部会報第4号 FAC モデリング概要

FAC モデリング概要

(財)電力中央研究所 材料科学研究所 藤原和俊

1.はじめに

火力・原子力発電用配管の減肉の主要な要因である流れ加速型腐食(Flow Accelerated Corrosion、 以下FAC)は、保護皮膜として働く酸化皮膜(マグネタイト、Fe3O4)の溶出が流れによって促進され、材料の腐食が加速される現象である(図1)1)。従って、溶液の流動条件とともに水化学および材料条件がFACの主要な影響因子となる。FACに影響を及ぼす水化学・材料因子は温度、pH、溶存酸素濃度、および合金成分濃度である。

 

海外ではFACによる減肉量を定量的に評価するためのモデル式、評価コードが開発されており、実機の配管減肉管理に組み込まれている例もある。しかしながら、これらの評価コードには経験的なパラメータが多く含まれていると考えられるが、その詳細については公開されていない。今後、構造材料の健全性確保あるいは被ばく低減の観点から水化学管理がさらに高度化されることを想定すると、FACメカニズムの解明と、それに基づく定量的な予測モデルの確立が望まれる。

現在、国内で開発されているモデルは、溶存酸素の効果を加味し水化学因子を考慮している。本章では、電力中央研究所で構築したFACモデル式を中心に、FAC予測評価技術の現状と課題を説明する。

2.FAC現象に関する知見の整理

FACに影響を及ぼす因子は、①マグネタイトの安定性に関係する水化学因子(温度、pH、溶存酸素濃度)、②材料因子(合金成分濃度)、および、③溶解したFeの皮膜表面から水側への移動に関係する流体力学因子に分けることができる。水化学因子および材料因子の影響について、既存の知見を整理した結果を表1および図2に示す。単相流での炭素鋼のFACは幅広い温度域で発生し、減肉速度が最大となる温度域は広いpH範囲(pH7~9程度)で150℃付近となる2),3)。これに対し、ステンレス鋼では、その温度域が高くなるようである4)。一方、二相流では、炭素鋼のFAC速度が最大となる温度域は180℃近辺であるといわれている5)。また、pHの影響についてはpHが高くなるに従いFAC速度は低下し、pH9.5以上では減肉速度は0.01mm/y以下と非常に小さくなるといわれている6)。溶存酸素濃度については、中性水中では15~40 ppb、アルカリ溶液中では数十ppb以上であれば、FACを抑制できると考えられている7,8,9,10,11)。材料中へのわずかなクロムの添加がFAC速度を抑制することが知られており、中性溶液、アルカリ溶液ともに1 wt%以下のクロムの添加によりFAC速度を一桁以上低下させることができる7),12)

表1 既存知見の整理

影響因子 FAC現象 参考文献
水化学

因子

温度 減肉速度が極大となる温度域が存在し、その温度は流束には依存しない。

〔単相流-炭素鋼:   130℃-150℃(pH7~9)〕

〔単相流-ステンレス鋼:240℃(pH7~9)〕※1

〔二相流-炭素鋼:   180℃ (pH9)〕

 

2),3)

4)

5)

pH pHが高くなるに従い減肉速度は低下する。

〔pH9.2以上:急激(指数関数的)に減肉速度が低下。〕

 

6),3)

溶存

酸素

濃度

それ以上の濃度であれば、減肉速度が極めて小さくなるしきい溶存酸素濃度が存在する。

〔中性(pH7)でのしきい溶存酸素: 15~40 ppb〕

〔アルカリ溶液(pH9)でのしきい溶存酸素: 1~2 ppb〕

〔しきい溶存酸素は、減肉速度、水の密度および酸素の物質移動係数により評価可能〕

〔しきい溶存酸素以下の溶存酸素濃度では、FAC速度におよぼす溶存酸素濃度の効果は小さい〕

 

 

7),8),9)

9),10)

11)

 

9)

材料

因子

クロム含有率 材料中のCr, Mo, CuはFACを抑制することができる。

〔中性(pH7)での効果:Cr濃度>0.5wt%でFAC速度を1/10以下に低減。〕

〔アルカリ溶液(pH9)での効果:Cr含有量が0.01から0.1wt%と増加すると減肉速度もほぼ1/10となる。〕

 

7)

12)

※1:ステンレス鋼からのコバルト溶出速度

注)表中のpHはいずれも室温の値である。

図2 FACに及ぼす水化学、材料因子の影響

3.FAC予測モデル式の現状

表2に主なFAC予測評価式を示す。流れ加速腐食の物理モデルを検討した例にはSanchez-Caldera13)、Bignoldら14)およびListerら15)のモデルがある。近年では国内でも内田ら16)および藤原ら17)によりモデルが提案されている。

Berge18)らは、物質移動過程とともに溶解過程を考慮し、速度式を導き出している。この場合、物質移動過程と溶解過程のいずれが律速過程かは物質移動係数(k)および溶解速度定数(kc)の相対的な大小に依存することとなる。Sanchez13)らは、金属/酸化物界面での水酸化鉄の生成がFAC速度を律速すると考え、金属/酸化物界面から酸化物/流体界面への拡散(D)、皮膜厚さ(δ)、酸化物の空孔率(θ)を考慮したモデル式を提案している。Bignold14)らは、腐食電流密度が物質移動速度に比例すると考え、減肉速度はk3に比例するとのモデル式を提案している。Listerらは、CANDU炉運転条件下での実験データにもとづき、FAC速度モデルを構築している15)

Bergeら、Sanchezらより提案されているモデルは、水化学因子の影響はFeの溶解度として扱われている。しかしながら、鉄の溶解度計算に必要な水素分圧の扱いなどが明確ではなく、また溶存酸素の効果については触れられていない。前述のとおり溶存酸素の給水への添加はFACの抑制に有効な方法であることから、その作用機構を定量的に明らかにすることはきわめて重要な課題である。

材料中のCr濃度の影響については、表面に生成する酸化皮膜の性状(空孔率)に影響を及ぼすと考えられるが、必ずしも明らかとはなっていない。

表1 主なFAC予測モデル式

  モデル式の概要 評価可能な水化学因子
温度 pH DO Cr
海外のモデル Bergeら FAC=

k・kc/(k+kc)・(Ceq-Cb)

