部会報第8号 水化学部会活動への思い(顧問退任のご挨拶)

水化学部会活動への思い(顧問退任のご挨拶)       2017年1月

顧問 目黒芳紀  元 日本原子力発電(株)

1970年に軽水炉の運用が開始されました。当初は導入初期に伴うトラブルが発生し、早期に安定運転を目指すためプラントの安全性、信頼性の向上に向けて全力で取組みました。水化学分野でもトラブルの原因究明、対策立案のため夫々のプラントで検討が開始されました。共通する課題が多かったことから、効果的・効率的に解決するためには産官学協力して検討する場が必要との本島健次先生(旧原研)の発案により、1982年に石槫顕吉先生を中心に水化学専門委員会を立ち上げました。その後2006年に水化学部会に改め、活動を高度化し今年で35年を迎えました。この間先生方のご指導、部会の皆様との連携により世界的に優れた実力をつけ多くの成果を上げてきました。この度顧問退任に際し皆様に心から御礼申し上げます。同時に貴重な検討の場である水化学部会の益々の発展を祈念します。

以下に、私が携わってきました「水化学との係わり」と将来に向けた「所感」を記します。

1.        水化学との係わり

(1)我が国最初の軽水炉である敦賀1号機(BWR;1970年運開)では、運開当初5年位の水化学は、核燃料(被覆管ジルカロイ-2)の破損に伴うFP (Xe-135, Kr-85, I-131, Cs-137, Sr-90等)対策が主体でした。核燃料の健全性を維持するため、燃料ペレット加工の改良、PCIOMR*1(ならし運転)等燃料・運転の改善などと共に、水化学面からの対策として核燃料被覆間と被覆管の隙間に堆積し熱流動の阻害、被覆管の腐食を促進していたクラッド(Fe、Ni等の金属不純物)を減らすことでした。同時に燃料から所内外に拡散するFPの挙動を調査・評価し、当時のALAP*2指針策定(1975年)の基礎データとして提供して参りました。敦賀1号機では、このALAPの指針を遵守するため活性炭式希ガスホールドアップ装置を開発・導入すると共に、液体廃棄物処理系も抜本的な増改良を行いました。これらの結果、燃料破損、放射性廃棄物の環境放出量は急速に減少し1975年以降漸次この問題は収束しました。

(2)一方、敦賀1号機では運転当初より給水系から原子炉内に多量(年間約数百kg)に持ち込まれたクラッドが燃料被覆管表面に付着し、放射化されCo-60, Mn-54等の所謂放射性CPとなり、SCC対策等の点検・補修時に従業員の被曝線量の増大を招き、放射線源を低減する対策も急務となりました。同炉は我国最初に米国から導入された軽水炉であったことから設計・建設を行ったGEを初め、国内外の電力・メーカー・大学・研究機関と技術協力を行い、クラッド低減対策を強化してきました。

ここでは技術の詳細は省略しますが、この結果低放射線量プラント達成の技術的基盤を確立させ、我が国は欧米と共に水化学先進国としての役割を果たしてきました。

このクラッド(被曝)低減対策がその後の水化学部会活動の主テーマになりました。

(3)燃料破損抑制の目途が立ち始めた1975年頃から、原子炉系統を構成している機器、配管材料に腐食に伴うトラブルが多く発生し、これらの補修対策のため原子力発電所の設備利用率が80%以下に低下し、同時に従業員の被曝線量の増加を招き原子力発電所の信頼性・経済性に影響が出てきました。代表的なものはBWRでは配管、シュラウド等に生じたSCC、PWRではSG伝熱管の損傷、配管のFAC、PWSCC等で、これらの対策として材料選択、機器設計、熱流動、溶接工法等を総合的に見直すと共に、水化学面から一次系、二次系の水質環境改善が行われてきました。しかし完全解決には未だ道半ばです。今後も一層の調査、対策の強化が必要です。

