組み方法について」を開催し、この成果に基づき、2009年7月の核燃料-材料-水化学3部会合同サマーセミナに結びつけることができました。原子力学会の外部との協調では、日本機械学会との流れ加速型腐食についての研究協力のほか、腐食防食協会とは2年にわたり、国際シンポジウムを共催し、原子力分野以外の水化学あるいは腐食に係わる技術者・研究者との絆を深めることにも挑戦しております。

日本原子力学会誌に、2009年2月号から連載講座「軽水炉プラントの水化学」全10回の連載を開始したのも、本部会の活動の一つで、完結後は、その他の解説記事等もあわせて、本部会の成果の一つとして有効に活用できればと考えております。

5.反省事項

部会活動の問題点は、当初から予想した以上に事務処理に係わる雑務が多い点にあります。ボランタリーに参加いただいている各委員には、担当仕事量が増えて、申し訳ない気持ちでいっぱいです。部会自体としても、各小委員会が独自の活動を活発化させると、参加人員も増加し、仕事量が増加する傾向を示しますので、少数のキーパーソンには益々負担がかかることが予想されますが、全体としては、スリム化を図りつつ、将来像の明確化、その実現シナリオの立案、具現化、技術の標準化、技術の転移を着実に行える組織でありたいと願ってやみません。他部会等との議論に基づく新たな方向への舵とりもまだ残された課題です。

勝村先生の御尽力で、ロードマップの改訂作業はほぼ終了いたしましたが、4年毎の技術成果の公開に向けては、これから課題を絞り込むことが残されております。

また、部会員諸兄が、現在の部会運営に如何思っておられるかの活動に対する評価把握もこれからの課題と考えます。

 

5.おわりに

 2年間で、当初想定した部会としてのイメージに沿って、何とかテイクオフできたものと思っておりますが、小委員会の半数がまだ十分に機能していないなど、問題点も多いことを残念に思っております。今後とも、部会としての運営が少しでもスムースに進められるように、勝村部会長を中心とした部会の新たなる挑戦・運営に積極的に協力して参りたいと思います。2年間の御協力、まことにありがとうございました。

参考文献

1) 「水化学」研究専門委員会、 「原子炉冷却系の水化学」、日本原子力学会(1987年5月)

2) 「高温水化学」研究専門委員会、「原子力発電プラントの水化学管理と基盤技術」、日本原子力学会(1991年8月)

3) 「原子炉水化学」研究専門委員会、「原子力発電プラントの水化学管理の実績と将来展望」、日本原子力学会(1995年6月)

4) 「水化学最適化」研究専門委員会、「原子力発電プラントの水化学最適化の実績と将来展望」、日本原子力学会(2003年8月)

5) 日本原子力学会編、「原子炉水化学ハンドブック」、コロナ社(2000年12月)

6) JNES報告書、「原子力安全研究ロードマップ整備」、07基調報-0004(2007)

7) 石榑顕吉他、「軽水炉一次冷却系における放射性腐食生成物挙動に関する研究状況と今後の課題」、日本原子力学会誌25、337 (1983).

8) 石榑顕吉他、「原子炉の水化学-研究現状と今後の課題」、日本原子力学会誌29、273 (1987).

9) 石榑顕吉他、「原子力発電プラントの水化学管理の実績と将来展望」日本原子力学会誌37、98 (1995).

10) 石榑顕吉他、「水化学管理高度化の実績と将来課題」、日本原子力学会誌41、842(1999年)

11) 「水化学標準」研究専門委員会、 「原子力の安全と信頼を支える水化学の役割と課題―軽水炉新時代の技術課題への取組み」、日本原子力学会誌49、365(2007年)

12) 「水化学ロードマップ検討」特別専門委員会「原子炉水化学ロードマップ」、日本原子力学会誌50、307 (2008).

13) K. Ishigure, et al., “Water Chemistry Experience of Nuclear Power Plants in Japan”, J. Nucl. Sci. Technol.26, 145 (1989).             

14) 石榑顕吉他、「軽水炉発電プラントの水化学技術」、日本原子力学会誌34、2 (1992).

15) 日本原子力学会「水化学」部会「原子力発電プラントにおける水化学の課題への取組み―水化学部会ゼロ歳の抱負」、日本原子力学会誌50、506 (2008).

部会報第3号 巻頭言 : 部会長就任にあたり

巻頭言

部会長就任にあたり

「水化学」部会部会長 勝村庸介

((独)東京大学大学院)

 

 この度、部会長に就任しました勝村庸介です。よろしくお願い申し上げます。

 振り返ってみますと、二年前にそれまでの水化学専門研究委員会から水化学部会に衣替えして出発しました。内田前部会長の指導のもとで活動を開始しましたが、原子力学会をはじめとし、対外的に思った以上の対応に追われ、非常に忙しい二年間でありました。このような中、内田前部会長の強力なリーダーシップのもとで着実に活動し、部会としての基礎が確立されたものと認識しています。部会スタート直前の2007年3月に、水化学ロードマップを部会として初めて取りまとめました。これにより対外的に水化学部会のプレゼンスが上がるとともに、外部からの期待も大きいことを肌身で感じました。現在、二年を経て新しい「水化学ロードマップ2009」をまとめつつある所ですが、水化学の中での問題は勿論ですが、構造材料や燃料との関連がこれまで以上に重要であることが明らかになり、これら関連分野との連携も必要になっております。また、水化学関連の標準化もスタートしておりますが、これらの活動は外部からも注視される重要な課題と思われます。

 一方で、現在の水化学部会のリソースは十分とは言えない状況であり、その活動もメリハリのある優先度の高いものを選択して取り組む必要があるものと考えています。同時に、これまではやや短期的な対応に追われてきた嫌いもあり、中長期の展望に従った活動もこれまで以上に要求され、そのための将来計画の議論もこれまで以上に必要と考えております。