× ×
Bignoldら FAC∝

4k3[H+]8/(K3・B2)・exp(2FE0/RT))

× ×
Sanchez FAC 

Ceqθ/[ 1/kc + 1/2(δ/D + 1/k)]

×
Listerら FAC∝D・θ・(Cm/o-Co/s)・(1-θ)/δ ×
国内モデル 内田ら 静的な電気化学モデルFAC=f(E、Ceq、δ、・・・)

動的な皮膜成長モデルFAC=f(Ceq、δ、・・・)

藤原ら FAC=(1-θCr)kCeq

Ceq=f(T, DO, CNH3), θCr=f(XCr)

3.最近のFAC予測評価式の例

内田らは、母材および酸化皮膜の溶解速度は酸化皮膜厚さにより抑制されると仮定し、電気化学モデルと二層酸化皮膜モデルを組み合わせによりFAC速度のモデル式を立案している16)。内田らのモデルでは溶存酸素とともにヒドラジンの影響も考慮されている。

図3に我々が想定したFACモデルの模式図を示す。本モデルでは以下のプロセスを仮定している。なお、モデルの詳細については文献(17)を参照とする。

1) 炭素鋼表面には酸化物層が存在する。

2) 酸化物層表面には、Fe2+の飽和溶解層が存在する。

3) 飽和溶解層と沖合い溶液の間に拡散層が存在し、溶存化学種の拡散が定常状態でのFAC速度を決定する。

飽和溶解層での化学種Mの濃度(Cs,M)と沖合い溶液の濃度(C∞,M)の間に差がある場合、その流束(JM)はFickの法則に従い濃度差(Cs,M – C∞,M)に比例する。

                                                   JM = 2(DM/δ)•(Cs,M – C∞,M)                                                       (1)

DM:物質Mの拡散係数、δ:拡散層の厚さ

炭素鋼中に含まれる微量なCrはFAC速度に影響を及ぼす。我々は、表面に生成するCr酸化物の面積率をθと定義した。ここで、炭素鋼は均一に腐食する、すなわち、定常状態ではFeとクロムの流束の比が材料組成と一致すると考え、炭素鋼中のFe含有率(XFe)、Cr含有率(XCr)、JFeおよびJCrの関係よりθを求めた。

                                     θ = XCrSFeMFe/{(100-XCr)•SCrMCr + XCrSFeMFe}                                      (2)

Cs,Feを鉄の溶解度(SFe)とすると、JFACは以下の式で表せる。なお、ここではC∞,Feは小さく無視できるものと仮定した。

                                                      JFAC = (1-θ)(2DFe/δ)•SFe                                                           (3)

SFeの算出には飽和溶解層での水素イオン濃度([H+])および水素分圧(PH2)が必要となる。[H+]は、Fe2+およびCr3+の溶解平衡、アンモニアの加水解離平衡、電荷バランスを考慮し求めた。PH2Cs,H2を算出しヘンリーの法則より求めた。なお、Cs,H2は腐食によるH2の生成速度、O2の消費速度およびJH2JO2のバランスを考慮し算出した。

図4にFACモデルにより求めたFAC速度に及ぼす温度、pH、溶存酸素濃度およびクロム含有率の影響を示す。FAC速度の極大値は中性溶液中では130℃近辺に生じる。pH25の増加につれてFAC速度は小さくなり、pH258.5以上では指数関数的に低下する。溶存酸素濃度の増加と共にFAC速度は徐々に小さくなる。XCrの増加と共にFAC速度は低下し、XCr > 0.01 wt%以上では急激に減肉速度が低下する。これらの図4に示す挙動は表1に示したFAC現象を概ね再現していると言える。

5.  まとめおよび今後の課題

現在国内で開発されているモデルは、溶存酸素の効果など水化学・材料因子を考慮しており、その影響を定性的に説明することが可能である。 しかしながら、FACは、物質移動と密接に関係するため、その速度の定量的な予測のためには流動面での研究成果を融合させ、予測精度を向上させるとともに、実機データによる妥当性検証を行う必要がある。

引用文献

1)  JSME S CA1-2005(2005).

2)  H. G. Heitmann and P. Schub, Proc. Third meeting Water Chemistry of Nuclear Reactor, BNES, London, UK, p.243(1983).

3)  G. J. Bignold, K. Garbett and I. S. Woolsey, in Ph. Berge and F. Kahn, eds., Corrosion-Erosion of Steels in High Temperature Water and Wet Steam, (France: Electricite de France, Les Renardieres, 1982)Paper No. 12.

4)  Y. Ozawa, S. Uchida and M. Kitamura, J. Nucl. Sic. and Technol. 20, 1039(1983).

5)  H. Keller, VGB-Kraftwerkstechnik, 54, 292(1974).

6)  H. G. Heitmann and W. Kastner, VGB-Kraftwerkstechnik, 62, 211(1974).

7)  日本原子力学会編, 原子炉水化学ハンドブック, コロナ社(2000).

8)  泉谷雅清, 水庭文夫, 大角克巳, 神林剛, 松島雍憲, 丹野和夫, 火力原子力発電, 27, p.419(1976).

9)  K. Fujiwara, M. Domae, T. Ohira, K. Hisamune, H. Takiguch, S. Uchida and D. Lister, Proc. 16th Pacific Basin Nuclear Conference (16PBNC), Aomori, Japan, P16P1048 (2008).

10)     O. de Bouvier, M. Bouchacourt and K. Fruzzetti, Proc. Int. Conf. Water Chemistry in Nuclear reactor System, Avignon, France, Paper No. 117(2002).

11)     I. S. Woolsey, G. J. Bignold, C. H. DE Whalley, K. Garbett, Proc. Water chemistry for nuclear reactor system 4, BNES, London, p.337(1986).

12)     K. Murata, T. Tsuruta, S. Tokunaga, K. Yamamoto and Y. Shoda, 材料と環境2006 予講集, A-201, JSCE(2008).

13)  L. E. Sanchez-Caldera, “The Mechanism of Corrosion-Erosion in Steam Extraction Lines of Power Stations”, Ph. D. Thesis, Department of Mechanical Engineering, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, Massachusetts (1984).

