2009年4月8日
日本原子力学会2009年春の年会 水化学部会企画セッション
「被ばく線量低減に向けての課題と将来の取り組みについて」実施報告
関西電力(株)
中村 年孝
はじめに
「被ばく線量低減に向けての課題と将来の取り組みについて」と題した水化学部会の企画セッションを、日本原子力学会2009年・春の大会(3月23日13時~14時30分、東京工業大学B会場 西3号館 W323)において開催した。約80名の参加者を得て熱心な議論が繰り広げられた。以下に具体的な内容を記述する。
企画セッション趣旨説明
企画セッション開催にあたり、担当委員の中村(関西電力㈱)より今回の企画セッションの趣旨について、以下の通り説明があった。
原子力発電所で従事する作業者の被ばく線量は、これまで種々の対策の実施により、経年的に低下してきたが、最近の線量はほぼ横ばい状態にある。また1990年代にはかなり優位性のあった諸外国の線量と比較しても、最近ではほとんど差がない。原子力に対するより一層の安心・信頼を獲得するためにも、更なる被ばく線量低減が必要である。
これまでの海外調査結果から、わが国の線量率は世界的に見ても依然として低い状態を維持している。一方で運転サイクルや検査制度の違い等により、諸外国に比べ作業量が多いことが判明している。現在進められている新検査制度検討の中で作業量が減少し、結果的に被ばく線量が低減することも期待できるが、線量率をさらに低減するという選択肢も重要で、この点で水化学の寄与が求められている。
今回のセッションでは、国、事業者、メーカーから現状の取り組みと今後の課題や意見等を発表してもらい、今後の水化学改善による被ばく線源低減技術開発に向けての取組みの方向性について議論する事を目的とする。
講演
まず、辻氏(経産省)より「被ばく線量低減への国の関与」と題して、原子力発電所の従事者被ばくに係る国内外の規制状況及び従事者被ばく線量、被ばく低減に係る取り組み、さらに米国で実施されているリモートモニタリング、国内放射線作業管理における要改善事例等の具体的な事例の紹介があった。これら諸外国と我が国は、原子炉の運転・検査などの法的制度に差があり一概には言えないが、ALARA検査の導入が従事者被ばくの低減に寄与する可能性があるとの考えを示された。現在、原子力安全・保安院では、現行の保安検査の枠組みの中で、ALARA検査と類似な検査項目を保安検査の枠組みへ導入することにより、従事者被ばくの低減を図れないか検討を行っている。この検討作業は、単に放射線管理業務にとどまらず、原子力発電所の運転管理全般にも関係する内容となるため、実現までの道のりは容易ではないが、放射線安全に対する国民の理解を得る上でも有効と考えられる。原子炉設置者を始めとした関係者の幅広いご協力をお願いしたいとの説明があった。
次に、伊藤氏(東北電力)より、「東北電力における被ばく線量低減の取組み」と題して、女川1号機で実施されている給水鉄ニッケル比制御、女川2・3号機、東通1号機で実施している極低鉄・高ニッケル運転について紹介があり、PLR配管線量率を長期間に渡り低いレベルに維持することが可能であるとの説明があった。また、東北電力では、低コバルト材の採用等被ばく低減に配慮した設計を行い、建設時のクラッド低減対策として事業者・協力会社・メーカーが一丸となってクリーンプラント活動を継続的に行い、運転中の適切な水質管理により被ばく低減に努めているとの説明があった。
続いて伊東氏(九州電力)より、「九州電力における被ばく低減の取組み」と題して、玄海発電所において実施されている満水酸化法について紹介があり、従来法(外層クラッド除去)と比較し、放射性コバルトやニッケルの除去量は同程度であり、燃料クラッドバースト等不具合もなく、定期検査期間短縮やミッドループ運転期間短縮に寄与できるとの紹介があった。