 これからの二年間、未来に目を向けた水化学部会の活動を展開するにあたり、皆様の益々の協力とご援助をお願いしたします。

(2009年9月吉日)

部会報第3号

  1. 巻頭言 : 部会長就任にあたり
    勝村庸介 部会長
  2. 部会長退任にあたって
    内田俊介 前部会長
  3. 水化学RM2009 概要
    東電 小野昇一 氏
  4. 特別寄稿: 乙葉原電参与 学会賞受賞
    瀧口英樹 委員
  5. 線量低減に向けた取り組み
    東北電 伊藤重 氏
  6. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(2))
    長尾博之 委員
  7. 編集後記

部会報第4号 編集後記

編集後記

 今年は記録的な暑さがつづいておりますが、皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。早く秋のさわやかな気候が到来してくれることを期待しながら、本稿を書いています。7月には恒例のサマーセミナが開催され、多くの方々の出席をいただきました。その中で、今後の部会の方向性等について貴重な議論がなされ、若手を含めた活発な活動に向けて具体的な施策が提案されています。今後の展開を期待するとともに、皆様方の積極的な参画を御願いする次第です。    (日立GEニュークリア・エナジー(株)、布施 元正 記)

部会報第4号 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(3))

“水”あれこれ ・・・(3)
長尾 博之

いささか趣向を変えて、今号では、水と音(音楽)との関係について考えてみたいと思います。

1. “ゆらぎ”とは

誰でも“ゆらぎ”という言葉を、何処かで一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。水のたてる音も、ある“ゆらぎ”を持っており、特に、自然界の水の音、つまり、小川のせせらぎや波の音は、極めて特徴的な“ゆらぎ”を持っているようです。そこで、先ずは、“ゆらぎ”と言う言葉の内容から説明しなくてはいけないのですが、これが大変難しいのです。ここでは、筆者がとりあえず感覚的に理解している範囲の解説で我慢して下さい1)

例えば、“音”のように、連続的ではあっても一様ではない変化のことを“ゆらぎ”と言います。当然のことながら、“ゆらぎ”と言う現象は、音の中だけにあるものではなく、宇宙万物すべてに存在しており、逆に、宇宙万物すべてが、それぞれの持つ“ゆらぎ”によってバランスが保たれているのだそうです。人間の身体を例にとっても、心臓の鼓動、それに伴う血液の流れ、脳波などが常に変化し、そのゆらぎによって各々のバランスをとっているわけです。と言うことは、“ゆらぎ”の中にも、良いバランスに対応するものもあれば、好ましくないバランスに対応するものがあっても不思議ではありません。音楽を例にとると、グレゴリオ聖歌に始まって古典派の音楽の多くは、心を落ち着かせるゆらぎを持っていますが、ディスコの喧噪な音楽は、興奮させるゆらぎが大部分のようです。さらには、人を厭世的な気分にさせ、自殺にまで追いやるという怖しいゆらぎを持った音楽もあります。

2. “ゆらぎ”の種類

 当然、“ゆらぎ”にはどの様な種類があり、その各々はどの様な現象に対応しているのか、ということを知りたくなります。大きくなったり小さくなったり、或いは強くなったり弱くなったりする連続的な揺れ、つまり“ゆらぎ”に含まれる波動を、一つ一つ分離したものをフーリエ周波数と呼び、「f」という記号で表します。また、この個々の波動は、それぞれパワーを持っています。このゆらぎの持つ「f」と「パワー」の関係を詳細に分析してみると、ゆらぎの性質は、大きく3種類に分類できることが分かるそうです。つまりパワーが「1/f0」 に比例するゆらぎと、「1/f」 に比例するゆらぎ、および「1/f2」 に比例するゆらぎの3種類です。頭の中に、縦軸にパワーの対数、つまりデシベル(db)をとり、横軸に「f」の対数をとったグラフを思い描いて下さい。このグラフ上で、ある音のゆらぎの解析値をプロットした場合、そのプロットを結んだ直線が横軸と平行な直線(勾配0)になる場合と、45゜の右肩下がりの直線(勾配-1)になる場合、および、63゜強の右肩下がりの直線(勾配-2)になる場合の3種類に分けられるということです。これらはそれぞれ、「1/fゆらぎ」、「1/f ゆらぎ」 および「1/fゆらぎ」 と名付けられ、それぞれ独自の性質を持っており、私ども生命体の活動に大きく関わっています。

揺れがバラバラで破壊的な音は「1/fゆらぎ」 の性質を持っています。自然界で言えば、地震、山崩れ、突風に吹かれたときの大木のきしみなどです。音楽では、メロディー進行やリズムなどが激しく動き、聞き手を疲れさせてしまうような曲がこのゆらぎに属します。ロック系の曲の多くがその良い例です。脳に刺激を与えすぎて、脳神経を疲れさせてしまう音というわけです。反対に、あまりにもゆっくりしすぎていて、しかも非常に規則的なものは 「1/fゆらぎ」の特性を持っています。むしろ殆どゆらぎを持たない音と考えた方が理解しやすいかもしれません。例えば、眠気を誘う様な子守歌や、時計の秒針が刻む単調な音、機械的な電子音などがこのゆらぎを持っています。

この中間に位置するのが「1/f ゆらぎ」 で、このゆらぎこそが、現代人にとって今最も必要なものとされています。「1/f ゆらぎ」 を持つ音は、人間の情緒を安定させるだけではなく、結果として難病の治癒力を高めるとか、脳の創造力を高めるなどの働きがあるそうです。今流行の“ミュージック・ヒーリング”は、この点を最大限に活用する手法を体系化しようとしているもののようです1)。面白いことにナチのヒットラーの演説の記録を分析してみた結果、非常に激しい口調ながら、抑揚のゆらぎも声の強さのゆらぎも見事なほどの「1/f ゆらぎ」 特性を持っていることが分かったそうです。また、ケネディー大統領の演説にも同じことが言えるそうです。彼らは「1/f ゆらぎ」 を駆使して大衆の心を掴んだのです。

