部会報第3号 特別寄稿: 乙葉原電参与 学会賞受賞

乙葉特別顧問の学会賞受賞に寄せて

日本原子力発電(株)

瀧口 英樹

はじめに

水化学部会 乙葉啓一特別顧問(以下、乙葉顧問)が、第41回(平成20年度)「日本原子力学会賞(学術業績賞)」特賞を受賞され、本年3月の2009春の年会にて授賞式が行われました。水化学部会員の皆様は勿論のこと、原子力発電所の設計・建設・運転に携わる方々にとって、今回の乙葉顧問の受賞はとても喜ばしく、また、励みになる出来事であると思います。本稿では、受賞対象となった乙葉顧問の「環境への影響緩和を目指した原子力発電プラント最適水質管理に関する一連の業績」について、広く皆様に知って頂くため、そのあらましと意義について紹介します。

1.学会賞について

日本原子力学会賞は、原子力平和利用に関する学術および技術上の優秀な成果ならびに優れた貢献をなした者を対象に授与されるもので、論文賞・技術賞・奨励賞・学術業績賞・技術開発賞・貢献賞などがあります。今回乙葉顧問が受賞された学術業績賞は、学術および技術の各分野において,長年のあるいはまとまった優れた業績をあげた個人を対象としたものです。また、特に優れた成果に対して付加されるのが特賞です。

2.乙葉顧問の業績

今回受賞対象となった「環境への影響緩和を目指した原子力発電プラント最適水質管理に関する一連の業績」は、乙葉顧問が東京電力(株)在籍中に挙げられたもので、筆者は、その後上司となった乙葉顧問から直接ご指導をいただくことになり、その取り組みと成果を学ぶ機会に恵まれました。その折、筆者が深く感銘を受け、自分も心がけたいと感じたポイントを中心に紹介します。

2.1 問題意識

原子力平和利用の旗手である原子力発電を、我が国の主幹エネルギー源として将来にわたって定着させるためには、原子力発電に対する一般公衆の心理的不安感を排除することが大切です。乙葉顧問は、原子力発電プラントの安全性確保や信頼性向上に加え、原子力発電に伴う環境への影響を一層軽減することが不可欠であるとの認識を早い時期から示されました。現在のように、社会から企業に対して環境保護への対応が強く求められる以前のことであり、きわめて先見の明のある問題意識と言えます。

2.2     目標設定と戦略的アプローチ

 BWRを対象として、これまでのプラント経験や関連データを整理・分析を行い、環境への影響の軽減化のため重要な、以下の3つの課題を抽出し、それぞれの課題に対して具体的な数値目標値を設定されました。

適切な課題設定と定量目標の提示は、このように長期にわたり継続的な改善(PDCA)が必要な取り組みにおいて、組織の結束やモティベーションを維持・向上するうえで極めて有効であったと思います。

課題1:従事者の受ける放射線量の低減

・改良標準化前プラントの目標値    :1 人・Sv/年

・改良標準化プラントの目標値       :0.5人・Sv/年

課題2:放射性核種によるタービン系の汚染域の縮小

・改良標準化前プラントの目標値    :ALARA

・改良標準化プラントの目標値       :ALARA

課題3:放射性廃棄物発生量の低減目標値

・改良標準化前プラントの目標値    :5000 → 1000ドラム缶/年

・改良標準化プラントの目標値       :1000 →  500ドラム缶/年

さらに、これらの3つの課題の根本に、腐食生成物の発生・放射化・蓄積が深く係わっていることを的確に看破され、これらの同時解決を目指す対策として、BWR二次系(タービン系)における水質管理の最適化を推進されました。

