略語表

  略語  説明  記載
箇所
 
  1F  福島第一原子力発電所  1章、
3章、
4章、
5章、
6章、
7章、
8 
A  AOA  燃料軸方向出力異常(Axial Offset Anomalies  6.2
6.3 
ASCA  Advanced Scale Conditioning Agent  6.1.3 
ATF  事故耐性燃料(Accident Tolerant Fuel  6.2 
AVT  全揮発性薬品水処理(All Volatile Treatment  6.1.3 
B  BIP  NEA Behaviour of Iodine Project (よう素挙動プロジェクト)  8.2 
BWR  沸騰水型軽水炉 (Boiling Water Reactor)  6
6.3
7.1.1
8.1 
C  CBB  すき間付与低ひずみ曲げ試験 (Creviced Bent Beam)  7.1.1 
CIPS  クラッド誘起型出力シフト(Crud Induced Power Shift
燃料表面へのクラッド、特にホウ素の付着による原子炉局所出力の低下 
6
6.2.
6.3 
COD  化学的酸素要求量(Chemical Oxygen Demand  6.4 
CT  コンパクトテンション (Compact Tension)  7.1.1 
D  DBA  設計基準事故(Design Basis Accident  8.2 
DF  除染係数(Decontamination Factor  6.4 
E  ECP  電気化学的腐食電位(Electrochemical Corrosion Potential  6.1.1
7.1.1 
EdF  フランス電力(Électricité de France  6.2 
EPRI  米国電力研究所(Electric Power Research Institute  6.2 
F  FAC  流れ加速型腐食(Flow Accelerated Corrosion  6.1.2
6.1.3 
FCS  可燃性ガス制御系(Flammable gas Control System  8.2 
FFA  フィルムフォーミング・アミン(Film Forming Amine  6.1.3 
FFP  フィルムフォーミング・プロダクト(Film Forming Product  6.1.3 
FP  核分裂生成物(Fission Product  6
6.2
7.1.2
8 
H  HCDI  高炉心燃焼指数(High Core Duty Index  6.2 
HWC  水素注入(Hydrogen Water Chemistry  6.1.1
6.1.2 
I  IAEA  国際原子力機関(International Atomic Energy Agency  6.3 
IASCC  照射誘起応力腐食割れ(Irradiation Assisted Stress Corrosion Cracking  6.1.1
6.3
7.1.1 
IGA  粒界割れ(Inter Granular Attack  6.1.3 
IGSCC  粒界型応力腐食割れ(Intergranular Stress Corrosion Cracking  6.1.1 
IHSI  誘導加熱による残留応力緩和法(Induction Heating Stress Improvement  6 
K  KAERI  韓国原子力エネルギー研究所(Korean Atomic Energy Research Institute  6.2 
L  LDI  液滴衝撃エロージョン(Liquid Droplet Impingement Erosion  6.1.2 
LOCA  原子炉冷却材喪失事故(Loss of Coolant Accident  6.1.1 
M  MA600  ミルアニール処理を施した600合金(mill annealed alloy 600  6.1.3 
MOX  混合酸化物燃料(Mixed Oxide  6.2 
N  NISA  原子力安全・保安院(Nuclear and Industrial Safety Agency  6.1.2 
NMCA  貴金属注入(Noble Metal Chemical Addition  6.1.1
7.1.1
6.1.2
NUREG  米国原子力規制委員会(NRC)の発行する原子力規制に係わる一連の技術レポート  7.1.2 
O  ODSCC  外面応力腐食割れ(Outside Diameter Stress Corrosion Cracking  6.1.1 
OECD/NEA  経済協力開発機構原子力機関(Organisation for Economic Co-operation and Development Nucleaer Energy Egency)  8.2 
OLNC  オンラインNMCAOn-Line Noble Metal Chemical Addition  6.1.1 
ORIGEN2  核分裂生成物生成、燃焼解析コード (ORNL Isotope Generation and Depletion)  7.1.2 
OWC  酸素注入(Oxygenated Water Chemistry  6.1.2 
P  PAR  静的触媒式水素再結合器(Passive Autocatalytic Recombiner)  8.2 
PCV  原子炉格納容器(Pressure Containment Vessel)  8.2 
PDCA  Plan計画→ Do(実行)→ Check評価→ Act改善)の 4段階を繰り返すことによる継続的な業務改善(Plan-Do-Check-Act  6.3 
Phèbus FP Project  仏国Cadarasche原子力研究所で実施されたPhèbus実験炉を用いた実UO2燃料を用いた燃料溶融時の核分裂生成物移行模擬実験  7.1.2 
Post-DNB  ポスト核沸騰離脱(Post-Departure from Nucleate Boiling  6.1.1 
PRTR  環境汚染物質排出移動登録(Pollutant Release and Transfer Register  6.1.3 
PSS  ポリスチレンスルホン酸(Polystyrene Sulfonate  6.1.3 
PWR  加圧水型軽水炉 (Pressurized Water Reactor)  6
6.3
7.1.1
8.1 
PWSCC  一次冷却材応力腐食割れ(Primary Water Stress Corrosion Cracking  6.1.1
6.3
7.1.1 
S  SA  シビアアクシデント、重大事故 (Severe Accident)  7.1.2
8 
SAICM  国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(The Strategic Approach to International Chemicals Management  6.1.3 
SCC  応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking  6
6.1.1
6.1.2
6.3
7.1.1 
SFP  使用済み燃料プール(Spent Fuel Pool  6.4 
SG  蒸気発生器(Steam Generator  6
6.1.3
6.4 
S/P  サプレッションプール(Suppression Pool)  8.2 
SSRT  低歪速度引張試験 (Slow Strain Rate Test)  7.1.1 
STEM  NEA Source Term Evaluation and Mitigation Project(ソースターム評価及び緩和プロジェクト)  8.2 
T  THAI  NEA Thermal-hydraulics Hydrogen Aerosols and Iodine Project(熱水力、水素、エアロゾル及びよう素プロジェクト)  8.2 
TMI-2  米国ペンシルバニア州にあったPWRプラント(Three Mile Island-2  6
8 
TOC  全有機炭素(Total Organic Carbon  6.4 
TT 600  粒界にクロム欠乏層を形成することなく炭化物を析出させる熱処理を施した600合金(Thermally treated alloy 600  6.1.3 
TT 690  粒界にクロム欠乏層を形成することなく炭化物を析出させる熱処理を施した690合金(Thermally treated alloy 690  6.1.3 
U  UCL  単軸定荷重引張試験 (Uniaxial Constant Load)  7.1.1 
UT  超音波探傷検査(Ultrasonic Testing  6.2 

 

 

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水化学ロードマップ2020 

 2020年3月1日発行 

 発行 一般社団法人日本原子力学会 水化学部会
 〒105-0004 東京都港区新橋2-3-7 新橋第二中ビル
       TEL 03-3508-1261 FAX 03-3581-6128
  URL http://www.aesj.net/ 

6.1.2 配管減肉環境緩和

_原子力発電所では、運転に伴う、機器・配管の肉厚が減少する事象が進行することが知られており、これは系統水の漏えいや圧力バウンダリーの維持によるプラントの安全性や信頼性に影響を及ぼす可能性がある。さらに、発生した腐食生成物に起因する熱伝達の阻害、堆積部での腐食環境の形成や被ばく線源の上昇等の原因にもなっている。
_配管減肉管理においては、FAC及びLDIを対象として日本機械学会が作成した「発電用設備規格 配管減肉管理に関する規格」に定められた配管取替基準に基づいて、肉厚測定結果に応じた配管の取替が行われている[6.1.2-1] [6.1.2-2] [6.1.2-3]。LDIは機械的作用が支配的な減肉現象であるのに対し、FACは化学的な作用が支配する現象であり、材料因子、流況因子及び環境因子が複合して影響を及ぼす。両者のメカニズムは異なり、環境緩和による対策が有効となるのはFACのみである。このため、本ロードマップにおいては、FACを対象とした配管減肉環境緩和に関する課題のみを対象とする。
_原子力発電所では、FACの対策として、耐食材料への配管取替(材料因子の改善)、配管レイアウトの変更(流況因子の改善)の他に、pH制御や酸素注入といった水化学の改良(環境緩和技術の適用)を行っている。配管減肉管理をより安全に、且つ、合理的に遂行するためには、環境緩和技術の高度化を進めるとともに、その効果に応じて肉厚測定の箇所及び頻度を設定する等、肉厚測定計画の策定にも反映させることが有効である。
_しかしながら、現行の規格では、環境緩和技術の適用によるFACの抑制効果は、管理には反映されるまでに時間を要する等の課題が指摘されている。このため、日本機械学会において、配管減肉管理の高度化に向けた研究・検討が進められており、その一環として配管減肉予測手法の規格化の方針が検討されている。配管減肉規格に予測手法を用いた管理が導入されれば、環境緩和技術の適用等、運転条件の変更による効果も考慮された合理的な管理の実現が期待される。
_このような状況を踏まえて、配管減肉環境緩和に関する現状と課題、研究方針及び産官学の役割分担について、以下に述べる。
_なお、水化学の改良による減肉環境緩和は、プラントの安全性を維持するための深層防護におけるレベル1に該当する。但し、系統への海水流入等により通常の水質管理から逸脱した場合には、配管減肉挙動にも影響が及ぶ可能性があり、その対応に関する課題についてはレベル2に該当する。また、FACによる配管減肉の進行は経年的な事象であり、その予防のための配管減肉緩和技術の適用が、非常用系機器・配管の機能に悪影響を及ぼす可能性は低いため、レベル3及びレベル4の対象とはならない。

(A) 現状分析
_現在、国内の原子力発電所における配管減肉管理は、2005年に発生した美浜発電所3号機の配管損傷事故を契機に、NISA指示文書「原子力発電所の配管肉厚管理に対する要求事項について」(2005年2月18日)において、技術規格策定の要求が出され、これを受けて日本機械学会が制定した「発電用原子力設備規格 加圧水型/沸騰水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格」(2006年11月発行、以下「減肉技術規格」)に基づいて実施されている。配管減肉管理の安全性は、技術規格により体系化して整理されたため、それ以前の管理と比べて、飛躍的に向上した。但し、現在の減肉管理は、十分に裕度を持って設定された減肉速度や肉厚測定結果に基づき算出した減肉速度の実績に基づいて設定されているため、新たな環境緩和技術を適用して減肉が抑制されても、肉厚測定結果が蓄積しないと減肉管理に反映できない体系となっている。今後、安全性の更なる追求と合理性の調和を達成するためには、環境因子の影響を定量的に評価し、FACメカニズムに立脚した減肉環境緩和技術の高度化を行うとともに、同技術を規格化・標準化し、減肉管理へ反映させることが求められる。以下にその課題を示す。

(1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
_材料因子や流況因子の改善は、対策施工部位における減肉抑制効果が確実に得られるが、配管取替のタイミングにしか適用することができず、また、効果の範囲も限られる。一方で、水化学の改良による配管減肉の抑制は、その技術の適用開始が比較的容易な場合もあり、効果は広範囲で得られるメリットがある。このため、水化学の改良による減肉環境緩和技術の導入は積極的に適用されるべきである。但し、同技術による減肉抑制効果は、同じ系統内においても、場所により異なることが判明している。これは、環境因子以外の影響因子(流況、材料)との相乗として効果が現れるためと考えられている。従って、これらの影響因子が減肉速度に及ぼす効果・影響を層別化し、最適な配管減肉防止技術を構築することが期待される。
_また、HWC、NMCA等のSCC環境緩和技術の適用時や軽水炉利用高度化を目的とした出力向上時の配管減肉への影響、さらには代替ヒドラジン適用時の影響についても評価し、必要に応じてその対策を検討する必要がある。深層防護における異常・故障の拡大防止の観点からは、海水リーク等による水質悪化による腐食挙動への影響についても把握する必要がある。

(2) 配管減肉予測評価手法の構築・標準化
_材料・流況・環境の各因子が重畳して変化した場合における配管減肉挙動に及ぼす定量的な影響については、十分な知見(データ)が得られていない。このため、偏流発生部位等の一部の部位では予想外の配管減肉の進行が認められている。このような事象の発生を未然に防ぎ、配管減肉の進行による漏えいの危険性を低減させるには、減肉予測評価手法の活用が有効であり、その構築のためには、配管減肉メカニズムの解明が不可欠である。
_減肉メカニズムに立脚した減肉予測評価手法が構築されれば、流動条件や材料が種々異なる部位ごとに減肉抑制の効果を予測することが可能となり、環境緩和技術の最適化が可能となる。また、減肉予測評価手法を減肉管理に活用することによって、FAC減肉事象の予知保全の最適化ができるとともに、プラントの安全性を損なうことなく、現在実施している減肉管理の合理化や肉厚測定が困難な部位における適切な肉厚評価等、より合理的、且つ精緻な減肉管理が実現できる。
_日本機械学会では、「配管減肉管理に関する規格及び技術規格改訂・充実化に向けた技術戦略マップ」(以下「日本機械学会ロードマップ」)において、減肉メカニズムの解明とそれに立脚した減肉モデルの構築の必要性とスケジュールを示し、これに基づいて、各機関が各種研究・検討を行っているところであり、国内においても複数の減肉モデルが開発・提案されている。しかしながら、環境因子の効果に対する定量的な精度等に課題が残されている。このため、日本機械学会での活動と連携し、環境緩和技術の効果を精度良く評価し得る配管減肉予測評価モデルを構築・標準化する必要がある。