  1. 水の音のゆらぎは「1/f」

さて、話を水に戻します。自然界にある様々な音の中で、純粋に「1/fゆらぎ」 特性を持つ音は、川のせせらぎの音と海や湖の波の音だそうです。都会人は残念ながらこれらの水の音を聴く機会は殆ど持てなくなっていますが、別にナマの音でなくても良いわけです。何処か田舎に出かけた時に、録音してくれば良いわけです。録音でも、ゆらぎの特性には殆ど影響しませんので、これをバックに流しながらイッパイということにでもすれば、さぞかし心穏やかにして、翌日の活力が生まれることでしょう。

一方、「1/f ゆらぎ」の音は、人の精神的且つ肉体的健康に極めて良い影響を及ぼすことが分かってきてから、その効果を都会にも取り入れようと街のあちらこちらに親水空間がつくられるようになりました。人工の川を造ったり、滝の音を再現したり、噴水を造って涼しさを演出したり、といったものが多いようです。ところでこれらの水がすべて「1/f ゆらぎ」の音を出しているわけではありません。例えば滝の落ちる音は「1/fゆらぎ」に分類され、和ませる音というよりは、刺激の強い音になります。噴水が吹き上げる音も同様で、下に落ちて流れ出して初めて「1/f ゆらぎ」が生まれます。従って、水の流れが生ずるような設計がなされていない噴水からは「1/f ゆらぎ」の効果を期待することができないわけです。勿論、噴水は、涼しさを演出するという効果が大きいので、親水空間としての価値はかなりあるとは言えますが。

4) 水のゆらぎと音楽の拍子

さて、この「1/f ゆらぎ」と関係があるかどうかは実は、定かではないのですが、最近、水のイメージと音楽のリズムの間に、興味深い関係があることを知りました。それは、自然の水に結びつく用語をタイトルに冠した音楽や、またはこれが歌詞に含まれている歌曲は、何故か8分の6拍子(6/8拍子)で作曲されたものが多いというものです。この説は、例えば、昔なつかしの唱歌のいくつかを思い出していただくだけでも納得していただけると思います。

“あした浜辺をさまよえば、昔のことぞ忍ばるる、・・・・、寄する波も貝の色も・・・”の歌詞でお馴染みの、林古渓作詞、成田為三作曲の「浜辺の歌」は、立派な6/8拍子です。この歌曲は、大正2年に作曲用試作として出されたようですが、戦後、中学校の歌唱教材として取り上げられ、誰一人として知らないもののない名曲となりました。アメリカのワーナーブラザーズ社からもレコードが出ているそうです。

旧制高校の寮歌の中で最も人気のある曲といえば、京都の三高の水上部、すなわちボート部の歌「琵琶湖周航の歌」でしょう。“われは湖(うみ)の子さすらいの、旅にしあればしみじみと、・・・”とくれば、じっとしていられなくなるオジさん族は大分減ってきた今日このごろですが、この曲も6/8拍子です。大正7年の夏琵琶湖を周遊した7人のボート部員の一人の小口太郎氏の作詞・作曲とされていますが、曲の方は既にあった作曲者未詳の「ひつじ草」という歌のメロディーにそっくりなことから、今では、作曲者未詳ということにされているようです。

“真白き富士の根、緑の江ノ島・・・”で始まる「七里ヶ浜の哀歌」も6/8拍子です。明治43年1月23日、逗子開成中学校の生徒たち12人が、学校のボートで三浦半島の田越を出発し、江ノ島をさして漕ぎ出したところ、七里ヶ浜の沖でボートが転覆し、全員死亡するという不祥事が起こりました。当時、鎌倉女学校の教諭であった三角錫子氏がその死を悼み、鎮魂曲として作詞し、その翌月、中学校で法要が営まれた時に、鎌倉女学校の生徒たちが斉唱したのが、この歌が歌われた初めだそうです。残念ながら、曲はアメリカ人のガードンという人の作曲になる別の歌のメロディーをとってきたものということです。

少し、統計的に調べてみたいと思います。たまたま手元にあった「日本の唱歌」上、中、下(昭和52年~57年版、講談社文庫)の3巻を調べてみました。これらに納められた唱歌(童謡、民謡、寮歌、軍歌なども含む)全484曲のうち、6/8拍子の曲は31曲しかありませんでした。つまり、唱歌に限っていえば、6/8拍子の曲は全体の6 %位しかないわけです(大部分が4/4拍子、次が2/4拍子です)。一方、川、海、湖、浜など、水の音やイメージを彷彿とさせるタイトルや歌詞をもった曲は、484曲中、23曲にしか過ぎませんが、その中で6/8拍子の曲が10曲も占めていました。つまり、水のイメージを持った曲の半数近く(43 %)が6/8拍子で書かれていたわけです。母集団が少ないとはいえ、この差は大きいです。十分に有意の差といえそうです。

これらの明治、大正、および昭和の初期に作られた曲は、元々、西洋音楽を手本としたものですので、当然、この説は西洋音楽にも当てはまるはずです。と言うよりも、この説は、もともと西洋音楽について言われだしたものと言った方が正しいでしょう。では、どの様な曲があるかと、周りの人に聞いてまわったところ、あるはあるは、いくらでも出てきました。

先ず、ハイネの詩にジルヘルが曲をつけた「ローレライ」、スメタナ作曲の交響詩組曲“わが祖国”の中の「モルダウ」、ドビッシーの小組曲の中の“小舟にて”、管弦組曲「海」、ワーグナーの楽劇“さまよえるオランダ人”の中の「嵐の海のテーマ」、同じく楽劇“ラインの黄金”の中の「ライン川のテーマ」、等々です。いずれも題名やテーマが水に関係があるとともに、6/8拍子の曲です。