14)  G. J. Bignold, K. Garbett, R. Garnsey and I. S. Woolsey, Proc. Second Meeting on Water Chemistry of Nuclear Reactors, British Nuclear Engineering Society, London, (1980) 5.

15)     D. H. Lister and L. C. Lang, Proc. International Conference on Water Chemistry of Nuclear Reactor Systems, Avignon, France, April, (2002)

16)    S. Uchida, et al.Journal of Nuclear Science and Technology46 [1] , 31-40 (2009).

17)     藤原和俊, 堂前雅史, 太田丈児, 米田公俊, 稲田文夫, 電力中央研究所報告, Q08016(2008).

18)     P. Berge, J. Ducreux, and P. Saint-Paul, “Effects of chemistry on corrosion-erosion of steels in water and wet steam,” in Proceedings of the Second Meeting on Water Chemistry of Nuclear Reactors, British Nuclear Engineering Society, London, (1980) 5.

部会報第4号 水化学部会活性化に向けた取り組み

水化学部会活性化に向けた取り組み

大平 拓(日本原子力発電)

先日、水化学部会運営委員の方から、「水化学部会活性化に向けた取り組み」に関する寄稿の依頼をうけた。私のような若輩者(水化学に関する業務は10年強程度であり、水化学部会では若手技術者と言われていたので)が、このタイトルで意見を述べるというのも気が引けたが、せっかくの機会なので、一部会員として、私の思うところを述べさせていただこうと思う。

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みなさんも、これまでに何回も考えられてきたことだろうが、原子力発電所における水化学とはなんだろう、その目的はなんだろう、ということから考えてみたい。

私は、原子力発電所における水化学とは、冷却材が構造材と接することによる“腐食”現象の解明が根本にあって、これに基づき、各構造材が設置された環境に応じた腐食事象を評価することにより、環境(場合によってはそれ以外からも)改善による構造材の健全性の維持,腐食生成物の放射化を抑制することによる被ばく低減(線量率低減)、腐食生成物の処理に影響を受ける廃棄物低減 等の対策を提案および実行することと思っている。

構造材の“腐食”は、各発電所により設備の規模や性能(流量・出力・浄化容量・・・)は異なるが、どの発電所においても、必ず冷却材である水が構造物と接していることから、必ず生じる事象である、という特徴がある。

このため、国内で発電所が運転を始めた1970年代~1980年代は、著しい腐食進行に起因した不具合が多数の発電所で発生したが、その対策・対応が概ね完了した1990年代からは、“人に優しい”“経済性”、“合理性”を追求した発電所の運転・環境が求められるようになった。これからは、長サイクル運転や出力向上など、これは発電所の設計時に大きくとった設備・運転の余裕分を、安全性を維持しながら適正に見直すことによる、更に高度な発電所運営が要求されている。

  この経験はどの発電所でも共通しており、その対策も、設備上あるいは運用上、若干異なるものの、いくつかの対策の中から各発電所が選定して適用しており、概ね共通であると言える。

  また、水化学の検討・対策の別の特徴として、腐食現象の解明に緻密な評価が要求されるために、対策の適用まで長期を要してしまうことがある。(これは他分野から見ると、事象に対するアクションが遅いと思われがちであるが・・・)

このように、水化学の目的・対策はもちろん、各発電所における水化学に関する経験は共通であることから、立場が異なる各機関(電力会社,研究機関,メーカー,学会,規制当局)が、連携をとって検討することが、事象解明および対策の早期適用を達する方策となりうる。私は、この連携の中で最も大事なのは、自分も属する発電所に携わる電力会社の行動であると思う。発電所にとって解決して欲しい課題を抽出し、その解決時期と合わせてニーズを発信することが、各機関における検討を促し、また、中立・公開な学会での議論によって、その議論が各機関の検討に活用され、結果的に、発電所への対策の適用を早めることにつながるだろう。

是非、発電所に携わる方(電力会社だけでなく、メーカーの方も)は、“昨日と同じであるという満足”だけでなく(これはこれで大事ですが)、“昨日より今日を、今日より明日を良好にする”ためには何をすべきか、という観点で物事を見て欲しい。また、“常識を疑う”というと言葉が悪いが、“常識を問い直し”ながら物事を見て欲しい。被ばく低減に関して言えば、少なくとも、原子炉廻りの配管線量率が0mSv/hになるまでは。

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この7月に開催された原子力学会/水化学サマーセミナー(宮城県松島)でのパネルディスカッションでは、「水化学部会活動の将来構想」というテーマで、参加者同士で議論を行った。このパネルディスカッションには約100名が参加し、僭越ながら、私はコーディネータ(司会)を努めた。

  この議論の内容については、おそらく別途紹介があると思われるので、この中で私にとって最も印象の強かったことについて述べたいと思う。

  これまでの議論においても言われていたことであり、また、水化学部会に限った話ではないが、原子力発電が開始されてから約40年が経過し、初期から携わってきた方々が異動・リタイアされることによる、過去の運転初期の知見・経験が後世に残らないという、いわゆる“技術伝承”と、また、一方で、次の世代の技術力が伸びない弊害として“世代交代”が、このパネルディスカッションにおいても議論になった。

  どちらの問題についても、シニアの活動に解決があるという考えもあるが、私は、逆に、それを受ける次の世代の活動に有効な解決があるかと思う。正直、私もシニアに問題があると考えていたが、1人のパネラーから「技術伝承がうまくいかないのは、伝承される側の意識の低さにも問題がある。若手は自分たちの問題と自覚して積極的に取り組むべき」という意見を聞いた時に、はっと思った。まずは、自分を変える(シニアの経験を聞きたい意識をもつ、また、聞きたいことをリクエストする)ことが大事であり、これにより、自分に必要な情報を効率的に得られるだろうから成果も大きいだろう。シニアだって、何を話せばいいかわからないし、リクエストをすれば、喜んで話してくれるだろう。

  一方、私個人がシニアにリクエストすることとして、“学会の場で多くの議論をして欲しい”がある。知識・経験が豊富なシニア同士にとっては、たわいない話であっても、若輩者の私にとっては、非常に有益な情報になることが多々ある。この議論によって、私は何を勉強すればいいか、何を取り組むべきか、自分が考えるきっかけを与えていただき、成長させてもらった。シニアには、是非、学会での議論を通じて、知識・経験を発信してもらいたい。