(3) 規格・基準の整備
_減肉技術規格[6.1.2-1] [6.1.2-2] [6.1.2-3]には、上記のFACとLDIの管理範囲、管理方法(肉厚計測方法 他)及び評価方法等が示されている。流況状態(水単相流及び水、あるいは蒸気の混合二相流)・流速・温度・湿り度で分けた各カテゴリーに対し、国内全プラントで計測された膨大な配管肉厚計測結果から定められた最大減肉速度が示されており、肉厚検査計画(頻度)への反映が要求されている。各発電所では、減肉技術規格に基づいて、肉厚計測箇所及び頻度を安全側に設定した肉厚検査計画を策定・遂行し、その結果に応じて適宜配管取替を実施している。
_配管減肉管理で示される最大減肉速度は、水化学の改良以前の時期に得られた値を含む肉厚計測値より算出されている。また、各カテゴリーにおける最大減肉速度を有する管理部位は、流況(偏流)の影響を大きく受けた部位である。流況による減肉速度への影響を他の影響因子(材料、環境)と区別して評価できないため、系統単位や流動条件毎に、十分に裕度を持った減肉速度を用いて、初回及び2回目の肉厚計測を実施することとなっている。このため、新たな配管減肉環境緩和技術の適用により実際には配管減肉が抑制されても、算出される減肉速度は、適用以前の減肉速度データを含めた値となる。このように、環境緩和技術の適用によって減肉が抑制されても、配管減肉管理には反映されにくい体系となっている。
_減肉環境緩和技術の導入を促進させるためには、減肉予測評価手法と併せて同技術を減肉管理規格へ反映させることが有効である。このためには、減肉発生状況をデータベース化し、減肉環境緩和技術の効果を分析するとともに、減肉予測評価モデルにより得られる結果の妥当性(保守性、余裕度)を評価・検証する必要がある。

(B) 研究方針と実施に当たっての問題点
_配管減肉環境緩和技術の開発・適用と、環境改善による減肉抑制効果を予測・評価するための配管減肉予測評価手法に関する検討を進めることにより、各部位に応じた減肉挙動の予知とそれに対する予防保全の高度化が実現でき、最終的には、環境の改善の効果を取り込んだ高次の減肉管理が可能となる。
_このような状況を踏まえ、以下の技術開発をすすめていく。なお、FACメカニズムの解明と減肉管理への予測手法の反映については、日本機械学会ロードマップに基づき各機関で進められている研究・検討との連携を強化していく。

(1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
_PWRでは、近年、国内プラントに導入されている二次系高pH運転の配管減肉抑制効果の評価と、一部の国内プラントにおいて導入されている二次系への酸素注入(OWC)等の導入に向けた検討を推進する。BWRでは、現在実施している酸素注入による配管減肉抑制のきめ細かい評価をすすめる。また、実機における配管減肉抑制技術と減肉抑制効果の関係を蓄積するとともに、その関係を技術的に示すことにより、減肉抑制のためのガイドラインの整備を目指す。
_一方で、塩化物イオン混入時の減肉挙動への影響を評価し、通常の水質管理から逸脱した場合の炭素鋼配管の減肉挙動を整理する。
_実施に当たっての問題点を、以下に示す。

    • 水化学及び材料の各因子を変化させたラボ試験の実施及び、実機減肉データ等、できるだけ多くのデータを蓄積する必要がある。
    • 新技術の適用に当たってはプラント設備の状況を踏まえた設備改造やその他の構成材に対する影響評価が必要である。
    • ガイドライン制定に時間を要する。

(2) 配管減肉予測評価モデルの構築・標準化
_FACは、水化学因子(温度、pH、溶存酸素)、流況因子(偏流条件、単相流/二相流)、配管材料(Cr含有率)が複合して影響する事象であることから、各因子の組合せによる減肉挙動への影響を定量的に評価し、FACメカニズムを解明する。また、FACメカニズムと実機運転情報等の結果を総合して、環境改善による減肉抑制効果を部位ごとに予測可能な評価モデルを構築・標準化する。
実施に当たっての問題点を、以下に示す。

    • 減肉予測評価モデルの標準化には、実機の多数の減肉情報を用いた検証が必要ある。

(3) 規格・基準の整備
_環境緩和技術の適用前後の運転情報、減肉データ等を用いて、FACメカニズム及び減肉予測評価手法における減肉環境緩和の効果を検証する。また、日本機械学会ロードマップにおいて研究・検討が進められている減肉予測評価手法の構築に対して連携を強化し、将来的に、環境緩和技術の適用の効果を減肉技術規格へ反映させる。
_実施に当たっての問題点を、以下に示す。

    • 大規模な試験装置を用いた減肉試験の実施による検証には時間を要する(3年程度)

(C) 産官学の役割分担の考え方
① 産業界の役割

    • 環境因子による配管減肉挙動の定量評価に関する検討
    • 配管減肉環境緩和技術の開発・標準化
    • 環境緩和技術の適用による実機配管減肉データの蓄積と予測評価手法検証への活用

②国・官界の役割

    • 各実験データの検証
    • 学協会基準のエンドース・規制基準の整備

③学術界の役割

    • 配管減肉メカニズムにおける環境因子の影響評価及びそのために必要な研究の実施

④学協会の役割

    • 配管減肉管理に関する規格基準の作成、精緻化

⑤産官学の連携

    • 環境因子による影響を含む配管減肉メカニズムの解明と減肉予測評価手法の構築・高度化

(D) 関連分野との連携
①軽水炉安全技術・人材ロードマップにおける配管減肉関連研究との関係

    • 軽水炉安全技術・人材ロードマップにおいても、配管減肉を含む腐食劣化損傷の有効な対策技術として水化学の高度化による環境緩和対策、また、事故発生リスク低減のための劣化予測手法の高度化が短期的な課題(S111M107_d36)として位置付けられている。このため、減肉メカニズムの解明に向けた研究のうち、環境因子による減肉挙動への影響に関する研究の具体的な進め方について働きかけていく。水化学部門は減肉現象の化学的な説明を主体的に担当し、機械部門は、実機減肉データの提供による検証や配管減肉管理への反映要領について主体的に担当することが望ましい。

② 日本機械学会ロードマップとの関係

    • 2022年に配管減肉管理に係わる規格改定が予定されており、管理シナリオ(管理全体、試験計画、試験、評価、判断基準、保守補修)の抜本改定に向けた検討が進められている。この中ではFAC及びLDI予測評価手法の規格への反映も含まれており、「P-SCCII-4 配管減肉管理法の改良・実用化に向けた調査研究分科会 成果報告書」第III部に「配管減肉管理に関する規格及び技術規格改定・充実化に向けた技術戦略マップ(2014改定案)」には、技術開発の役割分担が示されている[6.1.2-4]。R&D実施における各機関の相互調整は、日本機械学会の動力エネルギーシステム部門を中心とした研究分科会で継続して行われる予定であり、減肉メカニズムの解明に向けた研究において連携する。なお、2018年に発行された「P-SCD391 配管減肉保全管理の高度化のための調査研究分科会 成果報告書」の第2章には、配管減肉予測手法の規格化方針案の検討結果が示されている[6.1.2-5]

図6.1.2-1に導入シナリオ、表6.1.2-1に技術マップ、及び図6.1.2-2にロードマップを示す。

参考文献

[6.1.2-1] 日本機械学会, “発電用設備規格 配管減肉管理に関する規格(2016年度版)”, JSME S CA1-2016 (2016).
[6.1.2-2] 日本機械学会, “発電用原子力設備規格 加圧水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格(2016年度版)”, JSME S NG1-2016 (2016).
[6.1.2-3] 日本機械学会, “発電用原子力設備規格 沸騰水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格(2016年度版)”, JSME S NH1-2016 (2016).
[6.1.2-4] 日本機械学会, “配管減肉管理法の改良・実用化に向けた調査研究分科会 P-SCCII-4 成果報告書”  (2014).
[6.1.2-5] 日本機械学会, “P-SCD391 配管減肉保全管理の高度化のための調査研究分科会 成果報告書”  (2018).

 

課題調査票

課題名 配管減肉環境緩和
マイルストーン
及び
目指す姿との関連
短Ⅴ. 保全・運転の負荷軽減・品質向上
⇒効果的・継続的な自主的安全性向上が図られるため、保全・運転管理の高度化を図る必要がある。
⇒保全・運転における負荷軽減により作業品質を向上させ、ヒューマンエラー防止等へ繋げる取組みの継続がなされる必要がある。中Ⅱ. 既設プラントの高稼働運転と長期安定運転の実現
⇒安定かつコストバランスに優れたエネルギー源としての利用に向け、高稼働運転や適切な高経年化対策を前提とした長期間運転が必要となる。
概要(内容) 原子力発電所では、運転に伴う機器・配管の肉厚が減少する事象が進行することが知られており、これは系統水の漏えいや圧力バウンダリーの維持によるプラントの安全性や信頼性に影響を及ぼす可能性がある。機器・配管の減肉は系統全体で生じることから、この減肉状況を適切に把握することは、原子力発電所の安全上重要な管理の一つである。
主な減肉現象である流れ加速型腐食(以下「FAC」)は、材料因子、流況因子及び環境因子が複合して影響を及ぼす現象である。材料因子や流況因子の改善に比較し、水化学の改良による配管減肉の抑制は、適用開始が比較的容易であり、抑制効果が広範囲で得られるメリットがある。このため水化学の改良による減肉環境緩和技術の導入は積極的に適用されるべきであるが、関連する技術の規格化・標準化、減肉メカニズムにおける環境因子の影響評価とそれを踏まえた減肉予測評価モデルの構築等以下の課題への対応が求められている。(1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
配管減肉環境緩和技術(高pH処理、酸素処理、代替アミン処理等)の適用による配管減肉抑制技術を開発するとともにガイドラインの整備により減肉管理を高度化する。海水リーク等の異常時における配管減肉挙動に及ぼす影響を把握する。

(2) 配管減肉予測評価モデルの構築・標準化
減肉メカニズム、及び、実機運転情報等の結果を総合して、配管減肉予測評価モデルを構築し、環境改善による減肉抑制効果を予測/評価する。

(3) 規格・基準の整備
構築された配管減肉予測評価モデルにより得られる結果の妥当性(保守性、余裕度)を評価する。環境緩和技術の適用の効果を減肉技術規格へ反映させる。

導入シナリオとの関連 水化学による配管減肉環境緩和技術の開発によるプラント設備の信頼性向上
課題とする根拠
(問題点の所在)
配管減肉は、内包する流体の漏洩・噴出といった安全上のリスクとともに、これを防止するための維持管理(点検・補修・取替)コストの増大を招いている。さらに、発生した腐食生成物に起因する熱伝達の阻害や被ばく線源の上昇等の原因にもなっている。
原子力発電所における配管減肉の主な原因は、流れ加速型腐食(FAC)や液滴衝撃エロージョン(LDI)である。特に、FACは、材料・流況(流速、偏流有無等)・水化学環境(温度、pH、酸素)の各因子により複合的な影響を受ける。従って、配管減肉環境緩和技術により、配管寿命の延伸を進めるとともに、プラント各部の条件に則した適切、且つ合理的な減肉管理(肉厚測定計画、配管取替え)を行うため、減肉メカニズムを解明する必要がある。
現状分析 配管減肉管理については、日本機械学会「配管減肉に関する技術規格2006年版」(平成18年11月)が整備され、現在、各発電所では、この規格に基づいて減肉管理を行っている。但し、現行の技術規格では環境緩和技術の適用による効果が、配管減肉管理には反映されにくい体系となっている。今後、安全性の更なる追求と合理性の調和を達成するためには、以下に示す通り、FACメカニズムに立脚した減肉環境緩和技術を構築するとともに、同技術を規格化・標準化し、減肉管理へ反映させることが求められる。