何故、水のイメージが6/8拍子に結びつくのでしょうか。やはり、水の持つ「1/f ゆらぎ」に関連していると考えたくなります。多分、6/8拍子というリズムそのものが「1/fゆらぎ」を持っているのではないでしょうか。水にはまだまだ解明されていないことが多く残されているようです。何方かのご教示をお待ちしています。

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1) 渡辺茂夫:音楽は驚異の「聴くクスリ」、PHP S015(1997)

部会報第4号 FAC モデリング概要

FAC モデリング概要

(財)電力中央研究所 材料科学研究所 藤原和俊

1.はじめに

火力・原子力発電用配管の減肉の主要な要因である流れ加速型腐食(Flow Accelerated Corrosion、 以下FAC)は、保護皮膜として働く酸化皮膜(マグネタイト、Fe3O4)の溶出が流れによって促進され、材料の腐食が加速される現象である(図1)1)。従って、溶液の流動条件とともに水化学および材料条件がFACの主要な影響因子となる。FACに影響を及ぼす水化学・材料因子は温度、pH、溶存酸素濃度、および合金成分濃度である。

 

海外ではFACによる減肉量を定量的に評価するためのモデル式、評価コードが開発されており、実機の配管減肉管理に組み込まれている例もある。しかしながら、これらの評価コードには経験的なパラメータが多く含まれていると考えられるが、その詳細については公開されていない。今後、構造材料の健全性確保あるいは被ばく低減の観点から水化学管理がさらに高度化されることを想定すると、FACメカニズムの解明と、それに基づく定量的な予測モデルの確立が望まれる。

現在、国内で開発されているモデルは、溶存酸素の効果を加味し水化学因子を考慮している。本章では、電力中央研究所で構築したFACモデル式を中心に、FAC予測評価技術の現状と課題を説明する。

2.FAC現象に関する知見の整理

FACに影響を及ぼす因子は、①マグネタイトの安定性に関係する水化学因子(温度、pH、溶存酸素濃度)、②材料因子(合金成分濃度)、および、③溶解したFeの皮膜表面から水側への移動に関係する流体力学因子に分けることができる。水化学因子および材料因子の影響について、既存の知見を整理した結果を表1および図2に示す。単相流での炭素鋼のFACは幅広い温度域で発生し、減肉速度が最大となる温度域は広いpH範囲(pH7~9程度)で150℃付近となる2),3)。これに対し、ステンレス鋼では、その温度域が高くなるようである4)。一方、二相流では、炭素鋼のFAC速度が最大となる温度域は180℃近辺であるといわれている5)。また、pHの影響についてはpHが高くなるに従いFAC速度は低下し、pH9.5以上では減肉速度は0.01mm/y以下と非常に小さくなるといわれている6)。溶存酸素濃度については、中性水中では15~40 ppb、アルカリ溶液中では数十ppb以上であれば、FACを抑制できると考えられている7,8,9,10,11)。材料中へのわずかなクロムの添加がFAC速度を抑制することが知られており、中性溶液、アルカリ溶液ともに1 wt%以下のクロムの添加によりFAC速度を一桁以上低下させることができる7),12)

表1 既存知見の整理

影響因子 FAC現象 参考文献
水化学

因子

温度 減肉速度が極大となる温度域が存在し、その温度は流束には依存しない。

〔単相流-炭素鋼:   130℃-150℃(pH7~9)〕

〔単相流-ステンレス鋼:240℃(pH7~9)〕※1

〔二相流-炭素鋼:   180℃ (pH9)〕

 

2),3)

4)

5)

pH pHが高くなるに従い減肉速度は低下する。

〔pH9.2以上:急激(指数関数的)に減肉速度が低下。〕

 

6),3)

溶存

酸素

濃度

それ以上の濃度であれば、減肉速度が極めて小さくなるしきい溶存酸素濃度が存在する。

〔中性(pH7)でのしきい溶存酸素: 15~40 ppb〕

〔アルカリ溶液(pH9)でのしきい溶存酸素: 1~2 ppb〕

〔しきい溶存酸素は、減肉速度、水の密度および酸素の物質移動係数により評価可能〕

〔しきい溶存酸素以下の溶存酸素濃度では、FAC速度におよぼす溶存酸素濃度の効果は小さい〕

 

 

7),8),9)

9),10)

11)

 

9)

材料

因子

クロム含有率 材料中のCr, Mo, CuはFACを抑制することができる。

〔中性(pH7)での効果:Cr濃度>0.5wt%でFAC速度を1/10以下に低減。〕

〔アルカリ溶液(pH9)での効果:Cr含有量が0.01から0.1wt%と増加すると減肉速度もほぼ1/10となる。〕

 

7)

12)

※1:ステンレス鋼からのコバルト溶出速度

注)表中のpHはいずれも室温の値である。

図2 FACに及ぼす水化学、材料因子の影響

3.FAC予測モデル式の現状

表2に主なFAC予測評価式を示す。流れ加速腐食の物理モデルを検討した例にはSanchez-Caldera13)、Bignoldら14)およびListerら15)のモデルがある。近年では国内でも内田ら16)および藤原ら17)によりモデルが提案されている。

Berge18)らは、物質移動過程とともに溶解過程を考慮し、速度式を導き出している。この場合、物質移動過程と溶解過程のいずれが律速過程かは物質移動係数(k)および溶解速度定数(kc)の相対的な大小に依存することとなる。Sanchez13)らは、金属/酸化物界面での水酸化鉄の生成がFAC速度を律速すると考え、金属/酸化物界面から酸化物/流体界面への拡散(D)、皮膜厚さ(δ)、酸化物の空孔率(θ)を考慮したモデル式を提案している。Bignold14)らは、腐食電流密度が物質移動速度に比例すると考え、減肉速度はk3に比例するとのモデル式を提案している。Listerらは、CANDU炉運転条件下での実験データにもとづき、FAC速度モデルを構築している15)