更に今後の課題として長期停止後の再起動に伴う水化学管理、出力向上、原子力発電所の運転歴の積み重ねに伴う高経年化対策(特に40年超運転の原子力発電所の信頼性向上)が必須となり、この対応にも水化学面からの更なる挑戦が必要です。

2.        今後の水化学(材料選択も含む)への取り組みに関する所感

私自身の経験を含め、水化学への取組み(技術的課題以外)について期待を述べます。

(1)2011年3月に発生した(東日本大震災時の)地震に伴う大津波により福島第一原子力発電所で炉心のメルトダウン事故が発生し、大量のFPが環境に放出され周辺地域が汚染し、現在でも数万人以上の方々が避難生活を余儀なくされています。今後周辺環境の回復、住民の帰還、同発電所内に保管されているFP主体の液体・固体廃棄物の処理処分、溶融デブリの取出し・保管、廃炉まで40年以上かかる対策を安全に行う必要があります。水化学部会の活動は主にCP化学でしたが、軽水炉の初期には燃料破損に伴うFP化学からスタートしたことを今一度喚起し、通常時、事故時のFP挙動・評価・対応策を実務的に見直しておくことが肝要と考えます。

(2)軽水炉では本来「水」が主役でありながら「水化学」はプラント技術の中核に位置づけられていないと感じてきました。例えば、新しく発電所を設計、建設、運転にいたる段階、あるいは既設発電所の増改良工事で、どの段階から化学担当者は参加しているのでしょうか? 多くの場合建設・工事が終り試運転にかかる頃からではないでしょうか?これでは遅すぎます。プラントの骨格は系統設計、機器・配管仕様、材料選択、建設工事で決まります。化学担当者が設計当初から中核に入り、運用で得た水化学面からの知見を設計に十分反映せることができれば、より効果的な低被曝、高信頼度の安全なプラントができると考えます。現在は機械、電気部門のハードが中核をなしており、化学担当者は既に決められた仕様の下での運用で知見の反映も限定されています。

その要因の一つは、設計段階でプラント仕様を決める際に、化学担当者は自らの知見を基にした提案ができる状況に至っていないからだと思います。 プラントのトラブル事例を調べて下さい。大半が「腐食」、「漏えい」等プラント(水)化学に関連しているかが分かります。プラントの経済性には設備利用率を80%以上維持することが肝要です。計画外停止を無くすこと、停止期間の短縮化が課題です。補修作業の減少は従業員の被曝低減にもつながります。将来を見据え積極的な改良・改善案がいつでも提案できるように備えておく必要があります。

敦賀2号機の二次系・SG設計に際し、化学担当者は東海発電所(ガス炉)二次系、新鋭火力発電所(ACC)での汽力ボイラー管理の経験を基に、当初よりHigh-AVTを目指し、銅系材料の排除、熱流動の改善等を改革しました。この結果現在まで腐食による伝熱管の止栓はゼロです。特に、軽水炉は水・蒸気系でのトラブルが多いことから、化学担当者は(蒸気発生メカニズムは共通するが)軽水炉以上に蒸気条件・水質管理が厳しいACCの汽力ボイラー技術等も習得しておくことを提案します。

このような実務的取り組みは今後プラントを国外輸出する際に説得力を持ちます。

(3)これまで線量率上昇、SCC、SG、FAC等の事例では問題が発生し後、しばらくして環境面も大事だと化学担当者の参加が求められてきました。化学担当者はプラント機器に直接担当していないと見做されているからです。トラブル発生現場で最初の段階から原因調査、対策立案に加わることが必要です。その為には長期停止しているこの機会に、系統設計、機器・配管仕様、配置設計等の図書・図面を持って、自己のプラントで直接現場を学んで下さい。自分が管理している水化学技術を考察(水質、材料、腐食、クラッド挙動、放射線量率、二層流、熱流動、浄化系)する上で必須です。多忙であり、人手不足は工夫で克服できます。系統を知ることはプラント管理の基本です。運転、補修部門と同等なハード面の知識と経済性を評価できる力を持ち、共通認識で日頃から彼らと信頼関係を構築しておくことが肝要です。

