部会報第2号 発電プラントにおける水化学の重要性

発電プラントにおける水化学の重要性

                 日本原子力発電株式会社  目黒 芳紀

  1. はじめに

 2000年代初頭まで80%台を維持していた原子力発電所の設備利用率が、ここ数年低下し2007年度には61%になった。最近の原油価格の高騰、地球温暖化抑制対策として、原子力発電に対する期待が大きいにも係わらずその期待に応えきれず残念である。
発電所の長期停止の原因は、発電所の不祥事、地震などにも因るが、最近の事例にみるとトラブルの大半は機器・設備のSCC,FACなど材料健全性に起因することが多い。

原子力発電所が我が国で営業運運転を開始してから40年以上になる。原子力発電技術において、原子炉安全確保のため核物理、核燃料、原子炉制御、保健物理などは重要性が大きいとしてその必要性を改めて論じる人はいないが、設備の健全性の鍵を握っているにも係わらず「水化学」については、残念ながらその重要性が必ずしも関係者の間でも十分浸透しているとはいえない。
水化学部会では研究専門委員会の時代から、年数回開催される研究会に、毎回100名の水化学研究者・技術者が集まり、夫々の具体的な経験、研究等の成果を紹介し、それを基に活発な議論を行っている。この議論を通し、日頃から一生懸命「水化学」に取り組んでいる技術者の真剣な思いを、原子力事業関連の上層部の方々や他の技術分野の方々に理解して頂くことが必要と考え、活動のあらましと今後の期待を以下に取り纏めた。

  1. 軽水炉における水化学の取組の概要

 原子力学会に於ける「水化学」の歴史は、1982年に研究専門委員会として活動を開始したのに始まる。昨年よりその活動をより深化させると共に、幅広く燃料、材料等他の原子力分野との交流を図るため水化学部会に改組するなどの経緯を経て今日に至っている。
発足当初は、軽水炉の運転経験の蓄積と水化学情報の収集が中心であったが、最近ではプラントの特性を考慮した具体的対策に取り組んでいる。ここではその事例を紹介し「水化学」が原子力発電所運営上重要な役割を担っていることを紹介したい。

1)燃料被覆管の健全性維持とFPの環境放出低減

 軽水炉(BWR)の初期には、燃料被覆管の損傷が多く発生し、被覆管の健全性を確保するために、燃料の成型加工、PCIOMRなど運転手法の改善と共に、水化学上は多量に原子炉内に持ち込まれていたクラッドを低減させ被覆管の腐食を抑制させるよう努めた。燃料から放出されたCs,Sr,Xe,KrなどのFPについては挙動を把握しつつ、活性炭式希ガスホールドアップ装置などを導入し、環境放出低減に努めた。これらの結果1975年頃から燃料破損は漸次減少し、FPの環境放出もなく今日に至っている。

2)クラッド対策(放射化腐食生成物による一次冷却系の放射線量率の上昇抑制)

 燃料破損の問題が収束に向かいつつある1973年ころから、一次冷却系の放射線量率が上昇し、これに伴い従業員の被曝線量問題がクローズアップされるようになってきた。これは給水系から持ち込まれたクラッドが燃料表面に付着し、中性子照射を受けCo-60,Mn-54などの放射化腐食生成物が生成され、冷却材によって循環するうちに機器・配管に付着蓄積し、場の放射線量率を上昇させる、所謂BWRのクラッド問題である。軽水炉導入初期は一次冷却系におけるクラッド挙動が良く分からなかったことから、電力、プラントメーカが主体となって先ず実態調査を行い、クラッドの発生、移行、付着、放射化、蓄積などを定量的に把握し、モデル化し、それを基に効果的な対策を講じた。復水、原子炉などの浄化系の改善、酸素注入/鉄濃度コントロールなど復水・給水処理の改善などがその一例である。

クラッド問題を先取りするかたちでBWRの開発者であるGEは、タスクホース「Water Chemistry Program」を1973年に発足させ、米国、ドイツ、スウェーデン、日本との技術比較検討を行い好事例を各プランで採用することとした。この検討で強く印象に残っているのは、水化学の専門家だけではなく、機械、電気、燃料、発電、保健物理、廃棄物処理など原子力発電技術に係わる専門家の同席を求め、また、電力、プラントメーカーも共同で、夫々の分野からの見た率直な意見の交換・議論を展開すると共に、その成果を持ち帰り自らのプラントに反映していったことである。
従って、各分野の専門家が同時に問題を共有化し、クラッド問題に一致協力して取り組んだ。軽水炉導入初期にはこのような機運があふれており、水化学担当者も大いにやりがいを感じていた。

