5. 水化学ロードマップ2020

_軽水炉の安全性・信頼性にかかわる重要課題の多くは、高温・高放射線環境下で構造材料あるいは燃料と、冷却材・減速材として用いられている水の境界領域で発生している。水化学は、各種構造材料と燃料が水を介して相互に影響を及ぼすプラントシステムを包括的に捉え、多様な課題や目標に対し、調和的な解決あるいは実現を目指す工学分野である。水化学は、これまで構造材料及び燃料健全性の維持・向上、被ばく線源低減、ならびに放射性廃棄物の低減等において重要な役割を果たしてきた。水化学は、接液する全ての構造材料に影響を及ぼすと同時に、その影響も受けるため、構造材料、燃料との三者間でトレードオフが問題となることが多い。諸課題への貢献に際しては、特定の課題にのみ偏ることなく、プラント全体を俯瞰した最適な制御が求められる。

_水化学ロードマップでは、「水化学による原子力発電プラントの安全性及び信頼性維持への貢献」を目標に、以下の達成を目指す。

○ 構造材料の高信頼化
・応力腐食割れ(SCC)の抑制
・配管減肉環境の緩和
・PWR蒸気発生器長期信頼性の確保
・状態基準保全の支援
○ 燃料の高信頼化
・被覆管・部材の腐食/水素吸収の対策
・燃料性能の維持(CIPS対策)
○ 被ばく線源の低減
○ 環境負荷の低減
○ 共通基盤技術の整備
・水化学、腐食に係わる共通基盤技術の整備
・核分裂生成物挙動に関する共通基盤技術の整備
・人・情報の整備
○ 事故時対応の水化学の検討
・事故時に水化学が関与する事象への対策
・事故炉の廃炉推進に向けた水化学による対応

_水化学ロードマップ2020では、水化学ロードマップ2009における「安全基盤研究」と「基盤整備」に加えて、1F事故を教訓とするため、新たに「事故時対応の水化学」と「福島廃炉推進対応の水化学」に係わる課題を抽出し、長期に亘る廃炉作業の安全かつ円滑な遂行に必要な項目を盛り込むことに留意した。加えて、深層防護の基本的な理念を取り入れ、抽出された課題について深層防護との関連性を明確にした。抽出した各々の課題について、最新の技術動向を踏まえて、技術戦略マップ(導入シナリオ、技術マップ、ロードマップ)の見直しあるいは新規作成を行った。
_水化学ロードマップ2020で抽出された個別課題を、図5に示す。次章以降で、各個別課題について詳述するが、本章では要約として、研究方針と課題項目をまとめて示す。

① 構造材料の高信頼化(6.1節)

①-A 応力腐食割れ(SCC)の抑制(6.1.1項)
_SCC環境緩和はプラントの安全性確保・公益性向上に大きく貢献できるポテンシャルを有しているが、その有効性が広く認知されるに至っておらず、プラント維持管理(点検・補修・取替)とのリンクも不十分である。日本機械学会が制定した「発電用原子力設備規格 維持規格」には、環境緩和の効果を取り入れたSCC進展線図が示されているが、実プラントではこれに基づく維持管理の合理化には至っておらず、早期にその実現を図ることが必要である。特に、予防保全としてのSCC環境緩和の効果を考慮した設備の点検・補修・取替の方法を、関連分野との協力の下、ガイドラインとして整備する必要がある。また、今後、新検査制度における保全活動、あるいは、評価指標としての活用の観点からも、SCC環境緩和の検討を深めていく必要がある。そのため、以下に示す技術の開発や高度化、ならびに、検証と標準化が必要と考えられる。
・SCC環境計測手法・評価手法の高度化・検証・標準化
・SCC環境緩和技術の開発・高度化
・SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
・データや評価技術の検証、規制基準の整備
・SCCメカニズム解明

①-B 配管減肉環境緩和(6.1.2項)
_配管減肉管理は、日本機械学会が制定した「発電用原子力設備規格 加圧水型/沸騰水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格」に基づいて実施されており、この技術規格により体系化して整理されたため、それ以前の管理と比べて、飛躍的に安全性が向上した。但し、現在の減肉管理は、肉厚測定結果の実績から、十分に裕度を持って設定された減肉速度に基づいて行われているため、新たな環境緩和技術を適用して減肉が抑制されても、肉厚測定結果が蓄積しないと減肉管理に反映できない体系となっている。今後、安全性の更なる追求と合理性の調和を達成するために、以下の技術開発を進めていく。
・配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
・配管減肉予測評価手法の構築・標準化
・規格・基準の整備