特にトラブルの原因調査、対策立案時に、設計・建設時にこうしておけば良かったと感じることが多々あります。この反省に立ち運用中の系統設備管理、放射線管理と水化学管理の知見を総合化しておき、改良・改善工事時にタイミング良く対案が提示できるよう普段から備えておくことです。信頼性・安全性向上の鍵となります。

(4)水化学部会の研究会、セミナーは多くの方が参加し、関心の高さを示しています。水化学部会にとって大事な活動です。時宜を得たテーマの選択と調査内容が大事です。出来れば成功事例ばかりでなく、トラブルの予防保全を対象にした取組みについても、目的、手法、評価に加え反省例も含めて報告して頂ければ幸いです。

更に水化学の成果は放射線源の低減、SCC, SG対策で等で見られたように、数サイクルを経ないと真の結果が出ない場合が多くあります。その時点で最適とされた対策も後日技術の進歩で対応の仕方、結果が変わることがあります。このような技術の変遷経緯・経過報告、改善に伴う経済的評価も大切にしてほしいと思います。

また水化学事象はプラントにより異なることが知られています。それは前述のように材料選択、系統・機器設計、プラントの運用履歴、強いて言えば「原水」も異なるからです。プラント毎の特徴を考慮した視野での思考が必要です。

水化学部会では現在、燃料、材料、腐食分野との技術交流が行われており、大変好ましいことだと思います。ぜひこの交流に加え、プラント全体との繋がりを持つため機械学会・汽力ボイラー技術・電気化学的分野、放射線安全のため保健物理・日本放射線安全管理学会等との交流も行い視野を広げ総合的判断に役立ててください。

(5)プラントの長期停止に伴い計画した研究開発ができない、研究開発費・人材も削減されこれまでと同じような水化学の活動ができない、またこの間欧米アジアとの技術格差の拡大が懸念されるとの意見を散見します。更に長期停止後の再起動についても、長期停止中の系統保管の影響、改良工事が与える系統への影響、人材の経験不足等の不安が見られます。

こんな時こそ、かつて電力がメーカー依存から自立するために自主炉心管理、設備補修の直営化、自主保安管理等に踏み切った例を参考に自主開発の啓蒙、電力間での互助、国際協力の有効活用等を図り、主体性を持った計画立案・実施を期待します。停止中で計画した試験・調査等ができない場合、国内外の運転中のプラントに依頼し共同で実施しては如何ですか。水化学の基礎拡充のため大学・研究所との協力の強化も必要です。また若い水化学技術者がプラントの運用経験がないことを心配する声を聴きますが、商用炉導入当初、国外では英国、米国に、また国内では東海発電所・敦賀1号機に、電力、メーカーから多くの技術者が派遣され、技術を習得し自己の発電所の建設・運用に反映させてきました。今回も国内外の運転中の発電所、ACCに研修派遣したら如何ですか。明日の原子力のため相互協力が必要です。

かつてSCC, SG、クラッド対策として、軽水炉の開発者である米国から、腐食電位の管理、熱流動特性/構造の改良・伝熱管等材料の変更、AOA、亜鉛注入等多くの発想力、実行力のある斬新な提案があり、我が国の水化学は強い刺激を受けました。

この機会に国外に技術者を派遣し、その開発力を習得してみては如何でしょうか。

現在水化学の標準化、ロードマップ、人材育成等の検討が進められています。大事な作業と認識しています。検討に際しては上記各項を参考に、時宜を得た適切な課題の摘出、プラントの個性・特徴、工程の柔軟性、知見の反映手段に加え、困難な時代を乗り越える化学担当者の組織的活用、人材育成について提言していただくことを期待します。

以上

注)

*1:Pre-Conditioning Interim Operating Management Recommendations

*2:As Low As Practicable