 また、それを受ける世代も、是非、このような議論が行われる場、即ち、学会の会合に参加して欲しい。まずは議論の場に出席していないと何も知識を吸収できないし。

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 学会は、各立場を超えた学会員個人の集まりである。水化学部会においても同様である。水化学部会が活性化するということは、言い換えると、学会員にとって有益な情報の収集・議論を行えることを示し、更には、それを達成するには学会員が活動することである。

  現在、水化学部会では、原子力学会や水化学サマーセミナー,国際会議の共催,また、定期的に、定例研究会や各委員会が開催されており、活動メニューは豊富である。あとは、参加者が知識・経験を吸収する意識を持って参加し、議論に少しずつ参加していけば、水化学部会は更に活性化していくと思う。活性化させるのは、今、この文章を読んでいる“あなた”の気持ち次第。

部会報第4号 水化学部会への期待

水化学部会への期待

東北大学 渡辺 豊

私は機械工学科出身の研究者で、初期には耐熱鋼の高温劣化とその非破壊評価をテーマとし、その後、高温水中での合金の腐食と応力腐食割れに研究テーマの重心を移して現在に至っています。金属と環境の界面での現象が材料信頼性に与える影響に興味を置いた研究で、あくまでも材料側の視点から、界面劣化現象の評価の条件として「水」を見てきたと言えます。水化学が関係する技術領域のごく一部しかまだ見えていない立場からの文章であることをお許し頂きたく存じます。

原子力発電黎明期の先輩方のご苦闘を今の時代から振り返ってみますと、機械屋は、高純度の「水」を少し甘く見ていた感があります。米国機械学会の維持基準における圧力容器鋼の疲労き裂進展速度線図には、当初、環境効果が考慮されていなかったこと(水環境による加速効果が初めて導入されたのは1974年)、あるいは、微量酸素を含む高温純水中で鋭敏化ステンレス鋼が応力腐食割れを起こすことが想定されていなかったことなどは、今の学生諸君には意外にさえ思えるかもしれません。かく言う私も出は機械で、純水(ハングリー・ウォーター)の威力を実感するのは、30代も半ばになってからでした。当時、超臨界水中での腐食と割れの実験で、圧力操作により密度(つまりは水の物性)を変化させたときの「水」の環境効果の豹変振りに唖然とした憶えがあります。軽水炉の水化学管理が如何に高度にきめ細かく行われているかを知ったのはさらに最近になります。冷却(熱搬送)、中性子減速などの水の基本的役割に留まらず、被ばく線量低減、燃料の高燃焼度化、構造材料の経年劣化抑制において水化学がキーになっていることを一つ一つ具体的に知るに従い、重要性を改めて認識しております。今後期待される原子力発電技術の国外展開においても、水化学技術が競争力の最重要因子の一つになるように思います。原子力は、プラント製造だけではなく、運転にこそ技術力の差が現れるものと思うからです。

現在、材料研究者の視点からは、「皮膜とSCC感受性」、「SCCにおける水素の役割」、「高温水SCC試験におけるECP計測方法の標準化」、「炉内ECP」などが、水化学に関連するテーマとして強い関心を集めています。材料の経年劣化現象を解明する上でとくに重要なことは、劣化が実際に起こる地点その局所での現象解析です。例えば、炉内のすき間環境(構造上の幾何学的すき間あるいはき裂先端)で、極めて限定されたボリュームの水が放射線分解する場合やあるいはそれに沸騰濃縮も加わった場合の局所環境条件の評価などです。他方、ステンレス鋼におけるSCCの真の起点は酸化物系介在物の機械的割れあるいは母地金属との剥離であるとの観察結果が報告されており、もしそれが正しいとすれば、SCC発生を司る環境側の条件は、表面に形成されたミクロン・オーダーのすき間の底での局所水化学であると考えることができます。いずれにしても材料と水の接点にある課題は、材料側と水側の研究者の連携した取り組みによってのみ解決するものと考えます。産学の連携はもちろん、分野や学協会の枠も超えて、異なったバックグラウンドを持つ専門家間の議論を通して、課題のブレイクダウンと研究ターゲットの設定を行うことが有効でしょう。原子力学会の材料部会、燃料部会との連携強化や腐食防食協会原子力小委員会との交流など、取り組みが進んでいるところと思います。

ところで、原子力発電設備は、物量から言えば、主に鉄とコンクリートと水により構成されていますが、構造物側(材料・構造側の技術)の勝負所は、補修や追加保全を除けば、設計・製造の段階で相当程度完了しています。一方、水化学技術は運転期間にわたってずっと続く技術です。運転中のプラント内には常に所定の量の水が存在しますが、これらは役目を果たしながら循環し、常時浄化されあるいは水質調整され、また炉内に戻っていきます。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、同じ水にあらず。」

これは方丈記の一節ですが、発電プラントにおける水の役割をも言い表しているように思えます。水化学部会の活動に強く期待し、機械・材料分野出身者としての特徴を出しながら僅かでも役に立ちたいと考えております。

部会報第4号 巻頭言 水化学部会の新たな展開に向けて

水化学部会の新たな展開に向けて

平成22年7月31日

水化学部会副部会長 目黒芳紀

最近の軽水炉の運転成績をみますと、設備利用率は60%程度と低く、また保修に伴う従事者の被曝線量も高止まりしております。最新(6月閣議決定)のエネルギー基本計画では90%の設備利用率を目指すとしており、原子力発電所の健全性を向上させることが必須です。

設備利用率の低下は大地震の影響などもありますが、最近のトラブル事例を見てみますと、原子燃料、SCC(PWSCCを含む)、FAC、SG等の構成材料の腐食損傷に起因している場合も多く、水化学面からの更なる改善の強化が必要と考えます。放射線源の挙動も原子力発電所毎に夫々異なった現象を示すなど、いまだ低線量率プラントとして維持できる普遍化された水化学対策は確立したとは言えません。特にプラントの健全性向上と放射線源の低減と異なる目標を同時に達成する水化学はこれからの課題です。

さて、今後のプラント運用を考慮して水化学課題を大別すると、下記のようにプラントの高経年化(老朽化)対策と将来の運営高度化対応になるのではないかと考えます。水化学部会ではこの点の議論を深めることを期待しています。