①-C PWR蒸気発生器長期信頼性確保(1.3項)
_国内PWRでは、蒸気発生器(SG)伝熱管材料として、より耐食性の高いTT600、TT690合金を採用した新型蒸気発生器(SG)に取替えるとともに、種々の水質改善対策が適用された結果、SG二次側の信頼性にかかわる腐食損傷は顕在化していない。しかし、水質の高度化が図られた結果、不純物の持ち込みに対する緩衝作用が小さくなり、クレビス環境が大きく酸あるいはアルカリ側に偏った環境下で腐食電位が上昇した場合は、粒界割れ(IGA)発生感受性を有している。また、二次系系統で材料のFAC等の腐食によって発生した鉄がSGへ持ち込まれ、構造物に付着して、伝熱抵抗、流動抵抗となり機器の性能劣化現象が顕在化するとともに、クレビス部にスケールが蓄積することで損傷発生リスクが増大している。そこで、SGの長期信頼性及びプラント安定運転を確保していくため、以下に示す技術の高度化あるいは新技術の開発に継続的に取り組んでいく。
・メカニズムの解明(SG伝熱管腐食、スケール付着)
・SGクレビスの環境評価、酸性環境緩和、濃縮環境緩和に関する技術開発
・SGへの鉄持込み抑制、スケール付着影響緩和・抑制評価、除去・改質に関する技術開発
・新技術の開発、適用性評価、導入(代替ヒドラジン、スケール分散剤)

①-D 状態基準保全の支援(6.1.4項)

_SCCやFAC等の経年劣化事象について、材料・応力・環境面から多面的に計測・評価可能なモニタリング技術を開発・適用することで、長期にわたる経年劣化の予測評価精度の向上や状態基準保全の充実が期待される。経年劣化予測や状態基準保全は、設備の信頼性向上による事故発生リスクの低減、一次冷却材の異常兆候の早期検出によるプラント運転管理への判断材料の提供につながるため、事故発生防止及び拡大防止に貢献することができる。そこで、状態基準保全への支援として、以下の課題に取り組む。
・環境モニタリング技術の高度化
・実機材劣化評価手法の高度化
・状態基準保全手法の高度化

② 燃料の高信頼化(6.2節)

②-A 被覆管・部材の腐食/水素吸収対策(6.2.1項)
_1F事故を契機に、核燃料分野において、FP放出低減/温度上昇抑制ペレットの開発と通常時材料劣化低減被覆管の開発が加速されるとともに、事故時高温酸化劣化抑制部材や事故耐性燃料の開発が求められるようになった。改良型燃料の導入に際しては、被覆管や部材の材質変更に及ぼす水化学の影響を事前に評価しておく必要がある。また、新たな水化学技術の導入に際しても、現行燃料の被覆管や部材の腐食対策及び水素吸収特性に及ぼす水化学の影響の有無を事前に評価しておく必要がある。しかし、ジルコニウム合金のブレーカウェイ現象の原因や水素吸収機構について、影響因子の定量的影響や重畳効果は判っておらず、理解の統一に至っていない。そこで、以下の課題に取り組んでいく。
・被覆管・部材の腐食/水素吸収メカニズムの解明
・被覆管・部材の腐食/水素吸収対策技術の開発
・データや評価技術の検証
・被覆管・部材の健全性評価に係わる規格基準の策定

②-B 燃料性能維持(CIPS対策)(6.2.2項)
_CIPSは、クラッドが燃料の軸方向に不均一に付着し、ホウ素の不均一析出により、炉心の軸方向の線出力分布(偏差)に異常を生じる事象であり、事象の進行によって、炉心の安全性や燃料の健全性に問題を生じる可能性がある。CIPSの発生は、クラッド付着・剥離と密接に関連しているが、クラッド付着・剥離のメカニズムに化学因子や熱水力因子が複雑に関与すること、さらに、原子沪水中のホウ素取り込み機構の影響も受けることから、全体のメカニズムは明確になっていない。そこで、以下の課題に取り組んでいく。
・CIPS発生メカニズムの解明
・CIPS対策技術の開発
・データや評価技術の検証
・CIPSに係わる規格基準の策定

③ 被ばく線源低減(6.3節)
_我が国の原子力発電プラント1基当たりの年間平均線量(以下、「平均線量」という)は90年代後半以降、諸外国と比較して高く推移しており、この原因は1サイクルあたりの運転期間の違いによる年間作業量の違いによるとの指摘があった。しかしながら、米国やスウェーデンでは近年も着実に減少傾向にあることから、単純に年間作業量の違いのみとは言い切れず、我が国の被ばくの現状を詳細に分析し、さらに被ばく低減を進める必要がある。
_また我が国の原子力発電プラントでは震災後に長期停止を余儀なくされているが、長期停止による線源核種の減衰と作業量の減少に伴い、平均線量は震災以前より大幅に低減しているが、再稼働後の平均線量がどのように推移するか注目されるところである。再稼働後も現状の線量を維持するためには、既存技術の着実な適用のみならず、新規の水化学技術の開発・適用が望まれる。
_冷却材中のクラッド挙動については、従来から、日本も含め各国で検討がなされており、実機クラッド分析、水質調査結果を元に、水化学という視点から被ばく線源強度低減を目的に冷却材への低濃度亜鉛注入等、種々の被ばく低減対策が実施されている。これら水化学改善策の適用効果の評価には、現在、被ばく線源挙動メカニズムに基づくモデルを用いて評価しているが、新規の水化学対策を適用した場合の評価精度が低下する等の問題があり、メカニズム解明についてもさらに検討が必要な状況にある。そこで、以下の課題について、技術開発とメカニズム解明を並行して進めていく。
・既存線源低減技術高度化(高Li運用、濃縮10B運用、除染法、亜鉛注入等)
・革新的線源低減技術開発(被ばく線源生成メカニズム解明に基づく革新的技術の開発)