現在従業員の総被曝線量が高止まりしているが、これらは発電所のトラブル、検査業務によるものである。水化学が目指す一次冷却系の放射線量率は軽水炉運用の恒久的課題であるが、最近のプラントではかつてより大幅に低減していることを付記したい。

3)対策(応力腐食割れ対策)

①BWRのSCC

クラッド問題発生に少し遅れた1975年頃から米国でSCC問題が発生した。SCCは、材料、応力、水環境の3つの因子から発生する。水化学面からの対策として、BWRの場合、炉水が炉内で放射線分解(ラジオリシス)し、H2O2、O2などの酸化剤になり活性溶解型のSCCを発生させるとされており、これを抑制するためひとつの指標として腐食電位を-0.2VSHE以下に維持するため、PWR同様H2注入が試みられている。しかし、主蒸気系統の放射線量率の上昇を招くことからH2の注入量に制限があり、これを補うためNMC,N2H4の注入などが検討されている。
炉内構造材の健全性に大きな影響を与えるSCCの発生、進展を抑制するためには、そのメカニズムを解明する必要があり、そのための基礎技術として炉内における複雑な中性子、ガンマー線などによるラジオリシス解析が重要とされており、水化学部会で検討が行なわれている。原子力発電所の現場においては管理の指標として腐食電位を-0.2VSHE以下に維持することが重要とされており、それを正しくモニターできる装置の開発が必須とされている。

②PWRのPWSCC

最近PWRの原子炉容器上蓋、加圧器、SG等の管台で発生しているPWSCCについて材料選定、加工(溶接)などの面から改善対策がとられている。水化学の観点からは、(BWRと異なり)PWRでは当初からH2注入により炉水の放射線分解によるH2O2などの酸化剤の存在を抑制してきた。腐食電位も-0.7VSHE以下に維持されてきており、BWRのような活性溶解型のSCCは生じないが、逆にH2吸収型のSCCが懸念されるようになってきた。従来PWRでは通常運転において、25~35cc/kgH2O<に管理されているH2濃度の適正化が、これからのPWSCC対策の重要な課題である。

4)SG伝熱管健全性維持対策

 初期に導入されたPWRではSG伝熱管の損傷が多発し、その改善がSGの構造、伝熱管の材料選択・加工など多角度に行なわれた。水化学の改善としては、当初二次冷却系の水処理剤として用いていたNa3PO4からNH4OH,N2H4のAVT処理に切り換えたことである。これは、SGの蒸気発生メカニズムを考慮すると、固形分アルカリを使用した場合、管支持板部の管穴部にハイドアウトすることが判明し、これを避けるためAVTに変更した。更に、AVT処理にした場合二次冷却系にCu系材料(例えば、給水ヒーター伝熱管)が存在すると[Cu(NH3)4]2+としてCuがSGに持ち込まれ、SG伝熱管を腐食させる恐れがあることから、給水系のpHを9.2以下に抑える必要があり、二次冷却系に使われているFe系材料の腐食対策としては、十分とはいえない。
このため、敦賀2号機以降のPWRでは、二次冷却系からCu系材料を排除し、給水pH10の高AVT処理ができる設計にしている。

5) FAC防止対策(流動加速腐食防止対策)

①PWR

2004年美浜発電所3号機の復水系統で発生した配管破談事故を契機として、二次冷却系のFAC問題がクローズアップされた。定期点検時に抽気、ヒータードレン系を含む配管の肉厚測定を行い、基準に達しない配管の交換を行なっている。
水化学面での対策としては、SGの項で述べたように高AVTに維持し、配管表面に緻密なマグネタイト皮膜を形成することが重要であるが、抽気、ヒータードレン、ベント系などの二相流系では高AVTでもFACの抑制は難しく、適切な配管設計、材料選択と肉厚検査の組み合わせて対策を考える必要がある。
最近ではBWR同様給水系に微量O2を注入し、堅固で溶解度の低いヘマタイト皮膜を形成する案が検討されている。

②BWR

クラッド対策として給水系の電気伝導度を極力低く保った超純水下で微量のO2を注入し、配管表面の皮膜を緻密な溶解度の小さいヘマタイトにすることによりFACを抑制している。PWR同様、適切な系統設計、材料選択との組み合わせによる総合的対策が必要である。