(1)      配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
プラントの安全性確保の観点から、水化学の改良による減肉環境緩和技術の導入は積極的に適用されるべきである。但し、その効果は、他の影響因子(流況、材料)との相乗として現れるため、同じ系統内においても、場所により異なる。従って、これらの影響因子が減肉速度に及ぼす効果・影響を層別化し、最適な配管減肉防止技術を構築することが期待される。
また、HWC、NMCA等のSCC環境緩和技術の適用時や軽水炉利用高度化を目的とした出力向上時の配管減肉への影響さらには代替ヒドラジン適用時の影響についても評価し、必要に応じてその対策を検討する必要がある。深層防護における異常・故障の拡大防止の観点からは、海水リーク等による水質悪化による腐食挙動への影響についても把握する必要がある。

(2)      配管減肉予測評価手法の構築・標準化
材料・流況・環境の各因子が重畳して変化した場合における配管減肉挙動に及ぼす定量的な影響については、十分な知見(データ)が得られていない。このため、偏流発生部位等の一部の部位では予想外の配管減肉の進行が認められている。このような事象の発生を未然に防ぎ、配管減肉の進行による漏えいリスクを低減させるには、減肉予測評価モデルの活用が有効であり、その構築のためには、配管減肉メカニズムの解明が不可欠である。現在、提案されている減肉予測評価モデルには、環境因子の効果に対する定量的な精度等に課題が残されている。このため、日本機械学会での活動と連携し、環境緩和技術の効果を精度良く評価し得る配管減肉予測評価モデルを構築・標準化する必要がある。

(3)      規格・基準の整備
減肉技術規格では、過去の肉厚測定結果に基づいて、使用条件(温度、単相流/二相流)毎に減肉速度を示し、これに基づいた減肉管理を規定している。このため、新たな環境緩和技術の効果が反映されるためには時間を要する。偏流や水化学環境の効果・影響を層別化できれば、各部に応じた適切な減肉管理が可能となる。また、減肉予測評価手法と併せて減肉環境緩和技術を規格化・標準化し、減肉管理へ反映させることにより、安全性の更なる追求と合理性の調和が達成できる。

期待される効果
(成果の反映先)
配管減肉環境緩和技術の開発・適用と、環境改善による減肉抑制効果を予測・評価するための配管減肉予測評価手法に関する検討を進めることにより、各部位に応じた減肉挙動の予知とそれに対する予防保全の高度化が実現でき、最終的には、環境の改善の効果を取り込んだ高次の減肉管理が可能となる。
実施にあたっての問題点 (1) 配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
水化学及び材料の各因子を変化させたラボ試験の実施及び、実機減肉データ等、できるだけ多くのデータを蓄積する必要がある。
新技術の適用に当たってはプラント設備の状況を踏まえた設備改造やその他の構成材に対する影響評価が必要である。ガイドライン制定に時間を要する。(2) 配管減肉予測評価モデルの構築・標準化
減肉予測評価モデルの標準化には、実機の多数の減肉情報を用いた検証が必要である。

(3)規格・基準の整備
大規模な試験装置を用いた減肉試験の実施による検証には時間を要する(3年程度)。

必要な人材基盤 (1)人材育成が求められる分野

    • 伝熱流動(数値流体力学、気液二相流)
    • 構造材料(腐食科学、防食技術)
    • 水化学(水化学管理・処理)

(2)人材基盤に関する現状分析

    • 事業者における配管減肉管理は、機械・補修面からの対応が中心であり、化学管理に関する技術者の関心・寄与を高める必要がある。
    • 大学等では、高経年化対策強化基盤整備事業の終了以降、規模は減少しつつあるが共同研究等により、継続して人材育成や人的交流を図ってきた。

(3)課題

    • 化学管理面から配管減肉研究に係わる若手研究者・技術者の育成
他課題との相関
    • 「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」との対応
      • S111M107_d36 高経年化評価手法・対策技術の高度化
      • L104_d41     高経年プラントの安全運転に向けた革新的技術の開発(材料開発等)
      • M106_d40-2 耐震安全性の評価と結び付けた維持管理(機器)
    • JSME「発電用原子力設備規格整備に関するロードマップ」及び「配管減肉管理に関する規格及び技術規格改定・充実化に向けた技術戦略マップ」との提携が必要である。
実施時期・期間 短期~中期
実施機関/資金担当
<考え方>
産業界/産業界

    • 環境因子による減肉挙動への影響(定量評価)に関する検討
    • 環境緩和技術の導入に関する検討
    • 実機情報による環境改善による減肉挙動への有効性検証
    • 減肉予測評価モデルの構築と減肉抑制効果の予測/評価

<考え方>
安全性・信頼性・経済性の確保向上を目的とした開発研究及び基盤整備を行う。

国・官界

    • データや評価技術の検証
    • 学協会規格のエンドース及び規格の整備
    • 施設基盤の整備

<考え方>
安全規制における適切な行政判断に必要な安全研究、必要な基盤(知識・人材・施設・制度)の整備、産学の安全に係わる研究と基盤整備に係わる支援を行う。

学術界/学協会

    • 配管減肉メカニズムの構築
    • 基盤研究にかかわる人材育成
    • 規格基準の構築・精緻化支援
    • 規格基準の精緻化

<考え方>
知の蓄積と展開、研究を支える人材の育成、規格基準化とその高度化に貢献する。

その他

 

6.1.1 応力腐食割れ(SCC)の抑制

_ステンレス鋼やニッケル基合金等軽水炉構造材料の応力腐食割れ(SCC)は、圧力バウンダリーや炉内構造材の健全性を損なうことでLOCA等のプラントの安全性につながる可能性がある安全上重要な経年劣化事象の一つであり、プラントの安全運転を阻害するトラブルの一つの原因となってきた。SCCは、材料・応力・環境の各因子が重畳した場合に発生・進展すると言われており、プラントを安全に長期間使うためには、設計・建設段階における材料選択、製作・施工方法と、運転開始後における検査・補修・取替を適切に行うとともに、長期にわたる運転期間中のSCC環境(SCCの発生と亀裂が進展する水質環境)を緩和し、構造材料の健全性を維持する期間を延伸することが重要である。すなわち、SCCの発生と亀裂の進展を抑制するための水質管理は、プラントの安全性を維持するための深層防護におけるレベル1に該当し、水質環境がSCC抑制に有効な範囲を逸脱した場合の対応はレベル2に該当する。一方、設計基準事故やシビアアクシデントが発生した場合の機器や構造材の健全性に関しては比較的短期間の課題であり、SCCの抑制がほとんど寄与しないと考えられるため、SCCの抑制対策はレベル3やレベル4の対象とはならない。
_また、SCC環境の緩和は、プラント維持管理(検査・補修・取替)のさらなる適切化に貢献できる可能性があり、これらを通じて原子力発電の安全性と公益性を同時に高めていくことが重要である。
_さらに、今後、我が国においても適用が予想される燃料高度化(高燃焼度化、長期運転サイクル)や出力向上等により、構造材料のSCC環境が受ける変化を先取り(予測・評価)し、悪影響の可能性が予測される場合には、それを回避・低減することも、SCC環境緩和の重要な役割である。
_一方、軽水炉は、同じ水が様々な温度条件、照射条件、沸騰・流動条件下で、構造材料や燃料被覆管等の金属材料と接しながら循環しているシステムであり、特定の部位や構造材料のSCC環境緩和を行う際には、その有効性評価とともに、プラントに及ぼす影響を予測・評価することが重要である。
_このSCC環境緩和に関する現状、研究方針と課題、及び、産官学の役割分担について以下に述べる。

(A)現状分析
<沸騰水型軽水炉(BWR)>
_原子炉で発生させた蒸気で直接タービンを駆動するBWRでは、主に炉心で生成した放射線分解生成物の大部分が、酸素及び水素ガスとして主蒸気に移行する。この結果、BWR原子炉水中には、数百ppb前後の酸化種が残存する。ステンレス鋼やニッケル基合金のSCC環境はこの酸化種によって支配されている。
_この他のSCCの主要環境因子として、系外から持ち込まれるイオン不純物(特にアニオン)がある。イオン不純物のうち、SCCへの影響の大きいとされる塩化物イオンと硫酸イオンを中心として、近年、管理の強化が図られており現状は問題のあるレベルにはないと考えられる。従って、ここでは酸化種抑制の取り組みを中心に現状を分析する。

(1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_従来の試料採取系を用いた分析では、酸化種として酸素のみしか検出されなかったため、主要SCC環境因子は酸素と考えられていたが、実際には、高温で分解しやすい過酸化水素の影響が大きいことがわかってきた。放射線分解生成物の蒸気相への移行、これら相互の反応による生成消滅、材料表面への拡散速度等により、炉内におけるこれら酸化種の濃度分布、すなわち、SCC環境は一様ではない。
_一方、酸化種のSCCへの影響度合いを示す指標として、現在広く用いられているのが、電気化学的腐食電位(Electrochemical Corrosion Potential : ECP)である。ECPは酸化種によって金属から奪われる電子の流れと電位の関係(カソード分極曲線)と、金属から腐食によって放出される金属イオンの流れと電位の関係(アノード分極曲線)の交点として定義され、まさに、腐食が生じている時点で金属が示す電位であり、SCCの発生や進展と密接に関係している。また、高温でのその場測定が可能なセンサーも開発・実用化されているが、その耐久性や精度の検証法は確立されていない。また、実機ではECPを直接計測できる場所は限られている。このため、直接計測が困難な部位については、放射線分解をシミュレートするラジオリシスモデルと、それによって算出された酸化種の濃度と流動による拡散並びに金属材料との相互作用からECPを算出するECPモデルを併用して、SCC環境を推定する評価技術も開発・実用化されている。今後の燃料高度化や出力向上においては、水の放射線分解挙動、すなわち、SCC環境は、必然的に変化すると考えられるので、その影響を予め評価しておくためにも、これらのモデル評価技術は重要である。

(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_国内BWRでは1990年代半ば以降、高経年プラントを中心に、SCC環境緩和策として、通常運転時に給水からの水素注入を行っている。水素注入は、給水から原子炉内に注入した水素を酸素や過酸化水素と反応させ水に戻すことで、SCC環境を緩和する技術であるが、その効果は部位によって異なる。特に、原子炉上部では、水素がボイドに移行してしまうため、水素注入の効果が期待できない。また、水素を一定濃度(炉心入口濃度0.4ppm)以上注入すると、注入量に応じて、水分子中にある酸素16Oが中性子と反応して生じる16Nの主蒸気系への移行量が増加し、主蒸気配管の線量率が上昇してしまう。これが水素注入のSCC環境緩和効果とトレードオフになる。
_従来は、通常運転時のみを対象として水素注入を行ってきたが、プラント起動時には、放射線分解生成物の主蒸気への移行が少なく、温度も低いため、冷却材中の酸化種濃度が通常運転中より高くなる。 また、プラント停止中の開放点検・補修等により持ち込まれる不純物イオンも通常運転時より高いレベルになりやすい。さらに、熱応力等により構造材料に動的なひずみが加わる等、SCC発生抑制の観点から環境改善の余地がある。
_上記の諸問題を改善するため、1990年代後半には、主蒸気系線量率が上昇しない範囲の水素注入量でSCC環境緩和効果を高める貴金属処理(NMCA)が開発され、2000年代後半には運転中貴金属注入技術(OLNC)へと進化し、現在では米国を中心に幅広く実機に適用されている。また、国内ではプラント起動時のSCC発生抑制を目的とした起動時水素注入、水素を必要としない新たなSCC緩和を目指すTiO2処理等の技術開発が進められ、一部実機に適用されている。

(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_亀裂進展を十分な精度で予測するために必要なSCCの進展に関するデータが不足している。また、特定のHWC環境でニッケル基合金のSCC発生が加速する可能性が示唆される試験データが得られており、追加データの取得が進められている。

(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_BWRの維持規格にはHWC環境下での亀裂進展線図があるが、HWCの効果の判断クライテリアが基準化されていない。

(5) SCCメカニズム解明
_SCC発生・進展の詳細メカニズムは解明されていない。亀裂内水質がSCCに及ぼす影響、長時間環境暴露による組織変化、材料環境界面の酸化物特性、結晶粒界での特異な酸化、酸化の局在化や加速現象、粒界でのキャビティ生成、水素の影響機構等、様々なSCC(IGSCC、 IASCC等)に対する現象についての知見拡充が必要である。