④ 環境負荷低減(6.4節)
_原子力発電プラントでは、材料・燃料の信頼性・健全性の維持確保や業務従事者の被ばく低減等を目的とした水化学制御を運用していくなかで、副次的に放射性廃棄物(使用済樹脂、フィルタ等)や制御用薬品を含む排水等が発生してくる。今後、長期サイクル運用や出力向上運転等プラント高度化と新たな水化学制御の適用に鑑み、水化学技術改善と両立させた廃棄物/排水処理の最適運用を目指し、環境負荷の少ない発電プラントとして環境への影響を低減することが重要である。そこで、以下の課題について、改善策を立案し、実機適用実績を踏まえたPDCAサイクルを確立する。
・浄化脱塩塔、フィルタの運用最適化(高交換容量、耐酸化性イオン交換樹脂の開発等)
・環境への放出低減(ヒドラジンの使用量低減・代替材適用、二次側化学洗浄廃液の処理)

⑤ 共通基盤技術(7章)

⑤-A 水化学、腐食に係わる共通基盤技術(7.1.1項)
_水化学研究には、構造材料、燃料の健全性及び線源強度低減等様々な目的・対象があるが、個々の研究を進めるうえで、基礎実験での現象把握、モデル化及び実機との比較に共通して必要となる基盤技術として、以下の4項目の課題に取り組む。
・腐食環境評価技術(プラント冷却系全体及び局所的な腐食環境の定量化)
・腐食メカニズム(腐食・溶出・酸化物形成のメカニズム、放射線照射の直接・間接効果)
・酸化物・イオン種の付着脱離メカニズム
・実験技術(実機条件の模擬、複数の腐食挙動影響因子の再現、加速実験法)

⑤-B 核分裂生成物挙動に関する共通基盤技術(7.1.2項)
_事故時対応の水化学では、一次冷却水中の放射性腐食生成物や燃料被覆管によって閉じ込められた放射性核分裂生成物が主であった従来の水化学と異なり、事故時に燃料体から直接放出される放射性核分裂生成物を取扱うため、その化学的挙動が重要となる。放射性核分裂生成物挙動に係わる研究は、燃料損傷とそれに伴う環境への放出に関連して、非常に活発に行われてきたが、燃料破損対策の確立とその有効性の確認、シビアアクシデント研究の収束の2 段階で縮小された。しかし、1F事故に関する調査委員会でも、ソースタームの評価の重要性と放射性核分裂生成物挙動に係わる研究、技術者の育成の重要性が指摘されている。そのため、FP 化学に取り組める体制作りとそれをバックアップできる組織作りを行い、系統的、組織的な対応を目指している。具体的な開発項目は以下の通り。
・事故時のFP 挙動の解明[一般的なFP に係わる基礎事象]
・1F事故時のFP 挙動の実態解明[事故時に見られた事象]
・事故時FP 挙動解析コードの整備と標準化
・アクシデントマネジメントへの対応

⑤-C 人・情報の整備(7.2節)
_今後のプラント運用高度化、燃料高度化及び高経年化対応水化学の適用に際し、事前に事象を予測し対策を立案しておくプロアクティブな水化学技術の展開が必要であり、これまでの蓄積を基礎に、水化学分野の技術情報基盤を整備していくことが重要である。また、プラントの運用管理に、透明性・説明性が要求される環境となってきており、水化学技術を体系化し、規格・基準化、標準化を進める必要がある。一方、新規プラント建設の減少により、水化学の研究開発及び管理を担う人材の供給が減少し、高齢化が進行している。研究の場も狭まっており、研究コミュニティの維持が危ぶまれるほどである。原子力発電の持続的発展を支えるためには、水化学分野における裾野拡大を含む人材の確保は緊急の課題と言える。そこで、以下の4項目の課題に取り組む。
・研究基盤の確保
・技術情報基盤の整備と技術伝承
・水化学関連の規格・基準化、標準化
・国際協力の推進

⑥ 事故時対応の水化学(8章)

⑥-A 事故時に水化学が関与する事象とその対策(8.1節)
_大型の商用原子炉の過去の事故の教訓に則り、TMI-2、チェルノブイリ及び1F事故の知見に基づき、事故時の化学挙動を整理して、対応を明確にする必要がある。水化学が関与する事故時対策として導入されている既存の対策設備は、既に世界の他のプラント等で導入実績のあるもので、現在の事故シナリオとリスク評価の観点から直ちに新たな研究開発が必要となる事項はないと考えられる。しかしながら、シビアアクシデント(SA) 時の事故シナリオや共通基盤技術の進歩に基づき解析モデルや解析コードが高度化されることにより、従来と異なる結果が得られた場合には、既存の対策設備の妥当性を再評価し、必要に応じて対策設備の見直し・高度化を図っていく必要がある。具体的な開発項目は以下の通り。
・水素蓄積防止技術の最適化・高度化
・FP 挙動の解明と解析コードの高度化
・pH 制御技術の開発・高度化
・フィルターベントシステムの開発・高度化
・SA 対策設備の保守・管理方法の確立

