2. 水化学ロードマップ策定の意義

2.1 水化学の役割

発電用軽水炉プラントでは、炉心から取り出したエネルギーを輸送する媒体(冷却材)、及び、中性子の減速材として水が用いられており、様々な温度条件、照射条件、沸騰・流動条件下で、構造材料や燃料被覆管等の金属材料と接しながら循環している。これら金属材料と水の界面では、燃料被覆管の腐食・水素化、クラッド付着による燃料性能低下、構造材料の腐食や応力腐食割れ、構造材料へのクラッド付着による被ばく増大等、種々の問題が生じる。これら諸問題の調和的抑制あるいは解決に貢献し、発電用軽水炉プラントの安全性確保と公益性向上の同時達成に寄与することが水化学の使命である。また、設備/技術への貢献に加え、環境に対する影響の抑制も水化学の重要な課題のひとつである。
水化学は運用技術であるため、プラントの構成、材料、プラント運用の違い等の状況に応じて、合理的な対応策を提供することができる。一方、水化学に係わる事象は冷却材を介して通底しているため、ある課題に対してこれを改善するための水化学技術が、別の課題に対しては逆に作用するケースもあり、常に様々な課題事象のメカニズム把握に努め、これら相互のバランスを考慮した、システム全体にとって最適な制御を目指す必要がある。この観点から、水化学は、単に冷却材の水質維持のみを対象とするのではなく、燃料・構造材料との相互作用やその制御に用いる添加薬品、また、その結果生成する腐食生成物の挙動等を対象としており、これらに化学的基盤を与える分野全般を包括している。さらに、従来の水化学のスコープに加えて、苛酷事故への対応においても水化学が重要な役割を担う。すなわち、事故の拡大抑制、事故収束までの比較的短期間の課題、事故炉廃炉工程での長期間に亘る課題等に対応するための水化学であり、事故時に発生する放射性核分裂生成物への対応が特に重要となる。
プラント全体を視野に置いた最適な水化学管理を将来にわたって行っていくためには、常に研究開発を進め水化学関連技術を発展させていく必要がある。研究開発を進めるに当たっては、研究目標の明確化、既存技術の透明化を図ることで、大学・研究機関における水化学研究の活性化と効率化を図り、水化学の技術的な高度化のために新たなブレークスルーを生み出す努力が重要である。このような取り組みの成果は、国内の発電用軽水炉プラントに留まらず、プラント運用技術(ソフトウェア)として、海外、特に、拡大が著しいアジア地域の原子力発電の安全性・信頼性の向上に資するものと考えられ、我が国原子力産業の国際展開への寄与も期待される。一方、このように将来に向けて大きな可能性を有する水化学分野においても、近年、技術者、研究者の高齢化が進み、他の分野と同様に人材育成と技術の標準化が求められている。

2.2 水化学ロードマップ策定の目的

これまで、水化学は設備・機器の腐食抑制、被ばく線量低減、放射性廃棄物低減を通じて、プラントの安全性、信頼性、経済性向上に貢献してきた。水化学の果たすべき基本的な役割は今後も変わらないが、エネルギー安定供給と地球環境保護の観点から、発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用の推進、そして、原子力エネルギー利用の大前提となる不断の安全性向上を支援していく必要がある。水化学ロードマップでは、このような取り組みにおいて新たに生じうる課題を予見するとともに、その事象を的確に把握し、効果的に対応するための研究の道筋について、その基盤と成果の活用を含め時間軸上に示したものである。
高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用の調和的実現に貢献していくためには、従来に増して、水化学分野における産官学及び学協会の適切な役割分担と、燃料や構造材料等関連分野を含めた協力連携が不可欠である。また、深層防護を構成するシナリオや技術要素は多岐に亘ることから、不断の安全性向上の観点からも関係者による認識の共有が必須である。水化学ロードマップはそのためのコミュニケーションツールとして作成されたものである。

2.3  水化学ロードマップの成果の活用

水化学ロードマップに基づいて実施された研究成果は以下の活用を前提としている。

① 既存発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、高度利用、及び、これらを支える作業環境改善(被ばく線量低減)、自然環境への負荷軽減(放射性廃棄物の発生抑制)等水化学固有課題の調和的な解決に資する。

② シビアアクシデントを含めた5層構造に拡大された深層防護の再構築、ならびに、安全性向上のPDCAサイクル推進に資する。

③ プラントの安全に係わる成果については、アウトプットの一つとして規格・基準類の整備に反映していく。また、これら水化学関連の規格・基準類の整備に際しては、プラントの維持管理(評価、検査、補修)や、新検査制度(評価指標、予防保全)に係わる規格基準類との連携を念頭に置く。

④ 革新的な技術成果については、我が国原子力産業の国際展開に繋げるとともに、開発中の次世代型軽水炉の設計に反映する。

⑤ 上記成果について、国際協力の観点から、原子力発電を推進する国々と情報交換し、水化学研究の効率的な推進と活用を図る。特に、今後、大幅な増大が見込まれるアジア地域の原子力発電の安全と定着を支援するために活用する。

2.4 産官学の役割分担

水化学ロードマップ2020では、第二次水化学ロードマップで示された産官学の役割分担の考え方を引き継ぎ、軽水炉安全技術・人材ロードマップとの整合性や水化学技術の特徴を考慮し、原子力基本法の精神、すなわち、

    1. 原子力の研究開発、利用の促進(エネルギー資源の確保、学術の進歩、産業の振興)をもって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する。
    2. 平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。

に則り、以下のように基本的考えを取りまとめた。

① 産業界

    • 自らの事業の実施にあたり、安全性、信頼性、経済性の確保・向上に必要となる研究の立案・計画及び実施
    • その成果を活用した規格原案の作成
    • 安全規制との関係における機器・設備等の安全性・信頼性、検査・運転管理等の妥当性を説明、あるいは検証するために必要な研究の実施

② 国・官界

    • 原子力発電の適切な育成と安全規制
    • 我が国原子力産業の国際展開に対する支援
    • 技術的に難易度が大きく、かつ、必要資金が大きい等、緊急かつ必要であるが困難が大きい研究への支援
    • 安全規制の整備・運用に必要な技術的知見(データ、手法等)の取得
    • 安全規制に必要な技術基盤を構築すること等を目的とする安全研究の企画及び実施
    • 安全研究の成果の規制制度・規制基準への反映

③ 学術界

    • 現象の解明と基礎工学に関する研究開発知識ベースの提供と検証
    • 基礎・基盤となる知識ベースの蓄積とそれに基づく先見的、潜在的な課題の発見
    • 基礎研究を支える人材の育成

④ 学協会

    • 学術・技術の健全な発展と透明性のある議論の場の提供
    • ロードマップの策定等を通じた安全基盤研究の企画、評価への参画
    • 安全規制制度・基準等安全確保のあり方、規格基準の体系的整備等に関する提案
    • 研究成果、各種知識ベース等を活用した学協会規格等標準の策定
    • 分野間横断的な規格基準の整備における学協会間の協力・連携