Bergeら、Sanchezらより提案されているモデルは、水化学因子の影響はFeの溶解度として扱われている。しかしながら、鉄の溶解度計算に必要な水素分圧の扱いなどが明確ではなく、また溶存酸素の効果については触れられていない。前述のとおり溶存酸素の給水への添加はFACの抑制に有効な方法であることから、その作用機構を定量的に明らかにすることはきわめて重要な課題である。

材料中のCr濃度の影響については、表面に生成する酸化皮膜の性状(空孔率)に影響を及ぼすと考えられるが、必ずしも明らかとはなっていない。

表1 主なFAC予測モデル式

  モデル式の概要 評価可能な水化学因子
温度 pH DO Cr
海外のモデル Bergeら FAC=

k・kc/(k+kc)・(Ceq-Cb)

× ×
Bignoldら FAC∝

4k3[H+]8/(K3・B2)・exp(2FE0/RT))

× ×
Sanchez FAC 

Ceqθ/[ 1/kc + 1/2(δ/D + 1/k)]

×
Listerら FAC∝D・θ・(Cm/o-Co/s)・(1-θ)/δ ×
国内モデル 内田ら 静的な電気化学モデルFAC=f(E、Ceq、δ、・・・)

動的な皮膜成長モデルFAC=f(Ceq、δ、・・・)

藤原ら FAC=(1-θCr)kCeq

Ceq=f(T, DO, CNH3), θCr=f(XCr)

3.最近のFAC予測評価式の例

内田らは、母材および酸化皮膜の溶解速度は酸化皮膜厚さにより抑制されると仮定し、電気化学モデルと二層酸化皮膜モデルを組み合わせによりFAC速度のモデル式を立案している16)。内田らのモデルでは溶存酸素とともにヒドラジンの影響も考慮されている。

図3に我々が想定したFACモデルの模式図を示す。本モデルでは以下のプロセスを仮定している。なお、モデルの詳細については文献(17)を参照とする。

1) 炭素鋼表面には酸化物層が存在する。

2) 酸化物層表面には、Fe2+の飽和溶解層が存在する。

3) 飽和溶解層と沖合い溶液の間に拡散層が存在し、溶存化学種の拡散が定常状態でのFAC速度を決定する。

飽和溶解層での化学種Mの濃度(Cs,M)と沖合い溶液の濃度(C∞,M)の間に差がある場合、その流束(JM)はFickの法則に従い濃度差(Cs,M – C∞,M)に比例する。

                                                   JM = 2(DM/δ)•(Cs,M – C∞,M)                                                       (1)

DM:物質Mの拡散係数、δ:拡散層の厚さ

炭素鋼中に含まれる微量なCrはFAC速度に影響を及ぼす。我々は、表面に生成するCr酸化物の面積率をθと定義した。ここで、炭素鋼は均一に腐食する、すなわち、定常状態ではFeとクロムの流束の比が材料組成と一致すると考え、炭素鋼中のFe含有率(XFe)、Cr含有率(XCr)、JFeおよびJCrの関係よりθを求めた。

                                     θ = XCrSFeMFe/{(100-XCr)•SCrMCr + XCrSFeMFe}                                      (2)

Cs,Feを鉄の溶解度(SFe)とすると、JFACは以下の式で表せる。なお、ここではC∞,Feは小さく無視できるものと仮定した。

                                                      JFAC = (1-θ)(2DFe/δ)•SFe                                                           (3)

SFeの算出には飽和溶解層での水素イオン濃度([H+])および水素分圧(PH2)が必要となる。[H+]は、Fe2+およびCr3+の溶解平衡、アンモニアの加水解離平衡、電荷バランスを考慮し求めた。PH2Cs,H2を算出しヘンリーの法則より求めた。なお、Cs,H2は腐食によるH2の生成速度、O2の消費速度およびJH2JO2のバランスを考慮し算出した。

図4にFACモデルにより求めたFAC速度に及ぼす温度、pH、溶存酸素濃度およびクロム含有率の影響を示す。FAC速度の極大値は中性溶液中では130℃近辺に生じる。pH25の増加につれてFAC速度は小さくなり、pH258.5以上では指数関数的に低下する。溶存酸素濃度の増加と共にFAC速度は徐々に小さくなる。XCrの増加と共にFAC速度は低下し、XCr > 0.01 wt%以上では急激に減肉速度が低下する。これらの図4に示す挙動は表1に示したFAC現象を概ね再現していると言える。

5.  まとめおよび今後の課題

現在国内で開発されているモデルは、溶存酸素の効果など水化学・材料因子を考慮しており、その影響を定性的に説明することが可能である。 しかしながら、FACは、物質移動と密接に関係するため、その速度の定量的な予測のためには流動面での研究成果を融合させ、予測精度を向上させるとともに、実機データによる妥当性検証を行う必要がある。

引用文献

1)  JSME S CA1-2005(2005).

2)  H. G. Heitmann and P. Schub, Proc. Third meeting Water Chemistry of Nuclear Reactor, BNES, London, UK, p.243(1983).

3)  G. J. Bignold, K. Garbett and I. S. Woolsey, in Ph. Berge and F. Kahn, eds., Corrosion-Erosion of Steels in High Temperature Water and Wet Steam, (France: Electricite de France, Les Renardieres, 1982)Paper No. 12.

4)  Y. Ozawa, S. Uchida and M. Kitamura, J. Nucl. Sic. and Technol. 20, 1039(1983).

5)  H. Keller, VGB-Kraftwerkstechnik, 54, 292(1974).

6)  H. G. Heitmann and W. Kastner, VGB-Kraftwerkstechnik, 62, 211(1974).