⑥-B 事故炉の廃炉推進対応の水化学(8.2節)
_1F事故後の廃炉推進に向けて取り組むべき水化学について、喫緊の課題としては汚染滞留水処理が挙げられる。これまで対処することのなかったFP核種を中心とした水処理施策の確立は新しい課題である。それに伴い、多量の二次廃棄物が発生しており、その処理・処分技術の開発に向けては長期的な取り組みが必要である。さらに、燃料デブリ取り出しの段階になると、燃料デブリ性状に基づいたFP挙動の把握、水処理が必要になると考えられる。
_これらの対応と並行して、高放射能濃度での汚染水、廃棄物中での水の放射線分解による水素発生は、今後のシステム検討の安全評価項目として重要であり、モデル化を含めて取り組むべき課題である。さらには、長期間にわたるシステム健全性の確保に向けた材料腐食対策も取り上げることとする。また、今後の燃料デブリ取出しを始めとする廃炉作業の推進にあたっては、作業従事者の被ばく低減対策の確立が望まれる。具体的な開発項目は、それぞれ以下の通り。
・汚染水処理対策と二次廃棄物処理(放射能除去メディアの開発・モデル化、二次廃棄物処理における水化学のアプローチ)
・燃料デブリ取出し時水処理対策(取出し時の水質環境評価、水処理システムの構築)
・水素発生量評価(ラジオリシスによる水素発生挙動の評価、不純物存在下での評価)
・材料健全性評価(海水注入時の材料健全性評価、長期的な材料健全性評価)
・被ばく低減対策(核種移行挙動解析、実機データによるベンチマーク評価、被ばく線量評価)

4.自主的安全性向上に向けての水化学ロードマップ改訂の基本方針及び実施体制

_日本原子力学会 水化学部会に設置したロードマップフォローアップWG(主査:渡邉豊東北大学教授)において2017年4月から水化学ロードマップ2009のフォローアップを開始した。水化学ロードマップ2009では、発電用軽水炉プラントの安全性維持・向上を主眼としつつも、高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用推進の支援に重きを置いた構成となっていた。そこで今回の改訂では、1F事故の教訓を踏まえて、水化学技術の意義を深層防護の視点から改めて見直し、より広い視点で水化学の役割を再定義するとともに、核分裂生成物挙動を含めた事故時対応の水化学を新たに加えることとした。

4.1 水化学ロードマップと深層防護との関連付け

_1F事故を契機に、我が国の原子力発電プラントにおいては、新規制基準への適合性が確認された以降も、自主的・継続的な安全性向上に向けた取り組みを継続することが求められるようになった。すなわち、原子力安全に対する考え方が「シビアアクシデントを発生させない」との従来の視点から、「常に事故のリスクはある」との視点へとシフトし、安全規制とは独立した、万一の事態に備えた原子力災害対策を整備することが必要となった。この不確実性を持った万一の事態に備えるための有効なアプローチとして深層防護の考えがあり、水化学ロードマップにおいてもこの深層防護の考えを取り入れ、自主的安全性向上に向けたロードマップとして改訂を行うこととした。
_この深層防護は「1.はじめに」に記載した通り、IAEAの考えに基づけば5つのレベルに分類されるが、水化学ロードマップ2009では、運転中プラントを対象としたレベル1(異常運転や故障の防止)、レベル2(異常運転の制御及び故障の検知)に該当するものが中心であった。しかしながら、1F事故後の対応を顧みると、汚染水の処理や放射性ヨウ素等の核分裂生成物の放出抑制等、レベル4(事故の進展防止及び影響緩和を含む過酷なプラント状態の制御)に相当する対応に関しても水化学が果たすべき役割が大きいことを改めて認識した。そこで、表4-1-1表4-1-2に示すように、深層防護の各レベルに対する水化学の役割を新たに定義し、各研究課題がどのレベルに貢献するかを整理した上で新たな課題の抽出を行うとともに、従来なかったレベル4に相当する事故時対応の水化学を新たに追加することとした。なお、レベル5(防災)は放射性物質が大規模に放出された場合の影響緩和を目的とした原子力発電プラントの敷地外も含めた緊急時の対応方法を求めるものであり、今回の改訂において水化学で解決すべき課題は見出せなかった。

4.2 改訂の基本方針

_フォローアップは水化学ロードマップ2009で抽出・整理した課題を基本としつつ、4.1で述べた通り、自主的安全性向上を目指した深層防護との関連付けにより、FP挙動の解明、事故時の対応、廃止措置における水化学を新たに追加することとした。
_また、個別ロードマップについては2009年以降の状況変化への対応を基本に、下記の観点から改訂した。
・現状分析の見直し
・実施時期、期間
・関連分野との連携
_また、水化学ロードマップ2009作成後、経済産業省資源エネルギー庁と日本原子力学会が策定した「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」との整合・連携を図りながら策定した。