ここで言う最適な水質管理とは、狭い意味での「水質の改善」に留まらず、プラント設計・製作と、プラント運用管理の役割を明確化した総合的な最適化を指しています。すなわち、ハードウェアとして優秀なプラントであっても、その運用が適切でないと設計で志向した成果を得ることが難しく、また、ソフトウェアとしての運用が優秀でも、オリジナルのプラント設計が適切でなければ十分な効果は得がたく、まして上記3目標の同時達成は困難であるという認識です。これに則り、設計・製作面では腐食生成物の発生抑制と除去(材料選択、浄化・薬注設備)、作業性の向上、および、作業の自動化・遠隔化などを、また、運用管理面では後述する様々な水質制御技術の開発・適用を推進するため、乙葉顧問は長年にわたり産業界を主導されました。

2.3 従事者の受ける放射線量の低減

放射化腐食生成物による被ばく線源の上昇は、腐食生成物の移行・放射化・蓄積の各プロセスにおいて様々な因子が関係する複雑な現象です。従って、プラントの設計や運転方法を見定めて、適切な対策を講じることが重要となります。乙葉顧問は、腐食生成物の移行・放射化・蓄積メカニズムの解明を推進し、これに立脚したモデルを活用して、プラント毎に線源上昇原因に応じた対策を講じることで、従事者の受ける放射線量の低減で大きな成果を挙げられました。

例えば、沈積性線源が支配的なプラントに対しては、酸素注入や復水フィルタにより給水中の鉄クラッド濃度を最適な値に制御することにより、炉水中のクラッド状60Co放射能の低減を、また、置換性線源の寄与が大きい場合は、給水ニッケル/鉄比制御、給水極低鉄制御といった我が国独自のイオン状60Coの付着抑制技術を開発・適用することで、プラント線量率の大幅な低減を達成されました。

この取り組みを見ると、複雑で困難な問題への対処において、多角的なデータの収集とその客観的な解析評価、および、メカニズムに立脚した本質の見極めが大切であること痛感させられます。

2.4 放射性核種による汚染域の縮小

BWRタービン系における放射性各種による汚染は、炉水中の核分裂生成物およびクラッド状射性腐食生成物の主蒸気同伴によるキャリーオーバー、放射性核種含有水の復水器へのドレンの影響が大きいと言う実態を明らかにした上で、燃料破損の防止やドレンの禁止措置という対策が打ち出されました。また、炉水クラッド状放射性腐食生成物の低減対策は、上記2.3で述べた「従事者の受ける放射線量の低減」と共通するものです。これらの取り組みの結果、タービン系の汚染域は対策前に比べ10分の1以下に縮小されました。

2.5 放射性廃棄物発生量の低減

放射化腐食生成物を低減しつつ、放射性廃棄物発生量を抑制する観点から、タービン系材料の耐食性強化、給水酸素注入などによるクラッド発生抑制、復水フィルタによるクラッド除去法の改善を進めると同時に、二次廃棄物の発生抑制、すなわち、中空糸膜型復水フィルタの導入や復水脱塩器の非再生運用を確立し、廃棄物発生量と線量率の低減が両立し得ること実証されました。

このアプローチは、高次の目標に向かって既存のパラダイムを変えて行くチャレンジ精神と、その実現を目指し技術開発に果敢かつ執拗に取り組む熱意の重要性を我々に教えています。

3.まとめ

原子力発電の環境への影響緩和の総合的な取り組みとして行ったプラント設備・機器の大掛かりな改良と運転管理方法の改善により、上述の3つの目標が達成されると共に、これらを設計や運用に取り入れた国産改良標準化プラントが、世界トップレベルの低プラント線量率を記録し、被ばく線量と放射性廃棄物発生量の大幅な低減を果たし、本分野における我が国BWRプラントの優位性を世界に示す快挙となりました。また、炉稼働率の向上、計画外停止頻度の低下、燃料破損の低下など大きな副次的効果をもたらすことも明らかになりました。

このような実績に裏付けられた原子炉水化学によるプラント運用への大きな貢献、ならびに、「水化学標準」研究専門委員会(2003-07年)主査として、水化学ロードマップ作成と水化学関連標準作成の基礎確立を主導された功績が評価され、今回の栄えある受賞となりました。

おわりに

今回の乙葉顧問の学会賞受賞を心よりお祝いする共に、これからのご健康とご活躍をお祈り申し上げます。