7)  日本原子力学会編, 原子炉水化学ハンドブック, コロナ社(2000).

8)  泉谷雅清, 水庭文夫, 大角克巳, 神林剛, 松島雍憲, 丹野和夫, 火力原子力発電, 27, p.419(1976).

9)  K. Fujiwara, M. Domae, T. Ohira, K. Hisamune, H. Takiguch, S. Uchida and D. Lister, Proc. 16th Pacific Basin Nuclear Conference (16PBNC), Aomori, Japan, P16P1048 (2008).

10)     O. de Bouvier, M. Bouchacourt and K. Fruzzetti, Proc. Int. Conf. Water Chemistry in Nuclear reactor System, Avignon, France, Paper No. 117(2002).

11)     I. S. Woolsey, G. J. Bignold, C. H. DE Whalley, K. Garbett, Proc. Water chemistry for nuclear reactor system 4, BNES, London, p.337(1986).

12)     K. Murata, T. Tsuruta, S. Tokunaga, K. Yamamoto and Y. Shoda, 材料と環境2006 予講集, A-201, JSCE(2008).

13)  L. E. Sanchez-Caldera, “The Mechanism of Corrosion-Erosion in Steam Extraction Lines of Power Stations”, Ph. D. Thesis, Department of Mechanical Engineering, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, Massachusetts (1984).

14)  G. J. Bignold, K. Garbett, R. Garnsey and I. S. Woolsey, Proc. Second Meeting on Water Chemistry of Nuclear Reactors, British Nuclear Engineering Society, London, (1980) 5.

15)     D. H. Lister and L. C. Lang, Proc. International Conference on Water Chemistry of Nuclear Reactor Systems, Avignon, France, April, (2002)

16)    S. Uchida, et al.Journal of Nuclear Science and Technology46 [1] , 31-40 (2009).

17)     藤原和俊, 堂前雅史, 太田丈児, 米田公俊, 稲田文夫, 電力中央研究所報告, Q08016(2008).

18)     P. Berge, J. Ducreux, and P. Saint-Paul, “Effects of chemistry on corrosion-erosion of steels in water and wet steam,” in Proceedings of the Second Meeting on Water Chemistry of Nuclear Reactors, British Nuclear Engineering Society, London, (1980) 5.

部会報第4号 水化学部会活性化に向けた取り組み

水化学部会活性化に向けた取り組み

大平 拓(日本原子力発電)

先日、水化学部会運営委員の方から、「水化学部会活性化に向けた取り組み」に関する寄稿の依頼をうけた。私のような若輩者(水化学に関する業務は10年強程度であり、水化学部会では若手技術者と言われていたので)が、このタイトルで意見を述べるというのも気が引けたが、せっかくの機会なので、一部会員として、私の思うところを述べさせていただこうと思う。

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みなさんも、これまでに何回も考えられてきたことだろうが、原子力発電所における水化学とはなんだろう、その目的はなんだろう、ということから考えてみたい。

私は、原子力発電所における水化学とは、冷却材が構造材と接することによる“腐食”現象の解明が根本にあって、これに基づき、各構造材が設置された環境に応じた腐食事象を評価することにより、環境(場合によってはそれ以外からも)改善による構造材の健全性の維持,腐食生成物の放射化を抑制することによる被ばく低減(線量率低減)、腐食生成物の処理に影響を受ける廃棄物低減 等の対策を提案および実行することと思っている。

構造材の“腐食”は、各発電所により設備の規模や性能(流量・出力・浄化容量・・・)は異なるが、どの発電所においても、必ず冷却材である水が構造物と接していることから、必ず生じる事象である、という特徴がある。

このため、国内で発電所が運転を始めた1970年代~1980年代は、著しい腐食進行に起因した不具合が多数の発電所で発生したが、その対策・対応が概ね完了した1990年代からは、“人に優しい”“経済性”、“合理性”を追求した発電所の運転・環境が求められるようになった。これからは、長サイクル運転や出力向上など、これは発電所の設計時に大きくとった設備・運転の余裕分を、安全性を維持しながら適正に見直すことによる、更に高度な発電所運営が要求されている。

  この経験はどの発電所でも共通しており、その対策も、設備上あるいは運用上、若干異なるものの、いくつかの対策の中から各発電所が選定して適用しており、概ね共通であると言える。

  また、水化学の検討・対策の別の特徴として、腐食現象の解明に緻密な評価が要求されるために、対策の適用まで長期を要してしまうことがある。(これは他分野から見ると、事象に対するアクションが遅いと思われがちであるが・・・)

このように、水化学の目的・対策はもちろん、各発電所における水化学に関する経験は共通であることから、立場が異なる各機関(電力会社,研究機関,メーカー,学会,規制当局)が、連携をとって検討することが、事象解明および対策の早期適用を達する方策となりうる。私は、この連携の中で最も大事なのは、自分も属する発電所に携わる電力会社の行動であると思う。発電所にとって解決して欲しい課題を抽出し、その解決時期と合わせてニーズを発信することが、各機関における検討を促し、また、中立・公開な学会での議論によって、その議論が各機関の検討に活用され、結果的に、発電所への対策の適用を早めることにつながるだろう。

是非、発電所に携わる方(電力会社だけでなく、メーカーの方も)は、“昨日と同じであるという満足”だけでなく(これはこれで大事ですが)、“昨日より今日を、今日より明日を良好にする”ためには何をすべきか、という観点で物事を見て欲しい。また、“常識を疑う”というと言葉が悪いが、“常識を問い直し”ながら物事を見て欲しい。被ばく低減に関して言えば、少なくとも、原子炉廻りの配管線量率が0mSv/hになるまでは。

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この7月に開催された原子力学会/水化学サマーセミナー(宮城県松島)でのパネルディスカッションでは、「水化学部会活動の将来構想」というテーマで、参加者同士で議論を行った。このパネルディスカッションには約100名が参加し、僭越ながら、私はコーディネータ(司会)を努めた。