最後に、瀧口氏(日本原子力発電)より、「水化学ロードマップでの被ばく線源低減戦略」と題して、『水化学による原子力発電プラントの安全性および信頼性維持への貢献』を目的として、(社)日本原子力学会「水化学ロードマップ検討」特別専門委員会にて、産官学の専門家による検討を通じて作成された第一次水化学ロードマップ(2007年2月)の背景と目的、そして、現在(社)日本原子力学会水化学部会「水化学ロードマップフォローアップ小委員会」にてローリング中の「水化学ロードマップ2009」における被ばく線源低減に関して検討状況の紹介があり、技術の高度化等により2016年頃までに集団被ばく線量を世界トップレベルを目標とし、また2016年以降の中長期目標としてもPDCAを回し、常に世界トップレベルの集団被ばく線量を維持することを目標とすると説明があった。
パネル討論
パネル討論では勝村先生(東京大学)を座長として、水化学ロードマップでの被ばく線源低減戦略について議論した。まずメーカー、研究機関それぞれの立場のパネリストから水化学ロードマップ推進に向けて、意見・要望が提案された。
西村氏(三菱重工業)からは「PWRプラント溶存水素濃度低減について」と題し、一次冷却材中の溶存水素濃度を低減することにより、被ばく線源低減並びに600合金のPWSCC抑制効果が期待される旨、説明があり、燃料健全性試験等の試験規模が大きいものについては国家プロジェクトにて実施を期待しているとの要望が示された。
山崎氏(東芝)からは「BWRプラントの被ばく低減について」と題し、被ばく低減と材料健全性確保を両立させた水化学を達成による配管表面最適制御の推進と今後の更なる被ばく低減の達成の為に現象論ではなく機構論の掘り下げやアプローチの方法論など新しい取り組みの議論を行うべきとの提案があった。
長瀬氏(日立GE)からは「被ばく線源低減戦略」と題し、放射性クラッドの移行メカニズムの抜本的解明をし、新技術適用時の影響評価と線源低減対策立案を推進していくべきとの提案があった。また、化学除染法の高度化を例に挙げ、要求事項の明確化及び研究開発費の確保モチベーションの維持が重要であると考えが示された。
太田氏(電力中央研究所)からは「被ばく線量低減に向けての課題と将来の取組みについて」と題し、被ばく線源低減に寄与する因子を定量的に評価することが重要であり、より定量的なロードマップの作成に繋がり、メカニズム解明と技術の高度化・適用の架け橋になるとの考えが示された。
総合討論
上述の講演とパネリストコメントを踏まえ総合討論を行った。フロアからの主なコメントを以下に示す。
○ 被ばく低減対策には工事、作業の放射線管理等のソフト対策と水質改善による線源低減、機器の自動化等のハード対策がある。今までの個人的な経験・感覚では、水質改善による被ばく低減対策が、最も大きな効果があるとの認識があり、今後も水化学部会において先導的な役割を担って行って欲しい。また、新たな被ばく低減対策を各発電所の状況に応じ積極的に導入して行って欲しい。
○ 燃料の観点から、水質改善すると燃料健全性にも影響が懸念されるが、他分野への影響を定量的に把握できるガイドラインや指標というものが今後重要になってくると考えられる。安全基盤としての指標をどのように検証するかといった位置づけで、研究を実施すれば産官学が協力して研究する材料になる。
○ ALARA精神は可能な範囲で実施すればよいのではなく、可能なものは全て実施するという前向きな姿勢で臨むことが重要である。また、新検査制度導入に伴い、必ずしも被ばく線量が下がるわけではないと考えており、実際にどういった作業では被ばく線量が上がり、どういった作業では下がるのかきっちりと分析をし、その結果によりどのような部分にどのような対策を実施する必要があるか、十分に検証していくことが重要と考える。
最後に座長の勝村先生より、産官学の関連する技術者が一同に介する原子力学会の場で、将来の被ばく線源低減戦略について議論することは非常に重要であり、今回の企画セッションで出た要望・意見を「水化学ロードマップ2009」へ盛り込み、それぞれが共通認識を持って取り組むことは今後の被ばく低減を更に加速することが期待できる。ロードマップを今後更に充実させることにより、原子力立国に相応しいレベルまで被ばく線量低減を目指したいと締めくくられた。