1)軽水炉は、導入された夫々の時代に於ける科学的知見において最も相応しいと考えられる設計をおこなってきたが、その後運転を重ねるのに従い経年化にともなう課題が生じることが分かってきた。材料の腐食損傷発生抑制、放射線源抑制に例を取れば、材料選択及系統設計による影響、水質管理の適切性、高温・高圧水の熱流動特性、中性子照射による原子炉水のラジオリシスなどの影響で、これらは実機による運転暦(曝露)を積み重ねないと経験ができない事象である。

軽水炉導入時の手探り状態から、最近では水化学関係者の努力により経年化による腐食損傷、放射線源上昇等の機構が漸次判明してきたが、これらは現象が生じるまでに時間がかかること、同じ型の軽水炉でも腐食損傷、放射線源挙動が異なって現れ現象解明が難しいこと、などから因果関係の把握が難しく標準となる対応策の取り纏めに至っていない。 BWRに例をとれば、SCC対策と放射線量率上昇抑制のための水化学は個別に検討されてきたが、双方を同時に満足させる重畳化された最善の対策はまだ打ち出されていない。また現状では個々の対策案が複数あり、やや発散状態になっていると思われる。今後40年を越える運転も計画されており、実プラント運用者の立場からみると何れがベストか対応策の集約が必要である。

2)更に、将来の軽水炉では、12ヶ月以上の長期運転サイクル及び出力向上などの運用高度化が計画されており、この場合原子炉水のラジオリシスなど水化学環境が変わってくることが予測される。既存炉においては、材料健全性向上、放射線量率上昇抑制の観点から、水素、亜鉛等の注入、PWR二次冷却系ではAVTによる高pH処理、PWR一次系のPWSCC予防(水素濃度)、核燃料のAOA対策等が検討されている。夫々実験データに裏づけされた改善提案とされている。これらの対策においても、将来の原子炉水環境の変化を予測した新技術の適用がなされる必要があり、Check and Reviewの慎重な適用が必要と考える。

特に、材料問題を議論する時一番欠けているのは、冷却材(軽水)と材料との境界における電気化学的反応を直接観測するのが難しくそのデータが少ないことである。最近対応策として欧米を含め腐食電位(ECP)の測定・評価が注目されつつあり、わが国においてもその開発・適用が必要と考える。

長期運転サイクルなどは既に欧米の軽水炉で適用されており、課題克服に向けた努力がなされている。国際交流によりこれらの貴重な経験を踏まえた対応策が必要である。

水化学部会としては、現場から生の現象を摘出・把握し、原因究明、対応策の提案を高度な専門的立場から評価し、発散しつつある課題を集約し、原子力発電所運営上現実的な対応が取れるよう、更には既存プラントの経験を将来の新設計画に反映していく活動を期待したいと思います。また、最近の原子力学会水化学部会の論文投稿数も減少傾向にあり、水化学分野の関心が薄れているのではないかと危惧しています。関係される方は若い技術者の育成と活用をお願いすると共に魅力ある分野にすべくご尽力を賜りたいと考えます。

                              以 上

部会報第4号

  1. 巻頭言 水化学部会の新たな展開に向けて
    目黒芳紀 副部会長
  2. 水化学部会活性化に向けた取り組み
    日本原電 大平拓 氏
  3. 水化学部会への期待
    東北大学 渡辺豊 先生
  4. FAC モデリング概要
    電中研 藤原和俊 氏
  5. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(3))
    長尾博之 委員
  6. サマーセミナー報告
    東芝 山崎健治 氏
  7. 編集後記

部会報第5号

  1. 部会報 巻頭文
    勝村庸介 部会長
  2. 福島第一原子力発電所事故の収束と修復に向けて
    石榑顕吉 特別顧問
  3. 特別寄稿: 第43 回日本原子力学会賞技術賞(第4309号)
    フェライト皮膜形成による原子炉再循環系配管の放射性コバルト付着抑制技術

    (株)日立製作所 細川秀幸 氏、
    日立GEニュークリア・エナジー(株) 長瀬誠 委員、
    中国電力株式会社 梶谷博康 氏
  4. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(4))
    長尾博之 顧問
  5. 国際水化学会議2010ケベック会議報告
    九州電力(株) 高妻 氏、
    三菱重工業株式会社 志水 氏
  6. 水化学部会活動対応
  7. 編集後記

部会報第6号

  1. 部会報 巻頭文
    村部 良和 副部会長
  2. BWR 水化学に携わって -被ばく線源低減を中心として-
    山崎健治 氏
  3. 福島第一原子力発電所事故後の取り組みと今後の計画について
    牧平 淳智 氏
  4. 特別寄稿: 第45回日本原子力学会賞論文賞(第4503号)Determining factors for anodic polarization curves of typical structural materials of boiling water reactors in high temperature – high purity water
    (株)日立製作所 橘正彦 氏、
    日立GEニュークリア・エナジー(株)太田信之 氏、
    東北大学 原信義 先生
  5. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(5))
    長尾博之 顧問
  6. NPC2012 Paris 参加報告
  7. NPC2014 札幌実行委員会活動
  8. 水化学部会定例研究会開催概要
  9. 編集後記

部会報第7号

  1. 部会報 巻頭文
    会沢元浩 副部会長
  2. 水化学国際会議(NPC 2014札幌)報告
    勝村庸介 実行委員長
  3. 特別寄稿: 第46回日本原子力学会賞技術賞(第4607号)
    ラジオリシス反応解析に基づいた福島第一原発使用済燃料プールへのヒドラジン注入効果の提示

    (独)日本原子力研究開発機構 本岡隆文 氏、佐藤智徳氏、山本正弘 氏
  4. 特別寄稿: 第46回日本原子力学会賞奨励賞(第4609号)
    ゼオライトを用いた放射性汚染水処理における水の放射線分解と水素発生の研究

    (独)日本原子力研究開発機構 熊谷友多 氏
  5. 水の話シリーズ(“水”あれこれ ・・・(6))
    長尾博之 顧問
  6. 水化学部会定例研究会開催概要
  7. 編集後記

