部会報第8号 巻頭文

巻頭言

水化学部会副部会長 渡邉 豊(東北大学)

2015年度より日本原子力学会水化学部会の副部会長を務めております。私は機械工学の出身ですが、構造材料の腐食と環境強度の研究に取り組むうちに、石榑先生、勝村先生、内田先生、そして産業界の皆さまに導かれて水化学の仲間に入れて頂いた者です。金属材料の腐食あるいは応力腐食割れをテーマとしていた身としては、水(とくに高温水)は手強い敵のようなものでしたが、一度、水の側から物事を眺めてみなさい、とのご示唆を皆さまから頂いたものと感じています。

福島第一原子力発電所の炉心溶融事故は、原子力技術に携わる者にとって真に痛恨の出来事でした。この事故の反省に立って、核燃料、材料、熱流動、水化学など、各分野の専門家が、深層防護への寄与を改めて深く考える取り組みを進めています。水化学部会においてもこの観点を中心に据えて水化学ロードマップ改訂の議論を進めているところです。IAEA深層防護レベル3あるいはレベル4以上、すなわち事故発生時の対策は、いわば重症患者への治療や救命救急の体制を問うものです。この段階でもFP挙動や汚染水処理など水化学が重要な役割を担います。一方で、レベル1は日常の健康管理に相当するものです。我々の日々のパフォーマンスや健康寿命にとって日々の健康管理が何より重要であるのと同様に、原子力発電設備にとっても日常の水化学管理が枢要です。深層防護の議論では、レベル3以上の事象への対応に関心が向きがちですが、レベル1あるいはレベル2への水化学の寄与についても同じ重みを持って一層の高度化を目指すべきと考えています。

ところで、1765年には産業革命の中核技術となるワットの蒸気機関が発明されましたが、19世紀にボイラの高圧化が徐々に進むとともにボイラは最も危険な機械の代表となりました。1880年頃には米英でそれぞれ年間1000件を超えるボイラ爆発事故が発生し、毎年何万人もの死者を出す事態となっていました。しかし人類は蒸気機関を放棄することなく技術的課題を克服したわけです。産業革命直前に8億人弱だった世界人口がわずか250年ほどで約70億人にまで増えました(西暦0年の世界人口は3億人程度と推定されており、産業革命以前は本当に微増で推移していました)。つまり、大規模なエネルギー変換技術を手に入れる前には、多くの人が若くして死んでいたのです。知恵を集め勇気を持って難局を乗り切ることによって人類は生き延びてきたことを歴史は教えています。

発電プラントの停止期間が長引いています。強靱な原子力安全を改めて構築する好機と捉えて、水科学技術の一層の高度化を図るとともに貢献の視野を広げる取り組みを部会として進めていければと存じます。部会員の皆さまの一致協力が要であると思います。引き続きご支援のほど何卒よろしくお願い申し上げます。