4.3 フォローアップの実施体制

_フォローアップは、渡邉豊部会長を主査として、大学、電力、メーカ、研究機関からの水化学、材料、燃料及び安全に係わる各分野の専門家で構成された「水化学ロードマップフォローアップ検討WG」を日本原子力学会水化学部会内に設置し、検討を進めた。構成委員について表4-2に示す。また、構造材料、燃料健全性及び被ばく線源低減、事故時対応等に係わる個別検討に当たっては、原子力学会 春の年会、秋の大会の企画セッション、水化学部会で実施している定例研究会を通して、幅広い分野の有識者からの意見を取り入れながら改訂を進めた。

3. 水化学を取巻く環境の変化

_水化学ロードマップにおいては、従来、運転中プラントの水化学管理を中心に、材料・燃料の健全性維持、被ばく低減、新技術開発、人材育成、等の諸課題に対して、開発方針、開発スケジュールを提示し、ローリングを行ってきた。この基本的な取組み方針は今後とも変わることなく継続されるべきものである。
_一方、2011年の東日本大震災による1F事故の影響とそれに伴う原子力界全体の大きな変化を考慮することは不可避であり、環境の変化の要因として非常に高い重要度を持っている。

3.1 1F事故の社会的影響

_1F事故の影響について、社会的影響の観点からは、まず、新規制基準、軽水炉安全技術・人材ロードマップ、深層防護の3つの観点から検討することとした。さらに、1F廃炉推進のモチベーションの観点を加える。

(1) 新規制基準及び自主的安全性向上への取組み
_原子力規制委員会は、原子炉等の設計を審査するための新しい基準を作成し、その運用を開始した。いわゆる「新規制基準」は、1F事故の反省や国内外からの指摘を踏まえて策定されたものである。これにより、地震や津波等の大規模な自然災害や重大事故に対して十分な対策が取られるようになった。この新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものであるが、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できる訳ではない。すなわち、1F事故を契機として、原子力安全文化の醸成、自主的な安全性向上といった観点の重要性が指摘されている。これまで原子力安全の議論がともすれば狭義の安全評価の範疇にとどまっていたことに対して、これらの観点は全ての原子力に係わる活動において尊重されるべきものであることが示され、水化学の取り組みも例外ではない。

(2) 軽水炉安全技術・人材ロードマップへの対応
_このような状況下で、経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会の下に「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」が設置され、日本原子力学会「安全対策高度化技術検討特別専門委員会」と連携して、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」の策定が行われた。このロードマップは技術開発と人材育成とを基本としており、8つの課題別区分が提示されるとともに、着実にローリングを行っていくことが示されている。今回の水化学ロードマップ改訂もこの趣旨に則るものとして位置付けられる。

(3) 深層防護の考え方の導入
_原子力学会標準として、昨今、BWR/PWRの水化学管理指針の制定を図っているが、この中では水化学として従来取り組んできたこと、また、今後取り組むべきことに対して、何が自主的な安全性向上につながっているかを再認識、再構築する議論を重ねた。その中では、「深層防護」の考え方も取り入れ、一つ一つの水化学技術の取り組みがどのような位置づけになるかの再定義を行っている。これらの活動は一過性であってはならず、常に最新の知見を取り入れつつPDCAサイクルを回すことにより、定常的な安全性向上の取り組みが求められる。

(4) 1F廃炉推進のモチベーションの維持
_1F事故の影響は甚大で測り知れないものがあるが、一方で技術的なチャレンジも多い。その中で、1F廃炉を確実に推進するという使命は非常に重いものがあり、それ故に原子力に係わる技術者にとっては大きなモチベーションとなっている面がある。すなわち、原子力産業の発展を支えてきた世代にとって廃炉推進のモチベーションは強く、これを次世代にいかに受け継いで行くかが大きな課題といえる。

3.2 1F事故の技術的影響

_ロードマップに示される水化学の取り組み姿勢は、従来から水化学の使命として位置づけられてきたものがある一方、1F事故を契機に新たに取り入れられたものもあり、大きな環境の変化と言うことができる。
_特に1F事故対応に関しては、いずれも新しい技術項目であり、1F廃炉推進、プラント再稼働、材料健全性の大きく3つの観点につき述べることとする。

(1) 1F廃炉推進
_まず、事故の収束に向けての対応として水化学及び原子炉化学に要求された事項としては、汚染滞留水処理、二次廃棄物処理、水素発生量評価(安全評価)が挙げられる。特に、汚染滞留水処理は事故発生直後からの喫緊の課題であり、これまでプラントの通常運転中には導入初期を除きほとんど経験することのなかった核分裂生成物(FP)放射能の除去技術の確立、適用が求められた。いわゆるFP化学は、1F事故以前の通常運転中のプラントではほとんど議論されてこなかったため、改めてその知識ベースの体系化、技術継承が必要とされている。
_また、この事に付随して発生する二次放射性廃棄物の処理(将来的には処分も含む)について、検討が必要とされている。これはバックエンド部会との境界領域であり、必ずしも水化学ではないが、上流側の廃棄物発生条件と処理方法とは密接に係わるため、高い関心を持って臨むべき事項と考える。
_さらに、廃棄物中の放射線分解による水素発生量評価やそれに及ぼす海水成分の影響評価の重要性は高い。また、今後のデブリ取り出し作業において、α線放出核種を含む水の放射線分解による水素発生量評価は、作業安全や作業環境の確保の上で必須要件となる。