部会報第8号 水化学部会定例研究会開催概要

水化学部会定例研究会開催概要

水化学部会では最新のプラントに関する情報交換を目的に定期的に研究会を開催している。最近行われた研究会の概要及び講演テーマを次回開催予定の研究会と併せて下記に示す。なお,各講演資料は水化学部会ホームページに掲載されているので,詳細についてはそちらを参照下さい。

◎  第23回研究会(平成27年3月12日:電源開発株式会社本店)

基調テーマ「NPC2014札幌」及び「水化学管理基準の制定」に関する報告

2014/20/26-31に札幌で開催されたNPC2014の概要と得られた技術成果について報告された。また、システム安全専門部会水化学管理分科会で作成中のBWRおよびPWR水化学管理指針の作成状況と内容について紹介された。

講演1:原子力発電プラントの水化学に関する国際会議2014札幌実施報告

元(株)東芝 瀧口 英樹 氏、(株)東芝 高木 純一 氏

講演2:水化学管理標準の制定に係る取り組みついて

(一社)原子力安全推進協会 北島 英明 氏

講演3:講演タイトル:BWR水化学管理指針の策定とその内容

(一財)電力中央研究所 平野 秀朗 氏

講演4:講演タイトル:PWR水化学管理指針の策定とその内容

(一財)電力中央研究所 河村 浩孝 氏

◎  第24回研究会(平成27年6月15日:オルガノ株式会社本社ビル)

基調テーマ「除染・廃炉技術」および「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」

ふげんと浜岡1,2号機の廃止措置の状況について、トリチウム処理や除染を中心に報告された。また通常プラントの除染技術、福島向け建屋除染技術、固形分を含む水の撒く処理技術などが報告された。また、原子力学会安全対策高度化技術検討特別専門委員会による「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」の検討状況が紹介された。

講演1:「ふげん」廃止措置における系統除染とトリチウム除去

(国研)日本原子力研究開発機構 森田 聡 氏

講演2:浜岡原子力発電所1,2号機における系統除染と廃棄物量評価について

中部電力(株) 山崎 直 氏

講演3:化学除染及び化学除染二次廃棄物低減技術

(株)日立製作所 石田 一成 氏

講演4:福島第一原子力発電所の環境改善活動と技術開発

(株)東芝 酒井 仁志 氏

講演5:排水向け固液分離処理への膜処理技術適用について

オルガノ(株) 大橋 伸一 氏

講演6:軽水炉安全技術・人材ロードマップについて

日本原子力発電(株) 久宗 健志 氏

◎  第25回研究会(平成27年10月22日:四国電力株式会社総合研修所)

基調テーマ「長期停止後の再稼働対応及び再稼働に向けた化学管理」

震災後の再稼働に向けてPWR一次系、二次系の化学管理や準備状況について、電力、メーカーの双方からの報告があった。1Fの状況についても報告された。また2015/9/24-26にインドで開催されたアジア水化学シンポジウム2015の概要について報告された。

講演1:伊方発電所3号機長期停止後に向けた化学管理について

四国電力(株) 菊池 士朗 氏

講演2:川内原子力発電所1号機再稼働時の2次系化学管理

九州電力(株) 松井 亮 氏

講演3:プラント再稼働に向けた1,2次系水化学管理要領への提案

三菱重工業(株) 石原 伸夫 氏

講演4:福島事故から再稼働に向けてのBWRプラント水化学の取り組み

(株)東芝 高木 純一 氏

講演5:アジア水化学シンポジウム2015(主催国:インド)の概要報告について

日本原子力発電(株) 久宗 健志 氏

◎  第26回研究会(平成28年3月15日:秋葉原UDXビル)

基調テーマ「人材育成・情報整備に係わる取り組み」

水化学ロードマップ2009の「人・情報の整備」の内容の紹介の後、大学、電力会社、研究機関、およびメーカーのそれぞれの立場での水化学関連技術者の人材育成について具体的な取り組みや抱えている課題などが紹介された。また、講演の後、参加者によるパネルディスカッションが行われた。

講演1:水化学部会における「人財育成・情報整備」取り組み

日立GE・ニュークリア・エナジー(株) 会沢 元浩 氏

講演2:大学における原子力人財育成の取り組み 東北大学を例として

東北大学 渡辺 豊 氏

講演3:人材育成・情報整備に係る研究機関の課題と取り組み ~電中研の場合~

(一財)電力中央研究所 河村 浩孝 氏

講演4:東芝における水化学技術者育成について

(株)東芝 浦田 英浩 氏

講演5:プラント長期停止における若手水化学管理要員の人材育成について

関西電力(株) 久家 俊治 氏

講演6:伊方3号機再稼働時の化学管理における人材の育成と確保について

四国電力(株) 浦戸 洋幸 氏

◎  第27回研究会(平成28年6月3日:(株)東芝横浜事業所)

基調テーマ:「福島第一原子力発電所廃止措置の現状と今後の取り組み」

震災発生以降、福島第一原発で行われた汚染水処理に関する取り組みと現在の状況に加え、廃炉の取り組みの中で発生する廃棄物の処理処分および今後重要となるデブリ取出しのための性状把握に関する研究開発の状況について紹介された。

講演1:福島第一原子力発電所廃止措置に向けた取り組み

東京電力ホールディングス(株) 白木 洋也 氏

講演2:サブドレン水処理の状況

日立GE・ニュークリア・エナジー(株) 北本 優介 氏

講演3:圧力容器/格納容器向け防錆剤の水処理設備への影響評価

IRID/(株)東芝 田嶋 直樹 氏

講演4:福島第一原子力発電所事故廃棄物の処理・処分技術開発の概要

IRID/(国研)日本原子力研究開発機構 宮本 泰明 氏

講演5:デブリ性状に関する研究開発の状況

(国研)日本原子力研究開発機構 高野 公秀 氏

◎  第28回研究会(平成28年11月18日:堂島リバーフォーラム)

基調テーマ: 「被ばく線源低減」

震災後、プラント再稼働に向けた準備が進められる中でBWR、PWRのそれぞれで、これまで行われてきた被ばく低減の取り組みが紹介されるとともに、メーカーからは新たな被ばく低減技術の提案がなされた。また、放射性廃棄物固化のための新しい技術も紹介された。