<加圧水型軽水炉(PWR)>
_PWR一次系は放射線分解による酸化種の抑制を目的として、25~35cc-STP/kg・H2Oの溶存水素を添加することで低電位条件に維持されている。そのため、BWRで報告されているような高電位条件でのSCCは、過去に一部の酸素滞留部で報告例が有るものの、現在は対策が講じられ発生の可能性は低いと考えられている。一方、600合金については低電位条件でも一次冷却材応力腐食割れ(PWSCC)を生じさせることが知られており、690合金への材料変更が進められた。しかし、一部のプラントには蒸気発生器や下部計装筒に600合金が使用されているため、環境緩和の可能性が模索されている。
_また、一次冷却材のpH調整剤としてリチウム(Li)の同位体を濃縮した高価な7Li を使用しているが、近年7Liの調達性が不安定になっているとともに、その価格高騰に伴って発電コストが増加している。このため国外においては、EPRIが中心となり7Liの代替剤として同位体を濃縮する必要のない天然カリウム(K)の適用について2016年から本格的に検討が開始され、2021年頃に実プラントでの試運用が計画されている。Kは7Liより安価なだけでなく、 Liよりも材料の腐食性が低いといわれており、PWSCC発生環境の緩和や、従来のホウ酸リチウムバンド管理幅よりもさらにpHを高める運用を行うことで被ばく線源強度の低減にも繋がる可能性が指摘されていることから、国内においてもその適用に向けた機運が高まりつつある。

(1) SCC環境緩和技術の開発・高度化
① PWSCC環境緩和のための溶存水素濃度最適化
_一次系模擬環境下における600合金のPWSCC進展速度は、国内の溶存水素濃度管理幅近傍で極大値を示すことが報告されている。そのため、溶存水素濃度を最適化することが議論されており、米国では高溶存水素に移行するプラントが増加している。一方、亀裂発生の観点で行われた試験では、低溶存水素濃度の方がPWSCC発生を抑制することを示す知見が報告されている。
_溶存水素濃度の低減に際しては、一次冷却材の放射線分解により生成する酸化種の増大及びその影響が懸念されるが、現在の溶存水素濃度管理幅(25~35cc-STP/kg・H2O)は、50年以上も前の常温の実験に基づいて、一次冷却材の放射線分解を抑制する観点から設定されたもので、最新のラジオリシスモデル解析及び照射試験炉を用いた高温ループ試験の結果から、高温下ではかなり過剰(1桁程度)となっており、数cc-STP/kg・H2O程度までの低減では問題ないとの結果が得られている。仏では実プラントで溶存水素を3cc-STP/kg程度まで低下させ、酸化種の増加がなかったことが報告されている。また、国内でも炉心近傍にECPセンサーを設置し、15cc-STP/kg・H2O程度まで溶存水素を低下させ、放射線分解による酸化種生成が見られなかったことが報告されている。_
_一次冷却材の溶存水素濃度の最適化はPWSCC環境緩和技術として大きな可能性を秘めているが、PWSCC緩和のみならず、燃料被覆管の腐食・水素化挙動、腐食生成物の移行・放射化挙動にも影響する可能性があり、その適用に際しては、材料・燃料・水化学の分野横断的な協力の下、広範囲かつ詳細な調査・研究とフォローが必要と考えられる。

② 高濃度亜鉛注入
_米国では、ニッケル基合金の表面酸化皮膜の改良により、PWSCC発生を抑制するため、高濃度(一次冷却材中濃度30ppb以上)での亜鉛注入が既に数プラントで実施されており、SG伝熱管ECT結果の統計解析からその有効性が示されたとする報告が出ている。一方、燃料高度化や出力向上において、注入した亜鉛が燃料表面に付着し、燃料被覆管・部材の腐食・水素化や、CIPS(crud induced power shift)を加速するのではないかとの懸念も表明されており、十分な検討が必要と考えられる。

③ 天然カリウムの適用性検討
_Kはロシア型PWRであるVVERでの実績があり、また材料の腐食性は一般にLiよりも低いと言われているため、PWSCCに対してはより安全側に働くものと考えられる。一方で、VVERと国内PWRの基本構成は同じであるものの、材料の完全な互換性がなく、また亜鉛注入の有無や温度条件も異なることから、国内PWRへの導入にあたっては十分な検討が必要である。

(2) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_亜鉛注入やホウ酸リチウムバンド管理、分散剤等、SCC発生・進展への影響因子についてのデータ拡充が必要と考えられるとともに、690合金等対策材のSCC発生挙動についても知見が不足している。さらに、KとZnとの相互作用やニッケル基合金のPWSCCへの影響に関する知見も十分ではない。

(3) SCCメカニズム解明
_SCC発生・進展の詳細メカニズムは解明されていない。亀裂内水質がSCCに及ぼす影響、長時間環境暴露による組織変化、材料環境界面の酸化物特性、結晶粒界での特異な酸化、酸化の局在化や加速現象、粒界でのキャビティ生成、水素の影響機構等、様々なSCC(PWSCC、 ODSCC、 IASCC等)に対する現象についての知見拡充が必要である。

(B) 研究方針と実施にあたっての問題点
_前述のように、SCC環境緩和はプラントの安全性確保・公益性向上に大きく貢献できるポテンシャルを有している。しかし、現状は、その有効性が広く認知されるに至っておらず、また、プラント維持管理(点検・補修・取替)とのリンクも不十分である。
_日本機械学会の「発電用原子力設備規格 維持規格」には、既に、環境緩和の効果を取り入れたSCC進展線図が示されているが、実プラントではこれに基づく維持管理の合理化には至っておらず、早期にその実現を図ることが必要である。特に、予防保全としてのSCC環境緩和の効果を考慮した設備の点検・補修・取替の方法を、関連分野との協力の下、ガイドラインとして整備する必要がある。
_また、今後、新検査制度における保全活動、あるいは、評価指標としての活用の観点からも、SCC環境緩和の検討を深めて行く必要がある。
_このためには、以下に示す水化学技術の開発や高度化、ならびに、検証と標準化が必要と考えられる。

(1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_軽水炉内でSCC環境は均一ではないため、着目する部位のSCC環境を直接計測する技術を耐久性・精度の観点から高度化する。また、実機ではSCC環境を計測できる場所は限られているので、これを補うSCC環境を評価する技術を高度化する。さらに、SCC環境緩和効果をプラントの維持管理に取り入れるため、照射試験炉や実機においてこれら技術を検証し、標準化を行う。

(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_BWRでは、よりSCC抑制効果が高く、抑制範囲の広いSCC環境緩和技術(BWR)の開発と開発技術の標準化を進める。また、現在適用されているSCC環境緩和技術、及び今後開発されるSCC環境緩和技術の有効性や副作用について、各種試験や実機における関連データの採取・蓄積とその解析評価を行い、予防保全対策としての適用性・有効性を検証し、プラント維持管理への反映を念頭に適用方法を標準化する。
_PWRでは PWSCC環境緩和技術(一次系溶存水素濃度の最適化・高濃度亜鉛注入の検討・天然カリウムの適用性検討)の開発・実証を推進する。この際、燃料の健全性・性能の維持、及び被ばく・廃棄物低減の観点から、より副作用の少ない、調和のとれたSCC環境緩和技術を志向する。特に、PWSCC抑制のための溶存水素濃度最適値が、現在の保安規定記載の範囲を下回る場合には、有効性のみならず副作用を含む十分な検証を行う必要がある。

(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_プラントの安全性を確保するために必要な検査部位及び検査頻度の最適化を行うため、様々な材料、応力、水質条件でのSCC発生・進展データの充実を図る必要がある。

(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_維持規格で示されているSCC進展線図の適用を可能とするため、評価対象部位ごとに異なる水質環境を考慮した環境緩和技術の効果の判断クライテリアを基準化して実機への適用を可能とする必要がある。また、廃炉材活用研究等により、これまで適用してきた水化学条件の妥当性を検証することや、高経年化リスクと水化学の関係についても評価を進めることが重要である。

(5) SCCメカニズム解明
_SCCは、水化学環境因子と材料因子、応力因子等が複合する事象であり、これを適切に制御するためには、SCCのメカニズムを解明すること、また、メカニズムに基づいて水化学因子の効果・影響を定量化することが重要である。

(C) 産官学の役割分担の考え方
① 産業界の役割

    • 炉内SCC環境評価手法(ラジオリシスモデル・ECPモデル・計測技術)の開発・高度化・標準化
    • SCC環境緩和技術の開発・高度化・標準化
    • SCC発生・進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
    • 予防保全工法ガイドライン(SCC環境緩和)案の作成

② 国・官界の役割

    • データや評価技術の検証
    • 学協会基準のエンドース・規制基準の整備
    • 施設基盤の整備(照射試験炉)

③ 学術界の役割

    • SCCメカニズム解明への支援
    • 炉内SCC環境に関する基盤研究(G値、反応機構、速度定数、表面・隙間における照射影響等)
    • 環境モニタリングの基盤技術(参照電極等)
    • 人材育成

④ 学協会の役割

    • ロードマップ策定、ロードマップ間の連携・調整
    • 規格基準の作成・精緻化
    • 分野横断的取り組みの標準化における学協会間の連携
    • 人的交流と育成

⑤ 産官学の連携

    • SCCメカニズム解明(環境因子の効果・影響)
    • 炉内SCC環境に関する基盤研究
    • SCC環境緩和に対応できる人材の育成・交流

(D) 関連分野との連携
① 燃料高度化

    • 燃料の高度化(被覆管材料、放射線の線源強度や分布の変更)が、ラジオリシスや不純物に及ぼす影響について、燃料開発、被覆管開発等の分野と連携をとり、効率的かつ合理的に評価を行う必要がある。

② 材料の高度化

    • 新しい構造材料、炉内機器の開発と適用に際しては、SCCの発生と亀裂の進展に関して材料、応力、環境の観点からSCCのリスクを評価する必要があり、各分野で連携し情報を共有して、効率的かつ合理的に技術開発、評価を行う必要がある。

図6.1.1-1に導入シナリオ、表6.1.1-1に技術マップ、図6.1.1-2にロードマップを示す。

参考文献

[6.1-1]  S. Uchida, “Corrosion of Structural Materials and Electrochemistry in High Temperature Water of Nuclear Power Systems”, Power Plant Chemistry, 10 (11), 630-649 (2008).

課題調査票

課題名 応力腐食割れ(SCC)の抑制

マイルストーン
及び
目指す姿との関連

短Ⅳ. 信頼性向上へ向けたプラント技術・運用管理の高度化
⇒通常運転、異常事象終息の信頼性向上に係わる活動が不断に進められ、かつ活性化がなされることによって、事故の引き金となる事象の把握と詳細な知見が深まり、事故リスク低減のための諸対策の整備が進むことが期待される。中Ⅱ. 既設プラントの高稼働運転と長期安定運転の実現
⇒安定かつコストバランスに優れたエネルギー源としての利用に向け、高稼働運転や適切な高経年化対策を前提とした長期安定運転が必要となる。長Ⅱ.革新的技術開発等による原子力のメリット最大化・デメリット極小化
⇒機器及び構造物の劣化を防止・抑制するためには、劣化メカニズムを解明し、それに基づき対策・改善技術を開発する必要がある。
概要(内容) (1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_炉内腐食環境を評価するためのラジオリシスモデル、腐食電位モデルの高精度化を図る。また、試験炉(可能ならば実機)における腐食環境モニタリングならびにSCC挙動評価を行い、オンラインモニタリングによるシュラウドや原子炉底部等を含めた原子炉一次系の多様な部位における腐食環境(腐食電位)評価ならびにSCC発生寿命・SCC進展評価技術を開発し、環境評価手法の検証を行う。
(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_BWRの水素注入、貴金属注入、起動時水素注入やPWRの溶存水素濃度最適化、亜鉛注入等の高度化を図るとともに、新たな酸化チタンや分散剤等の対策技術を開発し適用していくことで、SCCの発生・進展を抑制する。
(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_プラントの安全性を確保するために必要な検査部位及び検査頻度の最適化を行うため、様々な材料、応力、水質条件でのSCC発生・進展データの充実を図る。
(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_維持規格の適用を可能とするための環境緩和技術の効果の判断クライテリアを基準化して実機への適用を可能とする。
(5) SCCメカニズム解明
_効果的なSCC対策の確立には機構論的な理解が不可欠であるため、材料と環境の相互作用や亀裂内水質の影響等への理解を進め、SCC発生・進展の詳細メカニズムを明らかにする。
導入シナリオとの関連 水化学によるSCCの抑制による構造材料の健全性維持
課題とする根拠(問題点の所在) 水化学RMと深層防護との関連付けの検討結果を参照
現状分析 (1) 炉内SCC環境評価手法の開発、高度化・標準化
_腐食環境緩和効果を確認するため腐食電位(ECP)の測定や貴金属付着量等のモニタリングが実施されているが、炉内の部位ごとに環境緩和効果が異なる。またモニタリングできる部位は限定されている。そこで、測定によるモニタリングとモデル解析評価を含めた評価技術の確立が必要である。
(2) SCC環境緩和技術の開発・高度化
_BWRの貴金属注入を伴うHWCやPWRの溶存水素濃度最適化等既存の環境緩和技術は存在するが、その最適化や高度化は必要である。また、酸化チタン等の新しい対策も開発されつつある。
(3) SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
_亀裂進展を十分な精度で予測するために必要なSCCの進展に関するデータが不足している。また、特定のHWC環境でニッケル基合金のSCC発生が加速する可能性が示唆される試験データが得られており、追加データの取得が進められている。また、PWRに関しては亜鉛注入やホウ酸リチウムバンド管理、天然カリウム、分散剤等、SCC発生・進展への影響因子についてのデータ拡充が必要と考えられるとともに、690合金等対策材のSCC発生挙動についても知見が不足している。
(4) データや評価技術の検証、規制基準の整備
_BWRの維持規格にはHWC環境下での亀裂進展線図があるが、HWCの効果の判断クライテリアが基準化されていない。
(5) SCCメカニズム解明
_SCC発生・進展の詳細メカニズムは解明されていない。亀裂内水質がSCCに及ぼす影響、長時間環境暴露による組織変化、材料環境界面の酸化物特性、結晶粒界での特異な酸化、酸化の局在化や加速現象、粒界でのキャビティ生成、水素の影響機構等、様々なSCC(IGSCC、PWSCC、IASCC、ODSCC等)に対する現象についての知見拡充が必要である。
期待される効果
(成果の反映先)
    • 一次冷却系バウンダリーを構成する材料のSCC発生・進展による冷却水の漏えいやLOCAのリスクが低減され、原子力プラントの安全性が向上する。
    • SCCの発生・進展に伴う補修工事及び、保全の最適化による点検頻度の低減が可能となり、原子力プラントの稼働率向上並びに作業従事者の被ばく低減に寄与する。
実施にあたっての問題点 課題全体の共通問題として下記がある。

