1. はじめに

_原子力発電は、他の発電方式に比して燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、運転コストが低廉で運転時に温室効果ガスを排出しない。数年にわたり国内保有燃料のみで生産が維持できる低炭素の準国産エネルギー源として優れた安定供給性と効率性を有している。2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において、原子力発電は、安全性の確保を大前提として、長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源であると位置付けられた。原子力発電の活用のためには、2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所(以下、1F)の過酷事故の反省に立って、原子力発電システムの安全性向上に対する従来の取り組みの問題点を根本的に見直し、抜本的な安全性の高度化とその不断の向上を図ることが必要条件となる。また、1Fの廃炉ならびに今後増えていく古い原子力発電所の廃炉を安全かつ円滑に進めていくためにも、高いレベルの原子力技術と人材の維持とその発展が必要とされることが指摘されている。このような背景の下で、経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会の下に設置された「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」と日本原子力学会「安全対策高度化技術検討特別専門委員会」とのやり取りを通じて、我が国の軽水炉の安全性向上を効率的に実現する技術開発及び人材育成の将来に向けた道筋を示すことを目的として、軽水炉安全技術・人材ロードマップが策定された。
_一方、水化学ロードマップは2007年に第一次版、2009年に改訂版が策定されており、発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用推進の支援に重きが置かれてきた。例えば、燃料の高燃焼度化・長期運転サイクル(燃料高度化)や原子炉出力向上(軽水炉利用高度化)によって、冷却材である水の放射線分解が促進され、構造材料や燃料被覆管に対する腐食環境が過酷化する、また、その結果発生した腐食生成物により、被ばくの増大や燃料性能の低下を招く方向となる。これらの諸問題を解決すべく、構造材料の高信頼化、燃料の高信頼化、被ばく線源低減を安全基盤研究の3つの柱と位置付けてきた。今回の改訂では、軽水炉安全技術・人材ロードマップとの整合性を図りながら、水化学技術の意義を改めて見直し、より広い視点で役割を再定義した。
_1F事故の教訓を踏まえて、深層防護の考え方は、従来の3層(異常発生防止、異常拡大防止、事故影響緩和)から過酷事故を含めた5層に拡大して再構築することが求められている。IAEAの考え方に基づけば、深層防護は下記の5レベルに分類される。
_レベル1:異常運転や故障の防止
_レベル2:異常運転の制御及び故障の検知
_レベル3:設計基準内への事故の制御
_レベル4:事故の進展防止及び影響緩和を含む過酷なプラント状態の制御
_レベル5:放射性物質の大規模放出による環境影響の緩和
水化学ロードマップの従来のスコープは、主としてレベル1に該当するものが中心であった。しかしながら、核分裂生成物の挙動や汚染水処理等、過酷事故のレベルにおいても水化学が果たす役割は大きい。したがって、今回の水化学ロードマップ改訂では、レベル1あるいはレベル2への水化学の寄与に関する考察を深めながら、レベル4以上の事態における水化学技術について新たに章を設けて明記することとした。
_策定にあたっては、水化学ロードマップフォローアップ検討WGを水化学部会内に設置し、検討を進めた。
_我が国の軽水炉の安全性向上にこの水化学ロードマップが寄与することを期待したい。