講演1:東京電力における線源低減の取組み

東京電力ホールディングス(株) 鈴木 純一 氏

講演2:関西電力における線源低減活動状況

関西電力(株) 青木 政徳 氏

講演3:BWRの被ばく低減対策技術

日立GEニュークリア・エナジー(株) 露木 瑞穂 氏

講演4:PWRプラント再稼働後の被ばく低減対策

三菱重工業(株) 西村 孝夫 氏

講演5:高線量廃棄物の固化技術の開発

(株)東芝 松山 加苗 氏

◎  第29回研究会【予定】(平成28年3月1日:日本原子力発電株式会社本店)

「水化学に係る深層防護」に関する議論と2016年10月にイギリスで開催された水化学国際会議2016(NPC2016)の報告を予定している。

以上

部会報第8号 水化学部会活動への思い(顧問退任のご挨拶)

水化学部会活動への思い(顧問退任のご挨拶)       2017年1月

顧問 目黒芳紀  元 日本原子力発電(株)

1970年に軽水炉の運用が開始されました。当初は導入初期に伴うトラブルが発生し、早期に安定運転を目指すためプラントの安全性、信頼性の向上に向けて全力で取組みました。水化学分野でもトラブルの原因究明、対策立案のため夫々のプラントで検討が開始されました。共通する課題が多かったことから、効果的・効率的に解決するためには産官学協力して検討する場が必要との本島健次先生(旧原研)の発案により、1982年に石槫顕吉先生を中心に水化学専門委員会を立ち上げました。その後2006年に水化学部会に改め、活動を高度化し今年で35年を迎えました。この間先生方のご指導、部会の皆様との連携により世界的に優れた実力をつけ多くの成果を上げてきました。この度顧問退任に際し皆様に心から御礼申し上げます。同時に貴重な検討の場である水化学部会の益々の発展を祈念します。

以下に、私が携わってきました「水化学との係わり」と将来に向けた「所感」を記します。

1.        水化学との係わり

(1)我が国最初の軽水炉である敦賀1号機(BWR;1970年運開)では、運開当初5年位の水化学は、核燃料(被覆管ジルカロイ-2)の破損に伴うFP (Xe-135, Kr-85, I-131, Cs-137, Sr-90等)対策が主体でした。核燃料の健全性を維持するため、燃料ペレット加工の改良、PCIOMR*1(ならし運転)等燃料・運転の改善などと共に、水化学面からの対策として核燃料被覆間と被覆管の隙間に堆積し熱流動の阻害、被覆管の腐食を促進していたクラッド(Fe、Ni等の金属不純物)を減らすことでした。同時に燃料から所内外に拡散するFPの挙動を調査・評価し、当時のALAP*2指針策定(1975年)の基礎データとして提供して参りました。敦賀1号機では、このALAPの指針を遵守するため活性炭式希ガスホールドアップ装置を開発・導入すると共に、液体廃棄物処理系も抜本的な増改良を行いました。これらの結果、燃料破損、放射性廃棄物の環境放出量は急速に減少し1975年以降漸次この問題は収束しました。

(2)一方、敦賀1号機では運転当初より給水系から原子炉内に多量(年間約数百kg)に持ち込まれたクラッドが燃料被覆管表面に付着し、放射化されCo-60, Mn-54等の所謂放射性CPとなり、SCC対策等の点検・補修時に従業員の被曝線量の増大を招き、放射線源を低減する対策も急務となりました。同炉は我国最初に米国から導入された軽水炉であったことから設計・建設を行ったGEを初め、国内外の電力・メーカー・大学・研究機関と技術協力を行い、クラッド低減対策を強化してきました。

ここでは技術の詳細は省略しますが、この結果低放射線量プラント達成の技術的基盤を確立させ、我が国は欧米と共に水化学先進国としての役割を果たしてきました。

このクラッド(被曝)低減対策がその後の水化学部会活動の主テーマになりました。

(3)燃料破損抑制の目途が立ち始めた1975年頃から、原子炉系統を構成している機器、配管材料に腐食に伴うトラブルが多く発生し、これらの補修対策のため原子力発電所の設備利用率が80%以下に低下し、同時に従業員の被曝線量の増加を招き原子力発電所の信頼性・経済性に影響が出てきました。代表的なものはBWRでは配管、シュラウド等に生じたSCC、PWRではSG伝熱管の損傷、配管のFAC、PWSCC等で、これらの対策として材料選択、機器設計、熱流動、溶接工法等を総合的に見直すと共に、水化学面から一次系、二次系の水質環境改善が行われてきました。しかし完全解決には未だ道半ばです。今後も一層の調査、対策の強化が必要です。

更に今後の課題として長期停止後の再起動に伴う水化学管理、出力向上、原子力発電所の運転歴の積み重ねに伴う高経年化対策(特に40年超運転の原子力発電所の信頼性向上)が必須となり、この対応にも水化学面からの更なる挑戦が必要です。

2.        今後の水化学(材料選択も含む)への取り組みに関する所感

私自身の経験を含め、水化学への取組み(技術的課題以外)について期待を述べます。

(1)2011年3月に発生した(東日本大震災時の)地震に伴う大津波により福島第一原子力発電所で炉心のメルトダウン事故が発生し、大量のFPが環境に放出され周辺地域が汚染し、現在でも数万人以上の方々が避難生活を余儀なくされています。今後周辺環境の回復、住民の帰還、同発電所内に保管されているFP主体の液体・固体廃棄物の処理処分、溶融デブリの取出し・保管、廃炉まで40年以上かかる対策を安全に行う必要があります。水化学部会の活動は主にCP化学でしたが、軽水炉の初期には燃料破損に伴うFP化学からスタートしたことを今一度喚起し、通常時、事故時のFP挙動・評価・対応策を実務的に見直しておくことが肝要と考えます。

(2)軽水炉では本来「水」が主役でありながら「水化学」はプラント技術の中核に位置づけられていないと感じてきました。例えば、新しく発電所を設計、建設、運転にいたる段階、あるいは既設発電所の増改良工事で、どの段階から化学担当者は参加しているのでしょうか? 多くの場合建設・工事が終り試運転にかかる頃からではないでしょうか?これでは遅すぎます。プラントの骨格は系統設計、機器・配管仕様、材料選択、建設工事で決まります。化学担当者が設計当初から中核に入り、運用で得た水化学面からの知見を設計に十分反映せることができれば、より効果的な低被曝、高信頼度の安全なプラントができると考えます。現在は機械、電気部門のハードが中核をなしており、化学担当者は既に決められた仕様の下での運用で知見の反映も限定されています。