    • 原子力安全との相関の明確化
    • 緊急性・重要性・経済性に対する適切な評価
    • 研究開発のための資金・人材の確保
    • 機構論に関する基礎知見の拡充
必要な人材基盤 (1)    人材育成が求められる分野

    • 水化学、腐食電位測定、ラジオリシス解析技術、金属材料の腐食

(2) 人材基盤に関する現状分析

    • 事業者においては、SCC環境緩和技術に関する知識・技能を有した人材の育成が行なわれるとともに、過去に生じたトラブルの技術伝承が進められてきた。
    • メーカでは海外メーカからの技術導入や自主技術開発を通じて、必要な技術開発にかかる人材の育成を行っている。
    • 大学等では、共同研究やインターンシップ等により、人材育成や人的交流を図ってきた。
    • 水化学技術は、原子力プラントの保全のみならず、リスクの概念を併用すれば、安全の確保の基本となる技術の一つであり、必要な人材基盤を継続して確保していくことが重要である。今後も人材基盤を維持していくためには、大学等の教育段階から優秀な人材を集め、かつ、人材を計画的に育成していくとともに、実際に水化学の運用管理の経験を積んでいくことが必要である。
    • 海外の実用化技術の反映にとどまらず、その改良をもって、更なる原子力安全に役立つ運用管理技術を国際的に展開できる人材を育成し、活躍してもらうことが必要。
    • 特に海外で豊富な実績を有する解析手法等については、その迅速かつ円滑な導入を促す仕組みの充実(国際共同研究、国際会議、人的交流等の活性化等)も必要。

(3) 課題

    • 必要とされる人材規模は、原子力発電に関する国の方針に依存し、これに対応して、計画的かつ継続的な人材確保が必要である。
    • 1F事故後の原子力プラントの長期停止により、実際に水化学管理の経験を積む場が損なわれている。
    • 優秀な人材を惹きつけるという意味において、1F事故とそれに続く原子力プラントの長期停止は、若い世代の原子力離れを招いている。
他課題との相関 ロードマップ対象項目の課題別区分の②既設の軽水炉等の事故発生リスクの低減のうち、経年劣化対策及び運転トラブルの防止に該当する。具体的な項目は以下のとおり。

    • S111_d37構造材料の高信頼化
    • S111_d30 SA対策機器の保全管理の確立
    • S111M107_d24プラント運用技術、炉心設計管理の高度化
    • S111M107_d36:高経年化評価手法・対策技術の高度化
    • M107_d25:運転性能の高度化
    • S111_d32 状態監視・モニタリング技術の高度化
    • M107_d38建屋構造・材料の高度化
    • S111M107_d34保守・運転管理の合理化・省力化による保守・運転員負荷低減
    • S111_d33-1被ばく低減技術の高度化
    • L104_d41高経年プラントの安全運転に向けた革新的技術の開発
    • L104_d35-1保守の効果を高め運転をサポートする革新的技術の適用
実施時期・期間 中長期(~2050年)
実施機関/資金担当
<考え方>
産業界/産業界
SCCの発生・亀裂進展メカニズムの解明、SCCへの水質影響評価、既存技術の高度化と新たな水化学の開発、モニタリング技術の開発等を実施
<考え方>

    • 電気事業者は、事業主体としてプラント要件を取り纏めるとともに、プラントへの適用性評価を行う。
    • メーカは、プラント設計を熟知していることから、具体的な設計とプラントに合った技術開発を行うとともに、電に事業者が実施するプラントへの適用性評価を支援する。
    • 研究機関は、技術開発に必要な要素技術を開発する。
    • 大学は、技術開発に必要な要素技術を開発する。
    • 実施主体が資金担当となることが適当と考える。

原子力規制委員会/原子力規制委員会
(必要に応じ、規制の枠組みの整備、技術評価)
<考え方>

    • 電気事業者は、新規制基準及び軽水炉安全技術・人材ロードマップに則り、事業主体として安全性向上に努める。
    • 電気事業者は、事業主体として保全の信頼性向上に努める。
    • メーカは、必要な技術開発に努める。
    • 原子力規制委員会は、安全性を担保するために必要となる検証データを拡充させ、機構論的な技術検証を踏まえて規制基準に反映させる。
    • 実施主体が資金担当となることが適当と考える
    • 原子力規制委員会が規制の観点からが主体となる事項について資金担当となることが適切。

産業界・学協会/産業界
水化学管理によるSCC抑制に係わる規格基準の策定

    • 産業界(電気事業者、メーカ)が主体となって構造材料の健全性維持に必要な水化学技術の情報を蓄積する。
    • 学協会は、構造材料の健全性維持及び付随して必要となる水化学技術に係わる規格基準等について検討を行う。
    • 原子力規制委員会は、構造材料の健全性維持及び付随して必要となる水化学技術に係わる規格基準を整備し、技術評価及び認可を行う。
その他

 

6. 安全基盤研究

6.1 構造材料の高信頼化

_PWR及びBWR冷却系の主系統については、従来から適切に高信頼化のための方策が施されている。以下では高信頼化に係わるロードマップを4つの視点から記載する。表6.1に軽水炉での材料関連トラブルの主要事象と対応策を示す[6.1-1]。表中に朱記したものは、重要項目として、第6章で詳細に取り上げたものである。
_一方で、主として補機冷却系で見られる海水腐食や微生物腐食(バクテリア腐食)等は、通常運転中に大きな問題となる事象が顕在化した実績がなく、また仮に事象が顕在化しても、通常運転時には様々な代替手段があり、問題拡大につながる恐れが低い。すなわち、水化学としての技術開発要素はないため、技術マップやロードマップの作成は行わず、技術課題としては取り上げない。
_しかしながら、補機冷却系の損傷は特に深層防護レベル3及びレベル4対応で特に重要となるので、以下にその要点を特記する。
_深層防護レベル3及びレベル4対応において、主系統の損傷を起点とする重大事故に対しては事故の進展を確実に抑制する方策を取っており、単独ではレベル4には至らず、最悪でもレベル3以下で収束するように対応がなされていると考えられる。
_しかし、仮にレベル4に至って、事象の拡大・進展を抑制しようとする状況では、非常用機器を確実に使用して事故の収束を目指すことが不可避である。すなわちアクシデントマネジメントを的確に実施することが必須である。レベル4の状況では、システムの冗長性が著しく低下し、通常運転時にはバックアップを期待できる機器・システムの使用が不可能になる場合を想定する必要がある。
_例えば、海水冷却系機器では、海水に起因する腐食の進行を十分に把握し、投入が必要となった時点で機器の負荷が増大した途端に損傷を生ずるというような事態は避ける必要がある。また、圧力バウンダリーにある機器は、機能テストだけでは把握できない構造上の性能の問題を抱えている可能性があり、不断のチェックを欠かすことができない。
従って、所定の時間内に事故を収束させるためには、機器・システムのレジリエンス(復元力)評価を的確に実施しておくことが必須で、機器・システムのマニュアルを完備し、日頃その操作に習熟するための訓練が必要である。それと同時に日頃の保守管理を怠らずに非常用機器の信頼性を十分に担保しておくことが重要である。これは水化学管理の範疇外ではあるが、レベル4対応時の非常用機器の重要性を十分に認識しておく必要がある。
_仮にレベル4の状況に至った際、プラントに水化学の専門家が滞在しているという保証はないので、マニュアルには様々な状況でのチェックポイントが記載されていることが要求される。このようなマニュアル作りには水化学の視点が必要不可欠であり、意識を共有化することが重要である。

5. 水化学ロードマップ2020

_軽水炉の安全性・信頼性にかかわる重要課題の多くは、高温・高放射線環境下で構造材料あるいは燃料と、冷却材・減速材として用いられている水の境界領域で発生している。水化学は、各種構造材料と燃料が水を介して相互に影響を及ぼすプラントシステムを包括的に捉え、多様な課題や目標に対し、調和的な解決あるいは実現を目指す工学分野である。水化学は、これまで構造材料及び燃料健全性の維持・向上、被ばく線源低減、ならびに放射性廃棄物の低減等において重要な役割を果たしてきた。水化学は、接液する全ての構造材料に影響を及ぼすと同時に、その影響も受けるため、構造材料、燃料との三者間でトレードオフが問題となることが多い。諸課題への貢献に際しては、特定の課題にのみ偏ることなく、プラント全体を俯瞰した最適な制御が求められる。

_水化学ロードマップでは、「水化学による原子力発電プラントの安全性及び信頼性維持への貢献」を目標に、以下の達成を目指す。

○ 構造材料の高信頼化
・応力腐食割れ(SCC)の抑制
・配管減肉環境の緩和
・PWR蒸気発生器長期信頼性の確保
・状態基準保全の支援
○ 燃料の高信頼化
・被覆管・部材の腐食/水素吸収の対策
・燃料性能の維持(CIPS対策)
○ 被ばく線源の低減
○ 環境負荷の低減
○ 共通基盤技術の整備
・水化学、腐食に係わる共通基盤技術の整備
・核分裂生成物挙動に関する共通基盤技術の整備
・人・情報の整備
○ 事故時対応の水化学の検討
・事故時に水化学が関与する事象への対策
・事故炉の廃炉推進に向けた水化学による対応

_水化学ロードマップ2020では、水化学ロードマップ2009における「安全基盤研究」と「基盤整備」に加えて、1F事故を教訓とするため、新たに「事故時対応の水化学」と「福島廃炉推進対応の水化学」に係わる課題を抽出し、長期に亘る廃炉作業の安全かつ円滑な遂行に必要な項目を盛り込むことに留意した。加えて、深層防護の基本的な理念を取り入れ、抽出された課題について深層防護との関連性を明確にした。抽出した各々の課題について、最新の技術動向を踏まえて、技術戦略マップ(導入シナリオ、技術マップ、ロードマップ)の見直しあるいは新規作成を行った。
_水化学ロードマップ2020で抽出された個別課題を、図5に示す。次章以降で、各個別課題について詳述するが、本章では要約として、研究方針と課題項目をまとめて示す。

① 構造材料の高信頼化(6.1節)

①-A 応力腐食割れ(SCC)の抑制(6.1.1項)
_SCC環境緩和はプラントの安全性確保・公益性向上に大きく貢献できるポテンシャルを有しているが、その有効性が広く認知されるに至っておらず、プラント維持管理(点検・補修・取替)とのリンクも不十分である。日本機械学会が制定した「発電用原子力設備規格 維持規格」には、環境緩和の効果を取り入れたSCC進展線図が示されているが、実プラントではこれに基づく維持管理の合理化には至っておらず、早期にその実現を図ることが必要である。特に、予防保全としてのSCC環境緩和の効果を考慮した設備の点検・補修・取替の方法を、関連分野との協力の下、ガイドラインとして整備する必要がある。また、今後、新検査制度における保全活動、あるいは、評価指標としての活用の観点からも、SCC環境緩和の検討を深めていく必要がある。そのため、以下に示す技術の開発や高度化、ならびに、検証と標準化が必要と考えられる。
・SCC環境計測手法・評価手法の高度化・検証・標準化
・SCC環境緩和技術の開発・高度化
・SCC発生進展に及ぼす環境因子の影響に関するデータ整備・高精度化
・データや評価技術の検証、規制基準の整備
・SCCメカニズム解明