  1. 今後の課題と水化学部会活動への期待

1)軽水炉における水化学対策は、上述のように燃料、原子炉構造材、復給水・タービン系を含むBOP設備に至るまで機器・設備の健全性維持、また放射線量率の低減など安全性確保の観点で幅広く関与している。軽水炉初期には水環境の状況把握の段階から始められたが、55基の軽水炉の運転経験を通して、現状では冷却材(軽水)と構造材料の境界で生じるSCC、FAC、クラッド問題などの発生、進展現象についてメカニズムが明らかになりつつあり、モデル評価をもとにシュミレーションが進みそれを基に上述のように着実に諸対策も具体的に講じられ成果を上げつつある。
しかし、最初に述べたように既存軽水炉の設備利用率は低い。トラブルの主因の一つは機器・設備の腐食損傷に起因しており、水化学対策は進んでいるが完結していない、今後ますますその役割は重要になると認識しておく必要がある。

2)これまでの経験を通して得られたことは、発電プラントが運転を開始する段階から水化学管理を行なうのでは遅すぎる、ということである。即ち、プラント設計の段階から水化学の担当者を導入し、機械、電気、材料などの技術者と一緒になって既存プラントで得られた知見をフィードバックさせる、建設段階には防錆対策など品質管理を充実させる、試運転の初期からプラント特性を把握する、など万全の対応を図ることが肝要である。従来は水化学担当者のプロジェクト参加は試運転段階以降で、先行プラントの知見が設計などに入りにくい面があった。電力、プラントメーカーは水化学担当者の積極的投入を期待したい。また、水化学担当者はプラントエンジニアリングに関する知識を幅広くもち、その期待に応えて欲しい。

3)2000年半ば以降まで軽水炉時代は継続する。健全性を保ち安全に軽水炉を運用するためには、既存の55基については高経年化対応が喫緊の課題である。特に水化学面からは構造材料と冷却材の境界で生ずるSCC、FACを初めとする腐食損傷を極小化させる必要がある。さらに、放射化腐食性生物による従業員に被曝、放射性廃棄物の発生などの低減化も必須の課題である。更に、既存炉においては燃料の高燃焼化、出力向上などが計画されており、炉内における中性子、ガンマー線による冷却材のラジオリシスが変化してくる。この場合の燃料(AOAを含む)、原子炉構造材の健全性も現段階から評価し、対応を検討しておく必要がある。
これから、精度の良い水化学管理をしていくためには、腐食損傷が構造材料と冷却材との境界で生じていることから、腐食反応を直接監視・管理するため腐食電位(ECP)の管理が主流になるものと思われ、そのための正確な測定は欠かせない。炉心、炉外(例えばSG、PWR二次冷却系、BWRBOP)環境下におけるモニターの開発が急がれる。

4)また、現在国、民間レベルで開発されている将来炉、中小型炉に対して浄化系を含む系統設計、適正材料の選択などにも既存炉の知見をもとに積極的に提言していく必要がある。いずれは高速増殖炉の実用化が必要になる。この時の3次冷却系の水化学は高温、高圧蒸気条件下における管理が要求される。長期原子力時代を想定した水化学の検討が必要である。

原子力発電所を導入に際しては、電力、プラントメーカーは、その時点での最新の知見を基に設計、建設している。然しながら、実際の運用に入ると種々の新しい事象が発生する。
これまで原子力発電所で発生したトラブルを見てみると、放射線環境下にあること、腐食損傷を例にとっても特殊な蒸気・水環境条件下にあることなど、所謂火力発電所にはない原子力発電所固有の環境条件に起因していることが少なくない。
原因、対策を論じる場合、基礎的学術的究明と共に再発防止の確証試験が必要になることが多い。また、原子力発電の場合、常に原子炉安全を第一として万全が求められており、社会的安心を得て運用するためには、第3者的評価は欠かせない。

原子力発電所の建設、運用は、電力、プラントメーカーが担っているが、上記のような観点から、産業界のみならず大学、研究機関、関連企業の総合的な協力・協調が必要である。
水化学部会においては、これらを集積し、夫々の機関の特性に応じ活動できる場の提供を期待したい。そのためには、産業界からの課題の提供と研究機関からの基礎的・学術的技術の提供が必要となる。特に、原子力発電所で生ずる構造材と冷却材の境界で生ずる複雑な課題を先取りし、解決の方向性を打出し、産業界が持つ課題の解決に応えて欲しい。

また、軽水炉の水化学上の課題は世界共通であり、効率的に課題の解決を図るためには、軽水炉を運用する欧米、アジアを含めた海外機関との技術交流を通し、相互に学びあうことが効果的であり、本水化学部会が先導的立場に立った国際交流の活用を期待したい。