水化学部会の新たな展開に向けて
平成22年7月31日
水化学部会副部会長 目黒芳紀
最近の軽水炉の運転成績をみますと、設備利用率は60%程度と低く、また保修に伴う従事者の被曝線量も高止まりしております。最新(6月閣議決定)のエネルギー基本計画では90%の設備利用率を目指すとしており、原子力発電所の健全性を向上させることが必須です。
設備利用率の低下は大地震の影響などもありますが、最近のトラブル事例を見てみますと、原子燃料、SCC(PWSCCを含む)、FAC、SG等の構成材料の腐食損傷に起因している場合も多く、水化学面からの更なる改善の強化が必要と考えます。放射線源の挙動も原子力発電所毎に夫々異なった現象を示すなど、いまだ低線量率プラントとして維持できる普遍化された水化学対策は確立したとは言えません。特にプラントの健全性向上と放射線源の低減と異なる目標を同時に達成する水化学はこれからの課題です。
さて、今後のプラント運用を考慮して水化学課題を大別すると、下記のようにプラントの高経年化(老朽化)対策と将来の運営高度化対応になるのではないかと考えます。水化学部会ではこの点の議論を深めることを期待しています。
1)軽水炉は、導入された夫々の時代に於ける科学的知見において最も相応しいと考えられる設計をおこなってきたが、その後運転を重ねるのに従い経年化にともなう課題が生じることが分かってきた。材料の腐食損傷発生抑制、放射線源抑制に例を取れば、材料選択及系統設計による影響、水質管理の適切性、高温・高圧水の熱流動特性、中性子照射による原子炉水のラジオリシスなどの影響で、これらは実機による運転暦(曝露)を積み重ねないと経験ができない事象である。
軽水炉導入時の手探り状態から、最近では水化学関係者の努力により経年化による腐食損傷、放射線源上昇等の機構が漸次判明してきたが、これらは現象が生じるまでに時間がかかること、同じ型の軽水炉でも腐食損傷、放射線源挙動が異なって現れ現象解明が難しいこと、などから因果関係の把握が難しく標準となる対応策の取り纏めに至っていない。 BWRに例をとれば、SCC対策と放射線量率上昇抑制のための水化学は個別に検討されてきたが、双方を同時に満足させる重畳化された最善の対策はまだ打ち出されていない。また現状では個々の対策案が複数あり、やや発散状態になっていると思われる。今後40年を越える運転も計画されており、実プラント運用者の立場からみると何れがベストか対応策の集約が必要である。
2)更に、将来の軽水炉では、12ヶ月以上の長期運転サイクル及び出力向上などの運用高度化が計画されており、この場合原子炉水のラジオリシスなど水化学環境が変わってくることが予測される。既存炉においては、材料健全性向上、放射線量率上昇抑制の観点から、水素、亜鉛等の注入、PWR二次冷却系ではAVTによる高pH処理、PWR一次系のPWSCC予防(水素濃度)、核燃料のAOA対策等が検討されている。夫々実験データに裏づけされた改善提案とされている。これらの対策においても、将来の原子炉水環境の変化を予測した新技術の適用がなされる必要があり、Check and Reviewの慎重な適用が必要と考える。
特に、材料問題を議論する時一番欠けているのは、冷却材(軽水)と材料との境界における電気化学的反応を直接観測するのが難しくそのデータが少ないことである。最近対応策として欧米を含め腐食電位(ECP)の測定・評価が注目されつつあり、わが国においてもその開発・適用が必要と考える。
長期運転サイクルなどは既に欧米の軽水炉で適用されており、課題克服に向けた努力がなされている。国際交流によりこれらの貴重な経験を踏まえた対応策が必要である。
水化学部会としては、現場から生の現象を摘出・把握し、原因究明、対応策の提案を高度な専門的立場から評価し、発散しつつある課題を集約し、原子力発電所運営上現実的な対応が取れるよう、更には既存プラントの経験を将来の新設計画に反映していく活動を期待したいと思います。また、最近の原子力学会水化学部会の論文投稿数も減少傾向にあり、水化学分野の関心が薄れているのではないかと危惧しています。関係される方は若い技術者の育成と活用をお願いすると共に魅力ある分野にすべくご尽力を賜りたいと考えます。
以 上