①-B 配管減肉環境緩和(6.1.2項)
_配管減肉管理は、日本機械学会が制定した「発電用原子力設備規格 加圧水型/沸騰水型原子力発電所 配管減肉管理に関する技術規格」に基づいて実施されており、この技術規格により体系化して整理されたため、それ以前の管理と比べて、飛躍的に安全性が向上した。但し、現在の減肉管理は、肉厚測定結果の実績から、十分に裕度を持って設定された減肉速度に基づいて行われているため、新たな環境緩和技術を適用して減肉が抑制されても、肉厚測定結果が蓄積しないと減肉管理に反映できない体系となっている。今後、安全性の更なる追求と合理性の調和を達成するために、以下の技術開発を進めていく。
・配管減肉防止技術・環境緩和技術の開発・標準化
・配管減肉予測評価手法の構築・標準化
・規格・基準の整備

①-C PWR蒸気発生器長期信頼性確保(1.3項)
_国内PWRでは、蒸気発生器(SG)伝熱管材料として、より耐食性の高いTT600、TT690合金を採用した新型蒸気発生器(SG)に取替えるとともに、種々の水質改善対策が適用された結果、SG二次側の信頼性にかかわる腐食損傷は顕在化していない。しかし、水質の高度化が図られた結果、不純物の持ち込みに対する緩衝作用が小さくなり、クレビス環境が大きく酸あるいはアルカリ側に偏った環境下で腐食電位が上昇した場合は、粒界割れ(IGA)発生感受性を有している。また、二次系系統で材料のFAC等の腐食によって発生した鉄がSGへ持ち込まれ、構造物に付着して、伝熱抵抗、流動抵抗となり機器の性能劣化現象が顕在化するとともに、クレビス部にスケールが蓄積することで損傷発生リスクが増大している。そこで、SGの長期信頼性及びプラント安定運転を確保していくため、以下に示す技術の高度化あるいは新技術の開発に継続的に取り組んでいく。
・メカニズムの解明(SG伝熱管腐食、スケール付着)
・SGクレビスの環境評価、酸性環境緩和、濃縮環境緩和に関する技術開発
・SGへの鉄持込み抑制、スケール付着影響緩和・抑制評価、除去・改質に関する技術開発
・新技術の開発、適用性評価、導入(代替ヒドラジン、スケール分散剤)

①-D 状態基準保全の支援(6.1.4項)

_SCCやFAC等の経年劣化事象について、材料・応力・環境面から多面的に計測・評価可能なモニタリング技術を開発・適用することで、長期にわたる経年劣化の予測評価精度の向上や状態基準保全の充実が期待される。経年劣化予測や状態基準保全は、設備の信頼性向上による事故発生リスクの低減、一次冷却材の異常兆候の早期検出によるプラント運転管理への判断材料の提供につながるため、事故発生防止及び拡大防止に貢献することができる。そこで、状態基準保全への支援として、以下の課題に取り組む。
・環境モニタリング技術の高度化
・実機材劣化評価手法の高度化
・状態基準保全手法の高度化

② 燃料の高信頼化(6.2節)

②-A 被覆管・部材の腐食/水素吸収対策(6.2.1項)
_1F事故を契機に、核燃料分野において、FP放出低減/温度上昇抑制ペレットの開発と通常時材料劣化低減被覆管の開発が加速されるとともに、事故時高温酸化劣化抑制部材や事故耐性燃料の開発が求められるようになった。改良型燃料の導入に際しては、被覆管や部材の材質変更に及ぼす水化学の影響を事前に評価しておく必要がある。また、新たな水化学技術の導入に際しても、現行燃料の被覆管や部材の腐食対策及び水素吸収特性に及ぼす水化学の影響の有無を事前に評価しておく必要がある。しかし、ジルコニウム合金のブレーカウェイ現象の原因や水素吸収機構について、影響因子の定量的影響や重畳効果は判っておらず、理解の統一に至っていない。そこで、以下の課題に取り組んでいく。
・被覆管・部材の腐食/水素吸収メカニズムの解明
・被覆管・部材の腐食/水素吸収対策技術の開発
・データや評価技術の検証
・被覆管・部材の健全性評価に係わる規格基準の策定

②-B 燃料性能維持(CIPS対策)(6.2.2項)
_CIPSは、クラッドが燃料の軸方向に不均一に付着し、ホウ素の不均一析出により、炉心の軸方向の線出力分布(偏差)に異常を生じる事象であり、事象の進行によって、炉心の安全性や燃料の健全性に問題を生じる可能性がある。CIPSの発生は、クラッド付着・剥離と密接に関連しているが、クラッド付着・剥離のメカニズムに化学因子や熱水力因子が複雑に関与すること、さらに、原子沪水中のホウ素取り込み機構の影響も受けることから、全体のメカニズムは明確になっていない。そこで、以下の課題に取り組んでいく。
・CIPS発生メカニズムの解明
・CIPS対策技術の開発
・データや評価技術の検証
・CIPSに係わる規格基準の策定

③ 被ばく線源低減(6.3節)
_我が国の原子力発電プラント1基当たりの年間平均線量(以下、「平均線量」という)は90年代後半以降、諸外国と比較して高く推移しており、この原因は1サイクルあたりの運転期間の違いによる年間作業量の違いによるとの指摘があった。しかしながら、米国やスウェーデンでは近年も着実に減少傾向にあることから、単純に年間作業量の違いのみとは言い切れず、我が国の被ばくの現状を詳細に分析し、さらに被ばく低減を進める必要がある。
_また我が国の原子力発電プラントでは震災後に長期停止を余儀なくされているが、長期停止による線源核種の減衰と作業量の減少に伴い、平均線量は震災以前より大幅に低減しているが、再稼働後の平均線量がどのように推移するか注目されるところである。再稼働後も現状の線量を維持するためには、既存技術の着実な適用のみならず、新規の水化学技術の開発・適用が望まれる。
_冷却材中のクラッド挙動については、従来から、日本も含め各国で検討がなされており、実機クラッド分析、水質調査結果を元に、水化学という視点から被ばく線源強度低減を目的に冷却材への低濃度亜鉛注入等、種々の被ばく低減対策が実施されている。これら水化学改善策の適用効果の評価には、現在、被ばく線源挙動メカニズムに基づくモデルを用いて評価しているが、新規の水化学対策を適用した場合の評価精度が低下する等の問題があり、メカニズム解明についてもさらに検討が必要な状況にある。そこで、以下の課題について、技術開発とメカニズム解明を並行して進めていく。
・既存線源低減技術高度化(高Li運用、濃縮10B運用、除染法、亜鉛注入等)
・革新的線源低減技術開発(被ばく線源生成メカニズム解明に基づく革新的技術の開発)

④ 環境負荷低減(6.4節)
_原子力発電プラントでは、材料・燃料の信頼性・健全性の維持確保や業務従事者の被ばく低減等を目的とした水化学制御を運用していくなかで、副次的に放射性廃棄物(使用済樹脂、フィルタ等)や制御用薬品を含む排水等が発生してくる。今後、長期サイクル運用や出力向上運転等プラント高度化と新たな水化学制御の適用に鑑み、水化学技術改善と両立させた廃棄物/排水処理の最適運用を目指し、環境負荷の少ない発電プラントとして環境への影響を低減することが重要である。そこで、以下の課題について、改善策を立案し、実機適用実績を踏まえたPDCAサイクルを確立する。
・浄化脱塩塔、フィルタの運用最適化(高交換容量、耐酸化性イオン交換樹脂の開発等)
・環境への放出低減(ヒドラジンの使用量低減・代替材適用、二次側化学洗浄廃液の処理)

⑤ 共通基盤技術(7章)

⑤-A 水化学、腐食に係わる共通基盤技術(7.1.1項)
_水化学研究には、構造材料、燃料の健全性及び線源強度低減等様々な目的・対象があるが、個々の研究を進めるうえで、基礎実験での現象把握、モデル化及び実機との比較に共通して必要となる基盤技術として、以下の4項目の課題に取り組む。
・腐食環境評価技術(プラント冷却系全体及び局所的な腐食環境の定量化)
・腐食メカニズム(腐食・溶出・酸化物形成のメカニズム、放射線照射の直接・間接効果)
・酸化物・イオン種の付着脱離メカニズム
・実験技術(実機条件の模擬、複数の腐食挙動影響因子の再現、加速実験法)

⑤-B 核分裂生成物挙動に関する共通基盤技術(7.1.2項)
_事故時対応の水化学では、一次冷却水中の放射性腐食生成物や燃料被覆管によって閉じ込められた放射性核分裂生成物が主であった従来の水化学と異なり、事故時に燃料体から直接放出される放射性核分裂生成物を取扱うため、その化学的挙動が重要となる。放射性核分裂生成物挙動に係わる研究は、燃料損傷とそれに伴う環境への放出に関連して、非常に活発に行われてきたが、燃料破損対策の確立とその有効性の確認、シビアアクシデント研究の収束の2 段階で縮小された。しかし、1F事故に関する調査委員会でも、ソースタームの評価の重要性と放射性核分裂生成物挙動に係わる研究、技術者の育成の重要性が指摘されている。そのため、FP 化学に取り組める体制作りとそれをバックアップできる組織作りを行い、系統的、組織的な対応を目指している。具体的な開発項目は以下の通り。
・事故時のFP 挙動の解明[一般的なFP に係わる基礎事象]
・1F事故時のFP 挙動の実態解明[事故時に見られた事象]
・事故時FP 挙動解析コードの整備と標準化
・アクシデントマネジメントへの対応

⑤-C 人・情報の整備(7.2節)
_今後のプラント運用高度化、燃料高度化及び高経年化対応水化学の適用に際し、事前に事象を予測し対策を立案しておくプロアクティブな水化学技術の展開が必要であり、これまでの蓄積を基礎に、水化学分野の技術情報基盤を整備していくことが重要である。また、プラントの運用管理に、透明性・説明性が要求される環境となってきており、水化学技術を体系化し、規格・基準化、標準化を進める必要がある。一方、新規プラント建設の減少により、水化学の研究開発及び管理を担う人材の供給が減少し、高齢化が進行している。研究の場も狭まっており、研究コミュニティの維持が危ぶまれるほどである。原子力発電の持続的発展を支えるためには、水化学分野における裾野拡大を含む人材の確保は緊急の課題と言える。そこで、以下の4項目の課題に取り組む。
・研究基盤の確保
・技術情報基盤の整備と技術伝承
・水化学関連の規格・基準化、標準化
・国際協力の推進

⑥ 事故時対応の水化学(8章)

⑥-A 事故時に水化学が関与する事象とその対策(8.1節)
_大型の商用原子炉の過去の事故の教訓に則り、TMI-2、チェルノブイリ及び1F事故の知見に基づき、事故時の化学挙動を整理して、対応を明確にする必要がある。水化学が関与する事故時対策として導入されている既存の対策設備は、既に世界の他のプラント等で導入実績のあるもので、現在の事故シナリオとリスク評価の観点から直ちに新たな研究開発が必要となる事項はないと考えられる。しかしながら、シビアアクシデント(SA) 時の事故シナリオや共通基盤技術の進歩に基づき解析モデルや解析コードが高度化されることにより、従来と異なる結果が得られた場合には、既存の対策設備の妥当性を再評価し、必要に応じて対策設備の見直し・高度化を図っていく必要がある。具体的な開発項目は以下の通り。
・水素蓄積防止技術の最適化・高度化
・FP 挙動の解明と解析コードの高度化
・pH 制御技術の開発・高度化
・フィルターベントシステムの開発・高度化
・SA 対策設備の保守・管理方法の確立

⑥-B 事故炉の廃炉推進対応の水化学(8.2節)
_1F事故後の廃炉推進に向けて取り組むべき水化学について、喫緊の課題としては汚染滞留水処理が挙げられる。これまで対処することのなかったFP核種を中心とした水処理施策の確立は新しい課題である。それに伴い、多量の二次廃棄物が発生しており、その処理・処分技術の開発に向けては長期的な取り組みが必要である。さらに、燃料デブリ取り出しの段階になると、燃料デブリ性状に基づいたFP挙動の把握、水処理が必要になると考えられる。
_これらの対応と並行して、高放射能濃度での汚染水、廃棄物中での水の放射線分解による水素発生は、今後のシステム検討の安全評価項目として重要であり、モデル化を含めて取り組むべき課題である。さらには、長期間にわたるシステム健全性の確保に向けた材料腐食対策も取り上げることとする。また、今後の燃料デブリ取出しを始めとする廃炉作業の推進にあたっては、作業従事者の被ばく低減対策の確立が望まれる。具体的な開発項目は、それぞれ以下の通り。
・汚染水処理対策と二次廃棄物処理(放射能除去メディアの開発・モデル化、二次廃棄物処理における水化学のアプローチ)
・燃料デブリ取出し時水処理対策(取出し時の水質環境評価、水処理システムの構築)
・水素発生量評価(ラジオリシスによる水素発生挙動の評価、不純物存在下での評価)
・材料健全性評価(海水注入時の材料健全性評価、長期的な材料健全性評価)
・被ばく低減対策(核種移行挙動解析、実機データによるベンチマーク評価、被ばく線量評価)