(2) プラント再稼働対応
_次に、事故後のプラント再稼働に向けての対応としては、シビアアクシデント対策としての新しい水化学管理の導入に対して、十分な評価を行うことが大事である。具体的には、格納容器内水のpHアルカリ管理、フィルターベントシステムによる放射性ヨウ素放出抑制対策がある。これらのシステムはBWRではプラント再稼働の要件になっているが、ヨウ素化学の解明、確立は、世界的に見ても依然として今後の課題であると考える。

(3) 材料健全性確保
_材料健全性の確保に関しては、1F事故の特徴として津波による海水流入及び炉心冷却のための海水注入が挙げられる。すなわち、使用済み燃料プール中の燃料及び構成材料に対する海水成分の腐食影響評価、原子炉内/格納容器内への海水注入による構造材料の健全性評価は新たに直面した課題であり、教訓として認識しておくべき事例である。さらにこれらは放射線環境下での腐食挙動であり、不純物系における水の放射線分解挙動と相俟って検討されるべき課題といえる。

3.3 水化学を取巻く環境変化への対応

_このように、1F事故を契機に水化学を取巻く環境が大きく変化し、社会的影響と技術的影響を齎したことを受け、これらの変化への今後の対応として、意識改革と技術改革の2点が重要になると考え、以下に述べる。

(1) 意識改革
_上述の環境変化に対応するためには、従来の通常運転時の水化学の取り組みに加えて、シビアアクシデント時の対応まで範囲を拡げる必要がある。さらに、1F廃炉推進のための水化学の取り組みも重要な課題として位置付けられる。これらの取り組みに際しては、常に自主的な安全性向上の姿勢が求められ、ロードマップのローリングにおいても、PDCAサイクルを回し、現状の施策の必要十分性の確認、課題の抽出、解決策の適用、新知見の導入を図る必要がある。

(2) 技術改革
_これまでの水化学ロードマップで取り上げられてきた水化学技術につき維持、改善していくことは論を俟たないが、1F廃炉推進、プラント再稼働対応の観点では新規技術の開発、適用、評価を継続的に行う必要がある。これら新規技術については、常にロードマップにおいても課題として取り上げフォローしていく仕組みが必要となる。
_このように、今回の水化学ロードマップ改訂にあたって、水化学を取巻く環境の変化、及び、その対応につき、論点を述べた。1F事故を契機に大きな環境の変化が生じたことに対して、その事実と水化学の役割を真摯に受け止めるとともに、今後とも常に課題解決の意識を持って取り組む姿勢が求められる。

3.4 将来に向けての課題

_さらに、より包括的な環境変化への対応として、以下の諸課題が挙げられるものと考える。すなわち、1F事故対応、設備利用率向上、負荷追従対応、少子高齢化対応等の諸点である。

(1) 1F事故への対応
_今後の1F廃炉推進は長期間に及ぶため、汚染滞留水処理、二次廃棄物処理、等を今後とも継続的かつ着実に実施していく必要がある。また、プラント再稼働対応としては、シビアアクシデント対策としての格納容器内水のpHアルカリ管理、フィルターベントシステムの導入、等の運用管理を的確に行う必要がある。これらはいずれも1F事故への中長期的対応として重要な課題である。

(2) 設備利用率の向上
_国の最新のエネルギー基本計画[3-1]では、2030年に原子力発電の占める割合を20~22%としている。我が国の原子力発電所の1975年~2010年までの累計の設備利用率は71.8%であった[3-2]。しかしながら再稼働予定のプラント数の減少に鑑みると、上記目標を維持するには、自主的な安全性向上の取組等により軽水炉の設備利用率をさらに向上させることが必須と考える。
_これに対し、水化学による材料の防食対策を推進することにより人の安全と設備の安全性・信頼性向上を図ることができる。また、配管や機器の線量率を低く維持する被ばく低減対策を推進することにより定期検査期間の短縮を図ることができる。これらはいずれも設備利用率向上に繋がるため、水化学の関与する範囲は大きいと考える。

(3) 負荷追従運転への対応
_再生エネルギーの大量導入に伴い、海外ではすでに軽水炉も負荷追従運転の対象となる動きが出ている。この動向はやがて再稼働後の我が国でも対応すべき課題と考える。これまで原子力はベースロードとしての役割を担ってきたが、今後のエネルギー需給バランスに鑑み、原子力によるエネルギー供給には柔軟性を持たせる必要があろう。その際、過渡的な変化に対して水化学管理の側面から的確に対応できるよう検討を進めておく必要がある。

(4) 少子高齢化及び若手の原子力離れへの対応
_一方、我が国は少子高齢化問題に直面しており、次世代の若手人材への技術継承は喫緊の課題となっている。エネルギー政策の着実な推進のためには、次世代の人材にとって魅力ある技術テーマを創出し、優秀な人材を確保する必要がある。そのために水化学ロードマップの有効活用が強く望まれるものである。

参考文献

[3-1] 経済産業省資源エネルギー庁:長期エネルギー需給見通し, 平成27年7月, p.7 (2015).
[3-2] (独)原子力安全基盤機構企画部技術情報統括室編:原子力施設運転管理年報平成23年版(平成22年度実績), 平成23年10月, p.36 (2011).