その要因の一つは、設計段階でプラント仕様を決める際に、化学担当者は自らの知見を基にした提案ができる状況に至っていないからだと思います。 プラントのトラブル事例を調べて下さい。大半が「腐食」、「漏えい」等プラント(水)化学に関連しているかが分かります。プラントの経済性には設備利用率を80%以上維持することが肝要です。計画外停止を無くすこと、停止期間の短縮化が課題です。補修作業の減少は従業員の被曝低減にもつながります。将来を見据え積極的な改良・改善案がいつでも提案できるように備えておく必要があります。

敦賀2号機の二次系・SG設計に際し、化学担当者は東海発電所(ガス炉)二次系、新鋭火力発電所(ACC)での汽力ボイラー管理の経験を基に、当初よりHigh-AVTを目指し、銅系材料の排除、熱流動の改善等を改革しました。この結果現在まで腐食による伝熱管の止栓はゼロです。特に、軽水炉は水・蒸気系でのトラブルが多いことから、化学担当者は(蒸気発生メカニズムは共通するが)軽水炉以上に蒸気条件・水質管理が厳しいACCの汽力ボイラー技術等も習得しておくことを提案します。

このような実務的取り組みは今後プラントを国外輸出する際に説得力を持ちます。

(3)これまで線量率上昇、SCC、SG、FAC等の事例では問題が発生し後、しばらくして環境面も大事だと化学担当者の参加が求められてきました。化学担当者はプラント機器に直接担当していないと見做されているからです。トラブル発生現場で最初の段階から原因調査、対策立案に加わることが必要です。その為には長期停止しているこの機会に、系統設計、機器・配管仕様、配置設計等の図書・図面を持って、自己のプラントで直接現場を学んで下さい。自分が管理している水化学技術を考察(水質、材料、腐食、クラッド挙動、放射線量率、二層流、熱流動、浄化系)する上で必須です。多忙であり、人手不足は工夫で克服できます。系統を知ることはプラント管理の基本です。運転、補修部門と同等なハード面の知識と経済性を評価できる力を持ち、共通認識で日頃から彼らと信頼関係を構築しておくことが肝要です。

特にトラブルの原因調査、対策立案時に、設計・建設時にこうしておけば良かったと感じることが多々あります。この反省に立ち運用中の系統設備管理、放射線管理と水化学管理の知見を総合化しておき、改良・改善工事時にタイミング良く対案が提示できるよう普段から備えておくことです。信頼性・安全性向上の鍵となります。

(4)水化学部会の研究会、セミナーは多くの方が参加し、関心の高さを示しています。水化学部会にとって大事な活動です。時宜を得たテーマの選択と調査内容が大事です。出来れば成功事例ばかりでなく、トラブルの予防保全を対象にした取組みについても、目的、手法、評価に加え反省例も含めて報告して頂ければ幸いです。

更に水化学の成果は放射線源の低減、SCC, SG対策で等で見られたように、数サイクルを経ないと真の結果が出ない場合が多くあります。その時点で最適とされた対策も後日技術の進歩で対応の仕方、結果が変わることがあります。このような技術の変遷経緯・経過報告、改善に伴う経済的評価も大切にしてほしいと思います。

また水化学事象はプラントにより異なることが知られています。それは前述のように材料選択、系統・機器設計、プラントの運用履歴、強いて言えば「原水」も異なるからです。プラント毎の特徴を考慮した視野での思考が必要です。

水化学部会では現在、燃料、材料、腐食分野との技術交流が行われており、大変好ましいことだと思います。ぜひこの交流に加え、プラント全体との繋がりを持つため機械学会・汽力ボイラー技術・電気化学的分野、放射線安全のため保健物理・日本放射線安全管理学会等との交流も行い視野を広げ総合的判断に役立ててください。

(5)プラントの長期停止に伴い計画した研究開発ができない、研究開発費・人材も削減されこれまでと同じような水化学の活動ができない、またこの間欧米アジアとの技術格差の拡大が懸念されるとの意見を散見します。更に長期停止後の再起動についても、長期停止中の系統保管の影響、改良工事が与える系統への影響、人材の経験不足等の不安が見られます。

こんな時こそ、かつて電力がメーカー依存から自立するために自主炉心管理、設備補修の直営化、自主保安管理等に踏み切った例を参考に自主開発の啓蒙、電力間での互助、国際協力の有効活用等を図り、主体性を持った計画立案・実施を期待します。停止中で計画した試験・調査等ができない場合、国内外の運転中のプラントに依頼し共同で実施しては如何ですか。水化学の基礎拡充のため大学・研究所との協力の強化も必要です。また若い水化学技術者がプラントの運用経験がないことを心配する声を聴きますが、商用炉導入当初、国外では英国、米国に、また国内では東海発電所・敦賀1号機に、電力、メーカーから多くの技術者が派遣され、技術を習得し自己の発電所の建設・運用に反映させてきました。今回も国内外の運転中の発電所、ACCに研修派遣したら如何ですか。明日の原子力のため相互協力が必要です。

かつてSCC, SG、クラッド対策として、軽水炉の開発者である米国から、腐食電位の管理、熱流動特性/構造の改良・伝熱管等材料の変更、AOA、亜鉛注入等多くの発想力、実行力のある斬新な提案があり、我が国の水化学は強い刺激を受けました。

この機会に国外に技術者を派遣し、その開発力を習得してみては如何でしょうか。

現在水化学の標準化、ロードマップ、人材育成等の検討が進められています。大事な作業と認識しています。検討に際しては上記各項を参考に、時宜を得た適切な課題の摘出、プラントの個性・特徴、工程の柔軟性、知見の反映手段に加え、困難な時代を乗り越える化学担当者の組織的活用、人材育成について提言していただくことを期待します。

以上

注)

*1:Pre-Conditioning Interim Operating Management Recommendations

*2:As Low As Practicable