4.自主的安全性向上に向けての水化学ロードマップ改訂の基本方針及び実施体制

_日本原子力学会 水化学部会に設置したロードマップフォローアップWG(主査:渡邉豊東北大学教授)において2017年4月から水化学ロードマップ2009のフォローアップを開始した。水化学ロードマップ2009では、発電用軽水炉プラントの安全性維持・向上を主眼としつつも、高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用推進の支援に重きを置いた構成となっていた。そこで今回の改訂では、1F事故の教訓を踏まえて、水化学技術の意義を深層防護の視点から改めて見直し、より広い視点で水化学の役割を再定義するとともに、核分裂生成物挙動を含めた事故時対応の水化学を新たに加えることとした。

4.1 水化学ロードマップと深層防護との関連付け

_1F事故を契機に、我が国の原子力発電プラントにおいては、新規制基準への適合性が確認された以降も、自主的・継続的な安全性向上に向けた取り組みを継続することが求められるようになった。すなわち、原子力安全に対する考え方が「シビアアクシデントを発生させない」との従来の視点から、「常に事故のリスクはある」との視点へとシフトし、安全規制とは独立した、万一の事態に備えた原子力災害対策を整備することが必要となった。この不確実性を持った万一の事態に備えるための有効なアプローチとして深層防護の考えがあり、水化学ロードマップにおいてもこの深層防護の考えを取り入れ、自主的安全性向上に向けたロードマップとして改訂を行うこととした。
_この深層防護は「1.はじめに」に記載した通り、IAEAの考えに基づけば5つのレベルに分類されるが、水化学ロードマップ2009では、運転中プラントを対象としたレベル1(異常運転や故障の防止)、レベル2(異常運転の制御及び故障の検知)に該当するものが中心であった。しかしながら、1F事故後の対応を顧みると、汚染水の処理や放射性ヨウ素等の核分裂生成物の放出抑制等、レベル4(事故の進展防止及び影響緩和を含む過酷なプラント状態の制御)に相当する対応に関しても水化学が果たすべき役割が大きいことを改めて認識した。そこで、表4-1-1表4-1-2に示すように、深層防護の各レベルに対する水化学の役割を新たに定義し、各研究課題がどのレベルに貢献するかを整理した上で新たな課題の抽出を行うとともに、従来なかったレベル4に相当する事故時対応の水化学を新たに追加することとした。なお、レベル5(防災)は放射性物質が大規模に放出された場合の影響緩和を目的とした原子力発電プラントの敷地外も含めた緊急時の対応方法を求めるものであり、今回の改訂において水化学で解決すべき課題は見出せなかった。

4.2 改訂の基本方針

_フォローアップは水化学ロードマップ2009で抽出・整理した課題を基本としつつ、4.1で述べた通り、自主的安全性向上を目指した深層防護との関連付けにより、FP挙動の解明、事故時の対応、廃止措置における水化学を新たに追加することとした。
_また、個別ロードマップについては2009年以降の状況変化への対応を基本に、下記の観点から改訂した。
・現状分析の見直し
・実施時期、期間
・関連分野との連携
_また、水化学ロードマップ2009作成後、経済産業省資源エネルギー庁と日本原子力学会が策定した「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」との整合・連携を図りながら策定した。

4.3 フォローアップの実施体制

_フォローアップは、渡邉豊部会長を主査として、大学、電力、メーカ、研究機関からの水化学、材料、燃料及び安全に係わる各分野の専門家で構成された「水化学ロードマップフォローアップ検討WG」を日本原子力学会水化学部会内に設置し、検討を進めた。構成委員について表4-2に示す。また、構造材料、燃料健全性及び被ばく線源低減、事故時対応等に係わる個別検討に当たっては、原子力学会 春の年会、秋の大会の企画セッション、水化学部会で実施している定例研究会を通して、幅広い分野の有識者からの意見を取り入れながら改訂を進めた。

3. 水化学を取巻く環境の変化

_水化学ロードマップにおいては、従来、運転中プラントの水化学管理を中心に、材料・燃料の健全性維持、被ばく低減、新技術開発、人材育成、等の諸課題に対して、開発方針、開発スケジュールを提示し、ローリングを行ってきた。この基本的な取組み方針は今後とも変わることなく継続されるべきものである。
_一方、2011年の東日本大震災による1F事故の影響とそれに伴う原子力界全体の大きな変化を考慮することは不可避であり、環境の変化の要因として非常に高い重要度を持っている。

3.1 1F事故の社会的影響

_1F事故の影響について、社会的影響の観点からは、まず、新規制基準、軽水炉安全技術・人材ロードマップ、深層防護の3つの観点から検討することとした。さらに、1F廃炉推進のモチベーションの観点を加える。

(1) 新規制基準及び自主的安全性向上への取組み
_原子力規制委員会は、原子炉等の設計を審査するための新しい基準を作成し、その運用を開始した。いわゆる「新規制基準」は、1F事故の反省や国内外からの指摘を踏まえて策定されたものである。これにより、地震や津波等の大規模な自然災害や重大事故に対して十分な対策が取られるようになった。この新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものであるが、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できる訳ではない。すなわち、1F事故を契機として、原子力安全文化の醸成、自主的な安全性向上といった観点の重要性が指摘されている。これまで原子力安全の議論がともすれば狭義の安全評価の範疇にとどまっていたことに対して、これらの観点は全ての原子力に係わる活動において尊重されるべきものであることが示され、水化学の取り組みも例外ではない。

(2) 軽水炉安全技術・人材ロードマップへの対応
_このような状況下で、経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会の下に「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」が設置され、日本原子力学会「安全対策高度化技術検討特別専門委員会」と連携して、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」の策定が行われた。このロードマップは技術開発と人材育成とを基本としており、8つの課題別区分が提示されるとともに、着実にローリングを行っていくことが示されている。今回の水化学ロードマップ改訂もこの趣旨に則るものとして位置付けられる。

(3) 深層防護の考え方の導入
_原子力学会標準として、昨今、BWR/PWRの水化学管理指針の制定を図っているが、この中では水化学として従来取り組んできたこと、また、今後取り組むべきことに対して、何が自主的な安全性向上につながっているかを再認識、再構築する議論を重ねた。その中では、「深層防護」の考え方も取り入れ、一つ一つの水化学技術の取り組みがどのような位置づけになるかの再定義を行っている。これらの活動は一過性であってはならず、常に最新の知見を取り入れつつPDCAサイクルを回すことにより、定常的な安全性向上の取り組みが求められる。

(4) 1F廃炉推進のモチベーションの維持
_1F事故の影響は甚大で測り知れないものがあるが、一方で技術的なチャレンジも多い。その中で、1F廃炉を確実に推進するという使命は非常に重いものがあり、それ故に原子力に係わる技術者にとっては大きなモチベーションとなっている面がある。すなわち、原子力産業の発展を支えてきた世代にとって廃炉推進のモチベーションは強く、これを次世代にいかに受け継いで行くかが大きな課題といえる。

3.2 1F事故の技術的影響

_ロードマップに示される水化学の取り組み姿勢は、従来から水化学の使命として位置づけられてきたものがある一方、1F事故を契機に新たに取り入れられたものもあり、大きな環境の変化と言うことができる。
_特に1F事故対応に関しては、いずれも新しい技術項目であり、1F廃炉推進、プラント再稼働、材料健全性の大きく3つの観点につき述べることとする。

(1) 1F廃炉推進
_まず、事故の収束に向けての対応として水化学及び原子炉化学に要求された事項としては、汚染滞留水処理、二次廃棄物処理、水素発生量評価(安全評価)が挙げられる。特に、汚染滞留水処理は事故発生直後からの喫緊の課題であり、これまでプラントの通常運転中には導入初期を除きほとんど経験することのなかった核分裂生成物(FP)放射能の除去技術の確立、適用が求められた。いわゆるFP化学は、1F事故以前の通常運転中のプラントではほとんど議論されてこなかったため、改めてその知識ベースの体系化、技術継承が必要とされている。
_また、この事に付随して発生する二次放射性廃棄物の処理(将来的には処分も含む)について、検討が必要とされている。これはバックエンド部会との境界領域であり、必ずしも水化学ではないが、上流側の廃棄物発生条件と処理方法とは密接に係わるため、高い関心を持って臨むべき事項と考える。
_さらに、廃棄物中の放射線分解による水素発生量評価やそれに及ぼす海水成分の影響評価の重要性は高い。また、今後のデブリ取り出し作業において、α線放出核種を含む水の放射線分解による水素発生量評価は、作業安全や作業環境の確保の上で必須要件となる。

(2) プラント再稼働対応
_次に、事故後のプラント再稼働に向けての対応としては、シビアアクシデント対策としての新しい水化学管理の導入に対して、十分な評価を行うことが大事である。具体的には、格納容器内水のpHアルカリ管理、フィルターベントシステムによる放射性ヨウ素放出抑制対策がある。これらのシステムはBWRではプラント再稼働の要件になっているが、ヨウ素化学の解明、確立は、世界的に見ても依然として今後の課題であると考える。

(3) 材料健全性確保
_材料健全性の確保に関しては、1F事故の特徴として津波による海水流入及び炉心冷却のための海水注入が挙げられる。すなわち、使用済み燃料プール中の燃料及び構成材料に対する海水成分の腐食影響評価、原子炉内/格納容器内への海水注入による構造材料の健全性評価は新たに直面した課題であり、教訓として認識しておくべき事例である。さらにこれらは放射線環境下での腐食挙動であり、不純物系における水の放射線分解挙動と相俟って検討されるべき課題といえる。

3.3 水化学を取巻く環境変化への対応

_このように、1F事故を契機に水化学を取巻く環境が大きく変化し、社会的影響と技術的影響を齎したことを受け、これらの変化への今後の対応として、意識改革と技術改革の2点が重要になると考え、以下に述べる。

(1) 意識改革
_上述の環境変化に対応するためには、従来の通常運転時の水化学の取り組みに加えて、シビアアクシデント時の対応まで範囲を拡げる必要がある。さらに、1F廃炉推進のための水化学の取り組みも重要な課題として位置付けられる。これらの取り組みに際しては、常に自主的な安全性向上の姿勢が求められ、ロードマップのローリングにおいても、PDCAサイクルを回し、現状の施策の必要十分性の確認、課題の抽出、解決策の適用、新知見の導入を図る必要がある。

(2) 技術改革
_これまでの水化学ロードマップで取り上げられてきた水化学技術につき維持、改善していくことは論を俟たないが、1F廃炉推進、プラント再稼働対応の観点では新規技術の開発、適用、評価を継続的に行う必要がある。これら新規技術については、常にロードマップにおいても課題として取り上げフォローしていく仕組みが必要となる。
_このように、今回の水化学ロードマップ改訂にあたって、水化学を取巻く環境の変化、及び、その対応につき、論点を述べた。1F事故を契機に大きな環境の変化が生じたことに対して、その事実と水化学の役割を真摯に受け止めるとともに、今後とも常に課題解決の意識を持って取り組む姿勢が求められる。

3.4 将来に向けての課題

_さらに、より包括的な環境変化への対応として、以下の諸課題が挙げられるものと考える。すなわち、1F事故対応、設備利用率向上、負荷追従対応、少子高齢化対応等の諸点である。

(1) 1F事故への対応
_今後の1F廃炉推進は長期間に及ぶため、汚染滞留水処理、二次廃棄物処理、等を今後とも継続的かつ着実に実施していく必要がある。また、プラント再稼働対応としては、シビアアクシデント対策としての格納容器内水のpHアルカリ管理、フィルターベントシステムの導入、等の運用管理を的確に行う必要がある。これらはいずれも1F事故への中長期的対応として重要な課題である。

(2) 設備利用率の向上
_国の最新のエネルギー基本計画[3-1]では、2030年に原子力発電の占める割合を20~22%としている。我が国の原子力発電所の1975年~2010年までの累計の設備利用率は71.8%であった[3-2]。しかしながら再稼働予定のプラント数の減少に鑑みると、上記目標を維持するには、自主的な安全性向上の取組等により軽水炉の設備利用率をさらに向上させることが必須と考える。
_これに対し、水化学による材料の防食対策を推進することにより人の安全と設備の安全性・信頼性向上を図ることができる。また、配管や機器の線量率を低く維持する被ばく低減対策を推進することにより定期検査期間の短縮を図ることができる。これらはいずれも設備利用率向上に繋がるため、水化学の関与する範囲は大きいと考える。

(3) 負荷追従運転への対応
_再生エネルギーの大量導入に伴い、海外ではすでに軽水炉も負荷追従運転の対象となる動きが出ている。この動向はやがて再稼働後の我が国でも対応すべき課題と考える。これまで原子力はベースロードとしての役割を担ってきたが、今後のエネルギー需給バランスに鑑み、原子力によるエネルギー供給には柔軟性を持たせる必要があろう。その際、過渡的な変化に対して水化学管理の側面から的確に対応できるよう検討を進めておく必要がある。

(4) 少子高齢化及び若手の原子力離れへの対応
_一方、我が国は少子高齢化問題に直面しており、次世代の若手人材への技術継承は喫緊の課題となっている。エネルギー政策の着実な推進のためには、次世代の人材にとって魅力ある技術テーマを創出し、優秀な人材を確保する必要がある。そのために水化学ロードマップの有効活用が強く望まれるものである。

参考文献

[3-1] 経済産業省資源エネルギー庁:長期エネルギー需給見通し, 平成27年7月, p.7 (2015).
[3-2] (独)原子力安全基盤機構企画部技術情報統括室編:原子力施設運転管理年報平成23年版(平成22年度実績), 平成23年10月, p.36 (2011).