2. 水化学ロードマップ策定の意義

2.1 水化学の役割

発電用軽水炉プラントでは、炉心から取り出したエネルギーを輸送する媒体(冷却材)、及び、中性子の減速材として水が用いられており、様々な温度条件、照射条件、沸騰・流動条件下で、構造材料や燃料被覆管等の金属材料と接しながら循環している。これら金属材料と水の界面では、燃料被覆管の腐食・水素化、クラッド付着による燃料性能低下、構造材料の腐食や応力腐食割れ、構造材料へのクラッド付着による被ばく増大等、種々の問題が生じる。これら諸問題の調和的抑制あるいは解決に貢献し、発電用軽水炉プラントの安全性確保と公益性向上の同時達成に寄与することが水化学の使命である。また、設備/技術への貢献に加え、環境に対する影響の抑制も水化学の重要な課題のひとつである。
水化学は運用技術であるため、プラントの構成、材料、プラント運用の違い等の状況に応じて、合理的な対応策を提供することができる。一方、水化学に係わる事象は冷却材を介して通底しているため、ある課題に対してこれを改善するための水化学技術が、別の課題に対しては逆に作用するケースもあり、常に様々な課題事象のメカニズム把握に努め、これら相互のバランスを考慮した、システム全体にとって最適な制御を目指す必要がある。この観点から、水化学は、単に冷却材の水質維持のみを対象とするのではなく、燃料・構造材料との相互作用やその制御に用いる添加薬品、また、その結果生成する腐食生成物の挙動等を対象としており、これらに化学的基盤を与える分野全般を包括している。さらに、従来の水化学のスコープに加えて、苛酷事故への対応においても水化学が重要な役割を担う。すなわち、事故の拡大抑制、事故収束までの比較的短期間の課題、事故炉廃炉工程での長期間に亘る課題等に対応するための水化学であり、事故時に発生する放射性核分裂生成物への対応が特に重要となる。
プラント全体を視野に置いた最適な水化学管理を将来にわたって行っていくためには、常に研究開発を進め水化学関連技術を発展させていく必要がある。研究開発を進めるに当たっては、研究目標の明確化、既存技術の透明化を図ることで、大学・研究機関における水化学研究の活性化と効率化を図り、水化学の技術的な高度化のために新たなブレークスルーを生み出す努力が重要である。このような取り組みの成果は、国内の発電用軽水炉プラントに留まらず、プラント運用技術(ソフトウェア)として、海外、特に、拡大が著しいアジア地域の原子力発電の安全性・信頼性の向上に資するものと考えられ、我が国原子力産業の国際展開への寄与も期待される。一方、このように将来に向けて大きな可能性を有する水化学分野においても、近年、技術者、研究者の高齢化が進み、他の分野と同様に人材育成と技術の標準化が求められている。

2.2 水化学ロードマップ策定の目的

これまで、水化学は設備・機器の腐食抑制、被ばく線量低減、放射性廃棄物低減を通じて、プラントの安全性、信頼性、経済性向上に貢献してきた。水化学の果たすべき基本的な役割は今後も変わらないが、エネルギー安定供給と地球環境保護の観点から、発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用の推進、そして、原子力エネルギー利用の大前提となる不断の安全性向上を支援していく必要がある。水化学ロードマップでは、このような取り組みにおいて新たに生じうる課題を予見するとともに、その事象を的確に把握し、効果的に対応するための研究の道筋について、その基盤と成果の活用を含め時間軸上に示したものである。
高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用の調和的実現に貢献していくためには、従来に増して、水化学分野における産官学及び学協会の適切な役割分担と、燃料や構造材料等関連分野を含めた協力連携が不可欠である。また、深層防護を構成するシナリオや技術要素は多岐に亘ることから、不断の安全性向上の観点からも関係者による認識の共有が必須である。水化学ロードマップはそのためのコミュニケーションツールとして作成されたものである。

2.3  水化学ロードマップの成果の活用

水化学ロードマップに基づいて実施された研究成果は以下の活用を前提としている。

① 既存発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、高度利用、及び、これらを支える作業環境改善(被ばく線量低減)、自然環境への負荷軽減(放射性廃棄物の発生抑制)等水化学固有課題の調和的な解決に資する。

② シビアアクシデントを含めた5層構造に拡大された深層防護の再構築、ならびに、安全性向上のPDCAサイクル推進に資する。

③ プラントの安全に係わる成果については、アウトプットの一つとして規格・基準類の整備に反映していく。また、これら水化学関連の規格・基準類の整備に際しては、プラントの維持管理(評価、検査、補修)や、新検査制度(評価指標、予防保全)に係わる規格基準類との連携を念頭に置く。

④ 革新的な技術成果については、我が国原子力産業の国際展開に繋げるとともに、開発中の次世代型軽水炉の設計に反映する。

⑤ 上記成果について、国際協力の観点から、原子力発電を推進する国々と情報交換し、水化学研究の効率的な推進と活用を図る。特に、今後、大幅な増大が見込まれるアジア地域の原子力発電の安全と定着を支援するために活用する。