  この議論の内容については、おそらく別途紹介があると思われるので、この中で私にとって最も印象の強かったことについて述べたいと思う。

  これまでの議論においても言われていたことであり、また、水化学部会に限った話ではないが、原子力発電が開始されてから約40年が経過し、初期から携わってきた方々が異動・リタイアされることによる、過去の運転初期の知見・経験が後世に残らないという、いわゆる“技術伝承”と、また、一方で、次の世代の技術力が伸びない弊害として“世代交代”が、このパネルディスカッションにおいても議論になった。

  どちらの問題についても、シニアの活動に解決があるという考えもあるが、私は、逆に、それを受ける次の世代の活動に有効な解決があるかと思う。正直、私もシニアに問題があると考えていたが、1人のパネラーから「技術伝承がうまくいかないのは、伝承される側の意識の低さにも問題がある。若手は自分たちの問題と自覚して積極的に取り組むべき」という意見を聞いた時に、はっと思った。まずは、自分を変える(シニアの経験を聞きたい意識をもつ、また、聞きたいことをリクエストする)ことが大事であり、これにより、自分に必要な情報を効率的に得られるだろうから成果も大きいだろう。シニアだって、何を話せばいいかわからないし、リクエストをすれば、喜んで話してくれるだろう。

  一方、私個人がシニアにリクエストすることとして、“学会の場で多くの議論をして欲しい”がある。知識・経験が豊富なシニア同士にとっては、たわいない話であっても、若輩者の私にとっては、非常に有益な情報になることが多々ある。この議論によって、私は何を勉強すればいいか、何を取り組むべきか、自分が考えるきっかけを与えていただき、成長させてもらった。シニアには、是非、学会での議論を通じて、知識・経験を発信してもらいたい。

 また、それを受ける世代も、是非、このような議論が行われる場、即ち、学会の会合に参加して欲しい。まずは議論の場に出席していないと何も知識を吸収できないし。

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 学会は、各立場を超えた学会員個人の集まりである。水化学部会においても同様である。水化学部会が活性化するということは、言い換えると、学会員にとって有益な情報の収集・議論を行えることを示し、更には、それを達成するには学会員が活動することである。

  現在、水化学部会では、原子力学会や水化学サマーセミナー,国際会議の共催,また、定期的に、定例研究会や各委員会が開催されており、活動メニューは豊富である。あとは、参加者が知識・経験を吸収する意識を持って参加し、議論に少しずつ参加していけば、水化学部会は更に活性化していくと思う。活性化させるのは、今、この文章を読んでいる“あなた”の気持ち次第。

部会報第4号 水化学部会への期待

水化学部会への期待

東北大学 渡辺 豊

私は機械工学科出身の研究者で、初期には耐熱鋼の高温劣化とその非破壊評価をテーマとし、その後、高温水中での合金の腐食と応力腐食割れに研究テーマの重心を移して現在に至っています。金属と環境の界面での現象が材料信頼性に与える影響に興味を置いた研究で、あくまでも材料側の視点から、界面劣化現象の評価の条件として「水」を見てきたと言えます。水化学が関係する技術領域のごく一部しかまだ見えていない立場からの文章であることをお許し頂きたく存じます。

原子力発電黎明期の先輩方のご苦闘を今の時代から振り返ってみますと、機械屋は、高純度の「水」を少し甘く見ていた感があります。米国機械学会の維持基準における圧力容器鋼の疲労き裂進展速度線図には、当初、環境効果が考慮されていなかったこと(水環境による加速効果が初めて導入されたのは1974年)、あるいは、微量酸素を含む高温純水中で鋭敏化ステンレス鋼が応力腐食割れを起こすことが想定されていなかったことなどは、今の学生諸君には意外にさえ思えるかもしれません。かく言う私も出は機械で、純水(ハングリー・ウォーター)の威力を実感するのは、30代も半ばになってからでした。当時、超臨界水中での腐食と割れの実験で、圧力操作により密度(つまりは水の物性)を変化させたときの「水」の環境効果の豹変振りに唖然とした憶えがあります。軽水炉の水化学管理が如何に高度にきめ細かく行われているかを知ったのはさらに最近になります。冷却(熱搬送)、中性子減速などの水の基本的役割に留まらず、被ばく線量低減、燃料の高燃焼度化、構造材料の経年劣化抑制において水化学がキーになっていることを一つ一つ具体的に知るに従い、重要性を改めて認識しております。今後期待される原子力発電技術の国外展開においても、水化学技術が競争力の最重要因子の一つになるように思います。原子力は、プラント製造だけではなく、運転にこそ技術力の差が現れるものと思うからです。

現在、材料研究者の視点からは、「皮膜とSCC感受性」、「SCCにおける水素の役割」、「高温水SCC試験におけるECP計測方法の標準化」、「炉内ECP」などが、水化学に関連するテーマとして強い関心を集めています。材料の経年劣化現象を解明する上でとくに重要なことは、劣化が実際に起こる地点その局所での現象解析です。例えば、炉内のすき間環境(構造上の幾何学的すき間あるいはき裂先端)で、極めて限定されたボリュームの水が放射線分解する場合やあるいはそれに沸騰濃縮も加わった場合の局所環境条件の評価などです。他方、ステンレス鋼におけるSCCの真の起点は酸化物系介在物の機械的割れあるいは母地金属との剥離であるとの観察結果が報告されており、もしそれが正しいとすれば、SCC発生を司る環境側の条件は、表面に形成されたミクロン・オーダーのすき間の底での局所水化学であると考えることができます。いずれにしても材料と水の接点にある課題は、材料側と水側の研究者の連携した取り組みによってのみ解決するものと考えます。産学の連携はもちろん、分野や学協会の枠も超えて、異なったバックグラウンドを持つ専門家間の議論を通して、課題のブレイクダウンと研究ターゲットの設定を行うことが有効でしょう。原子力学会の材料部会、燃料部会との連携強化や腐食防食協会原子力小委員会との交流など、取り組みが進んでいるところと思います。