2. 水化学ロードマップ策定の意義

2.1 水化学の役割

発電用軽水炉プラントでは、炉心から取り出したエネルギーを輸送する媒体(冷却材)、及び、中性子の減速材として水が用いられており、様々な温度条件、照射条件、沸騰・流動条件下で、構造材料や燃料被覆管等の金属材料と接しながら循環している。これら金属材料と水の界面では、燃料被覆管の腐食・水素化、クラッド付着による燃料性能低下、構造材料の腐食や応力腐食割れ、構造材料へのクラッド付着による被ばく増大等、種々の問題が生じる。これら諸問題の調和的抑制あるいは解決に貢献し、発電用軽水炉プラントの安全性確保と公益性向上の同時達成に寄与することが水化学の使命である。また、設備/技術への貢献に加え、環境に対する影響の抑制も水化学の重要な課題のひとつである。
水化学は運用技術であるため、プラントの構成、材料、プラント運用の違い等の状況に応じて、合理的な対応策を提供することができる。一方、水化学に係わる事象は冷却材を介して通底しているため、ある課題に対してこれを改善するための水化学技術が、別の課題に対しては逆に作用するケースもあり、常に様々な課題事象のメカニズム把握に努め、これら相互のバランスを考慮した、システム全体にとって最適な制御を目指す必要がある。この観点から、水化学は、単に冷却材の水質維持のみを対象とするのではなく、燃料・構造材料との相互作用やその制御に用いる添加薬品、また、その結果生成する腐食生成物の挙動等を対象としており、これらに化学的基盤を与える分野全般を包括している。さらに、従来の水化学のスコープに加えて、苛酷事故への対応においても水化学が重要な役割を担う。すなわち、事故の拡大抑制、事故収束までの比較的短期間の課題、事故炉廃炉工程での長期間に亘る課題等に対応するための水化学であり、事故時に発生する放射性核分裂生成物への対応が特に重要となる。
プラント全体を視野に置いた最適な水化学管理を将来にわたって行っていくためには、常に研究開発を進め水化学関連技術を発展させていく必要がある。研究開発を進めるに当たっては、研究目標の明確化、既存技術の透明化を図ることで、大学・研究機関における水化学研究の活性化と効率化を図り、水化学の技術的な高度化のために新たなブレークスルーを生み出す努力が重要である。このような取り組みの成果は、国内の発電用軽水炉プラントに留まらず、プラント運用技術(ソフトウェア)として、海外、特に、拡大が著しいアジア地域の原子力発電の安全性・信頼性の向上に資するものと考えられ、我が国原子力産業の国際展開への寄与も期待される。一方、このように将来に向けて大きな可能性を有する水化学分野においても、近年、技術者、研究者の高齢化が進み、他の分野と同様に人材育成と技術の標準化が求められている。

2.2 水化学ロードマップ策定の目的

これまで、水化学は設備・機器の腐食抑制、被ばく線量低減、放射性廃棄物低減を通じて、プラントの安全性、信頼性、経済性向上に貢献してきた。水化学の果たすべき基本的な役割は今後も変わらないが、エネルギー安定供給と地球環境保護の観点から、発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用の推進、そして、原子力エネルギー利用の大前提となる不断の安全性向上を支援していく必要がある。水化学ロードマップでは、このような取り組みにおいて新たに生じうる課題を予見するとともに、その事象を的確に把握し、効果的に対応するための研究の道筋について、その基盤と成果の活用を含め時間軸上に示したものである。
高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用の調和的実現に貢献していくためには、従来に増して、水化学分野における産官学及び学協会の適切な役割分担と、燃料や構造材料等関連分野を含めた協力連携が不可欠である。また、深層防護を構成するシナリオや技術要素は多岐に亘ることから、不断の安全性向上の観点からも関係者による認識の共有が必須である。水化学ロードマップはそのためのコミュニケーションツールとして作成されたものである。

2.3  水化学ロードマップの成果の活用

水化学ロードマップに基づいて実施された研究成果は以下の活用を前提としている。

① 既存発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、高度利用、及び、これらを支える作業環境改善(被ばく線量低減)、自然環境への負荷軽減(放射性廃棄物の発生抑制)等水化学固有課題の調和的な解決に資する。

② シビアアクシデントを含めた5層構造に拡大された深層防護の再構築、ならびに、安全性向上のPDCAサイクル推進に資する。

③ プラントの安全に係わる成果については、アウトプットの一つとして規格・基準類の整備に反映していく。また、これら水化学関連の規格・基準類の整備に際しては、プラントの維持管理(評価、検査、補修)や、新検査制度(評価指標、予防保全)に係わる規格基準類との連携を念頭に置く。

④ 革新的な技術成果については、我が国原子力産業の国際展開に繋げるとともに、開発中の次世代型軽水炉の設計に反映する。

⑤ 上記成果について、国際協力の観点から、原子力発電を推進する国々と情報交換し、水化学研究の効率的な推進と活用を図る。特に、今後、大幅な増大が見込まれるアジア地域の原子力発電の安全と定着を支援するために活用する。

2.4 産官学の役割分担

水化学ロードマップ2020では、第二次水化学ロードマップで示された産官学の役割分担の考え方を引き継ぎ、軽水炉安全技術・人材ロードマップとの整合性や水化学技術の特徴を考慮し、原子力基本法の精神、すなわち、

    1. 原子力の研究開発、利用の促進(エネルギー資源の確保、学術の進歩、産業の振興)をもって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する。
    2. 平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。

に則り、以下のように基本的考えを取りまとめた。

① 産業界

    • 自らの事業の実施にあたり、安全性、信頼性、経済性の確保・向上に必要となる研究の立案・計画及び実施
    • その成果を活用した規格原案の作成
    • 安全規制との関係における機器・設備等の安全性・信頼性、検査・運転管理等の妥当性を説明、あるいは検証するために必要な研究の実施

② 国・官界

    • 原子力発電の適切な育成と安全規制
    • 我が国原子力産業の国際展開に対する支援
    • 技術的に難易度が大きく、かつ、必要資金が大きい等、緊急かつ必要であるが困難が大きい研究への支援
    • 安全規制の整備・運用に必要な技術的知見(データ、手法等)の取得
    • 安全規制に必要な技術基盤を構築すること等を目的とする安全研究の企画及び実施
    • 安全研究の成果の規制制度・規制基準への反映

③ 学術界

    • 現象の解明と基礎工学に関する研究開発知識ベースの提供と検証
    • 基礎・基盤となる知識ベースの蓄積とそれに基づく先見的、潜在的な課題の発見
    • 基礎研究を支える人材の育成

④ 学協会

    • 学術・技術の健全な発展と透明性のある議論の場の提供
    • ロードマップの策定等を通じた安全基盤研究の企画、評価への参画
    • 安全規制制度・基準等安全確保のあり方、規格基準の体系的整備等に関する提案
    • 研究成果、各種知識ベース等を活用した学協会規格等標準の策定
    • 分野間横断的な規格基準の整備における学協会間の協力・連携

1. はじめに

_原子力発電は、他の発電方式に比して燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、運転コストが低廉で運転時に温室効果ガスを排出しない。数年にわたり国内保有燃料のみで生産が維持できる低炭素の準国産エネルギー源として優れた安定供給性と効率性を有している。2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において、原子力発電は、安全性の確保を大前提として、長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源であると位置付けられた。原子力発電の活用のためには、2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所(以下、1F)の過酷事故の反省に立って、原子力発電システムの安全性向上に対する従来の取り組みの問題点を根本的に見直し、抜本的な安全性の高度化とその不断の向上を図ることが必要条件となる。また、1Fの廃炉ならびに今後増えていく古い原子力発電所の廃炉を安全かつ円滑に進めていくためにも、高いレベルの原子力技術と人材の維持とその発展が必要とされることが指摘されている。このような背景の下で、経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会の下に設置された「自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループ」と日本原子力学会「安全対策高度化技術検討特別専門委員会」とのやり取りを通じて、我が国の軽水炉の安全性向上を効率的に実現する技術開発及び人材育成の将来に向けた道筋を示すことを目的として、軽水炉安全技術・人材ロードマップが策定された。
_一方、水化学ロードマップは2007年に第一次版、2009年に改訂版が策定されており、発電用軽水炉プラントの高経年化対応、燃料高度化、軽水炉高度利用推進の支援に重きが置かれてきた。例えば、燃料の高燃焼度化・長期運転サイクル(燃料高度化)や原子炉出力向上(軽水炉利用高度化)によって、冷却材である水の放射線分解が促進され、構造材料や燃料被覆管に対する腐食環境が過酷化する、また、その結果発生した腐食生成物により、被ばくの増大や燃料性能の低下を招く方向となる。これらの諸問題を解決すべく、構造材料の高信頼化、燃料の高信頼化、被ばく線源低減を安全基盤研究の3つの柱と位置付けてきた。今回の改訂では、軽水炉安全技術・人材ロードマップとの整合性を図りながら、水化学技術の意義を改めて見直し、より広い視点で役割を再定義した。
_1F事故の教訓を踏まえて、深層防護の考え方は、従来の3層(異常発生防止、異常拡大防止、事故影響緩和)から過酷事故を含めた5層に拡大して再構築することが求められている。IAEAの考え方に基づけば、深層防護は下記の5レベルに分類される。
_レベル1:異常運転や故障の防止
_レベル2:異常運転の制御及び故障の検知
_レベル3:設計基準内への事故の制御
_レベル4:事故の進展防止及び影響緩和を含む過酷なプラント状態の制御
_レベル5:放射性物質の大規模放出による環境影響の緩和
水化学ロードマップの従来のスコープは、主としてレベル1に該当するものが中心であった。しかしながら、核分裂生成物の挙動や汚染水処理等、過酷事故のレベルにおいても水化学が果たす役割は大きい。したがって、今回の水化学ロードマップ改訂では、レベル1あるいはレベル2への水化学の寄与に関する考察を深めながら、レベル4以上の事態における水化学技術について新たに章を設けて明記することとした。
_策定にあたっては、水化学ロードマップフォローアップ検討WGを水化学部会内に設置し、検討を進めた。
_我が国の軽水炉の安全性向上にこの水化学ロードマップが寄与することを期待したい。

NPC2023会議報告

NPC2023 報告書

 

International Conference on Nuclear Plant Chemistry

SEPT 25-28, 2023

PALAIS DES CONGRÈS

ANTIBES, JUAN-LES-PINS, FRANCE

  

2023年12月

日本原子力学会 水化学部会

 

目次

Welcome & Opening, Keynote speech
T01.1 – Secondary water chemistry | Control & Corrosion

T01.2 – Secondary water chemistry | Film forming products & dispersant
T01.3 – Secondary water chemistry | Hydrazine alternatives
T02.1 – Primary water chemistry & radiochemistry | Control & Corrosion

T02.2 – Primary water chemistry & radiochemistry | Source term
T02.3 – Primary water chemistry & radiochemistry | Zinc
T02.4 – Primary water chemistry & radiochemistry | BWR
T02.5 – Primary water chemistry & radiochemistry | Fuel and CRUDs
T03 – Auxiliary systems water chemistry & waste treatment
T04 – Maintenance & long term operation
T05 – Monitoring updates & new developments
T06 – Numerical & simulation tools
T07 – Advanced reactors
Poster

Workshop on Radiolysis, Electrochemistry & Material Performance
Session 1: MODELLING FROM OPERATIONAL DATA
Session 2: CORROSION ISSUES
Session 3: CHEMISTRY ISSUES
Session 4: NEW INVESTIGATION SET-UPS

コアメンバー会議