2.4 産官学の役割分担

水化学ロードマップ2020では、第二次水化学ロードマップで示された産官学の役割分担の考え方を引き継ぎ、軽水炉安全技術・人材ロードマップとの整合性や水化学技術の特徴を考慮し、原子力基本法の精神、すなわち、

    1. 原子力の研究開発、利用の促進(エネルギー資源の確保、学術の進歩、産業の振興)をもって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する。
    2. 平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。

に則り、以下のように基本的考えを取りまとめた。

① 産業界

    • 自らの事業の実施にあたり、安全性、信頼性、経済性の確保・向上に必要となる研究の立案・計画及び実施
    • その成果を活用した規格原案の作成
    • 安全規制との関係における機器・設備等の安全性・信頼性、検査・運転管理等の妥当性を説明、あるいは検証するために必要な研究の実施

② 国・官界

    • 原子力発電の適切な育成と安全規制
    • 我が国原子力産業の国際展開に対する支援
    • 技術的に難易度が大きく、かつ、必要資金が大きい等、緊急かつ必要であるが困難が大きい研究への支援
    • 安全規制の整備・運用に必要な技術的知見(データ、手法等)の取得
    • 安全規制に必要な技術基盤を構築すること等を目的とする安全研究の企画及び実施
    • 安全研究の成果の規制制度・規制基準への反映

③ 学術界

    • 現象の解明と基礎工学に関する研究開発知識ベースの提供と検証
    • 基礎・基盤となる知識ベースの蓄積とそれに基づく先見的、潜在的な課題の発見
    • 基礎研究を支える人材の育成

④ 学協会

    • 学術・技術の健全な発展と透明性のある議論の場の提供
    • ロードマップの策定等を通じた安全基盤研究の企画、評価への参画
    • 安全規制制度・基準等安全確保のあり方、規格基準の体系的整備等に関する提案
    • 研究成果、各種知識ベース等を活用した学協会規格等標準の策定
    • 分野間横断的な規格基準の整備における学協会間の協力・連携

1. はじめに

_原子力発電は、他の発電方式に比して燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、運転コストが低廉で運転時に温室効果ガスを排出しない。数年にわたり国内保有燃料のみで生産が維持できる低炭素の準国産エネルギー源として優れた安定供給性と効率性を有している。2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において、原子力発電は、安全性の確保を大前提として、長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源であると位置付けられた。原子力発電の活用のためには、2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所(以下、1F)の過酷事故の反省に立って、原子力発電システムの安全性向上に対する従来の取り組みの問題点を根本的に見直し、抜本的な安全性の高度化とその不断の向上を図ることが必要条件となる。また、1Fの廃炉ならびに今後増えていく古い原子力発電所の廃炉を安全かつ円滑に進めていくためにも、高いレベルの原子力技術と人材の維持とその発展が必要とされることが指摘されている。このような背景の下で、経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会の下に設置された「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」と日本原子力学会「安全対策高度化技術検討特別専門委員会」とのやり取りを通じて、我が国の軽水炉の安全性向上を効率的に実現する技術開発及び人材育成の将来に向けた道筋を示すことを目的として、軽水炉安全技術・人材ロードマップが策定された。
_一方、水化学ロードマップは2007年に第一次版、2009年に改訂版が策定されており、発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用推進の支援に重きが置かれてきた。例えば、燃料の高燃焼度化・長期運転サイクル(燃料高度化)や原子炉出力向上(軽水炉利用高度化)によって、冷却材である水の放射線分解が促進され、構造材料や燃料被覆管に対する腐食環境が過酷化する、また、その結果発生した腐食生成物により、被ばくの増大や燃料性能の低下を招く方向となる。これらの諸問題を解決すべく、構造材料の高信頼化、燃料の高信頼化、被ばく線源低減を安全基盤研究の3つの柱と位置付けてきた。今回の改訂では、軽水炉安全技術・人材ロードマップとの整合性を図りながら、水化学技術の意義を改めて見直し、より広い視点で役割を再定義した。
_1F事故の教訓を踏まえて、深層防護の考え方は、従来の3層(異常発生防止、異常拡大防止、事故影響緩和)から過酷事故を含めた5層に拡大して再構築することが求められている。IAEAの考え方に基づけば、深層防護は下記の5レベルに分類される。
_レベル1:異常運転や故障の防止
_レベル2:異常運転の制御及び故障の検知
_レベル3:設計基準内への事故の制御
_レベル4:事故の進展防止及び影響緩和を含む過酷なプラント状態の制御
_レベル5:放射性物質の大規模放出による環境影響の緩和
水化学ロードマップの従来のスコープは、主としてレベル1に該当するものが中心であった。しかしながら、核分裂生成物の挙動や汚染水処理等、過酷事故のレベルにおいても水化学が果たす役割は大きい。したがって、今回の水化学ロードマップ改訂では、レベル1あるいはレベル2への水化学の寄与に関する考察を深めながら、レベル4以上の事態における水化学技術について新たに章を設けて明記することとした。
_策定にあたっては、水化学ロードマップフォローアップ検討WGを水化学部会内に設置し、検討を進めた。
_我が国の軽水炉の安全性向上にこの水化学ロードマップが寄与することを期待したい。