ところで、原子力発電設備は、物量から言えば、主に鉄とコンクリートと水により構成されていますが、構造物側(材料・構造側の技術)の勝負所は、補修や追加保全を除けば、設計・製造の段階で相当程度完了しています。一方、水化学技術は運転期間にわたってずっと続く技術です。運転中のプラント内には常に所定の量の水が存在しますが、これらは役目を果たしながら循環し、常時浄化されあるいは水質調整され、また炉内に戻っていきます。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、同じ水にあらず。」

これは方丈記の一節ですが、発電プラントにおける水の役割をも言い表しているように思えます。水化学部会の活動に強く期待し、機械・材料分野出身者としての特徴を出しながら僅かでも役に立ちたいと考えております。

部会報第4号 巻頭言 水化学部会の新たな展開に向けて

水化学部会の新たな展開に向けて

平成22年7月31日

水化学部会副部会長 目黒芳紀

最近の軽水炉の運転成績をみますと、設備利用率は60%程度と低く、また保修に伴う従事者の被曝線量も高止まりしております。最新(6月閣議決定)のエネルギー基本計画では90%の設備利用率を目指すとしており、原子力発電所の健全性を向上させることが必須です。

設備利用率の低下は大地震の影響などもありますが、最近のトラブル事例を見てみますと、原子燃料、SCC(PWSCCを含む)、FAC、SG等の構成材料の腐食損傷に起因している場合も多く、水化学面からの更なる改善の強化が必要と考えます。放射線源の挙動も原子力発電所毎に夫々異なった現象を示すなど、いまだ低線量率プラントとして維持できる普遍化された水化学対策は確立したとは言えません。特にプラントの健全性向上と放射線源の低減と異なる目標を同時に達成する水化学はこれからの課題です。

さて、今後のプラント運用を考慮して水化学課題を大別すると、下記のようにプラントの高経年化(老朽化)対策と将来の運営高度化対応になるのではないかと考えます。水化学部会ではこの点の議論を深めることを期待しています。

1)軽水炉は、導入された夫々の時代に於ける科学的知見において最も相応しいと考えられる設計をおこなってきたが、その後運転を重ねるのに従い経年化にともなう課題が生じることが分かってきた。材料の腐食損傷発生抑制、放射線源抑制に例を取れば、材料選択及系統設計による影響、水質管理の適切性、高温・高圧水の熱流動特性、中性子照射による原子炉水のラジオリシスなどの影響で、これらは実機による運転暦(曝露)を積み重ねないと経験ができない事象である。

軽水炉導入時の手探り状態から、最近では水化学関係者の努力により経年化による腐食損傷、放射線源上昇等の機構が漸次判明してきたが、これらは現象が生じるまでに時間がかかること、同じ型の軽水炉でも腐食損傷、放射線源挙動が異なって現れ現象解明が難しいこと、などから因果関係の把握が難しく標準となる対応策の取り纏めに至っていない。 BWRに例をとれば、SCC対策と放射線量率上昇抑制のための水化学は個別に検討されてきたが、双方を同時に満足させる重畳化された最善の対策はまだ打ち出されていない。また現状では個々の対策案が複数あり、やや発散状態になっていると思われる。今後40年を越える運転も計画されており、実プラント運用者の立場からみると何れがベストか対応策の集約が必要である。

2)更に、将来の軽水炉では、12ヶ月以上の長期運転サイクル及び出力向上などの運用高度化が計画されており、この場合原子炉水のラジオリシスなど水化学環境が変わってくることが予測される。既存炉においては、材料健全性向上、放射線量率上昇抑制の観点から、水素、亜鉛等の注入、PWR二次冷却系ではAVTによる高pH処理、PWR一次系のPWSCC予防(水素濃度)、核燃料のAOA対策等が検討されている。夫々実験データに裏づけされた改善提案とされている。これらの対策においても、将来の原子炉水環境の変化を予測した新技術の適用がなされる必要があり、Check and Reviewの慎重な適用が必要と考える。

特に、材料問題を議論する時一番欠けているのは、冷却材(軽水)と材料との境界における電気化学的反応を直接観測するのが難しくそのデータが少ないことである。最近対応策として欧米を含め腐食電位(ECP)の測定・評価が注目されつつあり、わが国においてもその開発・適用が必要と考える。

長期運転サイクルなどは既に欧米の軽水炉で適用されており、課題克服に向けた努力がなされている。国際交流によりこれらの貴重な経験を踏まえた対応策が必要である。

水化学部会としては、現場から生の現象を摘出・把握し、原因究明、対応策の提案を高度な専門的立場から評価し、発散しつつある課題を集約し、原子力発電所運営上現実的な対応が取れるよう、更には既存プラントの経験を将来の新設計画に反映していく活動を期待したいと思います。また、最近の原子力学会水化学部会の論文投稿数も減少傾向にあり、水化学分野の関心が薄れているのではないかと危惧しています。関係される方は若い技術者の育成と活用をお願いすると共に魅力ある分野にすべくご尽力を賜りたいと考えます。

                              以 上

部会報第4号

  1. 巻頭言 水化学部会の新たな展開に向けて
    目黒芳紀 副部会長
  2. 水化学部会活性化に向けた取り組み
    日本原電 大平拓 氏
  3. 水化学部会への期待
    東北大学 渡辺豊 先生
  4. FAC モデリング概要
    電中研 藤原和俊 氏
  5. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(3))
    長尾博之 委員
  6. サマーセミナー報告
    東芝 山崎健治 氏
  7. 編集後記